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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第十章 比翼の絆

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第二百三十八話 強襲の不死鳥 ―Appearance!―

『レジスタンス』が『リジェネレーター』の地上探索部隊を奇襲したことから始まった一連の戦いは、これにて幕を閉じた。

 海軍のミラー大将は、両組織の迅速な救助を指示。

 救護班の手によって満身創痍のパイロットたちは【エーギル】内のメディカルルームに移送され、必要な処置を受けた。

 魔力補給を済ませた【テュール】と【エクソドゥス】の両艦は、それぞれ別のルートで帰還。前者は『新東京市』へ、後者は【エーギル】と共に当初の予定通り小田原港へ向かうこととなった。


「人が人を攻撃する……決して起こってはならない旧暦の時代への逆行が、現実となってしまった。その暴虐を我々は許容しない。断じて、絶対、何があろうとも」


 ミラー大将はCICの一同を見渡しながら、決然と意思表明した。

 異分子を恐れる感情、それは誰もが持ちうるものであり、否定すべきではない。

 だが、その感情に振り回されて凶行に走るなど言語道断だ。

 軍人が力を持つのはひとえに、国家とそこに生きる市民たちを守るためだ。同士討ちのためではない。

 

「大将、では……」


 グローリア中佐は大将に指針を問う。

 男の腹の内は決まっていた。


「海軍は断固として今回の奇襲作戦に抗議する。本来あるべき軍隊のかたち……それを忘れ、凶行に及んだ蓮見タカネ司令を認めはしない」


 その言葉が意味するのは、即ち『レジスタンス』本部への離反だ。

 蓮見タカネに反旗を翻し、『リジェネレーター』側に付く。

 自らの保身を捨て置いて、ミラー大将は己の立ち位置を明確にした。


「これは私の独断である。故に、お前たちにそれを強制するつもりはない。だが……考えてみてくれたまえ。自分の大切な人が、他の誰かの大切な人を傷つける――それがどれだけ悲しいことかを」


 熟練の将官は若き士官たちに問う。

 大事なのは上に言われたから従うのではなく、自分たちで考えて行動すること。

 蓮見タカネの一存で起こったであろう今回の事態を受け、ミラー大将はそれを痛感していた。


(究極の縦社会である軍隊……有史以前から続いてきたその在り方も、見直すべき時に来ているのかもしれんな)


 物事や価値観が目まぐるしく変化する時代の最中に、自分たちはいるのだ。その大渦に呑まれ、揉まれていく若人たちの先導者として、ミラー大将やグローリア中佐といった年長者は正しき道を模索していかねばならない。


「帰港次第、士官たちを集めての軍議を執り行わなくてはなりませんね。立場上、貴方の決断に賛成できない者もいるでしょう。それも込みで今後、どうしていくか……熟考しなくては」


 神妙な面持ちで言うグローリア中佐に、ミラー大将は重々しく頷きを返した。

 今回の事変には水無瀬ナギをはじめとする海軍のパイロットたちも参戦していた。彼らの出撃は上層部には秘密裡に行われ、ミラー大将らがそれを知った時にはもう遅かった。

 参戦せずともナギたちに同調していた者は皆無ではないだろう。海軍という組織が真っ二つに割れる可能性は大いにある。

 グローリア中佐はその点で既に覚悟を決めているようである。ミラー大将もまた、豊かな顎髭を擦りながら溜息を吐き、腹を括った。

 と、そこで彼はコンソールの前で項垂れている青年に目を向け、声をかける。


「その様子ではまともに戦えんだろう。一旦席を外せ。私が許可する」

「……はい。すみません」


 そう消え入るような声で言うのは湊アオイだ。

 弟同然に可愛がっていた後輩の水無瀬ナギが、戦いの果てに『コア』との『同化現象』を起こし、脳死状態に陥ったのだ。憔悴するのも無理はない。

 立ち上がって幽鬼のような足取りでCICを出ていくアオイを見送り、ミラーはまたも溜息を吐いてしまう。

 この事変で『レジスタンス』が喪ったものは、あまりに大きすぎた。英雄視されてきた【七天使】の多くが戦いの中で散っていった事実は、兵士たちの心に色濃く影を落としている。



