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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第八章 転換の刻

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第百八十八話 決闘、VS【ラグエル】&【ウリエル】 ―Angels' battle―

「そうだよ。アタシが【ウリエル】、カツミが【ラグエル】。冬萌大将の推薦でさ、娘と共に『事変』解決のために尽力してくれたからって……。アタシたち、大したことなんてやっちゃいないのにね」


 自嘲の笑みを口元に貼り付け、白いショートヘアの小柄な少女は言う。

 その隣に立つ前髪に赤いメッシュを入れた長めの黒髪――以前より多少伸びた――の少年は、その目を鋭く細めてカナタたちを睨み据えた。


「やったことといえば暴れた味方をぶっ殺したくれぇだ。何も誇れやしねえが、力を与えられたんなら使う。このクソみてぇな世界で俺らが何かやれるってんなら、まあ悪いことじゃねえ」

「そ。それでさ、アタシら考えたんだよね。冬萌大将がアタシらを選んだ理由が『事変』で味方を撃てたことなら、再び誰かが過ちを犯した時、それを止めることがアタシらの役割なんじゃないかって」


 淡々とカオルは語った。その口調に迷いはなく、ただ決然とした意思があった。

 二人の前で立ち止まったカナタは、握ったスマホの画面にちらりと視線を落とす。

 先程まで喋っていたマナカの姿は消えていた。自分たちを引き合わせたマオに真意を問いたかった彼は唇を引き結び、カオルらを真っ直ぐ見つめる。


「あ、あのっ、二人とも。ぼっ、僕たちは蓮見さんが言ってるような『人類の敵』になるつもりなんてないんだ。ぼっ、ぼ、僕たちはただ、戦いを終わらせるために、理智ある【異形】との対話って手段を選びたいだけで……!」


『第二次プラント奪還作戦』を経て、理智ある【異形】について分かってきたことがある。

 彼らがヒトと【異形】とを戦わせたり、両者の遺伝子を組み合わせた『新人』を生み出した真相。

 バエルの言葉に嘘がないならば、彼らはかつて追放された母星への帰還を望んでいるのだ。より優れた種を作り出し、更なる進化を目指しているのは、いずれ遥か遠くの銀河を越えられるほどの宇宙技術を開発するため。

 その推測が正しければ理智ある【異形】との対話は不可能ではない、とマトヴェイ司令は話していた。

 

「戦いに終止符を打てる可能性があるのなら、わたくしはその選択肢を取らないわけにはいきません。戦いは痛みや悲しみ、怒りを生むもの……それによって苦しむ人々を減らすために、わたくしは進み続けます」


 勝算はある。希望も絶えていない。あとは試すのみなのだ。

 ミコトは胸に手を当て、己の信念を改めて言葉にした。これまで何度も思いを声に出す中で、彼女の意志は固着し揺るぎないものになっていた。


「何言ってんの、お姫様? そんなの絵空事でしょ? あいつらはバケモンで、アタシたち人類を蹂躙した悪。それとどうやって『お話』できるのか、そのありがたいお言葉で教えてもらいたいもんだわ」

