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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第七章 理想と現実

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第百六十四話 未知との邂逅 ―The person in the boundary―

 更地と化した畑が並ぶ『プラント』の南側、大穀倉。

 その中にある一室の片隅に、その者たちは隠れていた。


「あれが、そうなのね? 青い肌に、人のような容姿……『ベリアル』や『パイモン』、『バエル』に似てるわね」


 手つかずの小麦袋が積まれた脇で、その者たちは兵士たちに銃を突きつけられていた。

 マトヴェイやカナタ、シバマルらに遠目から観察される彼らは、十五名ほどで寄り集まって怯えているように見えた。

 一様に薄青の作業服と帽子を着用している見た目からして、彼らはここで作業員として使われていたのだろう。青い肌や異様に長く尖っている耳、口元に覗く発達した犬歯、血のように赤い瞳など、現存する全ての人種とは明らかに異なる点が多い。

 

「戦いが決して丸一日以上……それまでずっとここに隠れていて、周囲には穀物を食い荒らした形跡もなし、か。少なくとも積極的にこちらへ攻撃する気はなさそうかしら」

「それは楽観的すぎではありませんか、バザロヴァ大将? 奴らは『バエル』らと酷似しています、こうして怯えているのも我々を欺くポーズかもしれません」


 彼らを押さえていた兵士の一人は強ばった口調で言った。

 マトヴェイも「そうねえ」と同意を示しつつ、隣のカナタへと訊ねる。


「ねえ、カナタくん? あなたはどう思うかしら? 率直な感想を聞かせて」

「か、感想、ですか……? その……え、えっと」

「何でもいいわ。彼らを見て、何を感じたかしら?」


 警戒に張り詰めたこの場の空気のなかで、マトヴェイの柔らかい口調は異色を放っていた。

 カナタは少し考えてから、簡潔に思うところを述べた。


「そ、その……は、話しかけてみたい、と思いました」

「正気でありますか、月居少尉!? 奴らは【異形】である可能性が極めて高いです! 人に似ているからといって、話すなど……!」


 兵士の一人が思わず声を上げる。マトヴェイは止めなかった。

 それは【異形】に蹂躙された人類の一員として、当然の反応だろう。マトヴェイにも【異形】を憎む心はある。彼らの気持ちは大いに理解できた。


「あの……ちょっといいですか」

「何、犬塚少尉?」


 マトヴェイに睨まれてシバマルは一瞬怖気づいて見えたが、汗ばんだ拳を握り、意を決したように口を開いた。


「おれ……『ベリアル』と対面した時、あいつに言われたんです。その……作業着姿のあいつらは『新人シンジン』っていって、ヒトと【異形】を掛け合わせて生まれた存在だって。ベリアルは『新人』のことを、パラダイム……なんちゃらって言ってました」


 沈黙が降りた。僅かに遅れて、兵士たちの間に動揺がじわじわと伝播した。

 誰もが信じられないことだと思った。ヒトと他の生物を交配させたというだけでも倫理に背くことであるのに、ましてや【異形】となどとは到底受け入れられるものではなかった。

 最初に開口したのはマトヴェイだった。


「パラダイムシフト、革新的転回……奴らの目的は、一体……?」


 細い顎に指先を添え、考え込む赤髪の将。そんな彼に律儀に手を挙げてから言ったのはレイである。


「『パイモン』は【異形】と人類とを混じり合わせ、新たな、より優れた種の誕生を画策していました。奴が戦いの中で発した言葉が嘘ではないなら、そこにいる『新人』とやらもその一環なのでしょう」


 理智ある【異形】、少なくとも『ベリアル』と『パイモン』は、ヒトと【異形】とを交配させることで革新的転回を起こしうる上位種を誕生させようとしていた。

 では、それは何のために?

