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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第十章 比翼の絆

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第二百四十二話 相棒《バディ》 ―Recurrence.―

 レイは、生きるための気力を取り戻したカナタに現状を語って聞かせた。


「ボクたちの機体は『フェネクス』に爆破されて、跡形もなくなりました。コックピットだけは形を留め、こうしてボクらは生きて地上に墜ちたわけですが……まさに奇跡としか言いようがありません。この事象の解を導くならば、『コア』の――マナカさんとマオさんの加護、と考えるほかないでしょうね」

 

 通常ならば確実に死んでいた。レイが撃墜した【サハクィエル】のパイロット、風縫ソラのように。

 にも拘らず生きていられているのは、何らかの「保護」があったと考えるのが妥当だ。そしてあの状況でそれを成すことができたのは、マナカとマオしかいない。

 

「まっマナカさんと、マオさんは……ど、どうなったの……?」


 おそるおそる訊いてくるカナタの視線を、レイは直視できなかった。

 彼女らの魂が刻まれている『コア』が無事でいる確率は高くない。彼女らが残り少ない魔力をカナタたちを生かすために注ぎ込んだとしたら、自身を守れるだけの余力はなかったはずだ。

 無言、それが答え。

 察したカナタは唇を噛み、それでも頭を振って言葉を発した。


「れっ、レイ。れ、レイは……こっ、壊れた【ラファエル】の『コア』を見たの?」

「……確認してはいませんが。可能性としては、無事でいる確率は低いとしか……」

「じっ実際に見たわけじゃないのなら、ま、まだマナカさんたちが生きている可能性はある」


 カナタはまだ諦めてはいなかった。

 可能性が万に一つでもあるのなら、そのか細い光を手繰り寄せたい。

 その強い意思を宿した瞳に射貫かれて、レイは恥じた。

 確かめる前から結果を決めつけ、行動の選択肢から外した己の弱さを。


「あっ雨が上がって、『スーツ』が乾いたら、そっ外に出てマナカさんたちを探そう。き、きっと、そんなに離れてないはずだよ」

「……まあ、ボクたちのコックピットも偶然かもしれませんが、近くに墜ちていましたからね。探すこと自体は賛成です。ですが……問題は、SAMなしでどうやって外を歩くか、ですね」


【異形】の跋扈する地上を丸腰で歩き回るなど、紛れもない自殺行為だ。

 雨上がりならなおさら、木陰などに身を隠していた彼らが姿を現していることだろう。

 問題点を提示するレイにカナタは少し黙考した後、一つの案を出す。


「……ぼっ、僕の『獣の力』を使う。くっ『交信クロッシング』で索敵しながら歩けば、【異形】との遭遇は避けられるはずだよ。SAMなしでの『交信』の使用は、もう実証済みだから」

「……君に頼り切りになる、ということですか」


 レイは『獣の力』を持たない。SAMから一歩外に出てしまえば、何もできない。

 悔しさをあらわにするレイに、カナタは思わず苦笑いした。

 相棒の背中をポンと叩き、言う。


「たっ頼ってよ、レイ。ぼっ僕たち、相棒バディでしょ?」

「バディ、ですか……」


 カナタの口から初めて出た言葉を、噛み締めるように繰り返す。

 悪い響きじゃない、とレイは思った。二人で一つ、そんな間柄を表すこの上ない言葉だ。


「そうですね。ではバディとして、ここは君を頼るとしましょうか」

「えへへっ、まっ、任せといて!」


 得意げに胸を張るカナタに、レイもつられて笑みをこぼした。

 気づけば、雨は止んでいた。



『アーマメントスーツ』を着直して、コックピットを出る。

 雨上がりの日差しの眩しさに目を細め、吸い込む冷気に顔を顰める。


「やっ、やっぱ寒いね……」

「まあ、これが地上ですから。……では、さっそくですが『交信』を」


 うん、と頷いてカナタは目を閉じ、意識を集中させた。

 発動した『獣の力』によってたちまち彼の銀髪は逆立ち、爪牙が鋭く伸びていく。

 その様子を横目にレイは対異形用のライフルを構え、耳をそばだてて周囲を警戒した。

 聞こえるのは微かな風音と、木立の葉擦れの音のみだ。


「……っ、カナタ……」

「だっ大丈夫だよ。この辺りには敵意を持った【異形】はいないみたい。少なくとも半径百メートル以内には」


 赤くなった目を弓なりにして知らせてくれる相棒に、ほっと安堵の息を吐く。

 SAMの魔力レーダーがないとこうも不安になってしまうのか。分かってはいたことだが、百メートル進むごとにこの不安がし掛かってくると思うとレイは胃が痛くなってしまう。


