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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第七章 理想と現実

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第百七十一話 温もりを分け合って ―Boys―

 その頃、男湯では。


「大丈夫だって、怖くないから。ほら、な? フルチンでもなーんも恥ずかしいことなんてないぜ!」


 ミコトたち以上に、『新人』たちを入浴させるのに苦戦していた。

 そもそも最初の脱衣所という難関を越えられずにいたのである。

 素っ裸で仁王立ち、ついでにそれっぽく作ったイケボ(風)の声とウインクをばちこーんと飛ばしてみせるシバマル。

 その行動はユイたちとまるで同じであったのだが、しかし何故だか彼らはあまり興味を示してくれなかった。


「くっそぉ、何でだよ……へっくしっ! 寒ぃ……」

「駄犬、もう服着なさい。そしてその縮こまったモノを仕舞いなさい」

「ちくしょう、馬鹿にすんなよ……寒くなければおれの【マーシー・ソード】はもっ……ぶえっくしょん!!」


 室温と同じくらい冷え切った視線を注ぐレイ。

 二発目のくしゃみをぶっぱなしたところで流石のシバマルも折れ、おとなしく服を着込むことにした。

 どうしたものか、とレイはカナタと顔を見合わせる。

 何しろ風呂に入りたがらない子供の対処など、この場の誰も未経験なのだ。


「駄犬が人柱となってくれたことで、取り敢えず脱がすのは無理そうだと結論づけられました。しかし……わざわざ時間を頂いたのに何もせずに帰るわけにはいきません。戦場ではありませんが、これも立派なミッションです」


 だが、難敵であればあるほど倒したくなる――もとい、何とかしたくなるのがレイという人間である。

 これまでその知識を活かして【異形】との戦いを乗り越えてきた者の矜持を守るため、そしてミコトの期待に応えるため、レイは何か妙案を出さねばならない。


「無理やり脱がすなど論外。となれば、採るべき策はただ一つでしょう。そう、このエリートのボクだけが導き出せるッ、エリートオブエリートの回答ッ……それはッ!」

「ぬ、脱いでくれないなら脱がせなければいいじゃない」

「それ先に言わないでください!?」


 普段のスマートさをかなぐり捨てて突っ込むレイ。

 杖を突きつつ浴場の引き戸を開けたカナタは、「い、一緒に遊ぼう」と言って『新人』たちに手招きした。


「滑りますから気をつけて!」

「わ、分かってるよ。え、えっと……な、何か遊びに使えるものは……」


 慌てて介助に走るレイの手を借りるカナタは、何か良いものはないかと浴場を見回す。

 

「あっ、あれ……」


 見つけたカナタが指さしたのは、洗い場の端に何故だか置かれていた大きな軍艦の模型である。

 

