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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第八章 転換の刻

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第百九十話 握手 ―Cooperation―

 戦いを終え、カナタとミコトは『フルダイブポッド』から出る。

 薄暗い『VRダイブ室』内に佇む二人は、先程の戦いの余韻を感じながら顔を見合わせた。

 二人の間に言葉はなかった。

 視線を絡め、意志を異にする者たちと衝突せざるを得ない運命を受け入れる覚悟を、共有する。

 

 ややあって、敗北したカツミとカオルもポッドから降りてきた。

 静かにこちらへ近づいてくる彼らを正視して、カナタは汗ばんだ拳を握り込む。

 何を言うべきか迷いながらも取り敢えず口を開こうとしたカナタに先んじて、白髪の少女は手を差し出してくる。


「……えっ?」

「握手。いいバトルだったよ、アンタたち」


 虚を突かれ間の抜けた声を漏らす銀髪の少年に、カオルは悪戯っぽく笑ってみせた。

 

「どっ、どういうこと……? ぼっ、僕たち、そのっ……」

「あは、ごめんね? ……ちょっと試しちゃった♡」


 胸の前に手を合わせて拝むように謝り、それからカナタに抱きついて耳元で囁くカオル。

 耳朶をくすぐる吐息に少年が顔を真っ赤にする中、カツミはカオルの首根っこを引っつかんで言う。


「お姫さん、それからコネ野郎。俺たちはお前らを信じるか蓮見タカネを信じるか、迷ってたんだ。そんで、決めた。お前らの覚悟が本物なら、味方してやってもいいんじゃねえかってな」


 もとよりカツミたちはカナタたちのクラスメイトであり、同じ戦いを乗り越えて信頼関係を築いてきた仲間だ。

 全く向き合うことなく、ただタカネの言葉を鵜呑みにして彼らと対立してしまえば、きっと迷い、後悔してしまう。

 だから、決断したのだ。自分たちが最も本気で意思をぶつけ合えるSAMでの試合をしようと。


「アンタたちの意志の強さは十分伝わってきた。たとえ仲間だった奴が相手になっても戦えるだけの覚悟があるってこともね。そういうわけで――カナタくん、ミコトさん。アタシとカツミはアンタたちに力を貸すよ」


 そう微笑み、カオルは改めてカナタたちへ握手を求める。

 向き合う二人に頷きを返し、カナタとミコトはその手を取った。


「試されていたことには驚きましたが……ともかく、よろしくお願いいたしますわ、お二人とも。あなたたちの実力は本物でした。一緒に戦えるのならば、心強い限りですわ」

「よっ、よろしくね、風縫さん。……ぶ、毒島くんも握手、しよう?」


 柔和な笑みで共闘を歓迎するミコトの隣で、カナタはぶすっと腕組みしているカツミを上目遣いに見つめる。

 気に食わなさそうな面持ちながらも「これっきりだぞ」と握手に応じるカツミ。

 素直じゃないんだから、と呆れ顔になるカオルにつられ、ミコトも小さく笑みをこぼした。

 

