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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第一章 始動

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第十三話 肉を斬らせて骨を断つ ―Rei shouts! ―

 少年の呼吸は荒く、時折痛みに悶えるように身体を捩らせている。

 彼の隣で手を握ってやっている瀬那マナカは、先ほどの富岡との電話で出た『暴走』という単語が意味するところを考えていた。


(これまでカナタくんがこんな風になったところなんて、見たことなかった。彼に何かが起こっていて、あの男の人はそれを知っていて……知らないのは、私たちで)


 学園生活の中で側にいるうちに、恋をしていた。

 ひたむきに努力する彼の姿に、どうしようもなく惹かれていた。

 彼の隣に居続けたいと願っていた彼女だったが――もしかしたら、まだ何も彼について知らなかったのかもしれない。これまでの付き合いは単に表層的なものでしかなかったのかもしれない。そう思うと、マナカは怖くなった。

 

(何も知らない私が、本当に彼のそばにいていいの? あの子……早乙女くんは、知ってたのかな……)


 不安感が16歳の少女を苛む。

 今さっきだって失敗してしまった。簡単に女の肉体を武器にしようだなんて、浅はかだった。

 あの時のカナタの拒絶は、マナカが思っていた以上に深刻なものだった。


「……ごめんね、カナタくん」


 うなだれた少女の声が少年に届いているかは、定かではなかった。

 と、その時――観覧車の扉が、ドンドンと何者かに叩かれる。

 SAMの顔が、こちらを覗き込んでいる。ガラス色の両眼をしたSAMは、すぐに扉に手をかけて強引に開こうとしてきた。


「さっきの電話の人――富岡さんが、SAMを遣わしてくれたんだ。カナタくん、出られるよ」

  

 轟音を上げて外されたドアを右手に掴み、二人へ左手を差し伸べてくる空色のSAM。

 その助けにお礼を言いながら手のひらの上に乗ろうとして、マナカはあることに気づいた。


「あれっ、と、飛んでる!?」


 天辺にまで達している観覧車まで救助に来る、と聞いた時点で察するべきではあったが――このSAMには、背中に三対六枚の翼が生えていたのだ。

 大量に魔力を消費するためにごく限られた者しか扱えない、「じゃじゃ馬」と評される『レジスタンス』の機体。

 飛行に特化しているこの機体は極限まで軽量化が図られており、体高も通常のSAMより小さな4メートル程度。顔などの基本的なデザインは【イェーガー】と同じだが、異なる点としては頭部から背面部までが流線型となっており、手足を折りたたんで飛行機のような形状へと変化できる。

 空を司る天使、【サハクィエル】。それがこの機体の名だ。


『月居カナタと、瀬那マナカだな? さあ、乗れ!』


 よく通る青年の声がマナカたちにかけられる。

 パイロットの呼びかけに応えて二人がSAMの手のひらに飛び移ると、握りつぶさない完璧な微調整で【サハクィエル】の右手は彼女らを包み込んだ。

 人工太陽や街の灯りが全て落ちた、暗黒の世界。その中にあっても【サハクィエル】の眼光ハイビームは鋭く、進路を的確に導き出す。

 冷たい鉄の指に守られるマナカは、服がはだけた状態でカナタと密着していることに赤面しつつ、青年パイロットに訊ねた。


「あの……今、何が起こってるんですか?」

『「第二の世界」に「異形」の侵入が確認された。それから、発電所を管理する人工知能『エルⅢ』のクラッキングもだ。今、『レジスタンス』は被害を最小限に留めるべく動いている。どうやら司令は、『異形』の侵攻を政府や民間には知らせないつもりらしい。今回の事態も、あくまで仮想空間内での「訓練」と言い張るみたいだな』 


 内情をぺらぺらと喋る青年にマナカは唖然とした。

 彼女の沈黙を「事態への驚愕」と捉えた青年は、声の調子を明るくして言う。


『未知の「異形」が相手だが、俺たち「レジスタンス」の力を結集すれば大丈夫! 必ず事態を終息させると、【イスラーフィール】パイロットに代わって俺が保証してやるよ。……んで、瀬那マナカ。お前、どこで降りる?』

「えっ……あ、あの、私も戦います! 私にだって、一パイロットとしてやれることはあるはずだと思いますから!」


 自分だけに問われたことを怪訝に感じながら、マナカは答えた。

 

