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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第九章 運命の相克

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第二百十一話 対峙 ―Gamble―

 マトヴェイが導き出した小田原港という目標に、レイをはじめとするブリッジの士官たちは目を見開いた。

 都市への帰還が絶望的ならば、頼れる可能性のある者たちのもとへ向かう。

 考えとしては合理的だ。だが、博打が過ぎる。


「確かに、ミラー大将やルイス中佐はボクら『リジェネレーター』を支援するとおっしゃってくださいました。ですが、それはボクらが出撃する以前の話。『レジスタンス』がこちらに攻撃を仕掛けている現状で、その組織の一系統に助けを求めるなど……!」


 レイからのもっともな指摘にマトヴェイは爪を噛んだ。

 それでも赤髪の将は部下を睨み据え、強い語気で言う。


「この地上にある人間の拠点は全て、『レジスタンス』によるもの。そのどれかに頼らなければ生き延びられない現状、最も信用に足る相手であるミラー大将らをアテにする選択は間違いではないはずよ」


 神頼みに過ぎないと笑われようが構わない。

 マトヴェイ・バザロヴァという男はこれまでミラー大将らと築いた関係を信じ、それに全てを託した。


「海軍を信じるしかない……そういう、ことですか」

「ええ。呑んで頂戴、皆。アタシの博打に、アンタたちの命を預けてほしい」


 ここにいる全員の目を順に見つめ、マトヴェイは総指揮官として頼んだ。

 その言葉に真っ先に応えたのは、元空軍のユリーカ・クインシーである。


「ユリーカはマトヴェイさんにたくさんの恩があるですです! マトヴェイさんはユリーカたち兵士だけじゃなく、『レジスタンス』のスタッフ全員に優しくしてくれたです! 海軍にもきっと、マトヴェイさんを尊敬してる人は多いです! だから――だから、マトヴェイさんのこと、ミラー大将殿たちも助けてくれるはずですです!」


 ユリーカは小さな腕を目一杯広げ、声を張り上げ訴えた。

 彼女の叫びに同調するのは、元『空軍』の男性士官たち。彼らは顔を見合わせ、それから揃ってマトヴェイへ敬礼を返した。


「わたくしも、異論はありません」

「それに賭けるしかないのなら……この命、貴方に支払いましょう」


 ミコトが頷き、レイも了承した。

 そう決まったのならば全身全霊で戦い抜く――そんな覚悟を胸に燃やして。



『嘘やそんなの! なんでうちらが同じ人間から攻撃されなあかんの!?』


 SAMのスピーカーが伝えてくるスズの金切り声に、カナタは返す言葉を持たなかった。

 副班長のカズヤは沈鬱な面持ちでいる銀髪の班長を見やり、声をかける。


「敵の攻撃は一旦ですが止んでいます。中佐、ケイタ、俺たちもそれぞれ【イェーガー】に乗せてもらって、【エクソドゥス】へ戻りましょう」


 スズほどではないが、カナタもかなり狼狽えている。

 無理もない。彼は誰よりも対話の可能性を信じていた人物だ。他人を恐れるのをやめ、心の壁を取り払って外の世界に接しようと努めていた。

 にも拘らず――その言葉は、気持ちは、蓮見タカネには届かなかった。

 その悲しみはきっと、何よりも深いだろう。


「マリウス、中佐を頼む! ケイタはリンの機体へ、俺はスズの機体を動かす!」

『了解した!』


 覚束無い足取りのカナタをまずマリウスの機体へ連れて行った後、カズヤは自分の持ち場へと急いだ。

 今の彼を支えているのは、副班長としてしっかりやらねばという意志一つ。

 ここで折れては班全体が終わってしまうと確信していた彼は、動転しているリーダーに代わって部隊を率いていった。


「スズ、ここからは俺が操縦する。お前はそこで深呼吸しているんだ。いつまでもその調子じゃ、月居中佐に顔向けできないぞ」

「そ、それは……困ってしまいますねえ」


 コックピットの壁にもたれ掛かるスズは、カナタの名を出され、精一杯の苦笑を浮かべてみせた。

 その表情から彼女がまだ戦えそうだと認めたカズヤは、ここから南に一キロのところに停まっている【エクソドゥス】へと【イェーガー】を走らせる。

 

