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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第二章 嘘と真実

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第二十五話 それぞれの変化 ―Ideal―

 ――カナタくんと、お家デート。

 前日に「OK」との連絡が来てマナカが舞い上がってから、一夜明け。

 鼻歌混じりに支度を始める彼女を、寝起きである同室の少女は怪訝そうな目で見つめていた。


「どうしたの、マナカさん? 今朝は随分と機嫌が良いようだけど、いい夢でも見たの?」


 寝癖のついた長い黒髪を手櫛てぐしかしながら訊くのは、同じA組の冬萌ユキエだ。

 先日の試験では縁の下の力持ちとして活躍した彼女は、マナカと下の名前で呼び合うほどに打ち解けていた。

 この日は日曜日で、週に一度の休息日だ。月曜から土曜まで訓練に明け暮れる生徒たちは、大抵日曜は寝て過ごすものであり――今のマナカの様子は、ユキエには一際ひときわ特異に見えた。


「んー、ちがーう。今日はねー、カナタくんのお家に遊びに行くのー」


「へえ、あの子があなたみたいなのを家に呼ぶものなのね」


「ちょっとー、それどういうことー?」


 洗面台に足を運びながら間延びした声で答えるマナカに、ユキエは率直に驚きを漏らした。

 別に彼女に悪意があるわけではない。月居カナタという人間を教室で見てきた限りでは、他人を自分のプライベートな空間に簡単に立ち入らせるとは思えなかっただけだ。マナカのような彼と正反対の性格の人物なら、なおさらである。

 

「悪意はないわよ。あの子の心の壁をこじ開けただなんて、どんな手を使ったのかしらって思っただけ」


「あー、それはね。真正面から、『好き』を伝えたの。何があっても隣にいるって、君を支えるよって言った」


「す、凄い直球……そりゃ彼も動くわね。あなたのこと、女として少し見直したわ」


 彼女にしては珍しく目をまん丸くするユキエ。

 そんな彼女に「えへへ」と笑みをこぼしながら、マナカは鼻歌と支度を再開した。

 浮かれる同室の少女に、ベッドから抜け出たユキエは声をかける。


「応援してるわ。頑張って」


「うん、ありがと!」


 飾らない励ましの言葉に元気を貰い、それからマナカは濡らした顔をピシャリと叩いた。


(カナタくんにとってはもしかしたら、何でもないことなのかもしれない。けど、私には君との一日一日が特別なんだよ)


 目はすっかり覚めた。――さあ、彼に会いに行こう。



 待ち合わせ場所である寮の玄関前にマナカが着いた頃にはもう、カナタはそこで待っていた。

 六月も下旬となり、初夏から夏真っ盛りへと移ろうとしている時節。制服ではなくTシャツの上に薄手の白い七分丈シャツを羽織り、黒いチノパンを履いてきている少年は、マナカに気づくと手を振る。


「カナタくん、おは――」


 銀髪を目印に駆け寄りながらそこまで言いかけて、マナカは挨拶を中断した。

 その訳は、カナタの隣にいるある人物にある。

 朝日に煌く金色のポニーテールに、ノースリーブの白いトップス、ほっそりとした綺麗な脚を惜しみなく曝け出したハーフパンツ。その顔は逆光になってよく見えない。


(何アレ。眩しすぎる。あんな綺麗な女性が側にいるなんて、まさか、浮気――!?)


 その小柄で細身の影は、妙にカナタと距離が近い気がする。手を繋ごうと思えばいつでも繋げる距離感だ。

 自分でさえ、まだそれほどカナタに密着できていないと言うのに――とマナカが嫉妬の炎を燃やす中、その影は呆れたように溜息を吐いた。


「はぁ、馬鹿カナタ。まさか、あの人も来るんですか? だったら予め言ってください、それなりの配慮はしますから」


「ご、ごめん、言い忘れてたね。で、でも、レイは彼女と一緒にいて気まずいってわけでもないでしょ?」


「それは、そうですが……論点はそこではないのですよ」


「……ど、どういう、こと?」


 マナカもよく知る、少しハスキーで中性的な声。

 早乙女・アレックス・レイ――伸ばした髪や可愛らしい顔立ちにも拘らず、実は男であるという強烈なギャップを抱えた少年である。

 全く知らない女ではなかったことにマナカは胸を撫で下ろした。と、同時に首を傾げるカナタに苦笑する。

 相変わらず色恋とは無縁な人だ。それについては、SAMバカのロボットオタクなのだから仕方ない、とマナカは半分諦めているのだが。


「早乙女くんもおはよう。……えー、メンバーはこれで全員?」


「おはようございます、瀬那さん。ボクが知る限りでは、他に来る人はいないはずですが」


「う、うん、この三人だよ。ほ、本当は犬塚くんや神崎さんたちも誘おうと思ったけど、レイとマナカさんしか立ち入り許可が出なかったんだ」


 挨拶がてら訊ねてくるマナカに、レイは丁寧に挨拶を返して答える。

 彼にブルーの瞳を向けられたカナタは、頷いてこの人選の実情を語った。

 やはり自分とカナタとの間には認識違いがあったようだ、とマナカは確信する。さしずめカナタのほうは『レジスタンス』の研究所を見学するついでに自分の部屋も覗いてもらう、という考えなのだろう。

