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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第十章 比翼の絆

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第二百四十五話 卑怯者 ―marionette―

「……本気で言ってるんですか」


 アスマにはタカネの発言が信じられなかった。

 自分たち『レジスタンス』が『リジェネレーター』が理知ある【異形】との宥和を果たすのに先んじて、彼らの本拠地を陥落させる。

 出来るわけがない。そもそも彼らがどこを拠点にしているかも判明していないのだ。【七天使】が潰滅した今、戦力も圧倒的に不足している。

 だが、タカネの口ぶりに嘘はないように聞こえた。彼の言葉の裏には揺るぎない自信が滲んでいる。到底ハッタリだとは思えない。


「私は本気だよ」


 タカネは短く言った。

 眼鏡の奥から鋭い眼光が少年を捉え、射止める。

 

「……何を根拠に」

「理知ある【異形】の本拠地にはあらかた見当がついている。あとはそこを落とすに足りうる戦力を備えるだけだ」


 言う前にさりげなく、タカネはヤマトとのビデオ通話のミュートを解除した。

 突然音声を切られて困惑していたヤマトだったが、ふと届いた盟友の台詞に目を見開く。


『それは本当なのか、タカネ!?』

「ああ、真実だとも。そしてその戦力を生み出すのが、ここにいる九重アスマ少年だ」


 皇太子の登場にアスマは静かに息を呑む。

 名指しされた彼はヤマトの映るPCの画面を見下ろし、それから反射的にその場に跪いた。


「九重くんには今後も私の下でSAM開発に携わってもらう。彼にはSAM【アザゼル】の改良をはじめ、現存する機体を凌駕する最新世代機――第七世代のSAMを設計させるつもりだ」

『第七世代……! 六世代機がリリースされてまだ一年も経たないのに、もう出るのか!』

「革新がなければ理知ある【異形】に叶わないと思い知らされたばかりだからね。九重くんに重荷を押し付けてしまうのは、少々心苦しいが」


 顔を輝かせるヤマトに不敵な笑みを返すタカネ。

 純粋に期待を寄せてくれている皇太子に、アスマは流されるまま頷いてみせるしかなかった。

 ヤマトが【異形】の絶滅を願っていることはニュースに疎いアスマでも知っている。【七天使】の訃報が届いて間もない今、皇太子にこれ以上の心痛をかけさせたくはなかった。


『期待しているぞ、九重アスマくん。先の戦いで『プルソン』を討ったという君の一層の活躍を、楽しみにしている。願わくば、君のSAMが全ての【異形】を滅ぼさんことを』


 混じり気のない憎悪を瞳の中に渦巻かせ、皇太子は少年に期待の重石を容赦なく乗せていく。

 脂汗を滲ませるアスマは反駁しようとして、何も言葉を出せなかった。

 これまでの彼であったなら、相手が皇族だろうがお構いなしに自分の意見をぶつけていただろう。しかし彼は変わってしまった。戦いの中で人の優しさに触れ、人を想うことを覚えてしまった。

 

「……分かり、ました」

『次なる作戦は新型機のロールアウトが済み次第だったな、タカネ?』

「ああ。全ては九重くんの働きにかかっているが、年内には決戦に臨む予定だ」

『早いな。流石は我が盟友だ。……ところで、先程言っていた【異形】の本拠地についてだが……』

「済まない、それは相手が君であっても今は教えられない。その時が来るまでこの情報は門外不出にすると決めているのでね」


 聞くべきことを聞いたヤマトは、『今夜はこの辺にしておこう』と言って通話を切った。

 二人きりの執務室に静寂が訪れる。

 立ち尽くしてタカネを睥睨するアスマは少しの間を置いて、絞りだすように責めた。


「……あなたは、卑怯だ」

「好きに言え。私は盟友の悲願を叶えるためだったら、誰でも道具にするさ」


 誰かのために何だってやる人間の背中をアスマは追ってきた。

 もういない先輩の真剣な顔と目の前の男の顔とが重なり、少年は思わず頭を振る。

 

「ヤマトは苦しんでいる。強いショックによって失語症となった過去を乗り越えた今でも、薬漬けになって悪夢に耐えているのだ。彼と同じ苦痛を抱えている者はこの都市の中に多くいる。彼らの安心を取り戻すためにも、我々は【異形】を何としても討たねばならない」


 その大義名分は不安定な少年を戦いの場に縛り付けるには十分すぎた。

 立ち上がった男は少年の肩に手を置き、言い渡す。


「英雄になれ、九重アスマ」


 アスマには自由にSAMを作れる環境があれば良かった。

 自分のことを認め、受け入れてくれる人間がそばにいればそれで良かった。


「……SAMは作りますよ。でも、あなたがまた人を撃てと兵たちに命じるなら、僕は今度こそあなたを見限る」


 自らの中の欲求と与えられた使命とを天秤にかけ、量り出した答えがそれだった。

 タカネは満足そうに頷き、「ありがとう」と人のいい笑顔で言う。


「君に『プルソン』を討った英雄という肩書を押し付けてしまって申し訳なかった。だが、許してほしい。【七天使】が潰滅してしまった現状、これ以上人々の不安を増幅させることは避けたかったのだ」

「既成事実を作るだなんて、やっぱりあなたは卑怯だ」


 テレビも新聞も既にアスマと【アザゼル】を新たな英雄として掲げている。

 今さら取り消せない状況を予め用意していたタカネに、アスマは恨めしげな視線を送った。


「……そう言われても仕方のないことをしたと、私も思っているよ」


 それ以上何を言う気にもなれず、アスマは踵を返した。

 少年が無言で部屋を出ていった後、その場に残されたタカネは眼鏡を外して薄布で拭きながら呟きを落とす。


「哀れなものだな……大人の奴隷から脱せない子供とは」


 男は九重アスマに過去の自分を見ていた。

 周囲の大人たちに翻弄され、無責任な期待をかけられ、金と権力に目がくらんだ者たちの餌食となっている。政治の名家と財閥という違いはあるが、境遇としては似たようなものだ。