「お手手繋いで仲良しこよしってか? くくっ……」


 カナタは拳を握り締め、一歩前に踏み出した。

 そんな彼の腕をミコトは引き止める。言われても仕方のないことだと彼女も分かっていた。その程度で傷ついたりはしない。


「理想を説かず、現実だけを見ていては、現状維持はできても進歩は……革新は望めません。たとえ絵空事だと評されようと、わたくしに考えを曲げるつもりはありませんわ」

「はっ、そうかよ。言っても止まんねえっつーんなら、力で潰すしかねえな」


 腕まくりをしながらミコトへと詰め寄っていくカツミ。

 カナタは両腕を広げてミコトの前に出て、彼女を守らんと自分より大柄な相手を睨み上げた。


「かっ、彼女に手は出させないよ……!」

「チビのくせにイキってんじゃねえぞ。てめーなんざ俺の腕で一捻りだってこと、身体で覚えなきゃわかんねーか?」


 カナタの声や握った拳は微かに震えていた。それでも彼はミコトだけは傷つけまいと、喧嘩では勝てないカツミの前に立ち塞がった。

 これがカナタの強さ。彼の優しさなのだ。

 彼と一緒ならきっと、理想を現実に変えられる――その背中を見つめ、ミコトは思った。


「ちょっ、可哀想じゃーん、カツミぃ。ヒョロガリボコってんとこ見たって面白くないんだけど。せめて同じ土俵、上げてやんなよ」


 くすくす、と笑ってカオルが言う。

 カツミは小さく舌打ちし、カナタを見下ろして唸るように告げた。


「ま、いいぜ。どちらにせよてめーは俺が潰してやる」

「っ……ぼ、僕は負けないっ……!」


 カツミの威圧にもカナタは屈しない。

『VRダイブ室』へと足を踏み入れた彼らは、幾つも並んだ『フルダイブポッド』――VR接続機器とベッドとを兼ね備えた箱型の装置――に入り、仮想現実へと降り立っていった。



 アスファルトの戦場に降り立った両機。

 愛機の前に「ログイン」したカナタは機体背部の足場を伝い、うなじ付近のコックピット入口へと登っていく。

 手足の感覚は一年前と何ら遜色ないところまで回復している。冷たい鉄の感触を手に味わいながら登攀しきった彼は、機体へと乗り込んで開口した。


「め、目覚めよ」


『アーマメントスーツ』の胸元に埋め込まれたオーブ――『コア』と対応するそれに触れ、掌紋と声紋での認証を済ませる。


『システム機動、パイロット接続確認』


 少女の声で告げられる起動フェーズの開始。

 彼女の操作でシステムのチェックが進められていくなか、カナタは言った。


「ごっ、ごめんマオさん。たっ、楽しんで模擬戦するつもりだったけど……そういうわけにはいかなくなっちゃった」

『いいんじゃない、それでも。あたしは勝負できりゃそれでいいし……あんたとしても、ここで気迫を見せつければあの二人、納得させられるかもよ』


 画面内のマオは好戦的に笑みを浮かべ、背後へ流し目を遣る。

 モニターに映る対戦相手――【ラグエル】。

 装甲を纏わない黒いボディは筋骨隆々で、鎧がないことを感じさせないほどの魁偉かいいの容貌だ。ねじ曲がった二本の角を頭部に生やし、太く尖った爪牙を伸ばしている。姿勢はやや前傾で、握った手の指が地面に掠るほど腕が長い。


『ゴリラっぽい見た目だけあって、あれのパワーは規格外よ。接近されたら不利になるわ』

「わ、分かった」


 短く返し、カナタはヘッドセット接続で機体と同調した感覚を確かめる。

 カメラアイが捉える視界はクリア。装甲の表面に吹き付ける風の冷たさも、足裏に感じるアスファルトの硬さも違和感なく認識できる。漂う湿った空気の匂いまで分かる。


『【ラファエル】システムオールグリーン。カナタ、あんたは大丈夫?』

「じょ、上々さ。いけるよ」


 腰のウェポンラックからビームライフルを取り出し、構える。

 対峙する【ラグエル】も地面に横たえていた得物――自らの体長を上回る大きさの超巨大戦棍メイスの柄を掴んだ。


「お喋りは終わったか、コネ野郎!」

「……そっ、その呼び方、久しぶりだね!」


 戦いの中で自分たちの意思の強さを示す。

 その覚悟を胸に、カナタはカツミの機体を睥睨した。

 張り詰めた空気と沈黙が引き裂かれるまでは、一瞬だった。


「――【ラグエル】、たけれッ!!」


 少年の雄々しい叫びが戦いの火蓋を切った。

 アスファルトの大地に爪をめり込ませ、蹴飛ばす【ラグエル】。

 豪腕が振り抜くメイスが突風を纏いながら肉薄する。


「ッ――!」


 速い。

 筋肉の塊のような見た目からは想像もできない速度で【ラグエル】は【ラファエル】との間合いを詰めてきた。

 

『カナタ!!』


 翼の推進器ブースターに魔力を最大出力で燃やし、飛び上がる。

 メイスの矛先が胴体を捉えるすんでのところで躱したマオは、乗り手のカナタに怒声を飛ばした。


『何ぼさっとしてんのよ!? あんた、まだ吹っ切れてないの!?』


 これまで味方だった誰かと戦うことへの、躊躇い。

 意思を示すために戦うつもりでいながら迷ってしまうカナタの弱い部分を、マオは鋭敏に見抜いていた。

 しかしカツミはそのような事情など、知らない。

 ゆえに、一切の容赦もなく責め立ててくる。


『ッ、【マーシー・ソード】!!』


 回避からの攻撃。

 マオの操作で発動した光の一刀が上空より【ラグエル】の体躯を両断せんとする。

 