「申し訳ないわね。部外者のアンタたちに操縦を任せることになってしまって」


【エクソドゥス】の|戦闘指揮所(CIC)にて、マトヴェイは手を貸してくれている海軍の士官たちに頭を下げた。

 彼は今、点滴で魔力補給薬を打ちながら司令席に座している。

 衛生兵たちから休むように促された彼だったが、『リジェネレーター』の総指揮官としての責任を果たすべく要請を断っていた。


「現状、付近に脅威となる【異形】は確認されておりません。あまり気を張らず、ここは小官らにお任せください」

「頼もしいわね。本当に……ありがとう。アンタたちが来てくれなかったら、アタシたちは間違いなく全滅してたわ」


 心からの感謝の言葉に、海軍の若者たちは微笑みを返す。

 理想のために戦い抜いた『リジェネレーター』の者たちに敬意を表し、彼らを無事に港まで送り届けようと気を引き締めた。


「前方五百メートル地点より強力な魔力反応を確認! 接近しています! ――速い!?」

「総員、第一種戦闘配置!!」


 と、その時レーダーが捉えたのは急速に近づきつつある魔力の大波。

 突如として現れたそれに対し、海軍の面々はすぐさま戦闘態勢に移行した。


「『対異形ミサイル』照準! 撃てッ!」

「れっ、レーヴァ……」


 ミサイルの発射に続いて【レーヴァテイン】の射出を命じようとした士官は、そこで口ごもった。

 魔力消費を考えて躊躇している彼にマトヴェイは語気を強め、叱咤した。


「躊躇いは見逃せない隙を生むわ! アタシたちへの配慮はいい、好きなだけ撃ちなさい!」


 満身創痍な『リジェネレーター』の人間を気遣い、魔力消費を抑える必要はない。

 マトヴェイが戦いにおける一つの指針を示したことによって、海軍の士官たちは一瞬失いかけた精彩を取り戻した。

 CICのモニターに敵影が映る。

 

「……っ、でかい……!」


 士官たちが息を呑み、マトヴェイはその美麗な顔を歪める。

 紫紺の炎のごときオーラを翼に纏う、巨大な黒い鳥の姿。

『対異形ミサイル』と【レーヴァテイン】を真正面から食らっても傷一つ付いていないその【異形】を前に、皆が戦慄した。

 美しくも物悲しいソプラノの旋律を喉から奏でる黒鳥の【異形】は、その翼を羽ばたかせ、大風を生み出す。


「くっ――!」

 

 突風に飛空艇が激しく揺られ、乗員たちは手近なものに掴まりながら倒れまいと踏ん張った。

 司令席の肘掛に爪を食い込ませるマトヴェイは、モニターを睥睨して呟く。


「……未確認の【異形】ね。このサイズ、それに【エクソドゥス】の火器をものともしない耐久……『第一級』の可能性が高いかしら」


 赤髪の将はそう忌々しげに吐き捨てた。

【エーギル】がいるとはいえ、第一級を相手取るとなると面倒だ。海軍は強力な飛空挺や空母を保有しているが、SAMに関しては陸・空軍と比較して弱い。彼らの主な役目は海に蔓延る低級【異形】からの航行ルートの防衛であり、地上に棲むことの多い『第一級』との直接対決は滅多に行わないのだ。


(海軍のパイロットたちは第一級との戦闘経験に欠ける。彼らには荷が重い――いいえ、それでも信じなければ。【機動天使】や【七天使】が機能していない今、満足に戦えるのは彼らだけなのだから……!)


 思考しつつ、マトヴェイは【エクソドゥス】の長としてCIC全体の舵を取っていく。

 と、そこで【エーギル】のミラー大将からの通信が入った。


『バザロヴァ総指揮官! 【エーギル】のSAM部隊であの鳥型【異形】を取り囲む! 敵の動きが抑えられたタイミングで貴官らは魔力砲撃を放ってくれ!』

「了解しましたわ、大将! ――信じておりますわ」


 こちらからSAMを出せない状況が心苦しい。だが、だからこそマトヴェイはミラー大将に全幅の信頼を表明した。

 おんぶにだっこ、それは仕方がない。今は彼らの武運を願い、生まれた隙に全力の攻撃を通すのみだ。

 礼は戦果で。それがマトヴェイ・バザロヴァという軍人のモットーである。


『第一、第二、第三小隊出撃!』


【エーギル】の射出機カタパルトデッキから、飛行ユニットアラエルを背に装着した計十八機の【イェーガー・海戦型】たちが飛び出していく。

 鳥型の第一級【異形】は現れた新手に即座に反応。

 紫紺の陽炎揺らめく翼を一振りし、禍々しいオーラをSAMたちへぶつけんとした。


「回避――ッ!」

 

