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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第七章 理想と現実

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第百六十一話 軍人の使命 ―After war.―

【異形】との激戦を乗り越え、『レジスタンス』第一、第二、第三師団は『プラント』及び基地の奪還に成功。

 残る任務は【異形】の苗床に改造され、そして破壊された『プラント』内部の復興作業のみとなる。

 奪還翌日からさっそく作業が開始されるなか、カナタは各師団の長やミコトのもとに招集されることとなった。


「知りたいことが山ほどあるわ、坊や。全部話してくれるわね?」


 そう詰め寄ったのはマトヴェイ・バザロヴァ空軍大将である。

 女装の麗人の鷹のような青い目に射抜かれた少年はびくりと肩を震わせ、それを見たシズルが「ちょっと」と隣のマトヴェイを小突く。

 車椅子に乗った白いパジャマ姿のカナタは、空軍大将が掛ける中央の司令席の前にいた。その隣には付き添い人としてレイがおり、マトヴェイの隣にはシズルが佇んでいる。センリとミコトはその両脇のオペレーター席に着き、厳然とした面持ちで少年の話が始まるのを待っていた。


「は、は、はい。そ、その……とっ、とと都市で起こったことについて、おっ、お、お話します」


 レイに「落ち着いてください」と耳打ちされるカナタは、生唾を呑んでから深呼吸し、そして語りだした。

 月居カグヤが【輝夜カグヤ】を用いて起こした、【潜伏型異形】の暴走。

 それによって誘発された、人々の凶暴化。暴れ狂う人々は周囲の者を誰彼構わず襲い、多数の死傷者が出た。

 都市はたちまち混沌の様相を呈し、その解決のために『学園』の有志が立ち上がって戦った。しかし、その戦いの中でも死者が出るのは避けられなかった。

 目覚めたカナタはカグヤの凶行を止めるべく、【ラファエル】に乗って大空洞にて交戦。九重アスマらが乗った未知の新型SAMと協力し、激戦の果てに【輝夜】を撃破した。


「未知のSAMだなんて聞き捨てならないのが登場してたけど……とにかく、事態は収まったわけね?」

「は、はい。か、【輝夜】を倒した時点で、いっ【異形】を活発化させる魔法は効力を失い、とっ都市の混乱は鎮まりました」


 眉をひん曲げるマトヴェイからの問いに、カナタはこくりと頷いた。

 シズルは切迫した表情で少年を見つめ、訊ねる。


「カナタくん……その、月居司令はあなたが……?」


 カナタは静かに首を横に振った。

 次に彼が口にしたその女性の名に、シズルは鋭く息を吸い込む。


「み、ミユキさんです」

「ミユキって……!? あの元『レジスタンス』の明坂ミユキなの!?」


 意外な人物の名が挙がり、マトヴェイやセンリも瞠目した。彼らはミユキが『レジスタンス』を去った理由については知らないが、彼女がカグヤと恋愛関係にあったことは承知している。

 

「あ、明坂じゃなくて不破、って名乗ってましたけど……し、知り合い、なんですか?」


 ミユキはカナタに私情のほとんどを語っていなかった。本当ならカグヤを撃った後に彼女は話すつもりでいたのだが、カナタがレイたちのもとへ駆けつけることを強く望んだため、打ち明ける時間がなかったのだ。


「不破は月居司令の旧姓よ。ミユキちゃん……まだ、司令への想いをなくしてなかったのね」


 組織を去ってから会えずじまいだった旧友の相変わらずさに、シズルは感慨に浸るように掠れた声をこぼした。

 だがすぐに表情を険しいものに戻し、カナタへ質問を続ける。


「月居司令は亡くなった、それは確かなのね?」

「……は、はい。この目で……遺体を、見ました」


 重苦しい沈黙が司令室を支配した。

 この場の将校三人とも、月居司令のもとで深い恩義と忠義をもって戦ってきたのだ。

 彼女が凶行に及んだ罪人となってしまったとはいえ、その死に動揺するなというのは無理な話であった。


「……どーなるのよ、『レジスタンス』は?」

「次の司令選挙は十一月。しかし現職の司令が亡くなったとなると……代理を立てるか、或いは前倒しか」


 紫煙を吐き出すマトヴェイに、センリが唸るような低い声で答えた。

 胸に手を当てて俯くミコトは『尊皇派』のトップにして許嫁である蓮見タカネを思う。彼にとって、これは予期せぬ好機なはずだ。現職司令が人類に牙を剥く凶行に走ったという事態は、人々の反『レジスタンス』機運を極限まで高める。そうなれば、彼らの勢力はより力を増すだろう。

