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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第八章 転換の刻

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201/303

第二百話 開票日 ―Dealings―

 そして訪れた開票日。

 出口調査では『尊皇派』の蓮見タカネが他候補と大差をつけ、予定調和な結果となっている。

 窓の外に薄闇のカーテンが降りた頃、マトヴェイは『レジスタンス』本部の『円卓の間』に幕僚たちを招集していた。

 大モニターに映される選挙特番を無言で見つめる陸海軍の大将や【七天使】の面々を前に、彼らを見渡す赤髪の将は開口する。


「アタシがこの席に座っていられるのは今日で最後……短い間だったけれど、皆はアタシの下でよくやってくれたわ。事変の混乱から組織を立て直し、労働改革を断行し、都市の防衛をこれまで以上に強化できたのは、アンタたちの尽力なくして実現不可能なことだった」


 長として労ってくれるマトヴェイに対し、一同は粛々と頷きだけで応じた。

 彼らの中には『リジェネレーター』を立ち上げようというマトヴェイに反感を抱いている者も少なくない。生駒センリ、風縫ソラ、水無瀬ナギなどの【異形】への憎悪を燃やしている若者たちは、今にも言いたいことを抑えてこの場に参列していた。


「冬萌大将にも、ミラー大将にも、【七天使】の皆にも本当に感謝してる。皆の声を聞いて現場に反映できるだけのことは、全力でやってきたつもりよ。でも……悪いわね、アタシは最後にアンタたちの声を無視することにした」


 一切悪びれることなくマトヴェイ・バザロヴァという将は言い切った。

 思わず立ち上がりかけるソラを視線で制し、冬萌大将は常と変わらぬ低い声で問う。


「バザロヴァ司令。それは、どういった意味だ?」

「魔力運用型戦闘飛空艇、【エクソドゥス】。及び、第五・第六世代SAM【機動天使プシュコマキア】シリーズ――それらの『リジェネレーター』への売却をアタシ自ら、許可したということよ」


 もたらされた情報の衝撃に【七天使】たちはどよめき、冬萌・ミラー両大将でさえも瞠目した。

 豊かな顎鬚をさすりながら重々しく呟くのは、ミラー大将である。


「第七条、『緊急事態において、司令は合議を経ず、独断での意思決定を可能とする』……『福岡プラントの悲劇』での対応の遅れを反省し、改正された軍法か」

「緊急事態だって? 一体何が?」


 拳を握り、わななく声でソラが叫んだ。

 その糾弾はマトヴェイも想定のうちだ。自分の行いは権力の濫用。それでも蓮見タカネが持つ巨大な力に抗うには、全てを清く正しくとは言っていられない。


「事変の混乱が尾を引き、『新人』という新たなる存在が白日の下に晒されたことによって、人々は大いに戸惑っているわ。アタシはこの状況を広義の『緊急事態』と判断し、第七条に則って指令を下した」


 強く揺るぎない口調で自らの行動理由を士官らに突きつけるマトヴェイ。

 彼の言葉は弾圧に等しい。否定など真っ向から押さえつける――理想のために手段を選ばぬ男の覚悟が、ここに表れていた。


「……馬鹿げたことを。【エクソドゥス】は『レジスタンス』が推し進める次なるプロジェクトに不可欠となる飛空艇だ。乗り手が離反したとはいえ、【機動天使】だって貴重な戦力。それらを『リジェネレーター』などという認可もされていない組織に売り渡そうなど……!」


 生駒センリの睥睨にもマトヴェイは動じなかった。

 反論を浴びせられて萎縮するようならば、初めからこのような行動に移しはしない。


「既に手続きは済んでいるわ。『リジェネレーター』の後援を申し出てくれた『神崎財閥』との取引はね」


 すかさず切られたカードに、センリの口からは声にならない息が漏れた。

 冬萌大将やミラー大将も驚愕を露に目を見張り、【七天使】たちも低くざわめき出す。


「神崎さん、おいでなさい」


 指を弾いたマトヴェイに呼ばれ、開いたドアから金髪の少女が姿を覗かせた。

 凛然と背筋を伸ばして元帥の隣までやって来た神崎リサは、柔らかい所作で一礼し、芯の通った声で挨拶する。


「皆様、ごきげんよう。わたくしは神崎財閥令嬢、神崎リサでございますわ。本日は父上に代わって、私ども神崎財閥が『リジェネレーター』の全面的な支援を行う旨を表明いたしに参りました」


