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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第六章 覚醒・序

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第百三十五話 立ちはだかる大いなる存在 ―"The wing bit"―

『そうか……なるほど。よく考えたな、ヒトの子よ。ワタシの魔力を蓄えていた戦車チャリオットさえ破壊すれば、あとは持久戦に持ち込める。ワタシの魔力が尽きればワームホールは使えなくなり、キミたちの地上部隊に対する物量作戦も取れなくなる。全ては戦車を壊すための誘導だったわけだ』


 こちらの狙いを汲み取って笑うベリアルに、ナツキは無言で大盾を構える。

【浮遊魔法】で空中に立つ魔神はすぐに攻めに転じることなく、話を続けた。


『だが、どうしてワタシの転移する位置が先ほどと同じだと確信できた? どう計算したのだ、キミは?』

「ワームホールは必ず別のどこかに繋がっている。穴一つにつき、移動先は一箇所の座標。お前が防壁を展開している間、空中には穴が広がり続けていた。御門中佐が放った光属性の魔力を上手く利用して隠していたようだが……それを嗅ぎつけられるだけの感覚は、こちらにもある」


 最初からナツキには分かっていた。この展開も全ては予測の上。

 敵がワームホールから逃走する瞬間、防御に移れないことも計算ずくだった。


ホールを応用したその防御魔法を予め展開した上でワームホールに飛び込むことは出来ない。転移魔法のコマンドが混線し、エラーを起こす可能性がある。そして通常の防衛魔法を使われたとしても、【ドミニオン】の砲撃なら貫ける」


 ナツキの語りにベリアルは感心したように目を細めた。

 茶番にも思えたあの威嚇射撃にも、光学迷彩を無駄にしてしまうような煙幕にも、おそらくは意味があったのだろう。

 あまり意味がないことこそが意味だったのだ。その場しのぎに見えても、噛み合わないように思えても、全ては演出。

 ナツキたちが下手に出ているように敵に思い込ませるための、演技だったのだ。

 自分が有利だと認識すれば、どんな名手だとしても思考に隙が生まれる。ベリアルのように尊大な性格ならば、なおのこと。


『計算を悟らせない詐術、賞賛に値する。――だが』


 駆けつけた支援部隊が【ミカエル】を救護する光景を眼下に、魔神は微笑んだ。

 無尽蔵にも思える魔力を供給する戦車チャリオットを失ったにも拘らず表情を小動こゆるぎもさせない敵に、ナツキとミツヒロは脂汗を流しながら身構える。


『これで終わりだとは思わないことだ、ヒトの子よ!』


 魔神の吐息は赤く燃えていた。鋭利なその爪牙は長く伸び、背中には黒衣を突き破ってからすのごとき翼が生えでる。額からねじ曲がった羊のような角を隆起させる彼の出で立ちは、まさしく悪魔だ。

 変化したベリアルの姿に二人は戦慄する。


「第二、形態……!?」

「それが本気の姿か、ベリアル……!」


 翼を羽ばたかせ空中に留まる【異形】は鷹揚に頷き、それから纏っていた黒衣に手をかけた。

 その爪をもって一息で引き裂いた上衣を脱ぎ捨て、裸身を露にする。


『試させてもらおうか、ヒトの子よ。キミたちがワレワレを超克しうる存在如何いかんを!』


 剥き出しの腹部に空いているのは、穴――ではない。

『飛行型』のそれとよく似た、一つの大きな眼球だ。その目をぎょろりと蠢かせ、ベリアルは漆黒の魔力波を解き放った。

 ――刹那、飛び立つ。


「来ます!」「分かっている!」


 敵の動きを捉えてナツキは即座に『アイギスシールド』を展開、ミツヒロもコンマ数秒遅れてそれを発動した。

 

『反応速度は既に常人の域を超えたか! 『コア』との順応で高めた脳の力――その真髄をもっと見せてみよ!』


 瞳を輝かせ期待に胸を躍らせる魔神。

 ベリアルは尊大であったが、自らのプライドに拘る器量の小ささも持ち合わせてはいなかった。彼が望むのは「変革」。人類と【異形】、そして『コア』――それらが相互に影響を及ぼし、より上位の種が誕生することを彼らは渇望している。