「わたくしたちに模擬戦を提案したのは、マオさんでしたよね。となると……彼女は最初からカオルたちと通じていたのですか?」

『あったりー。カオルの方から昨日、コンタクトがあってさ。あたしは融通の利くいい女だからしっかり応えてあげたってわけ』


 ミコトが呟くと、カナタのポケットからマオの声が返事をした。

 少年が取り出したスマホの画面に映るアバターの少女は、カオルたちへ小さく手を振ってみせる。


「ありがとね、マオちゃん。アンタの罪とか許したわけじゃないけど……カナタくんがアンタを信用するなら、アタシも信じてあげる」

『こちらこそ、ありがと。悪かったのはあたしでマナカは何も悪くなかったから、彼女は責めないでやって』

「分かってるよ。事情は粗方、把握してるから」


 かつては「人類の敵」となったマオを皆が素直に受け入れられるわけではない。

『レジスタンス』内にも彼女の存在自体を許せないという者は少なくないのだ。

 だがカオルはそのやり切れない怒りを胸の奥底に押しやり、共に戦う仲間として認めた。

 昔は昔、今は今。彼女はそのように割り切れている。


「さて、挨拶も済んだことだしご飯にする? アタシお腹ぺこぺこだよー」

「そうですわね。少し早いですが、ランチにしましょう。わたくしたちの今後について、あなたたちにも話しておかねばなりませんから」


 戦いの中で思いをぶつけ合った四人のパイロットたち。

 場所を移してお昼にする彼らは、食べながらそれぞれの思うところを正直に共有するのだった。



『新人』たちが『丹沢基地』より移送されてくる予定時刻は、十一時半。

 早めの昼食を済ませた後も食堂に残って談笑しているカオルらの脇で、ミコトは腕時計と睨めっこしていた。

 ――来るはずの連絡が未だ、届いていない。

『基地』に着いた段階で一度、兵からの報告がある手筈なのだ。しかし既に移送予定時刻の五分前となっているというのに、その連絡すらまだ入っていない。


「み、ミコトさん?」

「……おかしいですわ。本当ならもうそろそろ……」


 ミコトの語る事情にカオル、カツミの両名は渋面を作った。

 カナタも不安げな表情でスマホのメールボックスを確認する。

 と、ちょうどその時だった。


『カナタくん、皆、聞いて! 移送の兵士さんたちはもうとっくに「基地」に着いてるみたいなんだけど、向こうの研究員たちが引渡しに応じてくれないって!』

「そんな……何故ですの!?」


 報せてくるマナカにミコトは鋭く問い詰める。

 液晶に映る少女は力なく首を横に振り、答えた。


『「大事な研究対象を外に出すわけにはいかない」の一点張りだそうです。けれど、マトヴェイ元帥は蓮見タカネが裏で手を引いてるんじゃないかって……』

「タカネの妨害……基地内部に彼の『いぬ』がいたということですか。ありえない話ではありませんわね」


 タカネの狗は政界やマスコミ、警察、商社など各業界に潜んでいる。それは軍とて例外ではない。


「『レジスタンス』は前々から一枚岩じゃなかったからねー。マトヴェイ元帥が司令になってからはマシになったけど、月居司令の時代は結構腐敗してる部分もあったし。付け入る隙は十分にあった」


 この場で最も『レジスタンス』の内情に詳しいカオルが、肩を竦めながら言った。

 カツミは舌打ちし、椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がる。


「選挙の投票日まで時間がねえ。その『新人』って奴らをどうにかして連れ出せれば、お姫さん……あんたの疑念は晴らせるんだろ?」

「ええ。ありのままのわたくしたちの関係をお見せできれば、市民の皆さんもきっと理解してくれるはずです。しかし……強引な手は、却って逆効果になります」


 血気立つカツミを宥めんとするミコト。

 確かに【機動天使】の武力で脅せば、基地の研究員たちは為すすべもなく『新人』らを引き渡さざるを得なくなるだろう。

 だが、それではダメなのだ。自分たちが人類の敵ではないと証明するためには、人に手を出すようなことがあってはならない。


「あくまでも対話による解決を目指す。それがわたくしたちのスタンスです」


 ミコトは席を立ち、芯の通った口調で言った。

 曇りなき眼差しで射抜かれたカツミは、反駁の言葉を引っ込める。


「……じゃあ、どうするってんだよ」

「わたくしが直に交渉いたしますわ。それでも先方が応じなかった場合は……直接、出向くほかありません」


 単なる演説で人々の疑念を払拭できるとは思えない。憎悪という感情に支配された彼らに思いを届けるには、目や耳で感じられる感覚的な情報に依るしかないのだ。

 そのためには何としても、ニネルらとの接触を果たす必要がある。

 通信設備のある管制室へと走る彼女らは、『基地』の『新人』らの安全をひたすらに案じた。



『いくらミコト殿下の頼みであっても、それは聞けない頼みであります』


 本部を貫くエレベータ『頂の階段』に乗り、最上層へ。

 そこからSAMを使って『アイギスシールド』の範囲外にある管制塔へと移動したミコトらは、通信に応じた『基地』研究員からそう言い渡されていた。

 能面の如き表情の男をモニタ越しに見据え、ミコトは己の意思を表明する。


「わたくしに『新人』らと結託して人類を攻撃する意思など、断じてありません。わたくしはあなた方『レジスタンス』隊員の平和にかける思いと、それに伴う痛みを知っております。あなた方へ嘘は申しません」


 ミコトは改めて、【異形】との対話がもたらす可能性を説いた。

 自分たちのやり方次第では、この果て無き戦いに終止符を打つ目処が立つと語った。

 彼女の口調はどこまでも切実だった。その意志は淀みない水であり、傷一つない宝石だった。


『あなたの考えは分かりました。確かにそれは一理ありましょう。しかし……時期尚早なのではありませんか? 『狂乱事変』以降、人々は混乱している。理想への取り組みはもう少しほとぼりが冷めてからでも良いのでは?』


 決して感情的にならず、仮面のような表情も崩さず。

 研究員を代表して通信に応じたタカネの「狗」は、主人の命を忠実に守っていた。

 彼らの役割はただ一つ、タカネが選挙で勝つまでの時間稼ぎだ。それを完遂した暁には今後のポストが約束されている。


「わたくしたちには時間が残されておりません。体制がもし変わってしまえば、『新人』らがどうなるか分からない。民にわたくしの思いを伝え、『新人』らに敵対の意思がないことを証明できるのは今だけなのです」