『あのなぁ、お前。自分の立場、分かってんの? お前、学生じゃん。それも一年だろ? 戦場に出たとしても、犬死にするだけだっての』


 呆れと侮蔑が色濃く滲む青年の声に、少女は俯いた。

 彼の発言は正論だ。初めてSAMに触れてからたった一ヶ月しか経っていない少女にやれることなど、たかがしれている。

 だが、それでも――意思は曲げたくなかった。どんなに辛く損な役回りでも、何かやれることがあるのなら、それに努めたいと彼女は願った。


「あ、あのっ、カナタくんには役割があるんですよね!? だったら、私を側に置いてはくれませんか!? 一人でも知ってる人が近くにいたほうが、彼も落ち着くと思うんです!」

『……お前、どこまで知ってんの?』


 端的な問いが投げかけられる。マナカは正直に回答した。


「恥ずかしながら、彼の『暴走』にまつわることは、何も知らないんです」

『……まぁ、そうだよなぁ。俺もカノンも知らねぇもん、一学生のお前が知ってるわけないよな。期待して悪かった』


 遊園地を離れて【サハクィエル】は北上する。目指す先は、『新東京市』のど真ん中、『レジスタンス』本部だ。


『それと……さっき言ったこと、他言すんなよ? カナタに状況を伝えるのがベストだと判断して言っただけで、お前は居合わせただけのオマケだからな。ちょっとでも言いふらしてみろ、冗談抜きに首が飛ぶぞ』


 その口封じに歯向かえるだけの無謀さは、さすがのマナカも持ち合わせていなかった。

 はい、と頷く少女にパイロットは最後に思い出したことを付け加える。


『俺は風縫かぜぬいソラ。「レジスタンス」が誇る天才パイロットの一人だ、覚えとけ』



 駱駝らくだに騎乗する美形の人型、パイモン。

 自身を魔力の壁で防護するその『異形』は、背後に回り込んできたレイの銃撃を全く通さず、前方の【イスラーフィール】を睨み据えていた。

 毒液を浴びて半身が麻痺してもなお、パイモンの【防衛魔法】は弱まる様子を見せない。

 銃声の快音を打ち鳴らしながら、カノンは攻撃を耐え続ける敵の硬さに汗を流した。


『新しい銃出して!』


 部下へ命じてライフルを用意させ、投げ渡されたそれを受け取った側からぶっぱなす。

 それと並行して魔法のコマンドを音声入力――いわゆる「詠唱」――するのも止めない。

 事態を外部の人間に察知されたくない『レジスタンス』としては、この戦いはなるべく早期に決着したい。故に、持久戦に臨むつもりは毛頭なかった。


『もう一発! ――【蝶々のアリア】!』

 

 再び、超音波が戦場へ響き渡った。

 人間には聞き取れない高周波の音に乗せて、対象の動きを停滞させる魔力が撒き散らされていく。

【蝶々のアリア】は重ねがけすることによって効力を増す魔法だ。一度目は筋力を、二度目は魔力を奪う。

 パイモンの光の防壁が崩壊していき、隠されていたその姿が晒された。


『これで……勝ちです!』


 莫大な魔力消費から汗を滝のように流し、鼓動を荒れ狂わせるカノンは凄絶な笑みを顔に貼り付けた。

 身体の震えは勝利への歓呼。聞こえる耳鳴りは英雄への凱歌。

 命を削りながらも任務を果たした、彼女はそう確信していた。

 ――が。


「……あれは……っ!?」


【蝶々のアリア】の直撃を避けるために後退していたレイは、その光景を目にした。

 パイモンの光の防壁が崩れ去った後、そこにいたのは――二体の人型『異形』。

 その姿はパイモンによく似ているが、大きさは人間の子供ほどしかない。一方は白い髪の男の子、もう一方は黒い髪の女の子の見た目をしている。


(姿が変わった? それとも全くの別個体?)


 推測するレイが二体をロックオンした、瞬間。

 チカッ――瞬きと、閃き。

 伸ばされた光の槍が少年の【イェーガー】の胸部を穿ち、内部電源を破壊した。


「ああああああああああああああッッ――!?」


 SAMへのダメージはパイロットの痛覚にそのままフィードバックされる。

 身体に風穴を開けられた激痛に絶叫し、仰け反る少年。

 それでも彼は意識を手放す寸前に操縦桿を繰り、コックピットをSAMから射出――箱型のそれは緊急時には機体から離脱する仕組みとなっている――させた。

 

「早乙女くん!? くっ……面倒ですねッ!」


 白髪の少年型が放つ光の槍と、黒髪の少女型が唸らせる光の鞭。

 背中合わせに立つ二体の武器は円弧を描くように振るわれ、周囲の兵たちを蹴散らしていく。

 爆炎の連鎖が立て続けに起こる中、指揮官であるカノンは苛立ちを露に叫んだ。

 

(――【イスラーフィール】パイロットとして、敗れるわけにはいかないのに……!)


