第百三十六話 晒される力 ―The meaning to fight?―
五つの円環型ユニットより燃え盛る、燦然とした太陽の光輝。
視界を白く塗りつぶすそれを前にパイモンが取った策は、十八番である反射魔法だ。
第二の世界でも確認された、銃弾も魔法もお構いなしに跳ね返してしまう秘術。
「っ、やはり――」
直撃と同時に屈折し、発動者に牙を剥く灼熱の砲撃。
都合五つの軌道を予め割り出していたレイは、高速旋回をもって回避を行った。
【メタトロン】の現状の最高火力である【太陽砲】は、その反射の防壁を突破するには至らない。共闘する【ドミニオン】は所詮【イェーガー】の派生機であり、【機動天使】を凌駕する火力は出せない。
つまるところ、今の自分たちでは敵の防御になすすべがないのだ。
(鍵を握るのはアキトくんの『対光線塗装』になるでしょうか)
アキトの耐性は敵からしても相当に厄介なはずだ。
SAMのように強固な装甲を纏っているわけではないパイモンは、接近戦を避けて遠隔攻撃に徹してくるだろう。攻撃魔法の中でも主流である光線タイプの魔法が完封されるとなると、残る手は限られてくる。
(敵の攻撃にはある程度予測がつく……慎重に戦えば、少なくとも一方的に負けることはなくなるはずです)
アキトとの距離をどうするか――それが今ある懸案事項だった。
守りを確実にするなら【ドミニオン】という盾のそばにいたほうがいいが、そうするとアキトに負担を偏らせることになり、目標が一点に固まることで敵も狙いをつけやすくなる。
「アキトくん――!」
「分かってる、俺が守る」
敵を倒せないのならば、魔力切れまで粘る持久戦に持ち込む以外に策はない。
ならば死なないよう最大限に守りを強固にするべきだ。アキトにはレイが魔力を分け与え、それで少しでも彼の負担を軽減させる。
【メタトロン】が【ドミニオン】の陰に隠れ、敵の攻撃に備えて『アイギスシールド』を構えたその瞬間。
――パイモンの姿は、彼らの視界から掻き消えた。
「なっ!?」
レイの喉から驚愕の音が漏れ出る。
だがアキトは『獣の力』のヒトを凌駕した第六感――魔力を感じる力――をもって、レイでさえ認識できなかった敵の挙動を捕捉した。
「――下! 宇多田さんだ!」
身を翻し、彗星のごとく地表へ迫りゆくパイモンの姿に照準を合わせる【ドミニオン】。
しかし敵との距離が遠すぎて射程範囲外だ。瞬間移動したのではと錯覚させるほどの速度でドーム天頂近くから地上まで肉薄した敵の力に、少年は脂汗を流す。
「カノンさんッ!!」
機体背面の推進器に魔力の炎を燃やし、トップスピードで追跡していく【メタトロン】。
宇多田カノンはレイが得意とするタイプの人間ではなかったが、それでも彼にとってはかつて共闘した大切な上官の一人だ。絶対に死なせたくはない。
今朝から始まった戦闘の疲労が無視できないダメージとなって彼の脳を苛むが、お構いなしに加速を続ける。
残像を描いて急降下していく【メタトロン】に対し、有翼の駱駝に跨る【異形】は――
『かかりましたね』
その口元を弓なりにして、駱駝の進路を反転させた。
急制動がかかってもなお体勢を崩さぬ駱駝に座すパイモンは、その掌をレイへかざして呟く。
閃く雷、走る激熱。
「ぐあああああああああああああああッッ!?」
真正面からの直撃を喰らったレイは喉が張り裂けんばかりの絶叫を上げ、痛苦に全身を焼かれた。
『自らより劣る者のためにその身を擲つなど……愚かなことです』
パイモンにとって自身は【異形】という種全体のうちの一パーツでしかなく、「個」それぞれをかけがえのないものとして守ろうとする人の行為は共感し難いものであった。
コントロールを失って落ちていく機体を見下ろし、美しき魔神は嗤う。
が、次の瞬間。
「レイ!!」
仲間の名を叫ぶ少年の声に、再び首を上向けた。
『やはりアナタも同じですか、ヒトの子よ!』
死神の鎌を振りかぶって空を蹴り、眼下の敵へと突進していくアキト機。
甲虫を模した黒きSAMの羽音に柳眉を顰めたパイモンは先ほど同様、雷撃をもって彼を沈めんとした。
「このっ……よくも!!」
『――っ、この魔力は!?』
業火のごとく燃え盛る少年の瞋恚と、裂帛の咆哮。
空気をビリビリと震わせるその叫びと共に解放されたのは、機体が帯びる赤々としたオーラだ。
その力をパイモンは知っている。ほかでもない『ヒトの女王の子』、彼が手にしたのと同種の能力。ヒトの身でありながら【異形】の力を身に宿した、新たなる人類の一形態。
『口だけではありませんでしたか、月居カグヤ!』
振り下ろされた鎌の刃が昇った雷撃と衝突し、激しい火花と閃光を撒き散らす。
魔力耐性を有した武具は機体に伝わる電流をシャットアウトし、そのまま斬撃に移行した。
パイモンの目と鼻の先にまで刃の切っ先が迫る中――その名を聞き、少年の狙いが僅かにブレる。
