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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第九章 運命の相克

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第二百十六話 空の戦士 ―It's empty.―

「くっ、【ラグエル】が……!」


 レイは【マトリエル】の毒に侵されて再起不能になった僚機を映像で確認し、拳をコンソールの端に叩きつけた。

【ラグエル】が倒れ、【マトリエル】が行動不能となった現状、【機動天使】及び【七天使】の数は互いに六機。

 見かけだけは互角の戦力であるが、【マトリエル】は敵の本隊が救援に来ればいずれ復活する。

 対するこちらには【ラグエル】を回収し、修復まで済ませる余裕などありはしない。


「手痛い損失ね。これで両者のパワーバランスは、『レジスタンス』側に傾く」


 敵には有り余るほどの兵とSAMがあるが、こちらは寡兵の軍。少数精鋭として【機動天使】に戦力のウエイトが置かれている以上、それが一機失われたとなれば、残る【機動天使】パイロットへの負担はさらに重くなる。


「ボクも出ます! ――出させて、ください」


 跳ね上がるように席を立って振り返り、上官に許可を求めるレイ。

 正視してくるターコイズブルーの瞳に溜息で応えたマトヴェイは、モニターに映る戦場の鳥瞰図へと視線を移し、そして頷いた。


「アンタの出番はもうちょっと後になる見通しだったんだけど……外れたわね。いいわ、行きなさい」

「ありがとうございます」


 敬礼を返したレイは己のSAMが待つ格納庫へと疾駆していく。

 彼の後姿を尻目に無事を祈ることしか出来ない士官たちに、マトヴェイはその不安を払拭せんと声を張り上げた。


「レイは強い子よ、必ず帰って来るわ! アタシたちがするべきことは戦場に出たあの子たちの心配なんかじゃなくて、全力で戦い抜くこと! 今にあちらさんは大軍で攻めてくるわ、忙しくなるわよ!」

「「「サー、イエス・サー!!」」」


 腹の底から湧き出た声がブリッジ内に響く。

 彼らもまだまだ捨てたものではない。ユリーカ・クインシーをはじめとするかつてマトヴェイの下で鍛え上げられた戦士たちは、最後の一瞬まで敬愛する上官と共に足掻き続けようと決めていた。


「前方に敵影を確認!! 【飛空艇テュール】一艇、【イェーガー・空戦型】多数!!」

「言ったそばから来やがったわね! 【グングニル】照準、発射準備までで留めて! 相手が撃つまで待つのよ、こっちから仕掛けたら正当防衛にならなくなる!」


 目視で確認できる距離まで『レジスタンス』の空挺部隊は接近している。

 物言わぬ威容を放つ白きボディの飛空艇と、その周囲を固める有翼の狩人たち。

 魔力探知機マナ・レーダーさえきちんと機能していればもう少し早く備えられたものだが、こればかりは仕方がない。与えられた条件で勝負に臨むのみだ。


「……ち、地上にも大量の【イェーガー】が行進してるですです!」


 空も大地も、既にSAMたちの進撃の舞台と化している。

 漆黒の鎧を纏った鋼の戦士たちがうごめき、ひしめくその光景は、さながら悪夢だ。

 整然と並んで凍てつく地面を踏み鳴らす軍勢のその数は、少なく見積もっても大隊規模――五百機程度――はある。


「アタシたちは【テュール】との一騎打ちよ。地上の奴らはレイたちに任せて、アタシたちは何としても制空権を獲るわよ!」


 空を制す者が戦を制す。【エクソドゥス】の敗北は、すなわち『対異隊』の滅びと言い換えてもいい。

 そんなマトヴェイの発破に、神崎リサは脂汗を額に滲ませながら不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「狙撃には自信がありますわ。級友ともを亡くして以来、鍛錬には余念を欠かしませんでしたから」

 

