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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第八章 転換の刻

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第二百二話 同盟と密約 ―You're similar to your younger sister.―

「っ、何だよアイツ! クソでかい声でクソみてーな渾名叫びやがって……!」


 そう頬を赤らめ、来栖くるすハルはホールの奥から手を振ってくる同級生を睨みつけた。

「やっぱ帰ろうかな」とぶつくさ言い出すハルを、同伴するアキトは「まあまあ」となだめる。

 シバマルのせいで彼らはホール中の視線を集めてしまっており、やって来た手前何もせずに帰るわけにもいかず、取り敢えず受付へと進んだ。


「よお、こっちこっち!」


 他に空いているカウンターはあったが、手招きされたためハルたちはシバマルのところまで足を運んだ。


「お前たちも入隊してくれるのか? 頼もしいぜ!」

「いや、僕はまだそうと決めたわけ――」

「は、ハルはこう言うけど、俺たちが話し合って決めたことだ。自分たちの状況を鑑みるなら、この選択が最善だと」


 素直ではないハルの言葉を遮り、アキトが言う。

【潜伏型異形】を脳に宿す『超人ハイソルジャー』である彼らは、【異形】と関わる者として蓮見タカネに目を付けられることを危惧していた。かつて都市を壊滅させんとした月居カグヤの【異形】研究の遺産――そのレッテルを貼られ、敵対視されることも恐れの一つだった。

 故に、彼らは『新人』を保護する『リジェネレーター』の側に付くことにしたのだ。


「そっか、歓迎するぜ。じゃあ取り敢えず空いてる席でコレ書いてもらって、その後ゆっくり話そう」



 一通りの個人情報の記入を済ませた後、ハルたち『超人』の三人とイタルたちはシバマルに連れられて場所を移した。

『神崎ビル』の最上階に置かれた「本部司令室」へ足を踏み入れた彼らは、そこで会議をしている最中だったクラスメイトたちに迎えられる。


「イタルさん、ヨリさん!」

「アキトくんにハルくん、フユカさんまで……それに、タイチくんも」

「たっ、橘さんも来てくれたんですね……! み、皆、ありがとう」


 声を弾ませるユイ、レイ、カナタの三人。

 席を立ってよく知る仲間たちの手を取る彼らを後ろから眺めるヤイチは、「ところで、今は何を?」と訊ねる。


「山ほどある決め事を一つずつ片付けてるところよ、ヤイチくん」


 答える明坂ミユキにヤイチは会釈した。『学園』にいた頃より幾分か生き生きして見える彼女の顔つきを微笑ましく思いながら、彼は「何かやれることはありませんか」と申し出る。


「そうねぇ……じゃあ、君たちには神崎グループ製のVRダイブデバイス、その試用係を任命するわ」

「『リジェネレーター』の訓練用VRデバイスですか。分かりました、お引き受けします」

「ありがと、助かるわ~。んじゃ、早速取り組んで貰いましょうか。神崎さんが案内してくれるから、彼女の指示に従うこと」


 数日前に高熱を出したリサであったが、『レジスタンス』の軍医たちのおかげで今は快癒していた。

 彼女がヤイチやハルたち、イタルたちを引き連れ、下階に設けられたVRダイブ室へと移動すると、そこで思い出したようにミユキが付け加える。


「あ、『使徒』の三人に言っておくけど……君たちの機体【ドミニオン】シリーズは『リジェネレーター』での買収は出来なかったの。司令が変わる以前に君たちの参加表明を受けられていたら、神崎グループも手を回してくれたでしょうけど……。だから、これからは愛機に乗れないことになるわ。そこは、呑んで頂戴」


 パイロットにとってSAMは己の分身にも等しい存在。

 メカニックとして長年彼らを支えてきたミユキには、愛機と離れる惜しさが身にしみて分かる。

 それでもアキトは表情の薄い顔に微かな苦笑を浮かべ、首を横に振った。


「……あの機体がなくとも、俺たちは戦えますから。俺たちも【イェーガー】で、また一からやっていきます」


【ドミニオン】は少年たちと月居カグヤとを繋ぐ象徴のようなものだった。

 それがなくなった今、自分たちはどう生きていくべきか――「母」が死んで変わり始めたハルや、物言わないフユカと共に、アキトはそれを考えなければならない。



 マトヴェイやミユキ、【機動天使】パイロットら主要メンバーが役職の決定や兵器管理についての会議を行っている最中、アキトたちは神崎製のVRデバイスの試用も兼ねた訓練に没頭していた。

