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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第八章 転換の刻

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第百九十四話 せめて願いを ―Angels―

 頭上からの急襲。

【ラファエル】の光線を黒い防壁で捻じ曲げると同時に弾丸を撃ち放つ【イェーガーオフィツィーア・飛天ひてん】に対し、【ガブリエル】を駆るミコトは『アイギスシールド』で応じた。


「くっ……!」


 肩を揺さぶる衝撃の連続。

 弾痕を刻まれる虹色の防壁を前に歯を食いしばる少女は、敵機に乗っているであろうパイロットへと『緊急通信チャンネル』でのコンタクトを試みる。

 

「わたくしはすめらぎミコトです! あなたは――似鳥アキラ、なのですか!?」

『だったら、何なんですか?』


 返ってくる肯定の言葉に、まともに取り合う意思はないように思われた。

 鼻で笑う「彼」は一旦【ガブリエル】から距離を開けつつ、銃撃を続行する。


『僕はもう、あなた方が知る似鳥アキラではありませんよ。言葉も、意思も、もはやアキラを引き戻す手段にはなりえない』


 既にアキラの精神は【潜伏型異形】に乗っ取られてしまった。

 その事実を告げる「彼」を睥睨し、それからミコトはモニターのマップを一瞥する。

 表示されている敵の数は増え続ける一方だ。特に前方、カツミの進撃を阻まんと大軍勢がワームホールにより続々と投下されている。十体を纏めて薙ぎ倒したそばから三十体が増えるペースである。


『愚かなヒトよ……己の力を過信し、たった四機で地上に出てくるなどとは。こちらは低級【異形】どもを、幾らでも投下できるというのに』


 せせら笑いながら高度を上げていくアキラ機をミコトは警戒しつつも、追いはしなかった。

 あれに付きっきりになるよりもカツミとカオルの支援を優先すべき、そう判断したから。

 

「お姫さん、カオル! 毒の雨を降らす、巻き込まれんなよ!!」


 無数の敵相手に肉弾戦を続けても埒があかない。魔力は大幅に消費してしまうが、最早それも気にしてはいられまいとカツミは奥の手を行使する。

 ミコトとカオルが『アイギスシールド』を展開する中、【ラグエル】が打ち上げた魔力弾は上空で爆発――する、はずだった。


『困るなぁ、そんなことされては』


 飛び出したアキラ機が伸ばした手は、炸裂する直前の弾を鷲掴みにしていた。

 掌から沁み出す毒々しい緑色のゲルが魔力弾を包み込み、不発に終わらせる。

 

「なっ……!?」

『元々は「対異形ミサイル」対策で編み出した魔法だったんだけどね。どんな弾薬を撃ち出そうが、この通りさ』


 払い落としたゲルが風に流されていくのを見送って、「彼」はほくそ笑んだ。

 悔しさを味わうのは先送りにし、【ガブリエル】へ補給を求めんとするカツミ。

 だが、そこへすかさずアキラ機の空襲。

 しかしマオの操る【ラファエル】が防壁を展開したまま割って入り、爆撃より地上の味方を守った。


『ミコト、早くカツミを!』

「えっ、ええ!」


 アキラ機のみならず『新人』らの機体までもが加わって、ここで仕留めんと一斉掃射の構えに入る。

 雁首がんくびを揃えてこちらへ向ける【イェーガー・飛行型】。

【ガブリエル】が【ラグエル】への魔力供給を行っているのを尻目に、マオは唇を噛んだ。

 コピーされた時点で【潜伏型異形チュウヤ】と切り離された人格である彼女には、『獣の力』は発動できない。

 ゆえに先ほどまであの超火力レーザーを受け切っていた【ガミジンの鬣】はもう、使えない。

 十を超す数の『魔力光線砲メガランチャー』の一撃をいっぺんに食らってしまえば、今の自分たちはひとたまりもなく散ってしまうだろう。


(射線を予測して避けるしか――)