 湧き上がった疑問に対し、おずおずとカナタが発言する。


「あっ、あ、あの……ぼっ、ぼぼ、僕からも、いいですか」


 マトヴェイに目線で「続けて?」と促され、カナタは生唾を呑んでから今も鮮明に蘇る言葉をなぞった。


「お、『俺は、あの星を求めてなどいない』……ばっ『バエル』は最後に、そ、そう叫んでいました。だっだから、その……すっ、す、推測に過ぎないんですけど、か、彼らは自分たちの故郷に帰りたいって、思ってるんじゃないかって……」


『ベリアル』と『パイモン』は死に、『バエル』は今も眠りに就いた状態である。彼らからの「答え合わせ」は得られない。

 カナタの憶測に低く唸りながら腕組みするマトヴェイは、じろりと倉庫の隅の『新人シンジン』らに視線をやった。


「とにかく……彼らについて調べる必要があるわね。とりあえず捕虜扱いで、牢にでも入れといて。乱暴はしちゃダメよ」


 彼らは【異形】について知るための貴重な情報源だ。冷静かつ俯瞰的な視点で現場を捉えるマトヴェイの指示に、兵たちは躊躇いつつも従おうとした。

 が、その時だった。


「捕虜扱い、ですか? 奴らには確かに【異形】の血が流れている! それを人同様に扱うなど――【異形】に殺された者はどう思うか!」


 誰が声を上げたのかマトヴェイには一瞬、分からなかった。

 振り返ってみると、そこには憤怒の形相の阿修羅が立っていた。彼はあまり眠れていないのであろう血走った瞳で上官を睥睨し、握り締めた拳をわななかせていた。


「……生駒、少将?」

「マトヴェイ・バザロヴァ大将! あなたも【異形】に大切な人を奪われたはずだ! そいつらは我々の仇――それを討つのが『レジスタンス』の責務ではなかったか!?」


 噴出した怒りにマトヴェイは僅かに狼狽えた。

 それ自体は彼にとっても図星だった。だが、気持ちとしてはそうでも将として冷静にならねばならない時もある。


「そうですよ!」「こんな奴ら、撃ってしまいましょう!」「【異形】だか人だか分からないような化物、放っておくリスクを取らなくてもいいじゃないですか!?」


 賛同の声が連なる。穀倉内にわんわんと反響する怒声に、身を寄せ合って恐怖する『新人』たちは一層縮こまった。

 彼らのそんな様子に、カナタは悲痛な面持ちで俯く。

 戦うことを選ばず、ただ怯えるだけの彼らには味方など他にいない。このままでは彼らは、人の殺意と復讐心に呑まれ、殺されてしまうかもしれない。


「……ま、まっ、ままま、待ってっ、ください!」


 車椅子から身を乗り出して、カナタは喉を懸命に震わせた。

 全ての兵の注目が一斉に彼へと集まる。

 一体何を待つというのか――睥睨で問うてくるセンリに、カナタは胸に手を当て、上官らの目を見て訴えた。


「かっ、か、彼らが、あなたたちにっ……ぼっ、ぼ、僕ら人間に、何かしましたか!? か、彼らが僕らの仲間を、こっここ、殺し、ましたか……?」


 センリは言葉に詰まった。だがすぐに首を横に振り、言う。


「作戦中は確認されなかった。だが、こいつらがそれ以前に人を食った可能性もゼロではあるまい」

「そ、それは……」

「いえ、待って生駒少将。そもそも今回の作戦で彼らが人を殺していないのなら、彼らが人を襲う機会なんて他になかったはずよ。『福岡プラントの悲劇』でアタシたちがここを失った時は、彼らの存在自体確認されなかった。そしてそれ以後、『プラント』内に人間は立ち入っていない」


 この場で唯一冷静な姿勢を崩していなかったマトヴェイは、時系列と照らし合わせてそう口にした。

 彼らは『福岡プラントの悲劇』以後に発生した生命体であり、人類との邂逅はこれが初めてになるだろう、と。

 

「……しかし、奴らが【異形】であることには変わりありません」

「その言い分が通るなら……彼らはヒトとも言えるわね。『ベリアル』や『パイモン』の言葉を信用するなら、遺伝子の半分はヒトなんだから」


【異形】の全てを討ち、ヒトの全てを守る。それが生駒センリという男の信念であった。

 半分はヒト――そう言われ、センリはその矛盾と板挟みにされた。

 と、そこで新たに駆けつけてきた女性が声を掛ける。

 

