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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第九章 運命の相克

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第二百十二話 振り返らないで ―Because the life was shouldered.―

「【異形】殲滅を妨害する不穏分子の排除を旨とする、武力介入……お前たち、迷いはないな」


『レジスタンス』の生駒センリ陸軍中将は、どこまでも冷静かつ冷徹であった。

【異形】への憎悪と『リジェネレーター』への怒りをタカネに煽られてもなお、彼は部下の前で声高にそれを叫ぶことはなかった。彼が直接それを露にしたのは、これまでにたった一度――『新人』と初遭遇したあの日のみだ。

 

「迷いは己の刃を折るだけの下らない感情だ。心を殺せ。ただ敵だけを討つ修羅となれ。それが俺の下で戦う者に課せられた、たった一つの使命だ」


 人類の仇敵である【異形】を滅ぼす。

 目的は単純だ。全ての論理はそのためにある。他の考えは戦場においてノイズに過ぎない。

 相手が人間であるか否かなど、センリにはどうだって良かった。

 目的の障害となるものは片付ける、ただそれだけのことだ。

 故に彼は普段通り、心に黒い炎を燃やしながら、冷然と敵を処理しにいくつもりでいた。


「「「はっ!」」」


 そして彼に師事して鍛えられた精鋭たちもまた、同じだった。

 センリの一番弟子を自称する郷田ごうだコタロウという平凡な容貌の青年をはじめ、彼らは皆、覚悟の上でこの場に立っている。


「先に頑張ってくれたミオさんに負けないように、俺らも全力で行くっすよ!」


 小隊を代表して声を張り上げるコタロウに、部隊の面々が追従する。

 声を張り上げる彼らに背中で頷くセンリは、次に一言、命じた。


「――出撃だ」



『「対異隊」各員は直ちに【エクソドゥス】へ帰投せよ! 繰り返す、『対異隊』各員は直ちに【エクソドゥス】へ帰投せよ!』


 切迫したレイの声が全SAMへと魔力通信で届けられる。

 自分たちに猶予がほとんど残されていないと悟っている少年は必死に仲間へ呼びかけ、一人でも多く飛空艇へ乗せようとしていた。

 だが――その声も、ほどなくして途切れとぎれとなってしまう。


『「たいいた……ちに……ス】へきと……かくい……エクソド……』


【エクソドゥス】のブリッジに何か異常があったのか。それとも自分が乗る機体がおかしいのか。

 空の敵から目を背けて一直線に飛空艇へと戻らんとしている兵士たちは、一様にその嫌な疑念を抱いた。

 ある兵士は仲間に同じ異常が起こっていないか、通信で確認しようとしていた。

 しかし、それは敢え無く失敗に終わってしまう。


「……くっ、なんで……!?」


 それは彼に限った話ではなかった。半径五キロの範囲に散らばって探索を行っていた『対異隊』のSAM全てが、原因不明の通信障害によって連絡を断絶されてしまっていたのだ。


「おいっ、どういうことだよ!?」「敵の仕業なのか……!?」「ふざけんなよ、こんちくしょう!」「とにかく戻ればいいんだよな!?」「【エクソドゥス】はどうなってるの!?」「ちょっと、あたしたち今すぐ戻れる距離じゃないのに――」


