表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第九章 運命の相克

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

221/303

第二百十九話 桜花 ―We will not surrender.―

「『アイギスシールド』解除! 【対空防御ミサイルブリュンヒルド】での迎撃に切り替えて!」

「【ブリュンヒルド】、ぇ――ッ!!」


 速度を上げて南下していく【エクソドゥス】を追う敵飛空艇【テュール】。

 魔力光線砲【グングニル】をはじめとする火器による攻撃に対し、多少食らうことになろうが魔力使用量を抑える方向に舵取りしたマトヴェイは、一切余裕のないブリッジの士官たちを見渡して脂汗を滲ませる。


「跳ね返してやる!」


 そう鋭く叫ぶのはアキトだ。

『獣の力』を覚醒させた彼は、かつて己の機体が有していた『反光線塗装アンチビームコーティング』を魔法をもって再現せんとする。

『第二次プラント奪還作戦』の直前、ナツキは寮の自室に手記を残していた。戦いの後、『学園』に戻ったアキトたちが目を通したそれに記されていたのは、ナツキが自分たちに隠していた真実の全てと【イェーガー・ドミニオン】にまつわる情報だった。


(【ドミニオン】のあの能力は、付与魔法エンチャントを常時使っているのと同じ……だったら、魔法としても扱えるはずだ!)


 ノートの記憶を辿りながら、コンソールのキーボード上に指を躍らせる。

 兄同然だった彼が残してくれた情報――ナツキがフユカにも分かるよう嚙み砕いて説明していたそれが、まるで映像を見ているかのように脳内に蘇ってくる。

 魔力に刺激された脳が通常を超えた能力を発揮し、アキトにかつての力を取り戻させた。


「光線なら、任せろッ!」


 敵の【イェーガー・空戦型】部隊が撃ち込んでくる幾条もの魔力光線。

【エクソドゥス】へと突き進んでいくその射線上に飛び込んだアキトは、ひときわ光沢を輝かせた機体でそれを受けた。

 直後、ぐにゃりと光線が屈折し――反射される。


「朽木少尉……! アンタたち、アタシらはミサイルを集中的に迎撃するわよ!」

「「「了解!!」」」


 アキトの奮戦を目にしたマトヴェイは部下にそう指示を打った。

 戦況は未だ好転していないが、SAMで戦っている若きパイロットたちは決して諦めてはいない。年長者として、そして彼らに関わった人間の一人として、マトヴェイも元『レジスタンス』の士官たちも生きて帰ろうと覚悟を改めていた。


「【機動天使】の状況は!?」

「現在、地上では【ウリエル】が、上空では【メタトロン】と【ラジエル】が敵SAM部隊と交戦中です! 【ミカエル】はまだ整備中で出られません! それと――」


 躊躇うような一拍を挟んでから、オペレーターの一人が上官へ報せる。


「……【ラファエル】は、【ゼルエル】と戦闘中の模様です!」

「センリくんと!? そんな……!」


 思わず声を上げ、眉間に皺を寄せてしまうマトヴェイ。

 生駒センリが【ゼルエル】のパイロットとなって以来、彼と交戦して生き残れた【異形】は存在しない。

 彼は何者をも破壊してのける修羅だ。月居カナタという若き実力者といえども、殺意の権化であるあの男と戦って無事でいられるとは思えない。仮に生き残れたとしても、五体満足ではいられないだろう。


