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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第九章 運命の相克

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第百二十九話 極限の戦い ―dead or alive―

 視界を覆い尽くさんばかりの【異形】の大軍勢。

 密集して羽音の大合唱を奏でる『蜻蛉型』を前に、九重アスマは思わず舌打ちしていた。


「チッ……数が多すぎるんだっての!」


 二枚の盾『シールドビット』を機体の前面に展開し、それに備え付けられた砲身から漆黒の魔力光線を撃ち放つ。

 瞼を閉じた一瞬、『コア』に接続された脳内で処理されるのは光線の軌道。暗闇に浮かび上がる青い点――戦場に点在する味方機の間隙を縫って、黒い稲妻が走り抜ける。


「うおっ! 助かったぜ!」


 蝙蝠の翼を持った単眼の『飛行型』。その大攻勢に押されかけていたシバマルの窮地を、アスマが救った。


「集中を切らすな! 僕たちの戦いはまだ、終わっちゃいない!」


『レジスタンス』との過酷な戦いを繰り広げた直後である『リジェネレーター』、特に【機動天使】の面々は既に疲労困憊している。

 それでも身体に鞭打って、生き残るために運命に抗っている彼ら。

 しかしどれほど努力しようと、完璧な戦いを演じ切るのは限りなく不可能に近い。


(不味い……『リジェネレーター』の奴らがもう限界だ。決着を急がなければ、負けるのは僕たち人類だ――!)