 四十五分に一度の休憩を挟みつつ、それを三セット。

『学園』でやるような射撃や白兵戦の基礎的な修練を行う少年たちは、特に問題もなくそれをこなしていった。


「動作の感覚に違和感はない。『第二の世界』に比べると、やはり作り物感は否めませんが……訓練には十分なクオリティと言えますね」


 神崎製の仮想現実『新世界』の試用を、ヤイチはそう振り返る。

 再現された基地の演習場や建物、SAMなどの輪郭を注視すると細かいポリゴンが気になりはするが、SAMと接続した際の機体と一つになる感覚は完全に再現されている。

 踏みしめたアスファルトの固さも、握った銃のグリップの重々しさも、微かな砂塵を乗せて吹く風の冷たさも、現実とほぼ変わらない。


「この『新世界』は、私たち神崎グループの技術の粋を注ぎ込んだ商品の一つですわ。いずれは一般にも開放し、SAMの試乗や訓練の体験を行えるようにするつもりです」


 得意げに語るリサに「それは良いですね」と相槌を打つヤイチ。

 今後の展望を令嬢が掘り下げて話し始める中、彼らの会話を小耳に挟むアキトは、上がってもいいと言われてもなお銃を撃ち続けるフユカについて考えていた。

 少女の機体は白線の上に立ち、数百メートル先の的を狙い違わず撃ち抜いている。

 一つ撃ち倒す度にポップアップし、位置も距離もランダムに変わる旧世代機【ゾルダート】が、少女の手によって一つの例外もなく四散していく。


「フユカ……」


 兵士としてはそれでいいのだろう。

 ただ敵を狙い、撃ち殺せれば、それで。

 しかしアキトは何かに取り憑かれたかのようにひたすら的を撃つフユカに、危うさを感じずにはいられなかった。


「フユカ、聞こえるか。もう休んでもいいんだぞ」


 呼びかけに応えたのは無言だった。

 飛び出したアキトは足底部のホイールを緩やかに回し、静かに滑るようにフユカのもとへ移る。


「……フユカ」

「じゃましないで!」


 触れようとした手が銃床ストックに弾かれる。

 振り返った【イェーガー】の緋色の眼に射抜かれ、瞬間放たれた確かな殺意にアキトは息を止めた。

 それは初めてのフユカの拒絶だった。


「違う、俺は、邪魔しようとしたわけじゃ……」

「アキト、やめろよ。今はそっとしといた方がいい」


 ハル機に肩を叩かれ、アキトは一歩後ずさった。

 狙撃訓練を再開するフユカの後ろ姿から目を逸らす彼は、身動ぎしてハルの手を振り払う。


「俺はただ……あいつに休んでほしかっただけなんだ」

「お前の気持ちも分かるけどさ。むしゃくしゃしてる時はああやって何かをぶっ飛ばしてるのが、一番いいんだよ。その気持ちは僕にも、覚えがあるから」


 月居カグヤの死後に自分たちが『超人』であるとミユキに聞かされる以前のハルは、自分を振り回す衝動の正体が分からず煩悶し、苛立ちを手当たり次第周囲へぶつけていた。

 自分が分からない。言葉に出来ない。感情を発散する手段を戦い以外に知らないから、そうするしかない。

 ハルは自分について理解したことで、「薬」に頼りながら自らの衝動と上手く付き合えるようになった。時々湧き上がる暴力的な心も、アキトに相手してもらうことで鎮めてきた。

 だが、フユカはまだその段階に至れていないのだ。彼女を苦しめているのは「母親」を亡くした喪失感。ハルの場合とは訳が違う。


「ナツキの心が生きてたら……もう少し、マシになったのかな」

「んなわけないだろ。あいつ、僕やお前より不器用だし」


 おまけにフユカに呪いを刻み込んだのもあいつだし、とハルは付け加えた。

 どういう手を使ったのかは定かではないが、戦いを好まない質であるフユカを兵士として運用できるよう、カグヤを母と思い込むようにナツキが暗示をかけたのだ。

 その暗示さえ解ければフユカは呪縛から解放されるわけだが、これまでアキトたちが真実を伝えても、フユカは「うそ!」と拒絶するばかりで聞き入れてもくれなかった。


「……そう、かもしれないけど……。ナツキが復活する可能性って、本当にないのか……?」

「あったところで、どーすんのさ? あいつの身体、『レジスタンス』本部にあるんだぞ。『レジスタンス』が素直にあいつを引き渡すとか、してくれると思う?」


 そう問われ、アキトは黙り込んだ。確かにハルの言う通りだ。『超人』であることが『レジスタンス』内で公開情報となっている自分たちが、蓮見タカネ支配下の組織に言い分を聞いてもらえるとは考えにくい。