「効かねえよ、んなもん!」


 がなるようにカツミが叫ぶと同時、【ラグエル】の黒いボディが紅の輝きを放つ。

『ナノ魔力装甲』。第六世代SAMだけが持つ、『アイギスシールド』に等しい絶対の防御だ。

 光が撫でたそばからその魔力を中和していく装甲に、カナタは瞠目する。


「くっ……まっ、まだまだ!」


 一度で諦められるほどカナタは潔い人間ではない。

『ナノ魔力装甲』が『アイギスシールド』と同型のものなら、突破法は同じだ。一点に集中して攻撃を当て続ければ、やがて負荷に耐えられず崩壊する。ならば――破れない道理はない。

 少年は攻撃を魔法から光弾の連射に切り替え、相手のリーチ外の空中から浴びせかけた。

 この場は基地の演習場。広々としたアスファルトの空間に遮蔽物となりうるものはない。あるとしたなら――


「い、行かせないッ!」

『ちっ、やっぱ邪魔するよなァ!』


 基地の建物付近だ。そこまで移動できさえすれば、【ラグエル】は隠れながら機を待つことが可能。

【ラファエル】の光属性の攻撃は遮るものさえなければ無際限に射程を伸ばせる強力さを誇るが――裏を返せば、魔力に耐えうる遮蔽物さえあれば防げるのだ。

 突き進むカツミの足元を狙い、カナタは光弾の雨を降らせていく。

 それでも【ラグエル】は止まらない。その名が司る『忍耐』を体現するように、弾を食らおうが構わず進み続ける。


「なっ『ナノ魔力装甲』が『アイギスシールド』と同じ原理なら、魔法よりも物理攻撃のほうが効く!」

『待ってカナタ! 近づいたらあいつの思うツボよ!』


 ライフルを格納しソード――青白い光輝を宿す【招雷剣しょうらいけん】――を抜こうとしたカナタを、マオは制止した。

 あのメイスの一撃を受ければ装甲は破砕され、機体は最低でも中破する。そうなれば、衝撃と激痛から立ち直ろうとしているところに二撃目をぶち込まれて終わるだけだ。

 大地を爪で抉り、跳躍しながら猛進する【ラグエル】。巨体からは想像もつかない俊敏さでフィールドを駆け抜けんとする敵機に舌打ちし、カナタは射撃を実弾に切り替えた。


(【異形】には効きづらいけどSAMになら……!)


 狙うは【ラグエル】の頭部前面、カメラアイ。視界を奪えれば敵の動きは確実に鈍るはずだ。

 銀翼の魔力をさらに燃やし、【ラファエル】は加速する。【ラグエル】の進路を先回りしたカナタは、照準を敵機の眼部へと定め――


「くっ――!?」


 背後より迫る殺気を感知して、飛び退すさった。

 瞬間、目の前を走り抜けた青い火球。その熱に鋼の肌を焦がされながら、コックピット内の少年は脂汗を垂らした。

【ラグエル】の攻撃――ではない。

 これは、新手だ。


『横槍入れようっての!?』


 カツミの進む先にちょうど「ログイン」してきたカオル機、【ウリエル】。

 青いマントをなびかせて現れた純白のSAMは、先端に紅玉オーブを嵌め込んだ長杖を構えて【ラファエル】を見上げていた。

 鎧を脱ぎ捨てたその体躯は細く、丸みを帯びている。『魔力増幅器』の詰め込まれた胸元は張り出し、女性的なシルエットを描いていた。蒼い光粒を薄らと纏う容貌は神秘的ではあったが、【イェーガー】の意匠を継承した禍々しい顔面がそこに歪さを加えていた。

 頭部には毛髪の束のように見える銀色のチューブが生え、肩のあたりまで流れている。


「う、【ウリエル】……!」

「言ったでしょ、間違った奴は止めるって! 全力で叩き潰して、その馬鹿げた理想をへし折ってあげる!」


 叫ぶカオルは長杖の石突を地面に打ち付け、詠唱を開始した。

 早口に行われるコマンドの音声入力を止めるべく、カナタは散弾を急所の胸元目掛けて撃ち抜かんとし――。


「きっ、効いてないッ……!?」

 