 あれは光線のように見えるが、実態は魔力の粒子だ。光よりは遅い。

【機動天使】のスペックならば見てからでも回避は可能。

 だが、それは「彼」も分かっていることであって――。


『「人形遣い(マリオネッター)」と呼ばれたパイロットの本領、見せてあげるよ』


 指揮棒タクトを繰るように腕を振った【オフィツィーア・飛天】に従うように、てんでばらばらだった『飛行型』たちが統率の取れた陣を敷いていく。

 三重に描かれた巨大な円陣が空に浮かび、各個体の単眼が赤く瞬いた。


『たとえ小さな力でも、集合すれば暴威と化すものさ』

「――全速前進ッ! 敵の射程範囲外へ逃れるのです!!」


 補給を完全に済ませると同時、ミコトたちは最大出力で加速していく。

 あれだけの数で構成された陣形を改めて移動させるには、多少の時間がかかる。撃たれる前に逃げる――そう決め込んだミコトだったが、しかし。


『甘いね』


 生きた壁が、目の前に立ちはだかった。

 ワームホールから大量に投下される【異形】らは最早、兵としての体を成していない。なだれ込む土砂のごとく放たれた肉の壁が道を埋め尽くし、ミコトたちの進路を断ち切った。


「ミコトさん飛んで!! アタシらはいい、アンタたちだけでも逃げて!!」


『魔力光線砲』はあと十秒も経たないうちにフルチャージされ、ここらの【異形】ごと自分たちを焼き尽くすだろう。

 ここで全員が死ぬくらいなら飛べる二機だけでも逃れて欲しい――この一瞬で覚悟を決めたカオルは、心を鬼にして優しき少女へと叫んだ。

 選択を迷っていられる時間など、ない。

 暴れ狂う獣の波に呑まれんとしている僚機を見つめるミコトは、自らの戦う理由を己に問い、そして秤を傾けた。


「――マオ!!」

『あいあいっ!』


 機体を貪らんとする【異形】たちを振り払い、背中の推進器の魔力を限界まで燃やす。

 飛び立った刹那、『飛行型』どもの一斉掃射が始まった。

 赤い光の雨が降り注ぎ、半径五百メートルの範囲を焦土へ変えんとする。


「北へ――!」


『アイギスシールド』で頭上からの攻撃を防ぎながら、一直線に突き進む。

 仲間を顧みる余裕すらない、盾が壊れればそこで終わる絶体絶命の逃避行。

 燃える大地。視界を赤く染め上げる、乱れ雨。

 

『飛んでいる二機を狙え! 決して逃すなよ、あれを討てば我々の勝利だ!』


 チャージを完了させた『新人』たちの咆哮は『基地』の方角へと定められた。

「人形遣い」に従ってトリガーに指をかけ、離れていくその背を射抜かんと彼らは魔力の全てを解き放った。

 通常よりも長い時間の溜めによって実現した、山一つ焼き飛ばせるほどの超火力砲が空を白く染めた。


(――間に合わない)


 背後に感じた魔力から、ミコトはそう悟ってしまった。

 放たれた全砲撃のタイミングは全くの同時。だが、撃たれた座標はそれぞれが異なっている。

 広範囲をカバーする極太の光線が上下左右、あらゆる方向を塗り尽くして逃げ道を奪っている。

 どこへ飛ぼうが、次の瞬間には防壁ごと機体を消し飛ばされるのが落ちだ。


 死を予感したその時、少女の本能は忘れられない光景を呼び起こす。

 眼鏡の少年と共に金木犀の庭で歌った、幼い頃。

 やんちゃなその弟と語らって自らの未来を模索した、中学の頃。

 使命を携えて入学した先で出会った彼と笑い合った、去年の春頃。


『殿下には優しい歌が似合っております』

『ミコトさまは何がしたい?』

『ボクはあなたに救われました』


 歌うことが好きだった。

 誰かに寄り添って励まし、癒したいと思っていた。

 自分に救われたのだと誰かに言われると嬉しかった。

 皇女だからこうなった? 皇女としてそれを願った?