その隙にパイモンは後退し、アキトから距離を取った。
「な、なぜ……母さんの、名前を……」
『月居カグヤにはあの子以外に息子がいたのですか? そのような情報は……』
「っ、俺は本当の息子じゃない……でも、あの人は俺たちの母さんなんだ」
静かに訝しむパイモンの声音に対して、アキトのそれは酷く揺らいでいた。
自分がカグヤの本当の子ではないのだと改めて認識させられ、胸に鋭い痛みが走る。
『代理母、ですか。まあ、それはこの際どうだって良いことです。彼と同じ力を持つアナタもまた、ワレワレと共に歩む資格のあるヒトなのだから』
その言葉にアキトは目を見開き、そして当惑した。
パイモンの言っている内容がいまいち理解できない。――力? 資格? 何のことなのだ。
これは自分を惑わすための戯言なのだと言い聞かせ、アキトは墜落してしまったレイの救援を急ぐ。
地上へ降下し助け起こした機体は高度が低めだったこともあり、損傷は外部装甲や翼の破損だけに収まっている。修繕なしには飛べなさそうな状態ではあるが、地上戦は十分に出来るだろう。
『力を持つならばそれを有効に使いなさい。ヒトの群れの中で腐らせておくには勿体ないと思いませんか!』
語気を強めたパイモンが発露した、初めて見せる「苛立ち」。
言葉と同時に放った青白い雷撃の雨が『アイギスシールド』によって防がれる中、魔神は訊ね、訴える。
『ヒトの子よ、アナタは自らの力を正しく理解していますか。アナタは声を聞いているはずです。その身に宿る同胞の声を。自らの意思でそのモノを御し、力を覚醒させた。それがアナタです』
「何が、言いたい……!?」
問いながらもアキトの胸中には得体の知れない悪寒が湧き出てきていた。
その答えを知ってしまったら自分の芯が揺らぐ、そんな確信があった。
そして、その予感は真実へと変わる。
『アナタは【潜伏型異形】に寄生されているのですよ、ヒトの子。その【異形】に寄生された人間のうち、それに心を呑まれず御した人間は、月居カナタのようにワレワレ同等の魔力を手にすることが出来る。アナタもその選ばれし者なのです』
だったら何なのだ。
そう問おうとして、アキトは声を発することが出来なかった。
これまでの疑問は今、全て氷解した。頭に響いて自我を乗っ取ろうとする声の正体も、ナツキが飲ませていた精神を落ち着ける「薬」の意味も、分かった。
自分は狂人などではなかったのだ。本当にもう一人の存在が体内にいて、囁きかけてきていた。そして自分は、朽木アキトという人間はそれに打ち勝った。
だが――その【異形】は何故、いつから、自分の中にいた?
「母さんと……月居司令と、何か関係があるのか……?」
『ご明察です』
察してしまったアキトにパイモンは語った。
月居カグヤが『超人計画』を密かに推し進めていたこと。そしてその技術――【潜伏型異形】を人為的にヒトへ寄生させる魔法――を彼女に与えたのは、自分たち理智ある【異形】であるということ。
月居カグヤが【異形】と通じていた。人類の【異形】への反逆の象徴である、彼女が。
到底信じられることではない。だが、それが妄言であるともアキトには思えなかった。自らが今使っている力が月居カナタと同じ『獣の力』なのだと、知ってしまったから。
『アナタはワレワレの側にある人間です。ワレワレと共に世界を革新させる資格を持つ人間なのです。ワレワレと共に来なさい、ヒトの子よ。この先、アナタが生きることを選ぶのならば……アナタは、こちら側に立つべきです』
新たなる種や上位種によって、ヒトは淘汰される。
人類を「布石」と言ったパイモンの言葉が未来を示しているのならば、滅ぶしかない者たちを選び取るのは愚策なのかもしれない。
だが、アキトは――逡巡してしまった。
母親として慕ったカグヤが彼を【異形】側に付かせようとしたとしても、今のアキトにはもう一つの眩しい選択肢が出来てしまった。
自分に人と関わることの楽しさを教えてくれたレイや、美しく甘い歌で癒してくれたミコト――二人を見捨てて自分だけが生き残るなど、アキトは嫌だった。
「……俺は、そっちには行けない。母さんやナツキがそうしろって言っても、俺は、レイやミコトと離れたくない。だから……!」
決然とした瞳でパイモンを見据え、少年は自らの生き方を宣言する。
『……嗚呼、愚かな』
「愚かでもいい。俺は、俺の好きなように生きる」
その嘆きを一蹴したアキトの言葉に、パイモンは彼が自分たちの側に移らないことを確信させられた。
魔神は腕のひと振りをもって土属性の魔力で長剣を生成し、中段に構える。
『分かり合えないならば、刃をもって屈服させるまで』
魔法攻撃に耐性を持つ【ドミニオン】に対し、剣での戦いを望むパイモンは吐き捨てる。
アキトもそれに応じるように死神の鎌を握る手に力を込め、備えた。
ほどなくして、戦いの火蓋が切られる。
『――我が刃、侮るなかれ!!』