「【異形】なら殺す、ヒトなら助ける。じゃあどちらにも当てはまる存在はどうするべきか……今は議論を進めるしかないわ。難しい問題でしょうけど」


 黒髪に泣きぼくろが特徴的な艶やかな女性、夜桜シズル大佐である。

 彼女はこの場の面々を見渡し、遅れたことを一言詫びてから言う。


「日和見的な判断にはなるけど、生かさず殺さずという感じにするしかないんじゃないかしら。変なことをしないように厳重な管理下には置くけれど、捕虜として十分な待遇はする。どうでしょう、バザロヴァ大将?」

「アタシも最初そう言ったのよ。……というわけで生駒少将。アンタは納得がいかないかもしれないけど、二対一の多数決で決まりってことで。さ、取り敢えず基地の牢へと彼らをお連れしなさい」


 各師団の長は作戦中、階級に拘らず同等の立場を持っている。多数決を持ち出されてはセンリもそれ以上の異論を唱えられず、ひとまず話はそこで終わった。

 シズルの監督のもと兵士たちが『新人』らを連行していくなか、センリは何も言わずに立ち去っていった。

 残されたマトヴェイは青年の背中を見送りながら、誰に言うともなく呟く。


「彼にはね、【異形】への憎しみしかないの。それだけを胸に、人類最強とまでいわれるほど強くなってきたのね。同じような人は他にも多くいるわ。【異形】は過去に、それだけ酷いことを人類にやってきたから」

 

 一旦深呼吸を挟み、それからマトヴェイはカナタらのほうを向いた。


「犬塚少尉、早乙女少尉、今日は助かったわ。また改めて『ベリアル』や『パイモン』との戦闘について聞かせてもらうことになるから、よろしくね。それから……月居少尉。アンタと【異形】との関係、今日の夜にでも話してくれないかしら? アンタの力が【異形】に関与しているかもしれないっていう『噂』がどこまで本当か、今一度確かめておかなきゃならないし」


「はい」と返す三人にマトヴェイは微笑んでみせた。

 カナタの車椅子の速度に合わせてゆっくりと歩きながら、女装の麗人は「そういえば」とウインクする。


「いいニュースがあるの。アンタたちの昇格が決まったわ♡」

「わ、マジすか!? もしかしておれ大将!?」

「馬鹿おっしゃい、アンタは中……いや大尉ね。『ベリアル』から情報を得てくれたぶんのボーナスよ、感謝しなさい」

「よっしゃーっ! あのっ、それでユイたちは!?」

「テンション高いわねぇ……刘さんと早乙女くんは少佐、カナタくんは中佐よ。ま、でも実質的にはガワだけね。アンタらには指揮官としての勉強が足りてないわ」


【輝夜】を討ち、戦いを終結させた英雄が少尉程度では格好がつかないということで、カナタは同期で最も上の中佐となった。

 だが彼らは年齢的には本来『学園』で学ばなくてはならないはずであり、扱いとしてはまだまだ「新入り」である。


「いい、犬塚くん。復興作業と並行してアンタらには指揮官としての演習をしてもらうことになるわ。先輩方にガンガンしごかれることになるけど、覚悟しとくのよ」

「う、うげぇ……お、おれの昇格なかったことにしてもらってもいいすか」

「弱気ですね駄犬。ユイさんの前ではあんだけ格好つけていたくせに」

「それとこれとは話が別なんだよぉ……」


 先程までの緊張が解け、一時の談笑を彼らは楽しんだ。

 仲間たちの会話を聞き流しながら、カナタは『新人』たちへ思いを致す。

 ヒトと【異形】との間に生まれた存在。ヒトでありながら【異形】の遺伝子を刻みつけられたカナタと、似ているようで異なる者たち。

【異形】とヒトとが対話していく道を探るにおいて、彼らが鍵になるかもしれない――そう少年は期待するのであった。

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