 

「それに、これまでだって『レジスタンス』の科学研究部が『同化現象』を起こした奴らの精神を元に戻す研究をしてくれてただろ。すげー科学者たちが集まってもどうにもならなかったのに、僕たちが動いたところで……」

「それでも、見切りを付けるなんて俺にはできない」


 反駁したアキトの顔を、ハルはモニターを通して睨みつけた。

 

「お前、あのチビ野郎みたいなこと言いやがって……!」

「そういうお前は、ナツキに似たんじゃないか」


 意見を違えた二人は、それきり何の言葉も交わさなかった。

 それからログアウトした後も――フユカは言われても訓練を止めなかったため強制ログアウトさせられた――、アキトは今の自分たちがやるべきことを黙々と考え続けるのだった。



『レジスタンス』への不満が『狂乱事変』を機に更なる高まりを見せていたことも、『リジェネレーター』の背中を押す結果となったのだろう。

 主に若い世代が新組織に期待を寄せ、神崎ビルの前には千名を超す入隊希望者が行列を作り、市民から政府へ『リジェネレーター』の認可を求める署名は新政権発足から一週間あまりで十万を超した。

 地下都市ジオフロントの約五百万人の人口からしたら微々たる数ではあるが、政府としても万を超す署名は流石に無視できない。

 十二月も中旬に差し掛かった日の国会にて、その件について蓮見首相へ主張したのは野党『共和党』の幹部である神崎ジュンコという若い女である。


「署名は十万を超し、『リジェネレーター』を支持する声は若者のみならず、徐々にその上の世代にも広まってきています。『国営放送』や『レジスター』紙以外のマスメディアも国民の声を取り上げ、認可を求める機運を煽り始めました。もはやこの世情の中、認可を下ろさないというのは無理がある話なのではないでしょうか。蓮見首相の口から、ご意見をお聞かせください」


 立ち上がったタカネの眉間には以前よりも深い皺が刻まれていた。

 マイクの前に着いて咳払いした彼は、壇上から与野党の政治家たちを見渡してから口を開く。


「憲法に則れば『リジェネレーター』は決して認められざる存在であります。皆さんもそれは承知の上でしょう。議論すべきは『改憲』となるわけですが……元々、『レジスタンス』は旧自衛隊が名前を変えて存続しているという名目で作られた組織です。そこに全く新しい軍隊を設立してしまえば、憲法第九条に抵触することに――」

「古い時代の憲法を持ち出してまで今の世界を語る必要がありますか? 我が国は第二次大戦以後も、米・露・中の三国冷戦の中でジオフロントを作り、軍備を増強してきました。その頃から既に形骸化しつつあった第九条が未だに変えられていない時点で、そもそもおかしいんですよ!」


 神崎ジュンコの舌鋒鋭い反論に、タカネは内心で舌打ちした。

 流れは確実にタカネの不利に傾いている。タカネの影響下にあったはずのマスメディアでさえも、金になると思えば『リジェネレーター』擁護に舵を切った。政権を獲るまでは順調そのものであったにも拘らず、求めた自由を手にした途端にこれだ。