 そう言いながら思い返すのは、かつて恋慕していた七瀬イオリの生真面目な横顔だ。

 仲間たちの前から唐突に姿を消し、戻ってきたと思えば戦いの中で命を散らした彼のことが、リサは当初憎らしくて仕方がなかった。

 せめて何か一言、残してくれれば良かったのに。そうしてくれたなら、このやり場のない思いも抱えることはなかったはずなのに。

 その感情を誤魔化すように、リサはひたすら訓練に打ち込んだ。疲労こそが鬱屈した思いを晴らす唯一の薬であった。

 己を磨き、高め、いずれ限界に達した時に華々しく終わることが出来ればそれで良いと思えた。

 最も相応しい死に場所を目指す。

 そこに辿り着ければきっと、何も残さずに去った彼のことが理解できる気がするから。

 それが、神崎リサという少女の自らを鍛える理由であった。


「神崎さん、頼もしいですですー! 右舷側の敵は任せたですー!」

「ええ、大船に乗ったつもりでいてくださいな」


 令嬢に自信のない顔は似合わない。

 金色に艶めく髪を撫でつけ、それからリサは前を向く。

 一機たりとも撃ち漏らさない――そんな覚悟を胸に、彼女は青天を覆う無数の黒き翼を見据えるのだった。



 ――もはや止まれない。

 自らの爆発的な加速を抑えられない【ミカエル】を操るユイは、眼前に降り注いだ魔力の刃に思考を凍てつかせた。

 回避は不可能。魔力の殆どを消費しているため、敵の攻撃を防ぎきるだけの防御魔法は使えない。

 絶体絶命の状況で、引き延ばされる時間の中、少女の脳裏には「死」の一文字がよぎった。

 心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖。意識せぬ間に彼女の口からは言葉にならない奇声が漏れ出し、全身は震えていた。


 終わった。


 そう本能が確信した、その時だった。

 ユイの視界を占拠せんとしていた黒い刃が、一瞬にして搔き消えたのは。


「――させませんよ!!」


 風よりもく走る一条の光。

 通過した光線が魔力の刃を焼き飛ばし、刹那にして灰へと変えていた。

 そして、起こったのはそれだけではなかった。

 圧倒的な速度で【エクソドゥス】へと突き進んでいた【ミカエル】を天高く舞い上げたのは、大地から昇ったもう一つの風。


「風の戦士はあんただけじゃないぜ、風縫中佐!」


【メタトロンMark.Ⅱ】の【太陽砲】が【サハクィエル】の【ジャッジメントウィング】を阻み、【ラジエル】の風魔法が【ミカエル】の飛空艇への衝突を防いだのだ。


「レイさんっ、シバマルさん……!」


 考えるより先に機体の制動をどうにかしようとしながら、遅れてユイは自分が助かったのだと理解した。

 仰向けの体勢で気流に押し上げられた彼女は、掌から熱魔法を放出してどうにか加速を殺さんとする。


「ユイ! おれが受け止めるッ!!」


 マゼンタの翼を広げ、シバマルの【ラジエル】は地面を蹴って飛び出す。

 眦を吊り上げる少年が迸らせる気合は魔力と化し、火事場の馬鹿力とも言うべき極限の加速を生み出した。

 自らの発生させた風に乗って【ミカエル】を追いかけるシバマルは、恋する少女の名を叫び――そして、彼女よりも高く踊り上がった。


「ユイ――――!!」


 陽光を背負った翼の影が【ミカエル】を包み込む。

 その直後、急上昇を続ける僚機をSAMの胸で真正面から受けたシバマルは、両腕で彼女を羽交い絞めにした。

 

「止まれぇええええええええええええええええええええッ!!」


 雄叫びが『コア』の秘められし力を呼び起こす。

 翼の推進機が燃え盛るほどの魔力を爆発させ、加速、加速、加速。

 一気にブーストした力をもって、【ミカエル】の速度を相殺していく。



きなさい、日輪よ!」


 レイの指令によって円環型の【太陽砲】射出ユニットが機体から分離し、【サハクィエル】を取り囲む。

 遠隔型オールレンジ攻撃兵器としての側面も持つ【太陽の輪】。

 目まぐるしく飛び交う輪の中央が煌めいたと思えば、放たれた光線が敵機のボディを突き刺さんとした。


「ちッ!」


 舌打ちするソラは、先ほどまで相手取っていた【ミカエル】を追撃する余裕を失っていた。

 360度、全方向から浴びせられるビームの連続。

 攻撃から一転、彼は『アイギスシールド』による防御を余儀なくされた。


「武器の遠隔操作……乗り手の感覚に依存する『神経接続』でそれをやってのけるなんて、やるじゃねぇか。だが、甘く見るなよ」


 にやり、と八重歯を覗かせてソラは半透明の壁越しに【メタトロン】を睥睨した。

 光線が帯びる灼熱に汗を垂らしながら、白髪の青年は操縦桿を握る手に力を込める。


「俺とお前らじゃあ、乗り越えてきた場数が違うんだよ!」


 桿を一気に前へ倒し、前進。

【太陽の輪】の集中砲火を食らおうが、もはや関係ない。この戦いを一刻も早く決着させるため、風縫ソラは突き進むまでだ。


「なっ……!?」


 何発もの光線に撃たれてもなお『アイギスシールド』で受けきり、円環型ユニットの包囲網を強引に突破する【サハクィエル】に、レイは瞠目していた。

【ジャッジメントウィング】の魔力消費、そして【ミカエル】との高機動戦闘も鑑みれば、ソラの魔力は残り少ないはず。それならば一斉射撃で仕留められると、レイは見込んでいたのだが――敵は彼の想定を、遥かに上回っていた。