 ――否。

 それは違う。『新人』たちと触れ合って、「国民」の枠に収まらない彼らにも愛を注いだことで、ミコトは己の根源にある欲求を理解した。


『わたくしは、ただ……皆に笑ってほしかった』


 タカネの穏やかな笑みが、ツグミの子供っぽい笑みが、レイの微かに陰を帯びた静かな笑みが、ミコトは大好きだった。

 自分の戦いが誰かの笑顔に繋がるのなら――そう思ってSAMに乗ってきたのが、ミコトという人間だったのだ。


『せめてわたくしの願いを、聞いてくださいますか!?』


 声にならない叫びを魔力に乗せて、ミコトは桃色の光を解き放つ。

 ――その時だった。

 白光に満たされた空間に、漆黒のとばりが降りたのは。



「なんとか間に合ったわね……あなたのおかげよ、風縫中佐」


 艶やかな黒髪を流す美女、夜桜シズルはコックピット前方のモニターに映る黒いオーロラを見つめて胸を撫で下ろしていた。

 

『三十秒でここまで飛べだなんて無茶いいますよ、ホント。二度とやりませんからね、こんな仕事』


【レリエル】の胴を後ろから抱き、その背で翼替わりとなった【サハクィエル】のパイロットはそうぼやく。

 汗ばんだ白い前髪を掻き上げながら風縫ソラは戦場を見下ろし、舌打ちした。


『クソみたいな光景ですね。全く……ガキどもが勝手に出たせいで』

「ミコトさんたちへの文句は後よ。今はこの状況をどうにかするのが先決」


 シズルが展開した大規模防御魔法、【ブラックオーロラ】。

 最大で縦に100メートル、横に1キロもの範囲をカバーするその魔力のカーテンは、相反する光属性のみならずほとんどの魔法攻撃を防ぎきることが出来る。

 自らが敗北した【ガミジンの鬣】から着想を得、この一年のうちに彼女が新たに作り上げた技だ。


「ミコトさん、カナタくん、聞こえて?」

『……っ、夜桜少将……。あなたが、助けてくださいましたの……?』


 まだ生きているのが信じられないといった口調でミコトが応答した。 

 続けてマオも、掠れた震え声を返す。


『い、命拾いしたってわけ……?』


 カナタではなくマオだけが反応した状況は気がかりではあったが、その心配は後回しにしてシズルは彼女らへ微笑みかける。


「あとは私たちに任せて。【七天使】がいる限り、【異形】たちの好き勝手にはさせないわ」


 半透明の黒いカーテンの向こうには薄らと有翼の輪郭が浮かんでいた。

 飛行ユニット【アラエル】を背負って空を翔ける、三機のSAM。

 生駒中将の【ゼルエル】、水無瀬少佐の【ガギエル】、毒島中佐の【マトリエル】――これまで陸と海を戦場としてきた三名のパイロットが、ここに見参する。


『【ゼルエル】、目標を駆逐する!』

『空飛ぶのなんて初めてだけど、やってみせるよ! 僕は誰もが認める美少年だからね!』

『ナギきゅんすっごい自信! 口だけにならないよう気をつけなよ!』


 大地へ降り立ち抜き放った剣をもって血風を巻き起こすセンリの【ゼルエル】。

 その鬼神のごとき暴虐を眼下に、計八本の腕と脚を有する蜘蛛型の【マトリエル】を操るシオンは、ナギの【ガギエル】と共に円陣を組んでいる『飛行型』たちへと突っ込んでいく。

 

『ついて来な、ナギきゅん!』

『分かってますよ!』


 四つの腕に、四丁の拳銃。回転しながら派手にぶっ放す【マトリエル】に【ガギエル】も負けじと追従し、水の魔力を掌に顕現させた。

 浮かんだ水の塊はたちまち凍てつき、握ったSAMの拳の中で砕ける。

 

『――ふぅッ!!』


 大きく振りかぶり、右足を軸に回転しながらの投擲。

 飛来した氷の刃は『飛行型』たちの目を射抜き、或いは翼の皮膜を貫いて彼らを射ち落とした。

 

