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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第八章 転換の刻

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第百九十三話 対話への行軍 ―"I'd like to know you." "I want you to know us."―

 針葉樹林の合間に浮かんだ、陽炎のごとく揺らめく黒いオーラ。

 それが縁取るワームホールへと照準を定め、カナタは【ラファエル】の十八番を撃ち放つ。

 振り下ろされた純白の一刀。

 天空より大地へと至る慈悲の刃が、その闇を刹那にして打ち消す。


「まっまずは一つ!」


 穴の周囲に湧き出し続けていた【異形】らごと焼き消し、顧みることなく次の標的へ。

 飛行速度は決して緩めない。

『飛行型』どもが撃ってくる光線の軌道をマオに予測してもらうカナタは、与えられた情報を人並み外れた演算能力で処理していく。


「――――ッ」


 彼の赤く輝く瞳には敵の動きがスローモーションで見えていた。

『獣の力』を発動して脳の力を限界まで引き上げ、本能のままに魔力へ反応してくる『飛行型』の光線を全て読み切る。

 

「ふっ二つ!」


 次なる一太刀が異なる位相を繋ぐ領域を断絶させる。

 ここまでにかかった時間は十秒にも満たない。


『カナタ、飛ばしすぎないでよ! ミコトがいるとはいえ補給は簡単には受けられないと思って!』

「わっ、分かってるよ!」


 それだけ返し、カナタは両肩の砲口から『対異形ミサイル』を連射した。

 身体を三百六十度回転させながら放たれた誘導弾が、全方位の敵を一纏めに吹き飛ばす。

 爆煙を切り裂いて飛び出す【ラファエル】はライフルを下向け、第三のワームホールをそのままぶち抜いた。

 音もなき絶鳴と共に、開いた闇が色褪せる。


「みっミコトさんたちは――」


『対異形ミサイル』での迎撃を続行しながら、カナタはモニターのマップに映る僚機の位置を確認した。

【ラグエル】、【ウリエル】、【ガブリエル】の三機ともが五百メートルの前進。

 どうやら彼女らは敵を討つことよりもまず、『基地』へ辿り着くのを最優先に動いたようだ。

 無数に現れる敵の相手をしていてもキリがなく、こちらのリソースにも限りがあるため正しい判断と言えるだろう。

 眼下を一瞬だけ見ると【ウリエル】の炎と雷が縦横無尽に走り、【ラグエル】はメイスと尻尾――『テールブレード』――で敵を薙ぎ倒し猛然と進撃していた。

 二機は桃色に発行する粒子を薄らと纏っている。【ガブリエル】の【リリーフプロテクション・破】が両機のパワーを大いに上昇させているのだ。


『カナタ、状況は?』

「わっワームホールを三つ消したよ。きっ機を見て補給に降りるから」


 ミコトからの通信に早口に応じ、カナタは『対異形ミサイル』の連射で『飛行型』の群れを落としていく。

 

「はッ――!!」

『残弾数に気をつけて! もうあんま残ってないわ!』


 空を黒く覆うほどの大群を一斉に爆撃し、死滅させるカナタ。

 灰燼と化した遺骸が爆風に煽られる中を突っ切り、【ラファエル】は次なる目標へと照準を合わせていく。

 だが、マオの警告に頷きながら彼が【マーシー・ソード】を発動せんとした、その時。


「――ッ!?」


 突如、頭上より閃くは一条の光線。

 緋色に輝く極太の光線を瞬時に察知したカナタは、足底部の推進器に魔力を燃やし、即座の後退。

 すんでのところで目の前を過ぎ去っていった光線は、眼下の針葉樹林を刹那のうちに焼失させていた。焦土と化した大地が緑の中、黒ずんだクレーターを描いている。


「なっ、何いまの……!?」


 驚愕に目を見開くカナタが頭上に視線をやると、そこにあったのは一つのワームホールだった。

 新たに出現したその穴から姿を覗かせたのは、漆黒のSAM。


『「第二次プラント奪還作戦」で確認された敵のSAMよ! あの一撃はなかなかにぶっ飛んでるわ、気をつけて!』

「りょっ、了解!」


 情報面で補ってくれるマオに感謝しつつ、カナタは銃口を上空の【イェーガー・飛行型】へと向けた。

【イェーガー】程度の性能では【ラファエル】に追い縋れはしないだろうが、それでもあの光線の火力は無視できない脅威だ。

 止めなければならない。だがその前に、カナタにはやらねばならないことがあった。


「まっマオさん、緊急通信チャンネルを開いて!」

『っ、分かったわ!』


 パイロットの意思を第一に、マオは敵機へと緊急連絡を試みる。

 連射は出来ないのかランチャーを構えたままホバリングしている敵機を見据え、カナタは応答を待った。

 ザー、ザー、とノイズだけが聞こえてくる。


「ぼっ、僕は月居カナタ! えっSAMに誰か乗っているなら、返事をしてください! ぼっ僕たちはこんな殺し合いをする必要なんてないんです!」


『SAM』はパイロットなしで起動することはできない。唯一その例外を覆したのが『ベリアル』の操る無人機であるが、それでも有人操縦で引き出される【イェーガー】の真価を発揮するまでには至らなかった。