【ミカエル】が背後からの一撃を避けられずに食らっている。

【メタトロン】が撃ち出す純白の光線が、標的のワームホールに達する前に虚空へ掻き消える。

【ラファエル】の光の一刀が、自らが風前の灯火であるのを訴えかけるように明滅している。

 ユイも、レイも、カナタも、もはや皆をリードしていける状態にないのだ。その有様は彼らの部下たちにも影響を与えるだろう。

 自陣が崩れる前に敵陣へ切り込み、何としても頭目のプルソンを倒さなければならない。


「おい、テナ! それからもう一人の『新人シンジン』! 頼りになるのはお前たちだ、僕に理知ある【異形】への道筋を示せ!」


 まるで海中に渦巻く魚群のように周囲を取り囲んでくる『飛行型』の一群。

 それに対しアスマは、機体の頭上と足元に配置した『シールドビット』を三百六十度回転させながら撃つ魔力光線で対処した。

 内側から闇に呑まれ、【異形】の群体が崩壊していく。


「アスマ、さん――分かった、です!」

「わたしはニネル! 『新人』じゃなくて、ミコトたちにもらった名前があるんだから!」


【異形】の群れを突っ切り、蹴散らし、地上へと接近していくアスマを二人の機体も追いかける。

『交信』を試すテナたちの頭の中に響く「叫び」は激しさを増すばかりだ。

 命を奪われる瞬間の痛哭。怪物たちの断末魔の声が連鎖して、無垢な少年少女の精神をえぐっていく。

 どこまでも残酷で、どこまでも悲しい。

 それが戦いだ。命のやり取りはフィクションなどではなく、現実として目の前にある。


「目を逸らしてはなりません。耳を塞いではなりません。痛くとも、悲しくとも、この辛い現実を変えるまでは――」


 胸の前で手を組み、ミコトは祈り続ける。

 彼女の思いに呼応するように【ガブリエル】の『コア』は魔力を生み出し、周囲の味方にそれを分け与えた。

 桃色に煌めくそのSAMは、まさしく戦場を照らす太陽だった。

 しかし、その癒しの光を受け取りきれなかった者もいる。


「いやっ、助けてっ! ミコトさまっ、ミコトさま――」


 地上で『豚人オーク型』の集団を相手取っていたパイロットの一人が上げた、悲鳴。

 それをミコトが耳にした時には既に、手遅れであった。

 魔力切れだ。彼女の機体が纏っていた虹色の防壁が霧散して、守るもののなくなったSAMは【異形】たちに蹂躙されていく。

 バキリ、と腕の一本が折れる音。

 そこからは立て続けに、呆気なく。

 捻じ曲げられた肩、引っこ抜かれて真っ赤な魔力液エーテルを迸らせる左腕。

 鷲掴みにされた頭部がくびと別れ、開いた大口の上まで持ち上げられたそれは、内部のパイロットごと無残に握り潰された。

 絞り出される魔力液エーテルの一滴すら残すまいと、【異形】たちは骨の髄までSAMを貪り尽くしていった。


「間に合わなかった――」


 ミコトの魔法で魔力を回復させてやれれば、防げた犠牲だった。

 桃髪の少女はその残酷な最期に顔を歪める。

 魔力を得るために食らう。それは彼ら【異形】の本能だ。それが悪だと糾弾するのは筋違い。

 悪いのは――彼らを魔法で無理やり狂暴化させ、この状況を演出したプルソンなのだ。


「理知ある【異形】、プルソン! あなたも【異形】の一体でしょう、それなのに……それなのに、同胞たちを道具のように扱う真似をして、心が痛まないのですか!?」


 怪物たちの咆哮に掻き消され、ミコトの言葉はプルソンには届かない。

 それでも彼女は問い続けた。無数の命を戦いのためだけに生み、狂わせ、使役することの是非を。



(【ガブリエル】の魔力回復で『リジェネレーター』側の戦線はどうにか支えられている。だが……長くは持つまい)


 その拳一つで押し寄せる敵を迎え撃つセンリは、上空を一瞥し胸中で呟く。

 ミコトは『リジェネレーター』の数十機のSAMを一人で支援しているのだ。

 彼女にのしかかる負担は絶大である。既に力尽きてしまっていても何らおかしくない。

 それにも拘らず彼女が戦い続けられているのは、ひとえにこの戦いに掛ける思いの強さあってのことだ。

 麻木ミオ中佐もセンリと同じく、桃色の光輝で味方を照らし続けるミコトを見ていた。


「気力や精神力が魔力の増幅に一役買うということは、早乙女博士の研究で実証済み。しかし、あれほどとは……!」


 彼女もまたミコトの底力に驚愕し、その強さを認めた。

 皇ミコトはまさしく『リジェネレーター』の柱。その柱が折れるのを何としても防がねば、両軍の勝利は絶望的になる。


「ミコトさま、私の魔力を!」


 硝子色の光線に回復魔法を込め、ミオは【ガブリエル】を支援した。

 無論、彼女とて魔力に余裕があるわけではない。消耗しきった乗員たちのために【エクソドゥス】の魔力を肩代わりしてきたばかりなのだから。

 彼女は戦場を見渡した上で、命に優先順位を付けたのだ。

 ミコトが上で、自分が下。戦略的に考えてどちらが生かされるべきかは、明白である。


(持ってくださいよ、私の身体……!)


 敵の一群に敢えて突っ込むことで『飛行型』の光線から身を隠しながら、ミオは己を鞭打つのだった。



「ありがとう、麻木中佐! これで数分は寿命が延びましたわ。ですが……戦況は依然好転していない。突破口を見出さねば……!」


 ミオに礼を言いつつ、ミコトは盤面を支配する【異形】の軍勢を見渡した。

 こうしている間にもワームホールからは新たな【異形】が溢れだしている。プルソンに辿り着かねば勝機はない。

 

(プルソンはワームホールを自在に操れる。その彼が姿を消したということは……既に別の場所に転移した? そう仮定するのでしたら、わたくしたちがプルソンを追いかけることは不可能なのでしょうか……?)


 プルソンとの接触なしにこの戦いは終わらない。だがそれは相手も分かっているはずだ。それゆえに、姿を消した。

 今ごろは勝ち誇り、ほくそ笑んでいるに違いない。


(弱気になってはいけません。何か、何か糸口があるはずです。……そう、テナたちの『交信』ならば……!)


 一縷の望みにかけるしか手段はない。

 ミコトはアスマに続いて地上へと接近しているテナ、ニネルのSAMを目で追った。

 右腕の螺旋機構ドリルを高速回転させ、自らを阻む『巨鬼オーガ型』の肉壁を強引に突破していく【アザゼル】。

 彼が開いた風穴に【イェーガー・空戦型】二機は飛び込みつつ、『交信』に注力する。

 邪魔者を全てアスマが排除してくれることで成立する、二人の『交信』への全集中。


(プルソンさん……あなたは今どこにいる、です?)