「いつ次の攻撃が飛んでくるか分からない! 『アイギスシールド』はいつでも展開できるようにしておくんだ!」

『『了解!』』


 先程の光の雨から身を守れたのも、カズヤが咄嗟に『アイギスシールド』の発動を指示したおかげだ。

 広範囲に放たれた魔法はその分、一点にかかる負荷が範囲を絞った時よりも少なくなる。仮にあれが自分たちだけを狙った攻撃であったなら、今頃カズヤたちは生きていなかっただろう。

 生き残れた幸運に感謝しつつ、副班長は前だけを見据えて疾駆していく。

 だが、その時――機体に搭載された魔力探知機マナ・レーダーが、無慈悲にも新手の出現を警告した。


「カズヤっ!?」

「ああ、分かってる! 飛ばすぞッ!」


 魔力探知機の索敵範囲の限界である半径五キロ地点を示す地図上に、一挙としてポップアップした赤い光点。

 同時に魔力量を表すグラフも激しく波打っている。『第二級』以下の【異形】とは一線を画す圧倒的な魔力の大波――自分たちを襲撃したのが『レジスタンス』であるならば、『第一級』に相当する力を持つ機体は「彼ら」しかいない。

【七天使】。

『レジスタンス』が誇る最強の戦士たち。【異形】への反逆の象徴にして、人類の英雄だ。

 カズヤたちがまともにやりあっても、到底勝てる相手ではない。 


「カズヤ、上っ!!」

「――ッ!?」

 

 第六感とも呼ぶべき直感がスズを突き動かし、彼女に警告を飛ばさせる。

 頭上を仰いだカズヤは直後、瞠目した。

 白き鋼の翼を広げ、地上を見下ろす『空』の天使がそこにいた。

 青年は凍りつく。

【イェーガー】一機が展開する『アイギスシールド』など、【七天使】からすれば薄膜に過ぎない。


 ――終わった。


 瞬間、カズヤの脳内に過ぎったのはその四文字。

 小さく口を開けたまま固まる彼の見る先で、【サハクィエル】はその翼に純白の光輝を纏わせる。

【ジャッジメントウィング】――風縫ソラの十八番である、魔力の刃による殲滅攻撃。

 青年の視界が真っ白に染まる。思考が停止する。もはやどうにもならないのだという諦念だけが、彼を冷たく縛り付けていた。

 だが、その時だった。

 

『――させません!!』


 彼我の間に横切ったのは、真紅の炎。

 天を翔ける龍のごとく渦を巻きながら突き進む火焔が、下された裁きの刃を焼き尽くしていく。

 柔らかい羽毛に包まれた、三枚六対の汚れなき翼。

 小さな体躯に燃え盛る魔力を宿すその機体の乗り手は、カズヤたちに回線を繋いで鋭く叫んだ。


『ここはわたしが何とかします! 皆さんは早く【エクソドゥス】へ!』

「すみません、リウ大尉!」


 自分はまだ生きている。

 ユイの声を聞いて生の実感を取り戻したカズヤは、彼女に一言詫びて全速力で撤退していった。

 マップを確認すると、マリウスとリンの二機は滞りなく【エクソドゥス】へと近づけている。

 格の違いすぎる相手に何も出来なかった己の無力を呪いながら、青年はただひたすらに上官の武運を祈るしかなかった。



「ちっ……邪魔すんじゃねえよ」


 苛立ちを露に吐き捨て、風縫ソラは眼前のSAMを睥睨した。

【ラミエル】が不意打ちで壊滅的打撃を与え、残る者たちは敵の生き残りを潰す。最初の一撃で大方片付き、あとは安全圏から適当に魔法を撃っているだけで終わる。そのはずだった。