 あれだけの高火力の砲撃を実現するためには、『コア』に接続できる脳の持ち主が必須なのだ。

 

「ぼっ僕らはあなたたちの仲間を知っています!」


 これは博打だった。

 だが、当たる確率の高い賭けでもあった。

 理知ある【異形】がSAMに乗せるなら、SAMに適した脳の持ち主――すなわち人間に近しい者にするはずだ。似鳥アキラ以外には『潜伏型異形』に取り憑かれた人は確認されておらず、そうなると残る候補は「彼ら」くらいになる。


「ぼっ僕たちには、青い肌の友達がいます!」


 どうか届いてくれ――そんな少年の願いが届く前に。

魔力光線砲メガランチャー』の砲口から光輝が溢れ出し、銀翼のSAMへと迫った。


『カナタっ――!!』


 避けるのはもはや間に合わない。

 しかし、叫ぶマオに対してカナタは一切冷静さを手放してはいなかった。

 

「がっ【ガミジンのたてがみ】!!」


 解き放たれた暗黒のオーラが黒煙のごとく揺らめき、【ラファエル】を覆い隠す。

 それはまさに光をも吸い込むブラックホールだ。

 一直線に突き進む極太の光線を真っ向から受け止め、その魔力を喰らう。

 砲撃は空中の一点、カナタの暗黒によって着地点を失った。


「はっ、話をしましょう!」


 戦ったところで貴方にはどうすることも出来ない。

 無情にもそう見せつけたカナタは、改めて敵機のパイロットへと訴えかけた。

『飛行型』の光線を無効化しつつ彼が応答を待っていると――やがて。


『……何を』


 たった一言の、言葉が聞こえた。

 掠れた少年の声。粘っこくよどんだ、諦観の底に沈んだような声だった。

 その直後、再び新たなワームホールが開き、隊列を組んだ【イェーガー・飛行型】が続々と出現してくる。

 標的を見定めた彼らは担いだ『魔力光線砲メガランチャー』を【ラファエル】へ向け、すぐさま発射した。


『効かないってのに!』


 舌打ちするマオにカナタは首を横に振ってみせた。

 そう苛立っても仕方がない。彼らはおそらく、知らないのだ。理知ある【異形】に従う以外の生き方を――カナタたちがニネルたちと過ごしたような穏やかな時間を、経験していない。


(戦うことでしか何かを為せなかったマオさんとも違う。彼らは知らないだけなんだ。生まれた環境が、彼らに戦うことを強いているんだ)


 効かないと分かっていながら、撃つことしか出来ない。

 そうしろと命じられているから、言われたままにやるだけ。

 並んで極太のレーザーをチャージでき次第撃つ彼らを見つめ、カナタは言葉を続けた。


『ぼっ、僕には青い肌の友達が十五人います! そっその一人はテナっていって、大人しいけど好奇心旺盛で、図鑑を読むのが好きな子で……ぼっ、僕と話しているとたまに笑ってくれる、優しい子なんだ』


【ガミジンの鬣】で彼らの砲撃を全て防ぐ間、カナタは団欒の時を共有した『新人』たちの話をした。

 ニネルのこと、エイトンのこと、他の少年少女のことを、時間の許す限り。



「カナタくん……!?」

「あの野郎、何で止まってやがる!」


 無数の光条が走り抜け、血煙舞い上がる大地にて。

 カオルとカツミは上空を一瞥し、黒いオーラを纏ったままホバリングしているカナタに叫んだ。

 絶えず魔法を放ち、メイスと『テールブレード』をぶん回す【ウリエル】と【ラグエル】を支援するミコトは、天を見上げて呟いた。


「カナタ……彼はきっと、対話を試みているのです。わたくしたちは彼を信じ、今は先へ進むことだけを考えましょう」


 彼女は言いながら振り返り、背後に新たに開いたワームホールへと『対異形ミサイル』を撃ち込んだ。

 登場したそばから爆死する【異形】らの断末魔の声を聞き、少女は冷たい汗を流す。


(想定はしていましたが……やはり、敵はそう甘くないようですわね)


 またしても【ガブリエル】の付近に開く黒い穴。

 獰猛な雄叫びを打ち上げて迫る『子鬼ゴブリン型』や『豚人オーク型』を光線で穿ちつつ、ミコトは顔を歪めた。

 先ほどから敵はミコトの背中を狙って新手を送り込んできている。その迎撃に当たらざるを得ない彼女は、少しずつだがカオルらとの距離を開けてしまっていた。


「カツミ、ペース遅れてるよ! さっさと進む!」

「おいっ、いいのかよ!? お姫さんと離れすぎちゃやべぇだろ!」


 カツミはモニターに表示される魔力残量を気にしていた。

 ミコトの回復魔法があるとはいえ、これほど絶え間なく敵を倒し続けていれば魔力は容赦なく減っていく。今もカツミは汗を滝のように流し、鼻からはたらりと血を流している状態だ。魔力消耗は『ナノ魔力装甲』の防御力も弱め、運悪く被弾した際の痛みがじわじわと精神の余裕を削っている。