「っ――逃がしませんよ!」


 全速前進してはいるが、【エクソドゥス】の速度ではすぐに【サハクィエル】に追い付かれる。

【太陽の輪】による攻撃でソラが止まった時間は僅か数秒。敵の無理矢理な突破を許してしまった己を胸中で罵倒しつつ、レイは手足を大きく広げた。

 四肢を覆う純白の装甲に浮き出る継ぎ目。拳を作り、腕に力を込める動作に連動して押し出されたのは、新たなる円環型ユニット。


「狙い撃て!!」


 四肢の一本につき五つ、計二十もの【太陽の輪】がリリースされ、背後より【サハクィエル】を同時に撃ち抜いた。

 ソラにとって、敵の動作を顧みずとも魔力を感じ取って躱してのけることは造作もない。

 だが、それが二十五射の一斉攻撃かつあらゆる方向からとなれば、話は別だ。


「くそッ――」


 赤い瞳が限界まで見開かれる。

 思考よりも先に本能で避け切れないと判断し、彼は『アイギスシールド』に限界まで魔力を注ぎ込んだ。

 虹の防壁が輝きを増す。半透明から完全に機体が見えないほど色を濃くした壁が、幾つもの光の槍に貫かれ――そして、崩壊した。


「ぐぅうううッ――!?」


 壁が壊れる瞬間は呆気なかった。

 防ぐことも躱しきることも不可能と判断したソラは、全てを投げうつ覚悟でさらなる加速を開始。

 ガラス細工のように罅割れて散っていく女神の防壁を捉え、虹の残光を纏ってなお進む【サハクィエル】をレイは追撃する。

【エクソドゥス】へと迫らんとしているその背中を見据え、彼は全ての【太陽の輪】を操って最後の乱射を見舞った。


「――蝶のように舞い、蜂のごとく刺します!!」


 まるで各々が意思を持ったかのように自在に散らばり、砲撃を放っていく【太陽の輪】たち。

 一斉に迫る魔力を第六感をもって感知したソラは、最後の魔力を燃焼して限界突破の加速を実現した。

 光の雨がコンマ数秒前まで【サハクィエル】の飛んでいた座標へと降り注ぐ。

 やはり二十五門のユニットともなれば、同時にぶっ放すだけの単純な攻撃しか出来ない。それが早乙女・アレックス・レイというパイロットの現状。

 そう、ソラは思っていた。


「ぐはっ――――!?」


 肩を殴打する衝撃と、遅れて襲い来る激痛。

 途端に機体が傾き、コックピット内にはアラートの不快音が響き出す。

 その甲高い音は空戦型SAMのパイロットにとって、敗北を意味するものだ。

 片翼の天使は飛べない。飛べない天使に、もはや価値はない。

 落ちゆく速度に比例するように高度を下げていく【サハクィエル】の乗り手は、墜落は免れない状況を理解すると共に、敵を甘く見た自身の愚かさを呪った。


「やるじゃねぇか、早乙女……!」


 レイは決して二十五門もの【太陽の輪】を扱いきれぬ器ではなかったのだ。

 彼は「一斉射撃」で防壁を破ることでソラにそれを強烈に印象付けさせ、第二の一斉攻撃への警戒を最大限まで引き上げさせた。

 あの時、ソラの意識は同時に飛んでくる光線を躱すことに傾いていた。

 故に、彼は気づけなかったのだ。

 たった一射、一斉射撃から遅れて放たれた光線の存在に。


「はッ、は……ちくしょう、馬鹿だったよ、俺は……」


 レイはあの時点で、敵の挙動も能力も完璧に把握していた。だからこそ、彼は一斉掃射を振り切った後に【サハクィエル】が通過するポイントとそこに至るタイミングを予測し、他の二十四門と同時に撃ちながらも射角だけは別に調整できていたのだ。

 強者としての驕りが自分を殺した。そう思い知らされるソラは、加速度的に接近していく焦土を見下ろしながら力なく笑う。


 決意の上でこの戦場に臨んだ。

 危険な思想を排除し、それから【異形】討滅に一層の心血を注ぐつもりだった。

 それが亡くなった部下や上官、同僚たちへの報いる唯一の手段だと思っていた。ソラが信頼し、尊敬し、かつて淡い想いを抱いていた宇多田カノンも、そのために『リジェネレーター』を撃つことを肯定してくれるのではないかと思っていた。

 

 その結果が、これだ。

【ミカエル】を討ち漏らし、【エクソドゥス】を墜とせず、【メタトロン】に敗れた風縫ソラを、一体誰が祝福するというのだろう。

 

「シオン、カノン、ごめん……最後の最後に、やらかしちまった。……カオル、ごめんな……兄ちゃ――」


 流す涙も枯れ果てたうつろな青年は、空に見放された。

 目の前にあるのは、自分たちが焼いた一面の黒。

 懺悔の言葉を紡ぐソラは、最後に愛した妹の小生意気な顔を思い浮かべ、そして。

 大地に抱かれていく。

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