『風縫中佐。なぜ、このようなことを!? 「レジスタンス」の理念は人を守ることであったはずです! あなたという人がどうして、その理念に背くようなことをするんですか!』


 真っ当な問いだ、とソラは思った。

 だが、彼は何を言うことも出来なかった。

【異形】を滅ぼせば人類は再び地上で生きることが出来る。いつ崩壊するか分からない箱庭から解放され、自由を取り戻せる。その戦いの妨げになる『リジェネレーター』は排除せねばならない。

 それが、新たな『レジスタンス』最高司令官である蓮見タカネの主張であった。

 これは必要な取捨選択なのだ。大多数の人類の幸せのために、少数の『対異隊』を切り捨てる。

 決して間違った選択ではないと自分に言い聞かせ、ソラは操縦桿を握る手に固く力を込めた。


「邪魔をするなと、言ったはずだ」


 刘雨萱リウ・ユィシュエンという少女とソラの間に親密な付き合いはない。

 それでも共に遠征を戦い抜いた間柄として、また宇多田カノンが気にかけていた相手として、ユイのことを全く意識していないわけでもなかった。

 

「降伏しろ、『リジェネレーター』。『レジスタンス』はこれから、お前たちを殲滅するための部隊をこちらに寄越す。今ならまだ間に合う――死にたくなければ、白旗を上げろ」


 そうソラは淡々と促した。

【七天使】は先遣隊に過ぎない。二個旅団に相当する本隊が到着すれば、七機の【機動天使】を有する『リジェネレーター』であってもその物量の前には敵わないだろう。

 勝敗は既に見えている。蓮見タカネが命令を下した時点で、運命は決まっていたのだ。


『……仮に降伏したとして、わたしたちはどうなるんですか』

「知らねえよ。だが、まあ……その理想の牙は間違いなく引っこ抜かれるだろうな」


 予想される結末を彼は言い渡した。

 自分たちの思想の間違いを認めた『リジェネレーター』は、然るべき手続きの後に解散される。人々は時が経つにつれてその理想を忘却し、ヤマト皇太子が掲げる【異形】撲滅運動の支持者へと変わっていくだろう。

 