 

(まあ、それでもいいけどね。前々から『レジスタンス』関連の施設は一度見てみたいって思ってたし)


 正直がっかりしたのは否めないが、引きずっていても意味がない。

 持ち前のポジティブさで思考を切り替えたマナカは、モノレールの駅へと三人で歩きながら気になっていたことを訊いてみた。


「ねえ、二人とも。さっきからお互いに下の名前で呼び合ってるみたいだけど、何かあったの? 距離感も何だか近づいたように見えるし……私、気になる!」


「別に、友達同士でファーストネームを呼び合うくらい普通でしょう」


「いや、それはそうだけど……早乙女くん、ずっとカナタくんのこと苗字呼びだったじゃない。それがいきなり変わったんだから、私としてはちょっと見過ごせないというか」

 

 前を歩くカナタとレイの間に割って入り、マナカは二人を見比べる。

 もしかしたらレイも恋のライバルになっているのかもしれない――そう危惧するマナカに、レイは呆れた風に肩を竦めた。


「あのですね、ボクらの関係はそういうものじゃないんですよ。SAMパイロットとしてぶつかり合い、共闘して、信頼関係を築いた間柄なんです。ボクが彼を下の名前で呼ぶのは、彼を優れた仲間として認めたから。……まあ、今でも気に食わない部分は多いですけどね」

 

「な、何だ、そうだったの。ごめんね、変な勘違いして」


 自分たちの関係性を口にするレイの表情は、清々しかった。

 その言葉に嘘はないのだろう。言ってから頬をほのかに赤らめる彼が何だか微笑ましくて、マナカはつい温かい眼差しを向けてしまった。

 ぷいと顔を背ける金髪の少年。    

 カナタと顔を見合わせて目を細めたマナカは、「よし、駅まで競争だっ!」と叫んで空いている歩道を駆け出していった。



「はぁ、はぁっ……馬鹿ですか、あなたたちは? 追いかけるこっちの身にもなってください……」


 駅の前で膝に手をつき、息も切れ切れに恨み節を漏らすのはレイである。

 彼に睨まれているマナカとカナタの両名は冷や汗を流しながら、「ごめんなさい」と素直に頭を下げた。


「大切な人と出かけられて嬉しくなり、天気もいいし何だか突っ走りたい気分になった――という気持ちは分からなくはありません。ですが、それは『気持ち』で留めておいてほしいものです。カナタもどうして乗っかってしまったのですか、無駄に疲れるだけなのに」


「ご、ごめんよレイ。何か楽しそうだなって思って……」


「本物の馬鹿ですか、あなたは……」


 呆れた口調で言うレイだが本気で怒っているようでもなく、姿勢を正すとさっさと改札へと向かっていった。

「怒られちゃったね」と眉を下げる銀髪の少年に、マナカは「そうだね」と苦笑する。

 カナタとの距離だけでなく、レイとも少しずつだが仲良くなれているのかもしれないと彼女は思う。最初の訓練の日、走り込みでへばっていたカナタを罵倒したレイへの第一印象は最悪だった。それでも、遊園地に一緒に行ったり、彼の訓練での姿を見たりしていくうちに、その印象も変化していった。

 それが完全に好転したのは、中間試験での戦闘。彼が懸命に仲間を指揮する姿に、理想への「契約」を持ちかけるほど信頼が芽生えていた。

 レイのほうもそれは同じだったのだろう。あの試験の日以来、これまでマナカへの言葉の節々にあったトゲがなくなっている。

 


 モノレールに乗り込み、都市の中央区角へと移動する。

 狭い都市内のスペースを有効活用するため、『異形』襲来以前に主流だった電車に代わって交通の要となったのが、このモノレールだ。

 学園や住宅街、繁華街や歓楽街、中央の『レジスタンス』本部、政府……『新東京市』の各所を結び、街のどこからでも見上げられるこの乗り物が、マナカは好きだった。

 地下都市ジオフロントに追い込まれてもなお活発に生きようとする人の意志を、彼女はそこに感じるのだ。

 人と人とを、場所と場所とを繋げる――究極的に言えば、地下都市と地上とを繋げる、そんな存在になりたいと彼女は思う。


「ねえ、カナタくん。私の理想を聞いたとき、どう思った? 絵空事だとか、興味ないとか、内心では笑い飛ばしたりしてたのかな」


 普段の生活の中で彼女が「理想」について語ることは殆どなかった。

 だから、ふと訊ねられてカナタは驚いた。

 隣に座るマナカの横顔は、どこか遠くを見ているようで、それでいてぼんやりとせず現実を直視しているように捉えられる。

 向かいの席のレイが手元の本から視線を上げる中、カナタは答えた。


「……しょ、正直、できるわけないって思った。ぼ、僕ら人類に未来なんてない――そう思い込んでたから。で、でも……それは、僕が未来を見ようとしていないからだって、気づいた。み、未来がどうなるかとか、僕には何も分からないけど……きっ君や、レイと同じ未来を歩みたいって、思えるようになったんだ」