「海軍の人たちが持ち込んだ物なのかもしれませんね。確かあれは、今使われてる空母『エーギル』です」

「ねっ、ねえ見て、あっちにもあるよ」

「ホントですね。ボクの知識に間違いがなければ、あれは海軍発足当初使われていた護衛艦の『むらさめ』型です」

「あ、あっちにももう一個」

「ええと……あれは護衛艦『こんごう』型ですね。戦艦や護衛艦と楽しむお風呂……なかなかにいいです! 海軍の人たちも粋な計らいをしますね~」


 模型を三つも見つけて子供っぽくはしゃぐオタク男子二人。ロボットアニメにはミリタリー的要素もよく見られるので、ミリオタを兼ねる者も多いのである。


「う、うん。ぼっ、僕としてはあれがどういう防水加工されてるのかが気になるなあ……いっ一度、ぷっプラモで海戦の名シーンを再現したかったんだよね」

「それいいですね! ボクとしましては『ガンタム』の……」

「い、いいチョイス。じゃあ僕は――」

「――ちょっと待ったっ! レイ先生、ツッキー、盛り上がるのもいいけど、主役はテナたち『新人』だろ!?」


 話が止まらなさそうなのを察知してシバマルが割り込む。

 オタク談義はそれで中断させられ、バツが悪くなった二人は風呂に入ってもいないのにのぼせたように顔を赤くした。


「ま、軍艦のモデルで気を引くってのはいいアイデアだと思うけど。問題はあいつらがこれに興味を示すかだなー」

「そうですね。そこからどうやって服を脱がせて身体を洗ってやる流れに運ぶかも問題ですね……」

「とっ、とにかくやってみようよ。み、ミコトさんも『まずはやること』って言ってたし」


 懸案事項はまだあれど、彼らは皇女の教えを守って動き出した。

 脱衣所にいるテナたちのもとへ戻って、「あっちに面白いものがありますよ」とレイが優しい声で言う。

 