 モニターには選挙特番に代わり、予め用意してあったスライドが映し出される。

 そこには『リジェネレーター』のスポンサーを名乗り出た神崎財閥とその傘下にある企業の名前が列挙されていた。その中には、九重財閥に次いでSAM開発シェアの二番手を担う『能天使パワーズ工業』の名もある。

 それが意味するところはただ一つ――『レジスタンス』とは別の軍事組織の樹立が現実的に可能となることだ。


「『リジェネレーター』が必要とするSAMや各種兵器、装備については神崎グループがお売り致します。しかし、私どもはこれまでの『レジスタンス』との契約を反故にするつもりもございません。『リジェネレーター』と『レジスタンス』、兵器を求められればどちらにでも売り渡しますわ。二社に売れれば二倍儲かる、単純明快なお話でしょう?」


 売れれば売れるほど良く、買い手は誰であろうと構わない。儲けられれば何でもアリ――それが神崎財閥の長、神崎トシユキという男のモットーである。

 神崎社長は『リジェネレーター』の思想に関して全面的に共感したわけではなかったが、あの会見で無視できないほどの数の若い世代が『リジェネレーター』を支持するのではないかと予想していた。そのため、娘を通して持ちかけられたマトヴェイの提案に乗ったのだ。

『リジェネレーター』は新たな世界を築く人々の萌芽となり、育てばこの先も財閥に潤いをもたらす。そう社長は見込んだ。


「私どもが【エクソドゥス】と【機動天使】を買い取って横流しすることで、『リジェネレーター』への初期投資とする。『リジェネレーター』が存続するかしないか、結果次第で財閥の未来は傾きますが……父上は前者にお賭けになったのです」

「と、いうわけよ。新組織の設立基金は月居夫妻の遺産に加え、アタシ自身の貯金を宛てることにしたわ。物資も資金面も『レジスタンス』の力は借りずに済ませるつもりだから、アンタたちに負担をかけることもない。その点は安心してもらっていいわ」


 組織を作る上でのハードルはおおよそ越えたのだとマトヴェイは語った。

 協力者となってくれたリサの肩に腕を回しながら、赤髪の将は目を細める。


「できれば、アンタたちとは喧嘩別れにはしたくないの。もし恨むのなら民意を恨むことね。ミコトさんやカナタくんたちの声で動き出す、この社会を」


『円卓の間』で執り行う司令としての最後の会議を、マトヴェイはそう締めくくった。

 神崎社長の見立て通り、都市の民たちはそれぞれに己の意見を表明し始めていた。その動きはネットの世界から始まり、リアルにまで波及していく。

 今、選挙特番へ切り替えられたモニターにも、国会議事堂前でデモを行っている若者たちの姿が見えていた。


「「「『リジェネレーター』賛成! 『リジェネレーター』賛成! ……」」」


 プラカードを掲げて叫ぶ者たちの大半は二十代から三十代の、少年時代を都市で過ごした世代だった。特番が始まった頃に数十名だった人数は今や、通りを埋め尽くすほど――千を超す数にまで増えている。


「確かに司令は蓮見タカネへと変わる。けれど、同時に都市の内外の情勢も移ろっていくわ。その中でアンタたち自身がどうしていくのか……それは自分でよく考えて決めなさい」


 ソラ、センリ、ナギ、シオン、シズル。今では五人となった【七天使】たちを順に見つめ、マトヴェイはそう言葉を贈った。

 立つ鳥跡を濁さず。それを念じて僅か一、二日の間に準備を進めてきた彼だったが、我ながら上手くやれたのではないかと思う。

 席を立った赤髪の将は、短い間議長を務めてきたその部屋を後にした。胸中で感謝の言葉を呟きながら、彼は次なる居場所へと足を運ばんとする。

 