 初めてカナタの口から言葉として紡がれた、彼自身の意志。

 母親に戦うことを強制されて学園に入学した彼は、仲間たちとの交流の中で変わりつつあった。

 人を信じることを知った。誰かを大切に思い、寄り添う尊さを知った。人の善意も悪意も知った。部屋に独りで閉じこもっていた時には決して知り得なかった様々なことを、彼はこの三ヶ月の間に身につけていた。


「だっ、だから、これからの訓練や試験を頑張って、卒業を目指す! そ、それから『レジスタンス』に入って、宇多田さんや風縫さんと同じエースパイロットになるんだ。ね、レイ?」


「急に振らないでくださいよ。まあボクも志は同じですが」


 真剣な面持ちでカナタの台詞を聞いていたレイは、そう言われてぎこちなく頷く。

 マナカの影響を受けたカナタに影響されてしまっているのが、彼にはどうにもむず痒い。

 ――だが、悪い気はしなかった。むず痒く感じるのは、ただ慣れないためなのだ。


「もうすぐ中央区画ですね。荷物の置き忘れには気をつけて」


「早乙女くん引率の先生みたいだねー。シバマルくんが先生呼びするのも分かる」


「あの駄犬のせいでその渾名あだなが広まりつつあるのは、ボクとしてはちょっと困るのですが……」


 マナカの声音は弛緩していた。カナタが同じ理想を見据えてくれていると改めて聞き、安堵しているのだろう。

 そんな彼女の言葉にすっかり板についた溜め息を吐いてみせながら、レイはふと思う。


 ――父親に、会ってしまうかもしれない。


 今日の目的地はカナタの自室がある『レジスタンス』の研究所。兵士や士官たちの集う本部に隣接された、SAMや魔法に関する研究を行う施設であり、早乙女アイゾウ博士の勤務先だ。

 彼と父はずっと疎遠だった。姉を助けられなかったレイに対し、父親は彼を愛したいと思いながら、同時に憎んでもいた。

 それは自らの罪の結果だとレイは受け止め、贖罪のためにSAMパイロットとしての出世を目指し、訓練に励んできた。――許してもらうまでは会うまい、と心に決めて。

 

「れ、レイ、どうしたの? かっ顔色、悪いよ?」


「単なる乗り物酔いですよ、降りれば楽になります。心配いりません」


 目の前の少年と違って簡単に嘘が口から流れ出す自分に、レイは嫌悪感を抱く。

 それも一切窺わせない笑顔で答えた彼は、真っ先にモノレールを降り、重い足を鞭打ちして改札へと急ぐのであった。



 白一色の壁が眩しい、上空から見て『回』の字を描いた建物。

 その高さ自体は6階建てのビル程度であるが、面積は中央区画の半分を占める規模であり、地下にはSAMの製造工場も備えているという巨大施設である。

 施設見学という建前で入場を許されている三人は、ひとまず門を抜けた先のエントランスホールの受付で手続きを済ませる。

 出勤してくる研究者たちが好気の視線を向けてくる中、カナタは『案内役』を買って出た女性が来るのを静かに待っていた。

 と、ほどなくして――。


「おはようございます、月居カナタくん、早乙女・アレックス・レイくん、瀬那マナカさん。お久しぶりです、今日はよろしくお願いしますね♡」


 金色のふんわりとした髪にウェーブをかけた、柔和な雰囲気の女性。

 青い『アーマメントスーツ』を普段着として着用している【イスラーフィール】のパイロット、宇多田カノンである。

『レジスタンス』内で男女問わず人気を集める美貌と親しみやすさを兼ね備えたカノンは、よく通る綺麗な声で挨拶してきた。


「お、おおお久しぶりです。あっあ、あのっ、今日は、えっと……」


「緊張しなくても大丈夫ですよ。そちらの要望は予め把握しています。それに沿って見学コースは私が組みましたから、安心して付いてきてくださいね」


「あ、ありがとうございます。じゃあ、早速……」


「ええ。研究所見学、レッツゴー! です♡」


 ウィンクしつつ小さく拳を上げるカノンに、マナカは戸惑いながらも「おー!」と応える。

 狼狽えるカナタと冷たい視線を注ぐレイ。

 そんな二人にくすりと笑みを浮かべ、歩き出したカノンは歌うように言った。


「この前の『異形』パイモンについて、面白いことが分かりました。末端の研究員は知らないことなので、大っぴらには語れませんが……知りたいですか?」

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