表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第七章 理想と現実

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

181/303

第百八十話 新世代の幕開け ―"SAM" which evolves―

 文化祭も終わり、途端に肌寒さを増してきた十一月頭の日曜日。

 午前中に『丹沢基地』での『新人シンジン』たちとの面会を済ませたカナタらは、都市へ戻り、『レジスタンス』本部に赴いていた。

 本部と地上との出入り口とを繋ぐエレベータ『頂の階段』で下りながら、カナタはさっそくスマホを開いて「あるアプリ」を起動する。

 ぴこん、という軽快な音の後、画面上に現れたのは少女のアバターだ。


『あ、カナタくん? 今日は早かったねー』

「や、やあマナカさん。きっ基地のほうは午前中に行ったから、きょ、今日の午後いっぱいは本部にいられるよ」


 一週間ぶりの再会に声を弾ませるマナカ。

 赤みがかった茶髪の少女は画面内でにっこりと笑い、インカメラで捉えた銀髪の彼を見上げた。

 カナタの髪は復活当初はかなり長く伸びていたが、今では以前と同じようなミディアムヘアーに戻している。マナカとしてはもう少し短くしてもいいのにと思わなくもなかったが、彼なりの拘りがあるらしい。彼が他人より拘り強めの気質であることは、付き合いの中でマナカも分かっている。


「きょ、今日の服、かっ可愛いね。ぱっパステルピンク、結構映えてる気がする」


『でしょー? というかカナタくん、映えるなんて言葉使うんだね』


「ま、まあね。れっ、レイが最近そういうのにハマってて。め、【メタトロン】の前で写真撮ると『映える』とかなんとか」


『へー。私もその写真見たいな。カナタくんのSAMとのツーショットはないの?』


「ごっ、ごめん、僕撮られるの苦手だから……。SAMを撮るほうは好きなんだけど」


『あ、それって『撮りSAMサム』ってやつ?』


「ん、そっそういうのとは違うような……ど、どっちかというと乗るほうだよね、やっぱ」


 エレベータの階数表示の数字が下っていく間、二人の会話は途切れずに続いていった。

 それをそばで聞きつつ、レイやユイたちも話に時折加わる。ミコトとマナカも最初は余所余所しいところがあったが、何度も会った今ではすっかり打ち解けていた。


『この前の文化祭の写真、見たよー。カナタくんめっちゃ可愛かったし、ユイちゃんはすっごく凛々しくてかっこよかった! それで……シバマルくんのあれは何なの?』


「真顔で聞くな! おれはあんなの知らないぞ!」


「ふふふ、いいじゃないですか。もし可愛く仕上がって皆さんがあなたに注目してたら、わたしヤキモチ焼いてたところですよ」


「ま、まあ……そういうことならオッケーだったのかもな、うん」


 惚気る二人をヒューヒューと冷やかすマナカ。

 顔を赤らめるユイとシバマルだったが、満更でもなさそうな感じであった。

 そうこうしているうちにエレベータは目的の本部地下一階まで到達し、そこから彼らはSAM修練場まで足を運ぶ。


「あっ、皆おはよ~。意外と早かったのねえ」


 バインダーを抱えながら振り返る白衣の女性は、ミユキである。

 彼女はカグヤを探るために『学園』に潜入していたが、もはやその必要はなくなったため、現在は『レジスタンス』本部で以前のようにSAM開発者として働いている。


「み、ミユキさん――じゃなくて、明坂主任。あっ、新しい【ラファエル】と【ラジエル】出来たんですよね」

「ええ。リクエスト通りのカラーリングに改修した上に内部機能の細かいリニューアルもしといたわ。特に『魔力液エーテル』チューブの本数増量が目玉ね。生き物でいうところの毛細血管的なやつを増やして魔力伝導率をぐんと向上させたの。その分メンテの頻度はこれまでより上げてかなきゃいけなくなるけど」


 よくぞ聞いてくれました、とばかりの笑みを浮かべてオタク特有の早口で捲し立てるミユキ。

 それにきちんとついてきて「うんうん」と頷いているカナタもカナタだった。

 マナカら女性陣がその熱量にタジタジとする中、弾む口調でシバマルが言う。


「早く見たいです! もう準備できてるんですよね!?」

「とーぜんよ。三島さん、ゲート開けて!」


 SAMの最終組立作業を行っている開発部の本部は、修練場と隣接している。

 ガコン、と鈍い音と共に修練場の鉄の壁の一部が割れ、開いたそこから向こうの工房ファクトリーが覗けた。

 リフトに乗せられて運ばれてくる二機のSAMに、カナタたちは歓声を上げる。


「うわあ……っ!」「これが、おれたちの新しい【機動天使】……!」


 白銀に輝く【ラファエル】と、マゼンタに近い鮮やかなピンクの【ラジエル】。

 背格好は殆ど変わらない姉妹機の新たなカラーに、パイロットの二人は沸き立った。

 カナタはさっそく機体のもとに駆け寄って、まず「あ、改めてよろしく」と声をかけてから観察しだした。


「わっ、わあ、すごい! ねっ、ね、ねえ見てレイ、てっ、手の甲に血管チューブが透けて見えるよ!」

「より生物的になったようですね。これは……もしや、【輝夜】からの着想でしょうか」


 レイも隣に立って推測すると、ミユキは「ご明察!」と指を鳴らす。

 

