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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第六章 覚醒・序

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第百四十話 知の渇望者 ―Crisis―

 四方八方に振り撒かれる光と刃の弾幕。

 その暴威は周囲のあらゆるものを巻き込んで爆発を引き起こし、爆風で『プラント』を震撼させた。

 防壁内部にいる発動者のナツキらまでもその衝撃に耐え切れず膝を折る中、直撃を食らった魔神は――


『……やって、くれ、ましたね』


 ドスン、と落ちたのは有翼の駱駝の残骸だ。

 消し炭と化したそれに目を向けることさえなく、防壁越しの少年たちを見据えてパイモンは罅割れた笑みを浮かべる。


『よもや、ワタシと同種の――いえ、それ以上の魔法を、土壇場で……編み出す、とは』


 肩を押さえる魔神の全身は血にまみれ、大火傷を負った体にはかつての美しさは微塵もなかった。

 辛うじて魔力で浮遊できている彼は、最後にヒトの子らを祝福する。


『ワタシの魔力を……記憶を食らってさえ、いないのに……どんな、奇跡が……』


 パイモンは自らの勝利を確信していた。

 事実、ミユキのロケットに込められていた魔法の情報さえなければ、ナツキたちが死ぬのは間違いなく時間の問題であった。

 だが、運命はヒトの子らに傾いた。

【異形】に最も近づいたヒトの一人である女が敷いた伏線によって、シナリオは変化したのだ。


『……っ』


 母星に帰る夢はもう見られない。パイモンはそれを認めざるを得なかった。

 だが、それでも、彼はベリアルのように素直にヒトの「進化」に歓喜できなかった。


『ワタシは、まだ……ここで、散るわけには……!』


 消し炭と化した肉体は既にまともに動かない。

 言葉を吐き散らす間にも魔力は絶え、彼は地面に崩れ落ちた。

 爆風に晒された裸の土の上を這い、防壁を解除した鉄人形たちを見上げ、醜く生にしがみつく。


『知りたい……知りたいっ、ワタシは何故、アナタたちに敗れた……!? その力、その進化、その未来、全て……!』


 ヒトの子たちはそれに答えなかった。

 湧き上がる知識欲に突き動かされてパイモンは手を伸ばし――その指先で、虚しく空を掻く。


『あ、あ……虚ろ、で――』


 それきり、彼は言葉を失う。

 人類の前に初めて姿を現した理智ある【異形】の一体、序列9番の「王」パイモンは、この地で長きに渡る生に幕を下ろした。



「織部さん!? 織部さん、返事をしてくださいっ、織部さん!?」


 少女の呼びかけが【ドミニオン】コックピット内に反響していた。

 だが、それに返事する者はもういない。

 操縦席に座している眼鏡の少年の肉体からは既に、その精神は失われていた。


「ナツ、キ……ナツキ、どう、して……!?」


 疲労によろめく足取りでコックピットを抜け出し、ナツキ機へと様子を見に行こうとするアキト。

 支援機のパイロットたちまでも降りてきて彼の肩を支える中、ナツキの結末を悟ったレイは無言で唇を噛んでいた。


(……『同化現象』。彼は自らの魂と引き換えに、ボクらを守り抜いた)


 一人だけ逃げて生き延びた過去の自分とは正反対の死に様だ、とレイは自嘲混じりに呟きをこぼす。

 ユイもシバマルも状況を受け入れられずにナツキの名を呼び続けているのに、自分だけがその死を認めた上で悔しがっている。そんな自分が、レイは大嫌いだった。


『……終わったのですね、早乙女くん』


 と、そこで確認してきたのはカノンであった。

 音声のみの通信となっているのを酷くありがたく思いつつ、レイは「ええ」とくぐもった声で応答する。


『分かりました。現在までで確認されていた理智ある【異形】、ベリアルとパイモンはこれで討伐されました。その死に伴って、『飛行型』を産んでいた肉塊のようなものも活動を停止させている。……今が、『プラント』奪還を果たす好機です』