『【異形】ちゃんたち~! あたしからのプレゼント、受け取りなッ!』


 朗らかな口調とは裏腹に凄絶な笑みを浮かべるシオンは、肩に備えられた二門の砲口から『対異形ミサイル』を連射していく。

 小爆発が連鎖し、声にならない断末魔の叫びが空気を震わせる。

 爆風を鋼鉄の肌に感じるシオンは、久々に訪れた大暴れできる戦場に歓喜の声を上げた。


『あっはははははははははははは!! やっぱこういうの、アガるわぁ~!!』


 ミコトとマオは『基地』を目指して飛ぶことすら忘れ、背後で行われている殲滅に圧倒されるしかなかった。

『飛行型』の円陣は既に大半が崩壊している。ミコトたちとは比較にならない攻撃の速度と正確性をもってして、先行していた【レリエル】と【サハクィエル】も含めた四機は一分と経たぬうちに空中の敵を壊滅させてみせた。


『【ジャッジメントウィング】!!』


 縦横無尽に宙を翔け巡る幾つもの黒い魔力の羽根が、刃となって残る一群を掃討する。

 これにて『飛行型』を完璧に片付けたソラは、センリの戦う地上へ視線を落として口笛を吹いた。

 先程まで【異形】がひしめき、【ウリエル】と【ラグエル】を呑み込んで肉の壁となっていたそこは既に、血と死肉の泥沼と化していた。

 緑色にぬかるんだ沼を踏み越える【ゼルエル】は、肉塊の山を掻き分けてそこに埋もれた二機を引きずり出す。


『……両機のパイロットの無事を確認した』


 ややあって、シズルのもとに二名の応答を受け取ったセンリからの報告が入った。

 しかし、まだ安堵に吐息する時間ではない。

 残る敵――SAMに乗った似鳥アキラと『新人』らを倒さなくては、戦いは終わらない。


(オフィツィーア……パイロットはアキラくんなのかしら。だとしたら、私は……)


 シズルは『第二次プラント奪還作戦』の際、アキラに一度敗北している。あの時は空中戦の経験の差で勝負を決められてしまったが、彼女とて同じ轍を踏むつもりは毛頭なかった。

 彼女のみならず全ての【七天使】が、この一年間で【アラエル】を装備した空中戦闘訓練を積み重ねてきたのだ。


「まっ、待ってっ、ください……! ぼっ、僕らはっ、か、彼らと話し合うことが……!」


 四機の【七天使】が魔力の大量消費のために空中で停止している敵機へと銃を向ける中、意識を取り戻したカナタは叫んでいた。

 

「カナタくん……いえ、月居中佐」

『ふざけたこと言ってんじゃねえ! ここは戦場なんだぞ!?』


 シズルの台詞を遮り、激しい剣幕のソラがカナタを睨む。

 戦場に優しさなど要らない――それが彼が宇多田カノンに刻まれた信条だった。


『話し合いだって? チャージを終えたら今にも撃ってきますよって奴らと僕らが、どう話し合うっていうのさ!?』


 水無瀬ナギは【異形】に愛する少女を奪われた。その日から彼の心の底には常に、【異形】らへの憎悪の炎が燃え上がっている。幾ら殺しても、蹂躙しても、その胸にある怒りは消えはしない。


「そっ、それは……かっ、彼らは僕らの言葉が分かります! わっ、わ、分かるのなら、こっ交渉の余地が……!」

『そんなものがあるもんか、相手は殺人者なんだよ!』


 カナタが何と言おうと、今のナギには決して届きはしないだろう。少年の理想を否定し、銃口を突きつけんとする彼には。

 と、その時だった。

 彼らの耳に、歌が聞こえた。


『♪あなたと夢を見てた 幼い夢を見てた』


 少しあどけなさの残る、少女の声。

 カナタやミコトがよく知る、彼女の声。


『何だよ、この歌……!?』

「ニネル……!」


 胸に手を当て、ミコトは共に過ごしたその子の名を呟いた。

 この歌を聞いているのは耳ではない。頭だ。

 脳の中に直接、彼女の柔らかく温かい歌声が響いてきている。

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