 上下に散って直線上に放たれた攻撃を躱すSAM部隊。

 彼らはその動きを止めぬまま、流れるように上と下からの挟み撃ちを敢行した。

 

ぇッ!!」


 構えたランチャーから射出された『対異形ミサイル』が、【異形】の首元へと吸い込まれるように飛んでいく。

 そのコントロールには一分の隙もない。鳥型がそれを回避することはままならず、急所への攻撃をまともに着弾させた。


「よし、避け切るほどの素早さはないみたいだな!」

「ああ。このまま攻め切――」


 手応えを感じる仲間に頷きを返す一人の兵士。

 だが、彼は起こった現象を前にして口を噤んだ。

 ミサイルの直撃によって羽毛の下の肉が弾け飛び、頸の骨があらわになっている鳥型【異形】。毒々しい緑色の血液が流れ落ちるその傷口は、白い蒸気を上げながらみるみるうちに再生していたのだ。

 傷跡が塞がり、消し飛ばされたはずの肉が湧き上がって、羽毛が新たに生え変わる。

 ものの数秒で行われた驚異的な再生劇。

【異形】は攻撃を避けきれなかったのではない。どうせすぐに回復できるのだから、避けきる必要がなかったのだ。


「怯むな、もう一度だ!!」


 指揮官たちは尻込みする兵士たちを叱咤し、次なるアタックに移る。

 素早く連携を取る彼らは一旦【異形】から距離を取りながら武器を持ち替え、今度は剣での接近戦に挑まんとした。

 しかし。


「――ぐわっ!?」

「くっ!?」


 瞬間、耳朶を打つのは羽ばたき一つで巻き起こった突風の音。

 女性の泣き声にも似た甲高い風切り音を聞いたその時にはもう、彼らの隊列は破壊されてしまっている。

 烈風に突き飛ばされ、散り散りになる部隊。そこに【異形】はすかさずもう一撃、風を加えた。


「――不味いわね。風に巻かれて部隊が機能していない」


 マトヴェイは目を細めてこの戦況を俯瞰していた。

 彼らが乗る【エクソドゥス】もまた、発生した突風にかれて大揺れしている。司令席の肘掛けに爪を食い込ませ、振り落とされまいと堪えるマトヴェイは、【機動天使】が出せない現状を恨むしかなかった。


「ミラー大将! 【イェーガー】部隊ではあれに対抗できない! ここは【エーギル】と【エクソドゥス】の砲撃で間断なく攻め、敵に羽ばたく隙を与えないようにするのが最善かと!」


 マトヴェイの提言にミラーは「ああ」と短く返した。

 豊かな顎髭を擦りながら、禿頭の大将は【グングニル】による魔力砲撃を指示する。

 が、【異形】はその翼に纏う紫紺の輝きをさらに強め――そのオーラを一気に拡散させた。

 鳥型の正面にカーテンの如く広がったオーラは、向かい側から撃ち込まれた青白き稲妻を遮断する。


「防衛策も備えているのですね。厄介な……」

「並みの攻撃では防がれ、ダメージを与えられたとしても即座に回復される。……討伐は極めて困難、そう判断するほかあるまい」


 グローリア中佐の呟きに、ミラー大将は同意した。

 倒せないのなら逃げるという選択肢もある。

 だが、出現から会敵までに見せたあの瞬発的な速度を鑑みると、この鳥型【異形】から完璧に逃げ切れるかは定かでない。

 どちらの選択を取るか、大将たちが決断に迫られる中――【エクソドゥス】のCICに、動きがあった。


「ぼっ、僕が……僕がっ、出ます! 出させて、ください……!」

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