「大丈夫ですよ。……大丈夫」


 少年の柔らかく穏やかな声は、どこかミコトに似ていた。

 その甘い声に警戒心を少し緩めたのか、テナがまず一歩踏み出した。

 作業服姿の彼の手を取って、レイは浴場の中へと導いていく。


「……やっぱすげえなレイ先生。おれたちも負けてらんねえぞ、ツッキー」

「う、うんっ」


 今のところ良いところのないシバマルが奮起し、カナタも頷く。

 まずは不安を解くこと――その一念でレイやミコトのように声をかけていくと、やがて他の子供たちもとりあえず浴場内に入る気になってくれた。

 少し湯が冷めて湯気が減ったぶん、浴槽に浮かぶ三隻の艦艇は少年たちの目をよく引いた。


「……あれ、なに?」


 そう訊いたのはテナではなく、カナタたちがまだ話したことのなかった『新人』であった。

 空色の短髪で背のひょろ長い彼を見上げ、カナタが熱のこもった口調で答える。


「あっ、あれは軍艦だよ。えっと……ぐ、軍で使われる大きな船で、あっ、ふっ船っていうのは人が海を移動するために使う乗り物なんだ。そ、それから海っていうのは」

「んー……?」

「あはは……ちょっと情報量多かったみたいだな、ツッキー」


『プラント』から出たことのないであろう少年たちにとっては、何もかもが未知だ。それを言葉で教えるのはやはり難しいところもある。


「とにかく、あれが船。そんで海ってのは、このお風呂の超でかいバージョンだ」

「それ、教え方としては大雑把すぎませんかね」

「いいんだって、分かれば。知らないジャンルのことを理屈っぽく説明されても、レイ先生だって困るだろ?」


 頭でっかちになりがちなレイに笑って言うシバマル。

「確かにそうですね」と神妙な面持ちで呟くレイは、湯に浮かぶ軍艦を指差しながら『新人』たちを見渡した。


「船がどうやって動くのか、ボクらが皆さんにお教えしましょう。シバマルくん、そのまま浴槽へ」

「えっ、このまま!?」

「いいから入ってください。引き受けた役割を果たせずに終わっては、ユイさんやミコトさんに笑われてしまいますよ」

「そ、それはやだ……。しゃーない、一肌脱ぎますか!」


 切り替えの早さといざという時の思い切りの良さもシバマルの取り柄である。

 着衣で浴槽に入るシバマルは、『新人』たちの興味半分恐れ半分の視線を浴びつつ軍艦モデルの前に立った。


「かなり昔の船は、人が漕いで動かしていました。あんな風に」


 レイの解説に合わせてシバマルが船を動かす。指を使ってオールを漕ぐ様子を再現する彼に、少年たちは釘付けだ。


「時代が下ると、次は風で動く船が出てきます。いわゆる帆船ですね。……シバマルくん、風出して」

「か、風ぇ? そんなのどうやって」

「君は努力できる男だとユイさんから聞いています」


 彼女に見栄を張りたい彼氏の心理を突くレイ。

「しゃーない」の一言でふーふーと船に息を何度も吐きかけるシバマルだったが、モデルが大きいせいか亀のような進みだった。


「……も、もうちょっと勢いよく進めないかな?」

「ツッキー、そんながっかりした顔しないで! やってて悲しくなるから!」


 非常に申し訳なさそうに言ってくるカナタ、なんとも言えない目で見つめてくる『新人』たち。

 それでもシバマルがめげずに顔を真っ赤にしつつ全力で息を吹き付けると、軍艦はすいーっと前へ進んでいった。


「へへっ、どうだ」

「あっ、見てください。軍艦と軍艦がぶつかりそうですよ。近代になると、本格的に戦艦の戦いが始まってくるのです」

「華麗にスルーした!?」

「あっ、向こうの軍艦が攻撃を始めましたよ!」

「くっそお、後でジュース奢れよ!」


 シバマルはどーん! とSEサウンドエフェクトを付けながら、被攻撃側の艦の脇に水飛沫を跳ね上げさせる。

 衝撃に横転した護衛艦を前に目を丸くする子供たち。だが、シバマルが笑みを見せると表情に落ち着きを取り戻した。


「とまあ、こんな感じですかね」

「わ、分かりやすかったんじゃないかな。ね?」


 隣のテナたちを見やり、カナタは微笑む。

 横倒しになった『むらさめ』のモデルを立て直したシバマルは、それを持ち上げて少年たちに見えやすいようにした。


「な、お前たちもこれで遊んでみない?」


 彼らの興味を引けた手応えを感じるシバマルは、にっこり笑顔で訊いた。

 すると空色の髪の背の高い彼が、一歩前に出て「やる」と言った。


「おっ、いいじゃん! ちょっと温かくてびっくりするかもだけど、大丈夫だぜ」

「……ん」

「よし! あ、お前名前なんていうの?」


 彼に手を差し伸べ、シバマルは訊ねる。少年は恐る恐るその手を取りながら、呟いた。


8Nエイトエヌ

「8Nか。……じゃあ、ニックネームはエイトンだ。よろしくな、エイトン!」


 あだ名を貰った少年は嬉しそうに頷いて、湯気の沸き立つお湯へと足を踏み入れる。

 どうやらこのエイトン、他の『新人』と比べて好奇心の強い性格らしい。

 着衣のままだが浴槽内に入ったエイトンへ、シバマルは『こんごう』の模型を押し渡す。


「……ふぁ!?」


 足元にこつんとモデルが触れたその時、立ち位置を少しずらした拍子にエイトンは足を滑らせてしまう。

 そこにすかさずシバマルが手を伸ばし、すんでのところで彼を引き止めた。


「うおっと、危なかったな……」

「……うぅ」


 頭を打つことは回避できたエイトンだったが、浴槽に尻餅をついてしまっていた。

 濡れて服が身体に引っ付いたことで不快感を露にする彼に、シバマルは言う。


「それ、脱いだら楽になるぜ」


 まずは自分が服を脱ぎ捨てて見せ、このままお湯に入っても大丈夫なのだと示す。

 するとエイトンも安心したようで、多少手間取ったが自分で作業服を脱いでくれた。


「ツッキー、洗うやつ取って!」

「わ、分かったよ」


 カナタが持ってきたシャンプーとリンス、ボディソープ、それからボディタオルをシバマルは受け取った。

 不思議そうな顔でそれを見つめるエイトンに、シバマルは弓なりに目を細めて言う。


「これを使うと綺麗な泡がたくさん出るんだ」

「……あわ?」

「そ、泡。見てみたいだろ?」


 手に取ったシャンプーを思いっきり泡立ててみせると、「いいにおい」とエイトンは心地よさげに微笑む。

 最初は無表情だった彼が笑えるようになったのは、おそらく先程からシバマルがずっとニコニコしているおかげだろう。


「ヒトは、このいい匂いのする泡を髪の毛に付けて、綺麗にするんだ。おれがやり方を教えるから、いいって言うまで目をつぶっててな」


 シバマルは浴槽に腰を下ろしたエイトンの後ろに回り、わしゃわしゃとその空色の髪を洗い出す。

 