 それがどのような結果を都市にもたらすのか――断定は出来ないが、「分断」や「軋轢」が生まれることは必至だ。これまで月居司令と懇意にしてきた政治家たちや財閥、『レジスタンス』幹部らが、タカネの傘下へスムーズに移行するとは思えない。


「……皆さま、司令についての話はもうよしましょう。カナタにもこれ以上は酷でしょうから」


 思考しつつもミコトは銀髪の彼を気遣い、マトヴェイらを制した。

 彼らが押し黙るのを確認した上で、皇女はカナタへ静かに訊いた。


「『レジスタンス』関係者で亡くなられた方は、他にいましたか?」


 カナタの隣でレイが身体を強ばらせた。

 痛む胸を抑えながら、彼はぽつぽつと戦死者の名を口にしていく。


「……や、矢神キョウジ先生。ふっ冬萌大将の娘さんの、ゆ、ユキエさん。そ、それから……か、母さんに加担していたっていう、とっ富岡さんも。ちょ、直接『レジスタンス』に関わった人は、それだけだったと思います」


 少年の横顔が帯びるかげりにレイは鼓動がいやに早まるのを感じた。

 ――誰か他に、知っている人が死んだ? 

 その嫌な予感を裏付けるように、カナタはレイを見上げて呟いた。


「……な、七瀬くんが死んだ」


 聞き間違いではないかとレイは思った。

 しかし同時に、こちらを正視してくるカナタが間違いを言っていないということも確信してしまった。

 この目は――レイの目を真っ直ぐ覗き込む時のカナタは、嘘を吐かない。


「か、彼は……こ、九重くんの攻撃を【輝夜】に通すために、ぎっ、犠牲になった。か、彼がいなければ、ぼっ僕は母さんに勝つことは出来なかった」


 消え入るようなか細い声で、銀髪の少年は事の顛末てんまつを語った。

 イオリはレイが引きこもっていた部屋から出た時、誰よりも喜んでくれた人だ。教室でも『第二の世界ツヴァイト・ヴェルト』での戦闘時でも、レイの近くにはいつも彼がそばにいた。

 夏休み中に彼が行方不明になった時は、レイは訓練を最優先しながらも、空いた時間に『学園』近辺や『レジスタンス』本部周辺で聞き込みをしたりチラシを配ったりしていた。

 夜、寝る前には彼が戻ってくるように毎日祈っていた。それくらいしか出来ない自分に嫌気が差してもなお、彼は友の帰還をひたすらに願っていた。

 確かにイオリは帰ってきたのだろう。レイの祈祷は、願いは成就したのかもしれない。

 だが――運命は彼とレイたちとの再会を、許しはしなかった。


「そんな、ことって……あんまりじゃ、ないですか……」


 引きこもっていた間にかけた迷惑の侘びも、彼に対する報恩も、まだろくに出来ていなかったのに。

 深い深い後悔に苛まれる少年の震える拳を握ったのは、いたたまれずに立ち上がったミコトであった。


「レイ。自分を責めてはなりませんよ。誰かを恨んでもなりません。人を恨み、神を憎み、運命を呪ったとしても……亡くなった者は還ってきません。死とは不可逆なものなのです」


 その慈悲に満ちた言葉はレイのみならず、カナタや三人の将にも等しく向けられたものであった。

 

「諦めろって……死んだ人はもう絶対に生き返らないから、何もかもダメだったって諦めろって、あなたは言うのですか……?」

「そういうあり方もあるのでしょう。ですが……わたくしたちは、どんな過酷があろうとも前に進んで行かねばなりません。軍人という立場が、この時代が、そう定めているのです。何かを諦めるというなら、それは、その定めに対してのことなのでしょう」


 平和は獣らに蹂躙された。人々が隠れ住む地下都市ジオフロントも大きな力を持つ個人、或いは集団の力によって、安寧を保てずにいる。

 その厳しい現実のなかで最も前を向いて生きていかねばならないのが、軍人たちだ。

 彼らは平和を掴むために戦って、そして死んでいく。その死を礎に、次の時代の戦士たちが平和への道を少しずつ切り開いていく。

 

「彼らの死が、命が無駄なものとならないよう、わたくしたちはその死を『活かして』ゆかねばならないのです。それが軍人の責任です。さらには、この時代に生きる全ての小市民の使命なのです」