 同じ人間に襲撃されているという異常事態と重ねて起こったアクシデントに、兵士たちの叫喚が連鎖する。

 この状況でも落ち着けと皆をなだめられる熟練の上官の声も、もはや彼らに届ける術はない。

 シバマルらは通信ではなくSAMのスピーカーを使って兵たちの混乱を鎮めようとしていたが――それも、直後に鳴り響いた耳鳴りのような不快音によって遮られた。

 音響弾。おそらく、通信を妨害された彼らの打つ手を読んで敵が放ったものだろう。


「ッ……これじゃあ声が!」


 顔を歪める【ラジエル】の乗り手は、空の何処かに潜伏しているであろう【ラミエル】を睨みつけたい衝動をどうにか堪えなければならなかった。

 飛空艇へと急ぐ彼は、【サハクィエル】と交戦中のユイと五人の部下たちとを天秤にかけ、後者を守ることを選択した。

 それが部下を持つ軍人として正しい在り方だと思ったからだ。故に、空は見ない。振り返るのは、部下たちだけだ。


「命を背負っちまったんだ――投げ出すわけにはいかない!」


 眦を吊り上げ、少年は喉が焼き切れんばかりの声で覚悟を叫ぶ。

 小隊全体を包み込むように『アイギスシールド』を展開した彼は、残り一キロとなった道のりを駆け抜けよと背中で命じた。



 生駒センリの右腕と呼ばれることが、その女が感じうる最上の喜びであった。

 生きがい、と言い換えてもいい。

『レジスタンス』に入隊して初めて参加した大規模遠征で、彼女は三つ年上のセンリの戦いをその目で見て、惚れ込んだ。

 仇敵の同類どもを蹂躙する後ろ姿は彼女にとって、まさしく英雄だった。


 麻木ミオという女に、家族はいなかった。

 母は彼女を産んで間もなく死に、男手一つで育ててくれた父はミオが中学生の時、地上で【異形】に食われて逝った。

 ミオを引き取ってくれた親戚は皆、お前は『レジスタンス』に入るなと口を揃えていっていた。

 しかし、ミオにはそれが耐えられなかった。あなたたちは何も分かっていないと叫びたくて仕方がなかった。誰よりも自分を愛してくれた父親がいなくなった時点で、彼女は自分の生への執着をなくしていた。いっそ死ねればとばかり思っていた。【異形】を一体でも多く殺して、その戦いの果てに燃え尽きてしまえれば、それで構わなかった。

 昔から我の強い女の子と言われていたミオは、周囲の反対も押し切って『学園』に入学し、持ち前の要領の良さを発揮してエスカレーター式に『レジスタンス』への入隊を果たした。


 そこで出会ったのが、センリだった。

 彼は自分と同じものを見ている、とミオは直感した。

 だから必死に努力して這い上がり、彼と同じ土俵に立とうとした。

 出世して彼と言葉を交わせるようになってからは、少しでも彼のことを知ろうとしてきた。

 休日には大抵筋トレをしている。好きな食べ物は『レジスタンス』本部食堂のカツ丼。愛読書は月居ソウイチロウ博士の『SAM展開論』。交際経験はゼロ、女よりもSAMが恋人なのではないかと思えるほどの戦闘狂。

 それが生駒センリという男だった。

 ミオに彼を振り向かせようという気持ちはない。ただ、戦いの中で認めてもらえればそれで良かった。成果を挙げて褒めて貰えれば、さらに良かった。その不器用で無愛想な顔に、ほんの少しの笑みを浮かべてくれれば、それだけで何より嬉しか*った。


「これで、これでいいんですよね、生駒中将。私の戦い、中将は褒めてくれますよね」


 眼下には炎上し、壊滅したかつての大都市が広がっている。

 飛空艇を目指して燃える都市を突っ切っていく幾多のSAMたちが、そこにいる。

 きっと死んだ者もいるだろう。むしろそれが多数派なはずだ。けれども生き残った者も確かにいる。その者たちにとって【ラミエル】は――それに搭乗している麻木ミオ中佐は、どう映るのだろう。


「【異形】が悲劇を生むんです。その悲しみをなくすために、私たちは戦っているんです。その正義のためならば、たとえ人を殺めても……!」


 正義を貫け。正義を果たせ。戦え、戦え、戦え!

 復讐の炎は絶えない。憎悪と怨嗟が牙となり、【異形】を、それに与する人間をも喰らい尽くす。

 ジャミング魔法で敵の通信は潰した。あとは音響弾を継続的に撃っていれば、連携は崩せるだろう。

 既に【ラミエル】とミオに二度目の大魔法を発動する魔力はないが、ここからは後続の部隊や【七天使】が攻勢に入ってくれる。


「私は――」


 呟いたその時、女は肉薄する気配を――急迫する魔力を知覚した。

 視界の底より昇る白光。扇状に広がって視野を塗り潰してくる閃光に対し、【ラミエル】は反射的に『アイギスシールド』を展開する。


「ぐっ……!」


 機体のシステムから強制的に魔力を吸われ、ミオは思わず喘いだ。

 即座に操縦席のアームを操作して魔力補給薬の注射を首元に打ち、無理やりにでも戦闘を続行する。

 虹色の防壁を張ってしまったがために、【ラミエル】の居所は暴かれた。自ら戦わざるを得なくなったことに舌打ちするミオは、潜伏に費やしていた魔力を攻撃へと回し、迎撃へと移っていく。