「【機動天使】の誰かを援護に向かわせて! 一機では【ゼルエル】に勝てない!」


 その命令にオペレーターの一人が「了解!」と返すのを聞く時には既に、マトヴェイは次なる指示を打っていた。

 各所から撃ち込まれるミサイルや魔力光線への対処に息つく間もない。

 誰も彼もが余裕を欠き、敵の間断なき攻撃に気力と体力を削がれていく。


「犬塚少尉、月居中佐の援護を頼むです!」

『了解! おれの持ち場は部下に任せます!』


 空中で敵【イェーガー】部隊と交戦していたシバマルは、構えていた『電磁投射砲レールガン』を収めて部下と交代。

 味方機の光線が敵に届くのを見届ける間も惜しんで即座に身を翻した。

 脳裏に過るのは、かつて映像資料で見た【ゼルエル】が戦う光景。

 あれが暴れた後に残るのは、葬られた【異形】たちで築き上げられた屍の山だけだ。


「ツッキーは死なせねえ! おれたちは絶対、皆で生きて帰るんだ!」


 既に失った兵士たちの思いを背負って、自分たちは何としても目的地に辿り着かねばならない。

 叫びながら推進機スラスターに魔力を注ぎ込み、【ラジエル】は加速する。

 二機の天使を眼下に認めた少年は、対峙する彼らの合間にレールガンを撃ち込まんとした。

 が、その時。


「ッ――!?」


 肉薄する魔力を第六感で察知したシバマルが振り返り、ボディを捻った瞬間にそこを通過していったのは、一筋の魔力光線だった。

 クリスタルの光――【ラミエル】の攻撃である。


「またあんたかよ、クソッ!」


 姿を消すことの出来る難敵の再登場にシバマルは舌打ちした。

 カナタを助けに行きたい。しかし、【ラミエル】に背中を撃たれるリスクを放置しておくわけにもいかない。

 選択を突きつけられた彼は『魔力光線銃』での威嚇射撃を行い、そして先程のクリスタルの光が照射された虚空を睨み据えた。


「いいぜ、相手してやる! 決着をつけようぜ!」


【ラジエル】の武装には敵のステルス状態を解除するものなどない。レイだったら魔法で何かしらの対処はできるだろうが、生憎シバマルにはそういった引き出しもない。

 あるのはただ一つ、この戦いにかける死に物狂いの情熱だけ。


「隠れてるだけじゃ仕事になんないだろ、【ラミエル】のパイロットさんよ! ちょっとおれからのラブコール、受け取ってくんねーか!?」


 この戦場で二度も会ったんだからさ、と少年は敵パイロットへ向けて笑ってみせた。

 拡声器スピーカーで伝えられるそのおちゃらけた声に、【ラミエル】のパイロットである麻木ミオ中佐が何を思ったかは定かでないが――彼を多少なりとも意識したのは確かなようで、次なる一射が飛んできた。


「おっと! よーやくその気になってくれたみたいだな!」


 銃口から光が漏れる刹那、【ラジエル】のカメラアイが捉えた情報を乗り手の脳に報せる。

 神経を走る電流がすかさず機体に命令を与え、視認したのとほぼ同時の回避を実現させた。

 咄嗟に前屈みになって左胸を撃ち抜かんとした光線をかわしたシバマルは、見えざる敵にあたりをつけてレールガンを撃ち放つ。

 直後――空間が虹色に歪み、展開された『アイギスシールド』が露になった。


「おれさ、反射速度には自信があるんだ! 勉強なんてからっきしだけど、運動だけなら誰にも負けない!」


 光線を見たそばから避ける反応速度、そして射出された座標を正確に狙い撃つ技量。

【ラジエル】のパイロットである犬塚シバマルという少年がそのような力を有しているなど、麻木ミオの情報にはない。


(……この戦いの中で、ほんの僅かな時間で自らの脳をより機体とシンクロさせた?)