「機械と自然の融合……【輝夜】のそのコンセプトを一機限りで終わらせるのはもったいないと思ったのよ。この路線で開発を続けていけば、いずれは――SAMは、一つの生命にもなれるかもしれない」


 機械が生物と変わらぬ領域まで進化する。

 その可能性を示され、少年少女たちは瞠目した。


「まあ、ずっとずっと先の話になると思うけどね。その頃にはきっとあたしはおばあちゃんだし、あなたたちはおじさんおばさんよ」

「ちぇっ、夢がねーの。そん年になったらもう乗れねえじゃん」

「世代交代は命の定めよ、犬塚くん。後に託せるようになるってのが、大人になるってことでもある」


 ぶつくさ言うシバマルに、ミユキはそう諭した。

 子供と大人の狭間で揺れる年頃の少年は、そんなもんなのかな、と取り敢えず飲み込む。


「世代交代といえば――実はね、サプライズの発表があるの」


 と、そこで指を二本立ててミユキがウインクした。

 新たな【ラファエル】と【ラジエル】に興奮冷めやらぬ様子のカナタたちは、その言葉に更に胸を踊らせる。

 もしや、と期待する彼らの気持ちに応えるように、ミユキは笑みを浮かべてみせた。


「うふふ……では発表します! 本日初公開となる新機体――」


 勢いよく腕を上げ、壁を背後に右手を指し示すミユキ。

 カナタたちから見て左手、先ほど開いた門と対称の位置に現れた『第二ゲート』から姿を見せるのは、暗幕に覆われた二機のSAMだ。

 

「其が司るは『節制』、著すは裁きと予言! 掌に炎を宿す大天使――【ウリエル】!」


 開発者の口上と同時に暗幕が引き落とされる。

 微かに青みがかった白を基調としたボディに走る、脈打つマグマのごとき青の輝き。体躯はこれまでの【機動天使】のどれとも異なり、流線型の輪郭を描いている。丸みを帯びた身体は胸部が膨らんでいるのも相まって、女性的だ。

 目を引くのはその装甲――が、ないことだ。

 通常のSAMはボディを製造した後、その上にプレート状の装甲を重ねる。厚さの程度こそ差はあれど、それが大前提だった。

 

「機体が丸裸なんて、まともに攻撃食らったら終わりじゃん! こんなんで大丈夫なのかよ!?」

「待ってください、シバマルくん。あの機体……よく見ると、微小な粒子を纏っているような……」


 目ざとく気づいたレイの言うとおり、【ウリエル】のボディ全体は薄らと青い光の粒を帯びている。

 機体が微妙に青みがかって見えるのは、その粒子のためだ。


「『ナノ魔力装甲』。原理は『アイギスシールド』と同じよ」


 都市を【異形】から守り、『第一次福岡プラント奪還作戦』ではマオの大魔法をも凌いだ、現状の人類が持つ最高の防御。

 そのシステムを転用したのが『ナノ魔力装甲』なのだとミユキは自慢げに語った。


「早乙女博士は数年前からこの研究を進めてらっしゃったわ。理論は既に完成していたんだけれど、ネックは魔力伝導率だった。出来る限り少ない魔力で、早く展開し、長く持たせる。旧来の『魔力液』チューブの本数では、装甲を纏って戦うよりもテンポロスになる……博士はそう判断されたの」


 だが、より微細なチューブを機体の各所に張り巡らせた新世代機の開発によって、博士の理論は実を結んだのだ。


「既存の機体では、『ナノ魔力装甲』を常時発動しようとするとチューブが詰まったり、裂けたりしてしまう。あたしたちの身体で例えるなら、高血圧で血管がダメージを受けるといった感じね。でも、血管そのものを大幅に増やせば血液は分散され、一箇所にかかる負担も減る。それなら『アイギスシールド』同等の出力でもいける、ってわけ」


 父が関わっていた技術の実現を目の当たりにし、レイは生唾を呑んだ。

 この機体に乗ってみたい――そんな衝動に駆られるが、彼には既に【メタトロン】がある。


「そして――二機目が【ラグエル】。司るは『忍耐』、御使いの一人にして世界と光に復讐するもの」


 仄かに赤みがかった黒い体躯に刻まれるは、龍脈のごとく流れる紅の輝き。

【ウリエル】と対をなすように作られた機体の頭部にはねじ曲がった角が二本生え、その体つきは筋骨隆々な偉丈夫のよう。牙や爪の長い獣じみたデザインは、【イェーガー】の路線を継承している。姿勢はやや前傾で、握った手の指が地面に掠るほど腕が長い。