『だとしたら、わたしたちはその要求に応えることは出来ません。分かり合う道を模索する前に全てを諦めるなんて、わたしは嫌です!』


 その回答もまた、予想できていたことだった。

 敵は死力を尽くして抵抗してくる、故にこちらも容赦なく潰しにかかれ――蓮見タカネはそう、彼らに厳命していた。

 自分たちは所詮、あの男の掌の上で踊る駒でしかない。それを自覚していながらも、『学園』時代から染み付いた軍人根性は彼らを機構の一パーツへと成り下がらせる。

 軍隊とは生き物だ。一度動き出してしまえば、脳が指令を出すまでは止まれない。身体から脳に警告を発することは出来ても、直接止めることは不可能だ。


「……馬鹿な奴だよ。お前も、俺も……!」


 奥歯をぐっと噛み、白髪の青年は激情を押し殺さんとする。

 どうにもならない苛立ちが体内を駆け巡る。しかし、既にブレーキは壊されている。彼個人の意思だけでは、巨大な身体が停止することはない。


「……いくぞ」


 敵に覚悟を問うための一言。

 それをこぼし、数秒待ったソラは【ミカエル】に逃げる気配がないことを認めると――眦を吊り上げ、咆吼した。


「ああああああああああああああああああッッ!!」


 理性など投げ捨てた叫びに身を任せ、魔力を呼び起こす。

 翼が燦然と輝き、裁きの刃を解き放った。



 新東京市の住民たちが変わらぬ日常を過ごす中、『レジスタンス』もまた、表向きには普段と同じように見えた。

 本部の売店スタッフや出勤してきた研究員やメカニックたちの様子も、いつも通り。至って静かで、至って穏やかな時間がそこには流れていた。

 その変わりようのなさは、いっそ空恐ろしく思えるほどだった。

 誰にも気づかれず、違和感の一つさえも持たれることなく、蓮見タカネは牙を剥く。

 男は学生時代からの盟友を神輿として担ぎ、己の正義を振りかざして、軍人という駒を動かす遊戯に興じていく。


「先遣隊が『対異隊』との接触を果たしました! 【ラミエル】の魔法により、旧新宿エリアを探索していた敵の大半が撃破されたとのこと!」


 オペレーターからの報告に、司令席に座っているタカネは重々しく頷いてみせた。

 地下は地上からの魔力や電波による通信が出来ないため、彼はいま都市直上に置かれた管制塔コントロール・タワーの最上階まで上ってきている。

 政治家としては初めてこの場所に足を踏み入れたタカネは、新たな『レジスタンス』の主として粛々と采配していた。


「よくやった。本隊の到達度合いはどうなっている?」

「目標まで残り十五分余りと思われます!」


 政治家が本業である上官を慮ったのか距離よりも時間で報告してきた部下に、タカネは苦笑した。

 それは無用の配慮だ。しかし、言葉でそれを言っても大した説得力は持たないだろう。政界とは異なり、軍では行動こそがモノを言う。口だけの無能は部下たちに見限られ、刺されるような世界なのだ。


「順調のようだな。ヤマト殿下もさぞお喜びになられることだろう」

「は。そうであるならば、小官らも戦う甲斐があるであります!」


 先のヤマト皇太子の演説は【異形】を憎む兵士たちの戦意を十分に高揚させてくれた。

 あれから二ヶ月ほど経ってはいるが、その熱は冷めることなく、『レジスタンス』派と『リジェネレーター』派との対立は一層深まっている。

 国民は真っ二つに分断された。タカネが当初目指していた少数の「共通の敵」を作り国民を一つにまとめる、というプランはもはや実現不可能となっている。

 ミコトたちが生み出した『リジェネレーター』という存在が、タカネにシナリオの書き換えを余儀なくさせた。その結果がこれだ。

『レジスタンス』がこうまでして『リジェネレーター』を潰している理由に、タカネの私怨がないと言えば嘘になる。彼本人が口に出すことは絶対にありえないが、秘書の牧村はそう見ていた。


「人類を害する存在、すなわち【異形】を滅ぼすのが我々の使命だ。その妨げとなる『リジェネレーター』は断固として排除せねばならない。中国の娘が先に言ったように地下都市の寿命が近づいているのならば、なおのこと」


 よく通る艶のある声でタカネは独りごつ。

 無論、彼は聴かせるつもりで言っているのだ。軍隊の場合、命令は絶対に覚えることだが、「そうでない上官の言葉」も却って印象に残ることもある。特に優れた話術と圧倒的な存在感を放つオーラを持つタカネの言葉なら、誰もが耳を傾けるだろう。


「君もそう思うだろう?」

「はい。……あのお姫さんの言うことは生温いんですよ。あいつらは一時の成功体験を盲目に追いかけてるだけです」

「随分と言ってくれるな、君も。半年前の私だったら拳骨では済まないところだった。だが……確かに、的を射ている」


 傍らに跪く少年を、男は神妙な面持ちで見下ろす。

 少年の深い海のような瞳は、どこまでも貪欲にタカネへと食らいついてきていた。

 早く自分も動いて、自らの作品を試したい――そんな目だ。


「君も往きたいか。いいだろう――その力、存分に戦場で振るってみせろ」


 頷きだけで応え、少年は立ち上がるとすぐさまきびすを返した。

 そんな彼の背中を尻目に、タカネは眼前のモニターを睨み据える。

「彼」の手によって、翼の欠けていた【七天使】は完全体への復活を果たした。その力をもってすれば【機動天使】たちでさえ敵ではない。

 

「……見ているがいい、ミコト殿下。貴女の理想が子供の夢に過ぎないことを、彼のSAMで思い知らせてやろう」

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