「さっきの船は、おれたちにとって特別なものなんだ。だから、それで遊ぶ前は身体をきちんと清めて、綺麗でいたほうがいいんだぜ。船からしても、いい匂いがするやつとしないやつだったら、するやつのほうが嬉しいだろうからな」


 それっぽいことを言ってシャンプーを受け入れさせるシバマル。

 何とかなりそうだと相棒に目配せしつつ、カナタとレイも他の『新人』たちに「やってみない?」と声をかけた。

 テナをはじめ彼らは不安そうにしていたが、リラックスした様子で髪を洗って貰っているエイトンを見て気を楽にしたようだ。脱衣して先に浴槽に入っていたカナタたちに続き、続々と初めてのお風呂にトライしていく。



 およそ二十分後。

 八人の『新人』たちの髪と身体を洗い終え、カナタたちはやっと一息つけていた。

 お湯に肩まで浸かりながら、疲れの溜まっていた足を伸ばす。


「最初はどうなることやらと思ったけど、案外何とかなるもんだな」

「ですね。……あっ、こら馬鹿カナタ、軍艦の知識をそんなに語っちゃ彼らの頭がパンクしてしまいますよ!」

「あはは……天然っつーかマイペースっつーか、ツッキーも相変わらずだな……」


 苦笑するシバマルは空母『エーギル』のモデルを引き寄せて、近くの『新人』三人のほうへふーっと息だけで進ませてみせる。

 顔を真っ赤にして全力で息を吐くシバマルがおかしいのか、彼らは皆笑っていた。

 その光景を微笑ましく見守るレイは、ちらりとシバマルを一瞥する。


「将来はいいお父さんになれそうですね、あなた」

「へへっ、そうか? 父親かぁ……ユイとの関係が大人になっても続いたら、結婚とか、子供とか出来るのかな」

「出来ますよ、必ず。共に死線をくぐり抜けた間柄ですから……この先もきっと生き残って、いつかそういう時を迎えられます」

「だよな。結婚式はA組の皆とマトヴェイ大将とか『レジスタンス』でお世話になった人たちも呼んで、赤字覚悟で盛大にやるんだ。そんで、レイ先生にはスピーチ読んでもらう」

「ボクがですか? あんまりお涙頂戴な文章は書けませんよ」

「いいんだよ別に。内容とかより、センセが書いてくれるってことのほうが大事だ」


 軍人にとってそれは不確定な未来だ。

 早めに結婚し、子供を残す――いつ死んでもおかしくない戦場に立つ者たちは、少なからずそれを意識しているところもある。

 その未来を掴むため、不確定な理想を現実にするため、彼らパイロットは足掻くのだ。


「あっち向いて、ほいっ。……ん、んー、僕の負けかあ」


 テナと遊んでいるカナタを横目に、レイは小さく溜息を吐いた。

 未来の話をしていると嫌なざわめきが胸に起こるのだ。大切な人との別れ――あの悲嘆をまた経験するのではないかと思うと、息苦しくなる。


「……だいじょうぶ、だいじょうぶ」


 俯いていたレイはその声に顔を上げる。

 見ると、空色の髪の少年がレイを真っ直ぐ見てその言葉を繰り返していた。


「……ありがとう」


 覚えたばかりの言葉で安心させようとしてくれるエイトンに、レイの胸はじんわりと温かくなった。

 笑みを取り戻した彼は風呂場の皆を見渡し、言う。


「そろそろ上がりましょう。これ以上いてはのぼせてしまいます」

「そうだな。おれ、タオル持ってくるわ」


 彼ら『新人』は【異形】の血を引いている。けれども一緒にいれば癒され、笑顔を共有することが出来る。

 看守たちはレイたちが彼らと関わるのを目にして、彼らへの考えを変えていくのだろう。もっと多くの人に彼らのことを知ってもらえれば、生駒少将のように激しい憎悪を向ける者も減ってくるのではないか――そんな期待がレイにはあった。

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