 立ち止まって瞳を閉じ、精神を研ぎ澄ます。

 理知ある【異形】プルソンに辿り着きたい、その一心で。

 瞼の裏、暗闇に浮かび上がってくるのは無数の魔力の波紋だ。全方向から押し寄せるそれらが何十、何百も重なって、混沌の様相を呈している。


「……ダメっ、ごちゃごちゃしすぎて全然わかんないっ!」

「ぼくも……プルソンさんの魔力、さっきかんじておぼえたはずなのに……!」


 ニネルもテナも、追いきれない歯痒さに唇を噛んでいた。

 魔力には生物によって特有の波長がある。ヒトが発する微弱なものから、SAMが放つ間隔の短い強烈な波、間隔は長いが一波が大きな【異形】のものまで、様々なのだ。

 そして彼らが持つ属性ごとに『交信』で感じられる色も異なる。炎属性が得意な種ならば赤色、光属性なら純白など、種族や個体ごとに違ってくる。

 プルソンの魔力波を一言で例えるなら、津波だ。

 高い高い波が間隔を置かずに一挙に押し寄せてくるような、怒濤。

 その色は黒。彼が生み出すワームホールの深奥と同じ、漆黒である。


(分からない……でも、かんじる。何か、強い魔力……)


 色とりどりの魔力が混ざり合い、どす黒く変色している。その混沌の中ではもはや、それぞれの個性はないも同然だ。

 しかしその状態にあってさえ、テナの心をざわつかせる波が複数、発生していた。

 四方に感じる魔力のうねり。幾重もの波の合間に突如として生じた、巨大な歪み。

 渦を巻き、沈み込む。あるいは竜巻のごとく突き上げてくる。

 それらの圧倒的な存在を知覚した瞬間、テナとニネルは、同時に叫んでいた。



「「つよいのが、くる!!」」



 アスマが目を見開き、ミコトが天を仰ぎ、センリが動きを止め、カナタが奥歯を嚙み締めた、その時。

 天と地に開いた四つの黒き大穴より、迸るオーラを纏いし【異形】が現れる。


『オオオオオオオオオオッッ!!』


 東方に出でるは序列十四番の侯爵、『レラジェ』。弓を構え、矢筒を背負った射手の姿をしており、緑色の衣と鼻から下を覆う薄布でその青い肌を隠している。

 西方に出でるは序列六十六番の侯爵、『キマリス』。勇壮なる黒馬に騎乗した、筋骨隆々な戦士の姿。槍を携えた武闘派に見えるが、鍛え上げられた肉体から湧き上がる魔力は魔法の強さの裏付けといえるだろう。


 南方に出でるは序列七十一番の公爵、『ダンタリオン』。複数の男と女の顔が寄り集まったキメラのごとき頭部が特徴の、痩身の人型【異形】。右手に本を持ち、何を思うか薄笑みを浮かべている。

 北方に出でるは序列二十九番の公爵、『アスタロト』。瘴気を口から撒き散らす邪竜の背に跨った、漆黒の翼を持つ女性型の【異形】である。


「こいつらを全員倒してから来い――そうとでも言いたいのか、プルソン……!」


 四方を取り囲む『第一級』の【異形】たちを見渡して、アスマは忌々しげに吐き捨てた。

 雑魚でこちら側の体力を消耗させたうえで投下された、とどめの『第一級』。

 しかも、これまで人類が戦ったことのない未知の相手が四体ときている。

 

 ――終わった。


 アスマ含め、多くのパイロットたちの脳裏にその一言がよぎる。

 しかし――まだ諦めていない者たちがいるということも、確かな事実であった。


「月居さん……ジブン、言いましたよね。ここからは一緒に戦ってほしいって」


 腐臭漂う息を吐き出すアスタロトの竜を前にして、入野スズはカナタの隣に立つ。

 もはや飛行に費やす魔力さえもセーブし、地上に降りて戦わざるを得なくなっている状況にあってもなお、スズは生きる気力を無くしてはいなかった。


「いっ、入野、さん……。そっ、そうだよ。ぼ、僕は君たちに対し、はっ、はっきりとそう言った。そ、そして……その命令はまだ、効力を失っていない」


 そう、これは命令だ。

【機動天使】や【七天使】でも苦戦する『第一級』相手に【イェーガー・空戦型】のパイロットたちをぶつけるのは勝算が薄い。通常ならば最前線には出さず、後方支援に尽力させる。

 だが、今は「通常」の戦況ではない。【機動天使】の全員が疲弊しきった極限のイレギュラー。その状況下では汎用機までをも駆り出さねば戦力が足りない。


「月居、中佐……」

「中佐、本気っすか!? 魔力も、残弾も、もうほとんど残ってないのに……!」


 マリウスが掠れた声で呟き、ケイタは声を裏返らせた。

 カナタは否定しなかった。理想を諦め、生きることを諦め、そして死んでいくだけの最期など、彼は何があっても認めたくはなかった。

 

「たっ、戦うんだ。そっ、それしか生き残る手段がないのなら……力ずくで突破する」

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