 打撃特化のカツミでさえこうなのだから、魔法特化のカオルは更に酷いはずだ。


「分かってる……分かってるよ、んなこと! でもさぁ、止まるわけにはいかないじゃん! 前にも後ろにも敵がうじゃうじゃいる現状で、希望を見出すなら『基地』へ向かうしかない! うだうだしてたらアタシたち、全滅だよ!」


【ウリエル】が掌より放つ青き光線はワームホールを的確に狙い、都度消滅させてきた。

 だが、消せども消せどもそれは何度だって現れてくるのだ。

 もはや林道は蠱毒の壺と化し、彼女らは終わりなき戦いという地獄へ叩き落とされている。


「ミコトさん、後ろの敵は無視して! そいつらはアタシが引き受けるから!」


 アンタはアタシたちの支援だけに集中しろ――引き返す背中がそう叫ぶ。

 カツミを先頭にミコトを挟み、カオルが殿を務める縦一直線の陣形が組まれた。


「【我がてのひらより来たれほのお】! ――【ディヴァインブレイズ】!!」


 渦巻く蒼炎が凍てつく大地を撫で、そこを闊歩する【異形】らを一纏めに飲み込んだ。

 連鎖する怪物どもの痛苦の声が響く中、不快感を露に顔をしかめるカオルは「魔力よこして!」とミコトへ要請する。


「はっ、はい!」

「お姫さん、余裕ありゃこっちも頼むぜ!」


 ミコトの魔力量はまだ六割程度残っている。【ガブリエル】の張り出した胸部――埋め込まれた『魔力増幅器』に搭載された、魔力を貯めておける仕様のおかげだ。

 そこから取り出した少ない魔力を何倍にも増幅させることで、【ガブリエル】は長期の戦闘でも持続的な魔力供給を実現できる。


「【リリーフプロテクション】!!」


 桃色の光輝が【ガブリエル】の突き出した掌から流れ出て、二機の背中へと吸い込まれていく。

魔力液エーテル』に乗って全身を巡り出す魔力に、カオルとカツミは身体の奥底から力が湧き上がるのを感じた。

 それぞれが受け持つポジションで、二人は眼前の『第二級』以下の大群を駆逐していく。



『カナタ、もう余裕ないよ!』


 敵機からの光線を受け止め続け、既に五分以上が経っている。

 戦闘開始時からぶっ続けで『獣の力』を発動してきたカナタの魔力・体力は限界近くまで削られていた。

 首筋に太い汗の筋を伝わせ、息も切れ切れに『新人』らへの対話を試みている少年に、マオは焦燥感を露に警告した。


「わっ、わかってる……けっ、けどっ、僕はっ……」


 そう口にした直後、カナタの視界はくらりと明滅した。

 唇を強く噛んで意識を手放すのをどうにか回避した彼に、マオは『もう見てらんない!』と強引に機体のコントロールを奪う。

 ヘッドセットの接続を強制解除されたカナタは操縦席に力なく背中を預け、虚ろな目でモニターを見つめた。

 コックピットの天井から降りてきたアームが首元に魔力回復薬を注射する状況でもなお、彼は『新人』たちへの呼びかけを止めなかった。


「いっ、言われるままに、撃ったところでっ……だっ、だ、誰も、しっ幸せには……ならな……」


 人も【異形】も戦って命を落とし続ける。その数を減らしていく。

 本当にこのままでいいのか――どこかで落としどころを見つけなければ、この修羅の世界からは決して逃れられないのだとカナタは思う。


『とりあえずミコトからの補給を受けるわ! あいつらの相手はその後よ!』


 敵の攻勢が一旦止んだ僅かな隙を見て、マオは【ガミジンの鬣】を解除。そのまま急降下し、ミコトとの合流を目指した。

 すぐさま半ばまでのチャージにも拘らず発射される『魔力光線砲メガランチャー』。

 背を焦がされるすれすれのところで翼を翻し、それを避けてみせるマオはその時――。


『危ないミコト!!』


 ミコトの頭上、空中に開いた新たなワームホールを捉えた。

 穴より降りる黒い影。その端が覗いた瞬間、【ラファエル】のライフルは光線の一射でそれを穿ち抜かんとする。

 直後、展開される黒色の防壁。

 現れたその盾は純白の光条を屈折させ、虚空へと流していった。


「っ――新手!?」


 ミコトが見上げた先にいたのは、頭部や肩に幾つものとげを生やした漆黒のSAM。

 翼に赤い魔力の輝きを宿すその機体の名は、【イェーガー指揮官型オフィツィーア飛天ひてん】。

『新人』たちの機体の上位に位置づけられるそれに乗るのは何者か――『アイギスシールド』を構える瞬間に過ぎった名前を、少女はこぼしていた。


「まさか――似鳥、アキラ……!?」

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