 牧村はアスマの瞳にタカネと同じものを見出したようだが、それもあながち間違っていなかったのかもしれない。

 ならば――いずれ、彼も大人に牙を剥くだろう。


(その時が来るならそれでもいい。【七天使】どもと同じく、戦場で葬るのみだ)


 蓮見タカネには『リジェネレーター』襲撃作戦の成否など、始めからどちらでも良かった。

 成功すれば悲願の障害を排除でき、失敗でも【七天使】という彼の掌中に収まりきらない不穏分子を片づけられる。

 結果としては後者に終わり、これで【七天使】というポストに彼の意のままになる人間を就かせることが可能となった。


(この世界は私のものだ。人類を脅かす【異形】さえ消えれば、全ては私の支配下となる)


 男を突き動かし続けているのは、際限なき支配欲。

 肥大した承認欲求。少年時代に自らを縛った親への反発。それらが合わさって彼を駆り立て、傲慢にした。

 タカネの覇道は止まらない。『リジェネレーター』の主力を都市外に締め出した今、彼を阻む者はもはや存在しなくなっていた。



『「リジェネレーター」対異形部隊、壊滅か』


 新暦二十二年二月二十二日、各新聞社やテレビ局は一斉にそう報じた。

『対異隊』が地上探索作戦に出立してからちょうど一週間が経った、朝のことだった。


『痛ましいことだと思っています。まさか、我々の知らぬところで理知ある【異形】が現れ、彼らを襲撃するとは……。先日の「プルソン戦役」とほぼ時期を同じくしての戦い――無関係と考えるのは、あまりに楽観的でしょう』


 蓮見タカネはその日の夕刻、記者団を前に沈鬱な表情で語った。

『リジェネレーター』の部隊は生存者を一切残さず壊滅。『レジスタンス』が確認した時には既に戦いは終結しており、そこにはSAMや飛空艇の残骸が転がるのみだったという。


『これは【異形】の勢力からの挑戦と言わざるを得ません。人と【異形】との対話を望む「リジェネレーター」は、おそらく戦場でもその理想を主張したはずです。にも拘らず、彼らは完膚なきまでに叩きのめされた。それが意味するところは、対話への完全な否定。そして、「リジェネレーター」の理想の敗北であります』


 学生が、サラリーマンが、主婦が、老人たちが、各々テレビやスマホを食い入るように見つめ、タカネの演説に耳を傾けていた。

 多くの者が言葉を失い、衝撃に打ちひしがれている。

『リジェネレーター』は鬱屈した都市に住まう若者たちにとって、将来を打開する希望であった。それが根本からへし折られたのだ。灯火を失った彼らは縋る道を無くし、再び暗中を彷徨うこととなる。

 だが、そこに光を当てるのが蓮見タカネという男だった。


『ミコト殿下をはじめとする尊い命を無残に奪った【異形】の勢力は、断じて許されません。奴らに我々と共生する意思はない。それが明白となった今、我々が取るべき選択肢はたった一つ――【異形】の勢力を、討滅することです』


 人々の【異形】への憎しみを煽る。

 ミコトたちの弔い合戦であるという大義を掲げ、『リジェネレーター』側であった人々をも巻き込んでタカネは最終決戦へとシナリオを進めんとしていた。


「ミコトさま……!」

「くそっ、なんで……」

「やっぱり、【異形】は人類の敵でしかなかったの……?」


 悲しみ。戸惑い。迷い。

『リジェネレーター』の支持者たちの中にそういった感情が広がっていくのが、タカネには手に取るように分かる。

 それらを拾い上げ、掻き混ぜて、一つの大きな流れを生み出すのだ。


『人々よ、声を上げるのです。人々よ、立ち上がるのです。人々よ――戦うのです!』


 拳を固く握りしめ、タカネは強い語気で訴える。

 今すぐに市民全てが賛同することはないだろう。重なった訃報に打ちのめされ、希望を失い、考える余裕すらない者も多いはずだ。

 必要なのは時間だ。そして、その間に人々の意見を固めるための外堀を埋めることだ。

 マスメディアはその風潮を作る発端だ。次第にそれに影響された人々の中から、自主的に声を上げ始める者たちが現れる。そうなればあとは放っておくだけでいい。

【異形】と戦わなければ自分たちに生きる道はない。

 人々の思いはやがて、そこに収着するだろう。


『我々は全身全霊を賭して【異形】に抗う所存です。今日この場に馳せ参じた新たなる【七天使】が、奴らを討つ次代の英雄となるでしょう』


 タカネの紹介を受け、舞台袖から七人の若者たちが登場する。

 司令の前に横一列で並ぶ彼らのセンターに立つのは、九重アスマ少年だ。

 決然とした面持ちで佇む少年は真っ直ぐ前だけを見据え、静かに敬礼した。


『【七天使】が一機、【アザゼル】のパイロットを務める九重アスマ大尉であります。蓮見司令に任命された新たな【七天使】の長として、全力を尽くします』


 この場の誰よりも小柄でありながら、誰よりも凛然とアスマは名乗った。

 焚かれるフラッシュの雨は彼の門出に対する祝砲だ。

 もはや引き返せない血と闘争の道に少年を送り出した男は、眼鏡の下で微かに目を細め、新たな天使たちに拍手を贈った。

 わずかに遅れて取材陣もそれに続く。

【七天使】の若者たちが高揚感をあらわにするなか、しかし九重アスマだけは一切表情を動かすことなく、黒い瞳でカメラの先を見つめ続けていた。

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