 驚愕するミオの推察は的を射ていた。

【ラジエル】のコックピット内、操縦席に身体を預けるシバマルは肋骨を打つ異常なまでの動悸に顔を歪めていた。

 機体の『コア』との同調はパイロットの身体に負担を強いる。それが行き着く先は、パイロットの人格や精神、いわゆる魂が『コア』に取り込まれる『同化現象』だ。


「『「コア」とパイロットという異なる位相が重なり合ったその時、人知を超えし絶大な力が生まれる可能性がある』……そうですか、あれが……!」


 月居ソウイチロウ博士の著書の一節を引用し、感嘆するミオ。

 眼鏡の下の瞳を細めた彼女は【ラミエル】のステルス状態を解除し、少年へと高らかに名乗りを上げた。


「私は麻木ミオ中佐! 生駒中将よりこの機体のパイロットに任じられた、新たな【七天使】が一人! 犬塚少年――その力の極地、全て私に見せなさい!!」


 少年がミオに与えてくれたのは、生駒センリに惚れ込んだ瞬間と同じ高ぶりであった。

 叫び、そして、赫々(かっかく)とした光を燃やす機体胸部のオーブから超火力の光線を乱射する。


「光よ燃えよ! これが【ラミエル】の本当の力!!」


 灼熱が迸り、光の雨が降り注ぐ。

 旧新宿区を焦土に変えたあの大魔法が再度発動し、シバマルを飲み込まんとした。


「負けるッ、もんか!!」


 少年は叫ぶ。【白銀剣】を抜き放った彼はその横顔に笑みを浮かべ、柄を握る手にぐぐっと力を込めた。

 必ず生き残り、大切な人たちと共に進むため――彼は、その願いを刃に乗せた。


「はああああああああああああッ!!!」


 円を描く白銀の一閃。

 刻まれた軌跡が七色の輝きを灯し、そこに魔力のフィールドを発生させる。

 それはまさに烈日と呼べた。

 降り注ぐ真紅の閃光を、虹の光輝が塗り潰していく。


「――っ、それでも!」


 所詮、シバマルがいま防いだのは【ラジエル】周辺の半径数メートルの範囲でしかない。

【ラミエル】の光は戦場の広範囲を無差別に焼き尽くす。眼前の敵に当たらずとも、その仲間には致命傷を負わせられるだろう。


「その魔法はさっき見ましたよ!」


 だが、同じ魔法を二度もまともに被る『リジェネレーター』ではない。

 それまでの戦線を離脱して即座に防御魔法【破邪の防壁】を最大展開したのは、レイの駆る【メタトロン】。

 そこに『対光線塗装』を魔法で再現したアキトたちの【イェーガー・空戦型】も加わり、自陣のSAM部隊へ降りかかった光線を遮った。


「ぐぅッ――!?」


 三方から反射された光線を回避しきれず、硝子色の装甲の表面を焼かれる【ラミエル】。

 たちまち肌を走る痛覚にミオは顔を歪め、呻吟した。

 光の天使である【ラミエル】の魔法は光線に特化している。それが対策されてしまったとなると、ミオの勝率は一気に低下する。


「助かったぜ、皆!」

「礼なら後で言ってください! 今はとにかく、目の前の相手を倒すのみ!」


 レイは麻木ミオという女性の性格を知っている。彼女は上官に忠実な模範的な軍人だ。レイたちが説得したところで、『レジスタンス』の方針が覆らない限り戦いを止めるつもりもないだろう。


「チッ、ここは退くしか――」

「逃がしはしませんよ!」


 レイが声を上げると同時、【メタトロン】の円環型ユニットが一基、二つに分離した状態から【ラミエル】の翼の付け根でガチンと結合していた。


「これであなたの所在は追える!」


 その台詞にミオはまたも舌打ちさせられる。

 恐らくは発信機ビーコンだ。光線が反射されたタイミングを狙ってあのユニットを背後に忍ばせ、手が届きにくく下手に傷つけることも出来ない翼の付け根に取り付けたのだ。

 これでステルス機能は封じられたと見ていい。

 加えて、ミオは二度目の大魔法の使用によって魔力を大幅に消耗している。補給を受けなければ、戦闘をこれ以上続行することも不可能だ。


(敵にはまだ……特に【ラジエル】のパイロットには余力があるはず。これでは……)


 自分の負けだ、とミオは胸中で呟いた。

 切れるカードはもうない。二機の【機動天使】を前に、逆転の手段など――。

 

「……申し訳ありません、中将。先に逝きます」


 唯一の手段はまだ、残っているではないか。

 SAMに標準搭載されている最終手段にして、パイロットが敗北を引き分けまで持っていける一枚しかないカード。

 それに思い至ったミオは儚く笑みを浮かべ、次いでコンソールの脇に埋め込まれているスイッチを守るガラスを、備えてあるハンマーで叩き割った。

 女の脳裏に最後に過っていたのは、敬愛する中将と一日を共にしたあの休日。

 マトヴェイがまだ『レジスタンス』にいた頃、彼から貰った休みを利用してミオとセンリは街へ繰り出していたのだ。

 大して興味もなさそうな上官を連れ回して大通りをショッピングして歩いた帰り、夕暮れの公園で二人きりになったタイミングで、センリはミオを【ラミエル】のパイロットに任じることを告げてきた。

 ロマンスの欠片もなかったが、愛する人からの贈り物としてそれ以上に喜ばしいものはなかった。ずっと背中を追いかけてきた人に、自分の実力を認めてもらえたのだから。女として見られなくとも、一人の戦士として見てくれるのならそれでいい。

 ――だからこそ、ミオはこのような手段は取りたくなかった。

 誉れ高く散るのも戦士の生きざまだろう。だが、しかし、刺し違えずとも敵を倒せるならばそちらの方が栄誉ある在り方に決まっている。


「共にここで散れッ、『リジェネレーター』の戦士たちよ!!」


 喉を震わし、声を枯らす。

 その女の絶叫にレイやシバマル、アキトたちパイロットは敵の意図を悟って絶句した。

 勝つか、負けるか。彼女にとってはそのどちらかしかなく、投降など初めから選択肢にさえなかったのだ。


「やめろおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 一瞬の硬直から復帰したシバマルが、玉砕覚悟の突貫攻撃を仕掛けてくる【ラミエル】の前へ飛び出す。

 無我夢中で敵を阻まんとした仲間を引き戻す時間的猶予は、レイたちにはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