 二度に渡る【蝶々のアリア】や毒の侵食の影響が二体の人型に現れているとは思えない。

 一撃でSAMを大破させる攻撃に、こちらの銃撃をかわしきれるだけの俊敏さ。間違いない――カノンの攻撃は無駄骨だったのだ。

 

「……全く、弱った様子は、見られませんね。……しかし、ならば先程までの攻撃を、繰り返すまで」


 毒を込めた弾丸を装填した小銃を構え、崩れた包囲から抜け出そうとしている二体を照準する。

 追走と共に撃ち放つ弾丸。カノンに追随して部下たちも銃声を奏で、二体の『異形』に集中砲火を浴びせた。

 炸裂、そして飛散。

『異形』の血液と同じ緑色の毒液が、雨となって包囲網の「穴」へ降り注ぐ。

 じゅわああっ――と、強酸が何かを溶かすおぞましい音が上がった。


「うふふっ、これでもうちょこまかと動けないでしょう!?」


 しかし、現実は嗤う女をさらに嘲笑あざわらう。

 毒液によって溶かされていたのは、『異形』ではなく地面のアスファルト。どろどろの液状になったそこには既に、二体はいなかった。


「消えた? いいえ、まだ近くに――」


 モニターに点滅する高魔力反応を示す二点が、突如失せた。

 発していた魔力を「抑えた」のだと見破るカノンは、機体のカメラで包囲網を敷いていた兵たちの合間をくまなく探るが――小柄な影は見つからない。

 体高六メートルのSAMの群れは、子供の姿をした彼らにとって格好の隠れ蓑となった。

 彼らの姿がちらりと覗けたそばから兵たちは銃撃するものの、驚異的な速度で駆け回る二体は弾道を予測した上で完璧にそれを回避してしまう。  

 躱された銃撃はその近くにいた味方への流れ弾となり、同じ事態はすぐに各所で起こり始めていた。

 

「不味い……これではっ」


 カノンの表情には最早余裕さなど一欠片も浮かんではいなかった。

 兵たちの包囲網がかき乱され、カノンの指示も十分に通らない状況となっている。

 闇雲に動いては敵の思うツボ。だがしかし、動かなければ単なる的になってしまう。


(どうする――どうすればいい!?)


 魔力の欠乏による頭痛が思考を妨げた。

 そうこうしている間にも戦場の混乱は極まり、流れ弾を食らった兵たちの怒号が幾度も幾度もカノンの頭の中で反響する。

 

(仕方ありません、味方を切り捨ててでも――)


 数秒の逡巡の後に彼女が選び取った手段は、【蝶々のアリア】の再度の発動。

 広範囲に及ぶ音の攻撃を完全に回避する方法は、この戦場にはない。SAM兵では遮蔽物として不十分だ。ならば、動きを止められる。


「応えてください【イスラーフィール】! 私は、ここで勝たなくてはならないんです!」


 叫び、訴える。彼女が『レジスタンス』のエースパイロットとして認められてから三年、苦楽を共にしてきた相棒へ。

 その声に応えたのだろうか、【イスラーフィール】は屈しかけていた膝を立て直し、身体を軋ませながらも『コア』の詰め込まれた胸を張った。

 内部電源に切り替えて動き出し、白き女騎士は杖を正面へ構える。

 魔力の残滓を全て最後の魔法へ注ぎ込み、勝つ――ただそれだけを念じて、カノンは渇いた喉を震わせた。

 だが――どれだけ詠唱しても、魔法の完成度を示すメーターの数値は上がらない。

 どれほど機体が乗り手の願いに応えても、所詮は「装備」に過ぎない。その中身であるカノンが魔力を発せなければ、魔法は形にならないのだ。


(負けるの、私……?)