 軍人として、淡々とカノンは言ってきた。

 ミツヒロが『同化現象』を起こしたことで彼女も深い悲しみに暮れているはず。にも拘らず口調にそれを滲ませないのは、彼女の心の強さがあってこそのことだ。

 そう――涙を流している場合ではないのだ。

 新たな【異形】がまた現れないとも限らない。次の刺客が来る前に『プラント』のゲートを内から開放し、地上部隊との合流を果たさねばならない。


『任務を果たしましょう、皆。弔いは、全てが片付いてからです』


「で、でも織部が……!」


 涙声でふるふると首を横に振り、食い下がるシバマル。

 クラスでは殆ど交流がなかったが、彼もイオリのようにナツキたちのことを気にかけていた。戦いを共にする仲間として、内心ではその戦いぶりを尊敬してもいた。だから、彼の死を認められずにいた。

 大きな戦いを一緒に乗り越えれば、心を開いてくれなかった彼ともいずれ仲良くなれると、信じていたのに――。


「……シバマルさん」


 そんな彼を静かな声で諭したのは、ユイだった。

 彼女もナツキらとの距離を縮めようとしていた者の一人であったが、カノンの言葉を聞いてまで泣きっぱなしでいられるほど幼くはなかった。

 自分たちは軍人なのだ。ならば、課せられた役割をただ遂げるだけ。


「必要な仕事を終わらせることが、きっと織部さんの弔いになります。彼はそのために、私たちに未来を託してくれたんですから」

「……あいつの、ため……」

「そうです。だから、ね……?」


 ごしごしと目元を擦り、シバマルは俯けていた顔を上げる。

 ユイの声は彼の胸の奥底まですうっと染み渡って、悲しみから立ち上がるための力をくれた。

 それがナツキへ報いることになるのなら――いつまでも、泣いてはいられない。

 問題は、アキトだった。


「…………」


 朽木アキトは寡黙で何を考えているか分かりにくい少年であったが、その実、仲間思いな人物だ。

 その悲しみはユイやシバマルたちよりずっと深く、心を引き裂いている。


『朽木くんは私が見ます。これからの作戦の指揮は、早乙女くん、お願いできますか?』

「了解しました。……と言っても、この少人数でやれることは限られていますが……」


 戦いの後で消耗しきっている頭を懸命に回して、レイはしばし黙考した。

 そして、ほどなく指示を出す。


「先ほど宇多田中佐が言ったように、プラント内からゲートを開くことが第一の使命。ですが、現在ボクたちのコンディションは決して良いとは言えません。少し、休息の時間が必要です」


 行動は早ければ早いほどいい。それを前提に置きながらも、レイは人員の安全を最優先にする選択を取った。

 彼の命令には誰も異論を唱えなかった。

【メタトロン】は翼を失い、【イスラーフィール】は中破し、【ラミエル】と【ラジエル】はナツキに魔力を供給したために余力を殆ど残していない。戦うどころか、動くこともままならない状況だ。


「支援部隊の皆さん、ここまでよく持ちこたえてくれました。けれど、貴方たちにはもう少し頑張ってもらわねばなりません」

『いえ、平気です、早乙女少尉。【異形】を討つ天使を支えることが、我々の責務ですから』


 多少無理してでも貴方たちを支える――レイはそう言ってくれる彼らを労い、感謝した。

 戦闘中は『アイギスシールド』を展開して生き残ることに全力を注いできた支援部隊の面々は、さっそく傷ついた機体たちの整備に取り掛かっていく。


(『プラント』奪還作戦は、これで遂げられる。あとは、ここと基地の復興を十分に済ませて帰るだけですね)


 大量の【異形】との交戦、そしてベリアルとパイモンという強敵を乗り越えて、自分たちはここまでたどり着けたのだ。

 それは『新東京市』の皆に誇れる戦果だ。勝利を誓ったカナタや仲間たちに笑顔で告げられる結果だ。

 山場を越え、レイは胸中で一息つく。

 彼は首を上げて『プラント』のドーム天頂あたりをぼうっと眺め――ふと、視界に黒いもやのようなものがよぎるのを見た。


(あれは……?)