 そんな研究員を前に、ミコトもまた叫びたい情動を殺して訴えた。

 胸に手を当てながら真摯に頼み込み、頭を下げる。

 

『「新人」らは貴重な研究対象です。仮に体制が変わったとしても、奴らの扱いはこれまで通りになると思いますよ。「人類の敵」と汚名を着せられてしまった貴女の心労はお察しいたしますが……何卒、冷静に都市の現状を見直してみてください』


 では、失礼いたします――そう口にして研究員の男は一方的に通信を切った。

 俯くミコトは管制室内のオペレーターに礼を言い、退出する。

 会話が終わるまで廊下で待っていたカナタたちは、成果を問おうとしていた口を閉ざした。

 悄然とした彼女の顔が、全てを語っている。


「で、これからどーすんのミコトさん? 何としてでも『新人』たちと接触する、それは変わってないんでしょ?」

「……はい。交渉は失敗しました。ですが、そこで諦めるわけにはいきません。先方は体制が変わろうと『新人』を取り巻く環境は維持されるとおっしゃいましたが、それが嘘でないとは限らないのですから」


 研究員の話術に隙はなかった。そして、その語り口は蓮見タカネのそれと酷似していた。

 台本シナリオ通りに動く研究員を通してミコトはタカネと対話した。そして、この次もあの男に糸を引かれるように行動していくことになる。

 そのことを承知した上で、それでもミコトは決断した。


「タカネが『新人』らをどうするのかはまだ、断定できません。しかし、彼らが人々の憎悪ヘイトを集めるだけの的として扱われることは間違いないでしょう。共通の敵を作ることで味方間の結束を強める……あれはそういう男ですわ」


 カオル、カツミ、そしてカナタ。

 共に理想への道を歩まんとしてくれている三人を順に見つめ、ミコトは凛然とした面持ちで告げる。


「もはやこの場に留まってはいられません。一二一五ひとふたひとご、我々はSAMに搭乗し『丹沢基地』へ移動します。彼らがわたくしの言葉を忘れていなかったのならば、きっと通してくれるはずです」


『アイギスシールド』の西区角ゲート前にあるSAM格納庫へと急ぎながらミコトは早口に作戦の心得を説明した。

 守るべきは絶対にこちらから戦闘行動を起こさないこと、その一点。

 万が一相手から攻撃された場合は防御に徹し、可能な限り反撃してはならない。

 もしミコトたち側から仕掛けたという事実が残れば、タカネのプロパガンダに利用されるだけだ。


「良いですね? 絶対に、何があっても、こちらから攻撃してはなりません。仕掛けた時点で敗北が決まったと思ってください」

「りょーかい、ミコトさん。アタシらちょっと喧嘩っ早いけど、勝利には貪欲だから。作戦を阻害するような真似はしないよ」

「あァ、あったりめーよ」


 念を押してくるミコトにカオルが不敵に笑い、カツミも同調した。

 格納庫に到着した彼らはそこで、背後から声を投げかけられる。


「……行くのね、アンタたち?」


 少しハスキーで艶っぽい声――マトヴェイだった。

 立ち止まって振り返るミコトは、一同を代表して司令に頭を下げる。


「勝手な行いをすることを、お許し下さい。もはや直接出向き、『基地』の者たち全員に思いを届けなければどうにもならない段階を迎えてしまったのです。もし、彼らの心にわたくしへの想いが、わずかでも残っていれば……まだ、開ける道はあります」

「……分かったわ。アンタとは一蓮托生だもの、最後まで信じてあげる」


 ミコトの肩に手を置き、マトヴェイはその瑞々しい唇を弓なりに曲げた。

 彼の決意もまた、揺らがない。上官として、一人の大人として若き彼女らの背中を押す。


「いってらっしゃい」

「はい。いってまいります」


 四人は敬礼を返し、そして足早に格納庫内の愛機の元へと向かっていった。

 ほどなくして起動フェーズを済ませたSAMたちがゲートより登場する。

 白銀の翼【ラファエル】。桃色の騎士【ガブリエル】。純白の魔女【ウリエル】。黒鉄の巨人【ラグエル】。

 天使たちは地を駆け、空を翔ける。

 飛行ユニット【アラエル】を背に装着した【ガブリエル・飛天】の主は目的地を前方に定め、そして高らかに告げた。


「進みます! わたくしたちと『新人』たちの、絆を証明するために!」

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