「……マトヴェイの坊主、とまた呼べるようになるな」


 カナタたちの待つ第三会議室へと戻ろうとしていたマトヴェイに、男が声を掛けた。

 禿頭に豊かな顎鬚が特徴的な黒い肌の大将、イーサン・トマス・ミラー。その傍らには副官のグローリア・ルイス中佐も控えている。


「あら、ミラーのおじ様。これからは『リジェネレーター』総指揮官どの、ですわよ」

「……では、その総指揮官どのに少し、話があるんだが」


 ミラー大将からの目配せに意図を察したマトヴェイ。

 共に移った空き部屋にて、彼らの今後を決める密談は行われるのだった。



 カナタたちは会議室に集い、テレビの選挙報道を固唾を飲んで見守っていた。

 予定よりも戻ってくるのが遅いマトヴェイを気にかけながら、腕組みするレイは「やはりですね」と淡々と呟く。

 票数の大半を獲得した『尊皇派』が次の政権を担うことは確定となった。終始、蓮見タカネという男の計算通りに進行することとなった新暦二十一年秋の国政選挙は、これにて幕を閉じることとなる。


『えー今、「尊皇派」が議席の約七割を獲得し、政権を握ることとなりました! これにより、第百六代目の内閣総理大臣は蓮見タカネ氏となります! いよいよ蓮見政権の誕生です!』


 声を張り上げる女性アナウンサーに顔をしかめ、カツミがテレビを消す。

 卓上へ乱雑にリモコンを放った彼は舌打ちし、そして唸り声を上げた。


「何が『いよいよ』だ、くそったれ。最初から分かってたくせによぉ」

「予定調和であれだけ騒ぎたてなきゃいけないアナウンサーさんも大変だよねー。……ま、決まったことはしゃーないじゃん。溜め息吐くよりこれから何するか考える方が、建設的でしょー」


 口調は間延びしていたがカオルは真剣そのものだった。椅子に沈み込むように座り、背もたれに頭を預ける白髪の少女は、天井を仰いで力なく息を漏らす。


「……と言っても、『レジスタンス』とおさらばってのも結構寂しいね。アタシさぁ、ずっと兄貴の背中追いかけて、上を目指すために『レジスタンス』のお偉いさんに取り入ったりして……そんなことばっかに時間割いてきたからさ。長いこと縋ってきたものを手放すってのは、やっぱ、多少のしんどさはあるっつーか」


 と、彼女が言ったその時。ドアを開けてやって来た女もまた、抑揚の薄い声で微笑した。


「あら、カオルちゃんでもそういうこと思うのね。あたしも同じようなものよ」


 黒髪を一つ結びにした白衣姿の少女、明坂ミユキである。

 SAMの生まれる以前、組織の設立当初から関わってきたミユキの思い入れはカオルとは比べものにならないほどだ。

 ミユキにとって『レジスタンス』とは、愛する人が築き、残してくれた居場所。そこを離れたくないと言えば嘘になるが――それでも、ミユキはカナタの母親代わりとして彼の選択を尊重し、支えようと決めたのだ。


「み、ミユキさん」

「皆、ここ数日はなかなか会えなくてごめんなさいね。実はあたし、マトヴェイ元帥に頼まれて【エクソドゥス】のメンテを監督してたの。『リジェネレーター』の発足後すぐ使えるようにってね」

「そ、そうだったんですね。でっ、でも、【エクソドゥス】はまだリフォーム途中だったんじゃ……そ、そんなすぐに使えるものなんですか?」


 問うてくるカナタにミユキは頷き、彼の向かいに掛けた。

 鞄から取り出したタブレット端末の画面を一同に見せ、ミユキは事情を明かす。


「元々、魔力動力部はほぼ健在だったのよ。リフォームするのは翼と外装、加えて新たに人が住めるような生活エリアの新設。予定していた組立期間の大半は後者に割くつもりだったから、それが浮いたってわけね」


【エクソドゥス】は都市住民が新天地へ飛び立つ将来を想定しての改造が進められていた。だが、それが『リジェネレーター』唯一の戦闘飛空艇になるならば話は変わってくる。


「【エクソドゥス】の当初の理念は後回しにせざるを得なくなってしまったけれど、近い未来、きっと誰かが継承してくれるわ。それはあたしたち自身なのか、希望持つ若い世代になるのかは分からないけれど……必ずね」

「――はい」


 ミユキが語る未来をカナタたちは信じる。

『リジェネレーター』の理念が後の時代まで貫かれるなら、いつの日か次なる【エクソドゥス】は展開されるだろう。

 大切な青い肌の友を失った悲しみを背負いながらも、少年たちは止まらずに道を行く。

 再生者――戦場と化した世界を変えるための彼らの戦いが、いよいよ始まるのだ。

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