 怪訝に思った、その直後。

 その靄を爆心地として黒い魔力の波がドーム中に広がり、爆風と衝撃波が全てを薙ぎ払った。

 SAMも、【異形】を生み出す肉塊も、作業に従事するヒトと【異形】の間の子も、例外なく吹き飛ばされる。

 

「がはっ!?」


 背中から地面に打ち付けられて乾いた呼気を吐き出すレイ。

 身体の支柱に走り抜ける痛みに顔を歪めながらも、彼は目を眇めて現れたそのモノを見据えていた。

 

「ヒト……? いや、違う、あれは――」


 黒いオーラを帯びて上空に浮遊する人影が、こちらを見下ろして泰然とした笑みを浮かべていた。

 鷹の目のごとき精度を誇る【メタトロン】の瞳に映っていたのは、剥き出しの青い肌の上に襤褸ぼろのようなローブとマントを揺らめかせる美青年。

 その両眼は赤い複眼となっていて、目元にはクラウンの涙を思わせる紅色のペイントが入っている。黒い前髪は触角のように二本垂れており、眼と相まって昆虫めいた無機質さを醸していた。


『うふふふっ……そんないいように終わるわけないじゃない。ねえ、ヒトの子たち……散々弱りきった後に次なる【異端者ハイレシス】が現れるのって、どんな気分?』


 目が、合った。

 これほど距離があってもなお、その複眼はレイの観察を知覚して応じてみせたのだ。

 ヒトの頭の中に声が響くテレパシー魔法を以て、【異形】は自らの名を告げる。


『俺は、バエル。これより君たちの命と魔力は、俺たちの繁栄のための供物となるんだ』


 呻吟しながら立ち上がるレイは、その名を呟きつつ周囲を見回した。

 一分ほど前隣にいた仲間たちは、それぞれバラバラに飛ばされてしまっている。一番近くに見える【ドミニオン】と二機の【イェーガー】も、二十メートルは先だ。


『俺はねぇ、ヒトが頑張って頑張って頑張って足掻くところを見るのが何より好きなんだよ。仲間のため、自分のため、生きようとするヒトをじわじわと追い込んで絶望を刻み込む……あぁ、震えるねぇ! 君はどんな顔で泣くのかなぁ、可愛いヒトの子よ!』


 身体をくねらせ、頬を赤く染めてバエルは叫ぶ。

 彼の細い指先には黒い魔力球が一つずつ浮かんでおり、それは彼の腕のひと振りで空中に躍り出た。


『食らい尽くしなよ、俺の子供たち』


 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……!!

 低くさざめく不快音は、虫の羽音だ。

 宙で弾けた魔力球の中から、黒いオーラの筋を引いて無数の巨大な蝿たちが出現する。


『うふふふふふふっ……! この子たちはねぇ、ベリアルの使い魔なんかよりずっと強いのさぁ!』


 嗜虐的な笑みを浮かべるバエルの名のもとに、巨大蝿たちは地上のSAMらへと来襲する。


「……ちくしょう、もう力なんて殆どないってのに……!」

「やらなきゃやられます! 戦うしか、ありません!」 


 シバマルが忌々しげに吐き捨て、ユイが覚悟を決めて声を上げる。

 折れそうな膝に鞭打って立ち上がった彼らは、各々の得物を構えて敵の軍勢の迎撃態勢に入った。

 少年たちは自分らのタイムリミットを本能で理解し、その刻限を迎えてもなお理智ある【異形】の息の根は止められないことを悟りながら、それでも果敢に立ち向かっていく。

 ――戦いが、始まる。

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