 カナタの射撃精度は完璧といって差し支えなかった。

 その連射は【ウリエル】の心臓コアの真上を捉え、穿ち抜けさえすれば倒せていた。

 だが、しかし。


「『ナノ魔力装甲』は魔法だろうと実弾とかの物理攻撃だろうと、全部弾く。つまりね、アタシたちは意識的に防御行動を取らなくていいの。そのアドバンテージがどれほど大きいか、分からないアンタじゃないよね?」


 銃弾は【ウリエル】の肉体に直撃する寸前、その表面を覆う微細な魔力粒子に威力を殺されていた。

 カオルにはお喋りできるほどの余裕がある。それに対してカナタは、焦りを募らせる一方だ。 

 魔法も実弾も通らない相手を倒すには、どうすれば――?


「カツミ行って! こいつはアタシが!」

「っ……行かせはしない! 【アストラルビット】!!」


 翼に搭載している小型砲から解き放つ、赤き魔力弾。

 緋色の星光が乱舞し降り注ぐ中、【ウリエル】の足元には杖を中心として魔法陣が展開される。


「――【裁きの蒼炎】!」


 噴き上がる爆炎が少年の視界を奪う。

 蒼き灼熱のカーテンが星光の弾幕を遮り、その魔力を完全に沈黙させた。

 すかさずカオルは追撃に移行していく。杖のひと振りで空中に展開される幾つもの魔法陣。

 中心部に炎や雷属性の魔力を溜めるその円陣は、さながら【メタトロン】の【太陽砲】だ。


「おらおらッ、今度はこっちが責め立てる番だよ!」

「っ――!」


 蒼炎のベールを切り裂いて撃ち上がった雷に、カナタは歯を食いしばって急旋回で回避した。

 即座に放たれる次弾。身を翻し、ぎりぎりのところで躱す。

 

「遮蔽物がないディスアドバンテージ。【ラグエル】は撃たれようが耐えれたけど……アンタはどう、裏切り者!?」


 息つく暇もない連続攻撃がカナタを追い込んでいく。

 目視とマオの解析とを併せて攻撃を予測し、捉えたそばから回避行動を決定していくカナタ。

 機体に接続している間、カナタとマオは精神的に一体となり、機械と人間の思考とを完璧に重ねることができるのだ。


「くぅっ……!?」


 戦術を考える思考の余裕は既にない。地上から飛んでくる砲撃の乱射を辛うじていなすのが精一杯だ。

 より高度な飛行を可能とする【モードチェンジ】を発動する隙もあるはずがなく、小回りの効きにくい人型形態での回避をカナタは余儀なくされた。

 その間にもカツミは基地の建物群まで到達し、そこからカナタらを見据えていた。

 砲撃のパターンが、変化する。

 カオルの移動と共に魔法陣も動き、カナタから見て南側へとずれた。彼女の正面、北側には基地の設備が位置している。


「こ、高度上げて!」

「あちゃー、分かりやすすぎた? まあ問題ないけど」


 一旦敵の射程外へと逃れ、そこから戦況を立て直す。

 だが、カナタのその目論見をカオルが見抜かないはずはなかった。

 炎や雷属性の攻撃がその瞬間、光属性のそれへとシフトする。


「カツミがやられたこと、そのまんま返したげる!」

 

 光属性の攻撃は遮蔽物さえなければ、どこまでも突き進んでいく。通常機ならば魔力出力の制約で限界があるが、【機動天使】の魔力増幅器ならばほぼ無際限の射程を実現可能なのだ。

 

かわしきれない――)


 炎の砲撃とは桁違いの速度に、カナタの対応は遅れた。

 それを目視した瞬間にはもはや、動いたところで間に合わないところまで追い詰められている。

 が、その時だった。


「【リリーフプロテクション】!!」


 桃色の輝きが花開き、空中に巨大なエンブレムを描き出す。

 大盾に刻まれた十字は【機動天使】の象徴。誰かを愛し、守る意思――それを体現した【ガブリエル】の魔法が、絶体絶命の危地から【ラファエル】を救ったのだ。


「皇ミコト、【ガブリエル】――参戦いたします」

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