 月居司令は人々がそれを忘れたことを嘆き、人間に失望した。

 誰かが生きていられるのは、誰かの死があってのこと――皆がそれを胸に刻んで生きていくべきなのだと、ミコトは説いた。

 レイは涙を流さなかった。

 イオリはカグヤを倒し、平和を取り戻すために命を散らした。いま自分がやるべきことは、彼の死に悲嘆することではなく、少しでも早く彼の願った平和へと近づくために努力することなのだ。

 

「――そう、ですよね」

「う、うん」


 レイとカナタは視線を交わし、そして頷き合った。

 他の将校らも思いを改め、表情を引き締める。


「……では、カナタ。あなたがここに来た経緯いきさつを、簡潔で構わないので教えていただけますか?」


 問いかけるミコトにカナタは小さく頷いて、話し始めた。

 あの戦いが終わり、月居司令がミユキに撃たれて死亡したのが8月2日の夕暮れのこと。それからカナタはミユキらから都市や『レジスタンス』の現状を改めて聞き、『福岡プラント』へと発つことを決意した。

 

「ぼ、僕はいつだって、れっレイやユイさんたちと一緒に戦ってきました。か、彼らが今も遠くで必死に戦ってるって思うと、い、いてもたってもいられなかった。と、都市ではあんなことがあって、たくさんの人が死んで……む、向こうで同じように大切な人が死んでしまったら、ぼっ僕は自分を一生許せなくなる。そ、そう思って……」


 だから、飛んだ。

 カナタの望みに応えたのは、ミユキやアスマ、他の『レジスタンス』のメカニックらだった。彼らは戦いを終えたカナタが休息を取っている間、不眠不休で【輝夜】の修理と【ラファエル】の飛行ユニットへの改造を行った。

【輝夜】の魔力伝導システムは他のSAMとは根本的に異なる構造で、『コア』を他機体のパーツと適合させるのも難しいということもあり、作業は難航した。

 それでもミユキらはカナタの思いを何としても実現するために、翌3日の正午に【輝夜】と【ラファエルメテオール】を完成させたのだ。

 

 それからの経緯は知ってのとおりだ。

 都市を飛び出して休みなく飛んだカナタは、夕刻前には『福岡プラント』に到着。

 シズルと交戦していたアキラ機と交戦するが逃げられ、その後、『プラント』内で『バエル』と戦った。


「……長い時間、話してくれてありがとう。カナタくん、レイくん、席を外してくれて構わないわ」


 シズルは少年二人にそう言い渡し、彼らは一礼して部屋を退出していった。

 

「……で、都市に関してはどうしましょうか?」


「失礼」と一言いってから煙草を一服し、紫煙を吐き出すマトヴェイ。

 この場で都市情勢に最も関わる人物はミコトだ。全員の視線が集まるなか、桃髪の皇女はしばし黙考した後、答えを出す。


「現状は、都市近郊の基地……丹沢基地との通信で情報を仕入れるしかありませんね。本音を言えばわたくしも戻りたいところですが……作戦中にも拘らずわたくしが退けば、兵士たちの士気を下げることになりかねません。わたくしはあくまで『象徴』として、この場に残ります」


『新東京市』は地下にある上に常時『アイギスシールド』で守られているため、地上からの電波・魔力通信は遮断されている。そのため遠征先で都市との連絡を取りたい場合は、近くの基地を経由する必要があった。


「分かりましたわ。……じゃあ、生駒少将と夜桜大佐はこれから佐官以上の将校を集めて。立場ある者に情報を伏せたところで、不信感は増すだけでしょうから」

「その件ですが……待っていただけますか? いずれ誰もが知ることです、一部の者だけが知っているよりかは全ての者に等しく情報を開示したほうが良いのではありませんか。『隠された』ことによる不信感は、後に響きます」


『レジスタンス』の司令が不祥事を起こした今だからこそ、全ての兵の信頼を繋ぎ留めなければならないのだとミコトは言った。

 衝撃で失われる一時の士気か、今後の信頼か――どちらに天秤を傾けるべきか誤るほど、マトヴェイは先を見る目のない将ではない。


「……確かに、そうですわね」

「すぐに用意を。わたくしも同席し、先程レイに言ったのと同じことを兵たちに語ろうと思います」


 誰もが暗闇のなかで惑う状況にあっても、ミコトだけは確固とした信念をもって光であり続けた。

 彼女の存在に助けられてばかりだと反省しつつ、マトヴェイらは動き出す。

 自分たちの行動が今後のより良い結果を生むことを、ただ信じて。

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