 カメラアイのスコープが拡大した敵は、丸みを帯びた無機質な白い体躯に、マグマのごとく脈打つ青い光の筋を走らせた姿をしていた。

 焦土に立ってこちらを仰ぐその機体を忌々しげに睨むと同時、ミオは【ラミエル】胸部の赤いオーブから光線を発射。邪魔した敵を撃たんとする。


「【機動天使プシュコマキア】――【ウリエル】!」


 あれには確か風縫ソラの妹であるカオルが乗っていたはずだ。

 ああ見えて妹思いであるソラの顔が脳裏に過ぎり、やり切れなさを抱きつつも、ミオは手を緩めなかった。

 弟妹が敵に回ったソラやシオンは覚悟の上でこの戦場に出撃している。情に負けて手を抜くような真似は、彼らの意志に泥を塗る行為だ。


「そこにいなさい、【ウリエル】!」


 赤き宝玉を瞬かせ、【ラミエル】は光線を乱射する。

【ウリエル】を狙い撃ちにする必要はない。敵の性格ならば周囲の味方を必ず守る。ミオはカオルを防戦一方にさせ、その場に縫い付けていれば十分なのだ。



「ちっ……真っ向勝負する気はないっての!? どこまでもやらしい奴!」


 カオルは苛立ちを吐き出しながら、自らの背後に『アイギスシールド』を展開していた。

 自分の身は『ナノ魔力装甲』で守れる。第五世代機である【ラミエル】の攻撃は、第六世代機【ウリエル】を圧倒するほどまでは至らない。

 問題は部下たちの【イェーガー】だ。量産機の【防衛魔法】程度なら容易く貫通できる火力を、敵は有している。


「アタシはいい、急いで逃げな!」

「し、しかし風縫大尉――」


 撃ち込まれた音響弾が上官と部下とで交わされようとしていた言葉を引き裂く。

 上官の前で自分たちだけ逃走できない兵たちを狙った光の雨が、そこへ容赦なく降り注いだ。

 防壁に衝突した光線がそこに虹色の波紋を描く中、てのひらに光の玉を浮かべる【ウリエル】は再度の攻撃を敢行する。


「――逃げなッ、アンタたち! アタシの心配は要らない!!」


 詠唱も惜しんで放たれた光が扇状に放射され、昇る。

 その一瞬、防壁に匿われたまま立ち尽くす部下たちの機体を振り返り、【ウリエル】は彼らに頷いてみせた。

 それでようやく彼らも決意できたのだろう、首を縦に振り返した【イェーガー】三機は身を翻し、【エクソドゥス】の待つ南へと飛び出していく。

 

「絶対に振り返るんじゃないよ! アンタたちは生きて【エクソドゥス】へ戻るんだ!!」


 敵の狙いが【機動天使】の一機を縫い止めておくことならば、彼らはこれ以上狙われないはずだとカオルは踏んでいた。

【イェーガー】は所詮、量産機。多少逃がそうが、【機動天使】一機を足止めできるアドバンテージに比べれば些細なものだ。

 ここからは一対一タイマンだ――そう意気込み、カオルは【ラミエル】に次なる一撃を撃ち込まんとする。

 だが、その時だった。


「――――」


 奇妙な音が、彼女の耳朶をくすぐった。

 ばこっ、べこっ、と何かがひしゃげるような音。

 それは彼女の真後ろから聞こえてきた。カオルは彼らに何が起こったのか、確かめたくなかった。眼前の敵に集中しようと努めた。

 だが、その妙な音が鳴った途端に【ラミエル】の攻撃は収まっていた。まるで、今までの自分の役割を誰かに取られ、次の行動に迷ってしまったかのように。


「アンタたち――」


 思わず叫び、そして彼女は口を閉ざした。

 そこに仲間たちの形はなかった。

 あるのは、どろどろに腐食された金属の塊と、その周辺に撒き散らされている濃緑の液体。

 鼻を衝くその刺激臭には覚えがある。ちょうど、相方が同じようなものを使っていたから。


「なん、で……」


 サプレッサーで音を殺し、放たれたのは毒液を込めた弾丸だ。

 敵に気取られぬよう狙撃し、確実に殺すための技術。弾が破裂した半径三メートルの範囲の敵なら着実に倒せる、【異形】を討つことに特化した新型の毒液銃。

 それが、人類史上初めてヒトの乗るSAMへと使用されたのだ。


「どうして、こんなことが出来るっていうのよ!? ――シオンさん!?」


 飛行ユニット【アラエル】を背に現れた【マトリエル】のパイロットへと、カオルは問いたかった。

 蜘蛛のごとき脚部の先端には毒液を射出するための噴出口が備えられていることを、カオルは知っている。飛行することによって自由になった脚をフルに使って、【マトリエル】は八発の毒液弾でカオルの小隊を壊滅させたのだ。

 その間、わずか五秒にも満たない。


「なんで……アタシには分からないよ、シオンさん……!」


 声をわななかせ、カオルは遠い空のシオンへと訴える。

 絶望する少女に返す声など、ありはしなかった。

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