『対異形ミサイル』等の射程外である天頂近くまで上昇したベリアルは、翼をあらん限りに広げて魔法を発動した。


『飛べよ我が眷属たち!』


 翼の羽ばたきと同時に風に乗って降り注ぐのは、硬質な刃と化した羽根たちである。

 闇属性と力属性を併せ持つその黒羽は空中を舞い、一斉にナツキたちに襲来する。


「……っ!」


 散弾の雨が虹色の防壁に弾痕を刻む。

 歯を食いしばり、鼻血をたらりと流しながら瞳に瞋恚しんいの炎をたぎらせるナツキ。

 多大な魔力消費に身体を蝕まれる少年は懸命にその攻めに抗うが――押さえきれない。


『諦めんなよ、ボーイ!』


 ドーム型の防壁が原型を留めぬほど歪み、不格好な岩石のごとき様相を呈していた、その時。

 彼の中で、【異形】が叫んだ。


「……私は、まだ……!」


 ロックオンという名の【潜伏型異形】のことをナツキはよく知らない。彼について理解しているのは、戦いを求める純粋な戦闘狂だということ。危地をゲーム感覚で楽しむ彼にナツキは共感したくもないが――唾棄するほどのものでもないと思っている。

 打ち付ける羽根の雨から逃れるべく、防壁を展開したまま【ドミニオン】は飛び立つ。

 受け続けていてはいずれ死ぬ。ならば、さらなる魔力消費を負ってでも回避するほかない。

 が、しかし。


『逃げ切れると思ったか』


 天高く上昇した彼を追尾するように、地面に突き刺さる寸前で羽根たちは跳ね上がり、きびすを返した。


「――チッ!」

『たとえ地の果てまで逃げようと、我が【ウィング・ビット】はキミたちを離すまい!』


 愛憎入り混じる告白めいた叫びの後、黒羽の先端より赤き魔力光線が放たれる。

 どこまでも追いながら光線で責め立て、自らも刃として機能するベリアルの最終兵器――その力に舌を巻く余裕すら既になく、ナツキは機体を翻して羽根たちの迎撃に移った。

 大盾上部に取り付けられた銃口、そして肩口に乗せられた砲門から光線を撃ち出していく。

 が、視界の中央から端までぶれる羽根に対し、まともに命中させることさえ叶わない。


「これでは、私は……!?」


 羽根の先端に黒いオーラが揺らめく。

 ここで全てのビットからの攻撃を食らったらどうなるか――最悪の結末を予感して、少年は声にならない戦慄わななきを上げた。


 

「魔法による擬似的な追尾型の対空兵器……もはや人と変わらないな、お前たちは……!」


 一方ミツヒロはナツキよりも早く、その魔法への迎撃戦に移っていた。

 戦闘経験の圧倒的な差をもって、迅速な判断で戦術を組み立て実行する。ワームホールという未知の前にはナツキの機転の方が優ったが、こういう「対空戦」になればミツヒロの独擅場だ。

 肉眼ではまともに捕捉するのも困難な速度で飛び交う、黒羽。

 それは見慣れている。彼は過去に、分身して高速戦闘を行う小型の鳥型【第一級異形】と戦って勝利を掴んでいた。

 ゆえにその焼き直しに過ぎない【ウィング・ビット】など、彼の敵ではない。


「捉えられればどうということはない!」


 上下左右、あらゆる方向にブレながらの暴走。もはや理性を捨てたその暴威は、計算によって対処できるものでは到底ない。

 飛び立った時点で【ラミエル】は【モードチェンジ】を発動、手足を折り畳んで戦闘機型に変形を果たしていた。

【ドミニオン】を凌駕する速度での飛行で【ウィング・ビット】の追跡を突き放し、機体下部――人型形態だと腹にあたる部分――の砲門を後方へ向け、黒羽を一つずつ着実に落としていく。

 親友と共に乗り越えた、分身する飛燕の脅威――それを思い起こした青年は、あの時と同じ「奇跡」をこいねがい叫んだ。


「アキラ――俺にもう一度、力を!」

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