「――我々は『尊皇派』です」


 貴公子の仮面を被った男は、まずそれだけ口にした。

 周知の事実。だがその意味するところ、背後にある存在を意識させられた政治家たちは黙り込み、男の次の言葉を固唾を飲んで待つ。


「我々としても『改憲』すること自体に躊躇いはありません。問題は何を変えるかであって……それは、陛下の意志に基づいて決められるべきでしょう」


 蓮見タカネは皇ミコトの婚約者。あくまで都市の頂点は天皇にあり、タカネたち『尊皇派』はその下で動く存在に過ぎない。

 ――と、思われようがタカネには構わなかった。天皇は病に弱り、皇太子も彼の掌の上で踊っている現状、皇室はタカネの操り人形同然だ。ただ一人、ミコトを除いては。


「近いうちに私は陛下及び皇太子殿下と面会し、『リジェネレーター』の是非を問うつもりです。この議論はその翌日に持ち越すことと致しましょう」



「財閥出身の女議員は手厳しいものだな、タカネ。真っ向からやり込められなかっただなんて、お前らしくない」


 皇太子のすめらぎヤマトはカクテルの注がれたグラス片手に、向かい合うタカネに意地悪な笑みを向けた。

 皇居の一角、半分の月がよく見渡せるコテージにて、学生時代からの付き合いである彼らは酒の席を共にしていた。


「あまり言ってくれるな。どうも私は、反体制側に立って文句を言っていた方が性に合う人間だったらしい」

「内側から問題を正すのも立派な役目だ。お前はそれが出来る男だろ、タカネ?」


 浅黒い肌に精悍な顔つきの美男子に言われ、「そうかもしれないな」とタカネは謙遜せずに返した。

 ヤマトは昔からタカネに次ぐ「二番手」の男だった。故に常にタカネをライバルとして意識し、そして劣等感も抱いてきた。

 タカネとしてはヤマトのその感情を利用しない手はない。


「今までは皇室の者たちに政治的な自由はなかった。だが、これからは違うのだよヤマト。直に、私たちは君の意思を一切躊躇うことなく汲めるようになる。それどころではない――『お気持ち』などと濁さずとも、君自身の意見をそのまま発信できるようにもなるんだ。素晴らしいことじゃないか」

「ああ……確かに、これまで色々と思うところはあったよ」


 ヤマトは迷っていた。自分が否定したミコトの行動が、若い世代を中心に支持されている現状を鑑みて。

【異形】を憎悪し駆逐を望む者たちの声も無視できない。ヤマト自身の感情も、従兄弟たちを目の前で奪った【異形】への怒りに傾いている。大切な人を直接は奪われなかったミコトとは違うのだ。


「なあ、タカネ……俺たち人類が【異形】を滅ぼせる未来は、あると思うか?」


 人命も土地も資源も、何もかもが【異形】によって奪われた。

 その怒りを、憎しみをどうして忘れられようか。忘却の彼方に閉じ込めてしまえば楽になれるものを――人は、捨て去ることができない。


「【機動天使】や【七天使】に比肩する機体の量産が叶えば、実現は可能だろうと私は見ている」


 明瞭な口調で言い切ったタカネに、ヤマトは静かに目を見開いた。

【イェーガー】を凌駕する機体が複数揃えば『ベリアル』や『パイモン』などの理智ある【異形】を倒せるという事実は、先の遠征で証明されている。【輝夜】のように図抜けた力さえあれば、恐らくは単騎でも不可能ではないとタカネは見ていた。

 

「現状、『レジスタンス』はなけなしの物資を切り崩して【機動天使】などの機体を作っている。今すぐに量産化というのは難しい話だが、我々が遠征を繰り返し、土地を取り返すことで資源面の問題をクリアすれば……」

「そうか。ならばタカネ、お前に頼みたい」


 身を乗り出し、親友ともの手を固く握って皇太子は願った。


「お前は『レジスタンス』を率いる者だ。【異形】への反攻の士だ。その意志を以て地上へ臨み、【異形】どもを駆逐してくれ」


【異形】さえいなければ、世界は平和だった。【異形】さえいなければ、笑って暮らせる人はもっと多かったはずだった。【異形】さえいなければ、人はこそこそと地下に隠れ住むこともなかった――。


「世界の混沌の元凶を滅ぼす。それが『レジスタンス』だろう、タカネ」


 似ている、とタカネは思った。

 人の平和にかける情熱はミコトもヤマトも、同じなのだ。異なるのは、その対象が心ある他者に広がっているか否かという一点。


「勿論だ。我が親友」


 手を握り返し、タカネはその口角を微かに上げる。

 いつの時代も人を狂おしいほど突き動かすのは、喜びよりも憎しみだ。


「そのためにはお前の力も必要となる。手を貸してくれるな?」

「ああ。最善を尽くそう」


 今ここに、若き首相と皇太子との密やかな同盟が結ばれた。

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