【ウリエル】よりも獣じみた、さながら巨大なゴリラのような容貌だ。


「【ウリエル】は魔法に、【ラグエル】は物理的な攻撃にそれぞれ長けているわ。【七天使】や【機動天使】、さらには【輝夜】のメソッドまでも盛り込んだ、今の『レジスタンス』が送り出せる最高にして最新の第六世代機よ」


 機械らしい線の多いデザインを捨てた、より生物的な容貌と機構を手にした新世代機。

 ミユキはロボオタクのカナタやレイがどう受け止めるか戦々恐々だったが――心配はいらなかったようだ。


「す、すごいねっ、ミユキさん! ぼっ僕らが予想もしてなかった形にSAMを進化させちゃうなんて! なっ、なんかとっても、めちゃくちゃワクワクする!」

「父さんが理論を唱え、明坂主任が実現させたテクノロジー……実に、実に興味深いです!」


 二機にさっそく近づいて触りながら、子供っぽく騒ぐ二人。

 SAMについてああだこうだ喋りだす彼らの世界に、シバマルやミコトら女性陣が付け入る隙などなかった。

 唯一メカ談義に加われるミユキでも、若い熱量に押されて何も言えない。


「この調子じゃ一日中語りっぱなしね、あの二人。まだまだ新発表はあるっていうのに」

「しっ、新発表!?」


 目を輝かせて鼻息荒く食いついてくるカナタ。

 タジタジとしながら咳払いするミユキは、一同に開いたスマホの画面を見せる。

 そこに映っていたのは、艦艇――否、飛空艇であった。

 既存の飛空艇よりも一回り以上大きなスケールのその艇の最大の特徴は、翼。

 天使の羽のごとき両翼が左右に張り出しており、それは輝く緑色の粒子を纏っている。これも『ナノ魔力装甲』なのだろう。


「これも新型なのですか、明坂主任」

「ええ。名前は【エクソドゥス】。『出エジプト記』のドイツ語表記よ」


 ミコトに問われ、ミユキが答える。

 そのネーミングに皇女が僅かに眉間に皺を寄せたのを見て、ミユキは慌てて付け加えた。


「別に、この都市を捨てて出ていこうってつもりはないわ。ただ……近い将来、人口増から都市のリソースだけでは人々を賄えなくなる日が来るかもしれない。その時に備えた『方舟』が、この【エクソドゥス】なの」


 人々が新天地を望むための、希望の船。

 それが【エクソドゥス】であるのだと、ミユキは胸を張って語った。


「え、【エクソドゥス】……かっこいいね! ね、ねえミユキさん、この船いつ完成するんですか?」

「ふふふ……実はね、既に着工してるところよ。資源に限りがあるから現役引退した戦艦をベースにリフォームする方針で、完成は来年が目処。普通に一から作ってたら何倍もの時間がかかってたと考えると、ちょっとぞっとするわね」


 出来た暁には、この船は未来を目指す人類の歩みの象徴になるのだろう。

 その製造に携われることを誇らしく思うミユキは、若者たちの顔をそれぞれ見つめ、厳然とした口調で言った。


「あなたたちもきっと、この【エクソドゥス】に乗ることになるでしょう。何万人もの人々の、命を背負って。【機動天使】や【七天使】が導く希望への道……重い使命になるけれど、受け入れてくれるわね」


 一人ひとりの命がかかっているという、重圧。

 一人のヒトが簡単に散っていくという、軽薄さ。

 その二つを少年たちは戦いの中で知った。

 分かった上でどう歩んでいくか――拳を握り、唇を引き結んで大人ミユキの眼差しを受ける少年たち。

 最初に開口したのは、ミコトだった。


「断る理由はありません。わたくしは皇女として、そして一人の女性として、誰かを守りたい。皆が平穏に暮らせる場所を作り、絶やさぬように戦っていきたいのです」


 凛然とした少女の声に、少年も続く。


「ぼっ、僕も、乗るよ。ま、マナカさんが目指した平和な世界……そ、その実現に繋がるのなら」

「ボクも志は同じです。今までも、これからも」


 カナタと彼が持つスマホの画面を横目に、レイも頷いた。

 それはアスカが抱いていた願いでもあったから。レイは姉と同じようにはなれないけれど、同じ理想をもって進んでいくことはできる。


「あったりまえよ! なっ、ユイ?」

「はい。わたしも皆さんと一緒に、【エクソドゥス】に乗ります!」


 シバマルとユイも思いを一つに、顔を綻ばせる。

 自分たちはこれまでの戦いで、力を合わせて何度も危地を乗り越えてきた。新天地に飛び出しても、それは変わらない。互いに支え、守り、平和へのバトンを繋ぐ――それだけだ。


「ありがとう、皆」


 使命に殉じるのも厭わない少年たちの意志に感謝を捧げ、ミユキは彼らに頭を下げる。

 カナタたちが「もういいですよ」と言ってもなお、彼女はしばしの間、黙ってそうし続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