「すっ、進もうか」


 立ち竦んでしまっていたレイの手を引いて、カナタは猫のように足音を立てずに歩き出した。

 湿り気を帯びた地面を踏みながら、レイは相棒の背中を見つめる。

 大きな背中だ。レイと背丈も体格もさほど変わらないのにそう思えてしまうのは、今のカナタが昔よりずっと頼りがいのある人物に成長を遂げたからだろう。


「あっ、あそこに鳥が飛んでるよ。なっなんて種類かなぁ」


 ……と、無邪気に口にする様子は変わらないが。

 レイが過去を乗り越えて成長したように、カナタもまた、一つの悲しみを受け入れて前へ進みつつあるのだ。


「あれは……!」


 百メートルを過ぎる毎に『交信』を行い、周辺に【異形】がいないのを確認して進む。

 それを何度か繰り返したカナタとレイは、ふと、針葉樹の幹に黒ずんだ金属片が刺さっているのに気づいた。

 逸る気持ちを抑えつつ足早に近寄ってみる。手のひら大の金属片を手に取り、吟味するように見つめるカナタは、ややあって「……ら、【ラファエル】のだ」と小さく呟いた。


「やはり……! これで他のパーツがそばに落ちている可能性は高まりましたね」


 こくり、と目を弓なりにして頷くカナタ。

 辺りの木陰を覗いてみると、他にも幾つか破片のような装甲のパーツが散らばっているのが見つかった。

 その後も調査をしていったところ、同じような小さい部品が半径数百メートルの範囲に点在していることが分かった。

 

「……一旦戻りましょう、カナタ」

「でっ、でも……」

「もう少し探したい気持ちはやまやまですが、あまりコックピットから離れるわけにもいきません。それに、『交信』の連続使用で君にも負担がかかっています。戻って休んだほうがいい」


『コア』をはじめとする比較的大型のパーツは一切、発見できなかった。

 その歯痒さと焦燥感に駆られているカナタに、レイは冷静に促す。

 調査開始から約一時間。地上の日暮れが早いことも考慮すると、そろそろ引き返さなければ不味い。


「さあ、カナタ――」


 相棒の呼びかけに少年は答えなかった。

 黙り込むカナタの強張った横顔を目にして、レイは凍りつく。

 その表情は異変を如実に伝えていた。

 咄嗟に対異形ライフルを構え、周囲を見回す。

 相棒と背中合わせに立つレイは、全身から脂汗が滲み出るのを感じながら乾いた唇を震わせた。


「……『交信』でも捉えられなかった、【異形】……!」


 レイよりもいち早く、本能で敵の出現を察知していたカナタは首肯する。

 姿はまだ見えない。だが、耳を澄ませば足音が迫ってくる。

 苔の生えた地面を駆ける、軽くしなやかな音。

 数は一体。体躯は小型から中型。


(――一発で撃ち抜く)


 僅かな音から敵の情報を読み取ったカナタは、レイの腕を引いて立ち位置を入れ替えさせた。

 相棒が悔しげに顔を歪める気配。だが今はそれを無視して、カナタは意識を急迫する【異形】へと集中させた。

 目を閉じる。

 感覚の全てを聴覚に注ぎ込む。

 小刻みに地面を打つリズム。ハァハァと荒い呼吸。その一歩一歩が近づいてくるなか、最善のタイミングをただ静かに、待つ。


(――そこ)


 閉ざした瞼を引きちぎる。

 瞳に映るは痩躯の人狼。カナタ班の面々と共に交戦した、新型の『狼人型』だ。

 冷徹に撃ち放った一射が【異形】の左胸へと吸い込まれるように飛び込んでいき、穿ち抜く。

 

「……っ……」


 即死して崩れ落ちた『狼人型』を見下ろして、カナタは俯いた。

 殺さなかったら殺されていた。これは自分たちにとって必要な殺生だ。

 だが、それよりもカナタには悔やむべきことがある。


「ごっ、ごめん、レイ。ぼっ僕の状態が万全だったなら絶対に察知できた相手だった。ち、近づかれるまで捉えられなかったのは、僕のミスだ」


 疲れから敵の接近にぎりぎりまで気づけず、相棒を危険に晒した。

 レイにとってはカナタだけが地上での命綱であるというのに、その役目を十分に果たせなかった。


「こっ怖い思いさせて、ごめ」

「謝るのは後です、カナタ。早くこの場を離れないと、血の臭いを嗅ぎつけて新手が――」


 謝罪の言葉を遮って促すレイ。しかし、彼はすぐに口を閉ざさざるを得なくなった。

 聞こえてくるのは獣たちの唸り声。

 低く重なり合う殺意の重奏に、少年二人の足は地面に縫い付けられてしまう。

 人の身体では逃げたところで追いつかれるだけだ。銃で迎撃しようにも、複数体同時に相手取るのは無理がある。


 ――終わった。


 その一言が脳裏を過ぎった。

 まだ、マナカとマオの『コア』を見つけられていないのに。

 まだ、共に生きようと誓ったばかりなのに。

 自分たちはここで、終わる。

 

「……ッ」


 それでも。

 カナタも、レイも、何もせずに喰われる道を受け入れたくはなかった。

 相棒に自分が先に倒れるところを見せまいと、彼らは銃を構え、木陰より現れる『狼人型』の群れを睥睨する。


「ああああああああああッッ!!」


 撃つ。撃つ。撃つ。

 乱れる弾道は目標を捉えるに至らない。

 赤く光る爪牙が人の矮小な肉体を切り裂こうとした、その瞬間――。

 光が、迸った。

 響く断末魔の叫び、肉塊が崩れる鈍い音。

 何が起こったのか理解できず、少年たちが啞然と立ち尽くすなか、その者は開口した。


『あの墜ちた鉄人形の持ち主は、君たちかな?』


 空から降ってきたのは男の声だった。

 少年二人は顔を上げる。

 黒いマントに身を包み、額から牛の角を生やした青い肌の青年が、そこにいた。

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