 

 彼女は漠然とそう思った。

 これではわざわざ呼びつけたレイに格好がつかない。あれだけ自分は強いのだと豪語しておきながら、このざま。それがどうしようもなく悔しくて、それでも足掻けない自分が情けなくて――カノンは独りきりのコックピットで、赤く濁った涙を流した。

 その時――彼女の耳は、背後からコックピットの出入り口を何者かが叩く音を捉えた。

 カノンは何にでも縋りたい思いでロックを解除し、その者を迎え入れる。


「……あなたは」


 モニターに反射した小柄な少女の姿に、心臓が凍りついた。

 伸ばされた手を拒もうと頭を抱え操縦席にうずくまるカノンだったが、その人物の声にはっとする。


「カノンさん――ボクが、代わります」


 操縦席ごと回転させて振り返った先にいたのは、純白のアーマメントスーツを着た金髪の美少年であった。

 早乙女・アレックス・レイ――カノンが「神輿みこし」としてしか扱っていなかった彼が、毅然とした面持ちで申し出てきていた。

 

「……こんな時、どういう顔をすれば良いのでしょう。まさか、後輩に席を譲ろうだなんて……」

「さっきみたいに勝気に笑っていてください。だって、まだ負けてないんですから」

 

 血涙を指先で拭いながら、カノンは最後の力を振り絞って自らのSAMとの接続を解除する。

 彼女に代わって操縦席に座したレイは、【イスラーフィール】が自分をスキャンし終えるのを静かに待ちつつ、カノンへ訊いた。


「『彼』は来るのですか?」

「か、『彼』? ……え、ええ。必ず」

「それなら、良かったです。――さぁ、行きますよ!」


 彼が――月居カナタが来てくれるのなら憂慮は要らないとレイは微笑む。

【イスラーフィール】との接続・シンクロを果たしたレイは、通信越しに二度聞いただけの【蝶々のアリア】の詠唱を空で唱え出した。

 歌を紡ぐために少年から魔力を根こそぎ奪おうとする【イスラーフィール】。とんでもない悪食だ、と歯を食いしばるレイは、音声入力と並行して操縦桿を握り、コンソールを叩く。


「早乙女くん――来る!」

「やっぱ、簡単に撃たせてはくれませんか!」


 モニタ上に瞬く赤い光点を指差し、カノンは警告を飛ばした。

 横へ飛び退って光の槍を回避、追い打ちをかけるように迫る光の鞭は抜き放った銃剣で受ける。

 叩き潰される得物、粉砕される左腕。痛みを直に体感するレイは呻吟(しんぎんするも、そこで倒れる彼ではなかった。

 

生憎(あいにく倒れていた間の戦闘データはありませんが、そんなの関係ありません! やることは決まっている――敵の攻撃を耐えしのぎ、魔法を撃つ! 単純明快です!」


 二度目の瞬き、肉薄する白き光槍。

 逃れようとしたルートを先回りして唸る光鞭を目にし、少年は回避を取りやめた。

 一瞬の判断のもとに槍を左肩で受け、鞭も細い胴体で食らう。

 貫かれた肩から『コア』にまで穂先が達して機体が悲鳴を上げ、もろに鞭を叩きつけられた背骨が折れる音が鈍く響く。


「ぐああああああああああああああッッ――!?」


 激痛が神経を蹂躙する。それでも身体は生きている。

 痛哭を上げる少年は、手放しそうになる意識を振り絞って最後のコマンドを機体へ打ち込んだ。

 身をもって時間は稼いだ。後は――『彼』を待つのみ。


『Ah――――――』


【イスラーフィール】が奏でる旋律。

 解き放たれし魔力が二体の足を止め、その膝を地面へ下ろさせた。

 操縦席でレイが気絶し、カノンも限界寸前で動くこともままならない中――モニターの地図上、静止した戦場の上空に、青い光点をもって高魔力反応が示される。


「青……SAMの、色」


 月を背後に舞い降りる、空を司る天使。

 風縫ソラが駆る機体が抱いているのは、一機の【イェーガー】だ。

 

「よ、呼んでるのは……あっ、あの、二人?」


 戦場を俯瞰する月居カナタは、頭の中で反響し続けている声の主の見当をつけた。

 心臓の鼓動が早まる。頭痛と吐き気が波のように押し寄せてくる。荒くなる呼吸に、意識は朦朧となる。

 自分に何かが起こっているのだと察しながらも、それに抗えない。


『行くぜ、月居カナタ! 司令の息子としての才能、今ここで見せてみろ!』


 ソラの言葉に少年は飛び出した。

 銃剣を抜いて『異形』を見下ろし、襲撃する。

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