第百二十八話 スクランブル ―Gunner in the sky―
「前方に敵出現! ワームホールから『人狼型』、『巨鬼型』、『子鬼型』、『豚人型』等、多数が隊列を組んでいます!」
福岡基地を目前にした国道を塞ぐように現れた、【異形】の軍勢。
犇めく怪物たちに対し表情一つ変えないマトヴェイ・バザロヴァ大将は、煙管を小脇に置いてモニターを見据える目を細めた。
「本格的に始まるわね。――総員、第一種戦闘配置!」
女装の麗人の号令が高らかに響き渡り、各部隊が一斉に武器を構え始める。
司令室の一同をざっと見渡したマトヴェイは紅を差した唇をひと舐めし、ざらついた声音で呟いた。
「これが月居司令の下で戦う最終戦……絶対に負けられないわよ、アンタたち」
この場にいる佐官以上の士官は皆、月居司令に認められて昇格した者だ。
変わってしまう前の彼女の姿を知る彼らはその恩に報いるべく、覚悟を刻んだ面持ちで敬礼を返す。
「【レーヴァテイン】及び【グングニル】、砲撃用意! SAM部隊は本丸の【第一級】を狩るまで温存するわ!」
「斜角の調整、一ミリもずらすつもりはありませんよ!」「両砲撃システムへの魔力チャージ、開始するであります!」
若き男性士官が勝気に笑み、その同輩である女性士官が張り切った声を上げた。
飛空艇【テュール】を中心に戦場が動き出していく。
「撃ぇ――ッ!!」
火炎と雷光が迸り、地上に蔓延る【異形】たちを一瞬にして灰燼へ変えた。
吹きすさぶ爆風に目を細め、口笛を吹くのはSAM射出機デッキで待機するシバマルである。
「ヒュウ、すげぇや! ま、それなりに魔力は持ってかれはするけど」
『新手の出現です! 飛行型多数、く、空戦型SAMも複数確認!』
「へへ、さっそく出番ってわけか」
オペレーターの通信にも笑ってのけているシバマルだが、その実、今も怖い部分がないと言えば嘘になる。
だが、どれだけ緊張に押しつぶされても、命を失うかもしれない恐怖を感じても、そこで逃げてしまっては何も始まらない。
逃げて後悔したくないなら戦え。自分より弱虫な誰かを戦場に送り出すくらいなら自分でやれ。かつて湊アオイが語った言葉を思い返し、彼は「やってやるぜ!!」と喉が張り裂けんばかりの声で発破をかけた。
『ちょっ、犬塚少尉ハウリングしてるですー!?』
「あ、すんません、ユリーカ中尉! 俺、出ます!」
『りょーかいです! カタパルト射出口解放、【ラジエル】どうぞです!』
「はい! 犬塚シバマル、【ラジエル】、飛びます!」
シバマルを除いて第一師団では最年少の女性士官、ユリーカ・クインシー中尉がカタパルトを開放し、【ラジエル】は出撃を開始した。
弾丸のごとく飛び出し、飛行機雲を引き連れて直進する銀翼のSAM。
彼のもとに【イェーガー・空戦型】部隊も続き、鶴翼の隊列を組んで正面に広がる敵と相対する。
『犬塚少尉、無茶はするなよ! バザロヴァ大将は絶対勝てというが、いざとなったら命が大事だ!』
「わかってますよ! 残された人の悲しみは、おれだって知ってますから」
鶴翼の最前に躍り出た上官にそう答え、シバマルは魔力銃を肩に担いで照準を合わせた。
「総員、掃射開始!」
「「「はっ!」」」
炎、氷、雷――様々な属性の光線が各機の大型銃より放たれ、羽音の狂騒を奏でる『飛行型』の群れを射抜いていく。
たちまち連鎖する小爆発。黒い雨のごとくバラバラになった彼らの死骸が、地上へと降り注いでいった。
だが雑魚を倒して喜べるほど、戦場は優しいものではない。
「――来るぞ、備えよ!」
飛行型の群れの合間から長射程の対物ライフルを構えている敵機を捉え、隊長は最大限の警戒を払う。
直後、撃ち出される極太な緋色の光線。
射線上の『飛行型』もろとも焼き尽くして進むレーザーに、シバマルは目をかっぴらいて叫び散らした。
「何だよこれッ!?」
「この規模は……!?」
隊長の警告もあって回避できはしたが、その光線が捉える広範囲と通過した地点に残る灼熱の残滓に一同は驚愕する。
人類側にはない魔力兵器。
身一つで戦う【異形】側が扱うはずのなかった兵器が、あまつさえ人のそれより高性能であるとは――。
「また来るぞ、避けろッ!!」
銃口が煌めいた瞬間にはもう、その光は天空を過ぎっている。
身体を翻してそれを回避したシバマルだったが、畳み掛けるように飛来した『飛行型』たちのビームに舌打ちした。
避けきれないと判断し、【防衛魔法】でその全てを弾く。
「魔力切れさえも気にしない乱射――まるで使い捨ての無人兵器だな、あれは……!」
中年の隊長は目を眇め、歯噛みする。
避けられなければ大破が確定している敵機の射撃と、後先顧みない『飛行型』の弾幕。
片方だけならばまだ対処が楽だったが、二つ合わさったために気を抜けば死にかねない地獄へと彼らは落とされた。
「隊長、雑魚はおれが吹っ飛ばします! 敵の姿があらわになったらそこにぶち込んじゃってください!」
腰から抜き放ったロングソード【白銀剣】を上段に構えたシバマルは、刀身に魔力を溜めながら要請する。
隊長は躊躇わずその案を採り、部下たちと共に『飛行型』の光線を防ぎつつ攻撃に備えた。
「ツッキー、お前みたいにやれるか分かんねぇけど、やってやるぜ!!」
剣に宿り渦巻く風の魔力が、少年の叫びに呼応するように力を増していく。
銀翼に熱魔法による加速をかけて飛び出し、彼は空中に刃の軌跡を刻み込んでいった。
白い光の筋となって縦横無尽に駆ける【ラジエル】。
その神速を捕捉できず照準も合わせられない『飛行型』たちはにわかに混乱し、次の瞬間。
「――【大旋風】!!」
巻き起こった烈風に身を引き裂かれ、絶命した。
刃が通過した座標に留まっていた風の魔力――それが少年が魔法名を告げると同時に一挙に解放され、全てを巻き込む竜巻と化したのだ。
飛行型もその中に紛れ込んでいるであろう敵機も一斉に潰す、【ラジエル】の切り札である。
「総員、敵機を捜索せよ! 奴らはこちらの戦力を知っている、慢心するなよ!」
【異形】たちの血液が混じった緑色の暴風雨を前に確かな手応えを得る【空戦型】小隊だったが、隊長の鋭い言い付けに気を引き締め直した。
肩で息をするシバマルも機体のカメラをギョロギョロと動かし、来るだろう敵を警戒する。
(【異形】に与する人……そいつらが何故奴らの側に行っちまったのか、それを対話で知ること。そうだろ、ツッキー)
シバマルには【異形】に憑かれた人間についての知識はない。カナタがその一人ではないかという話も、単なる噂として彼は片付けていた。
カナタに対してはそのスタンスで良かった。彼が人間の側で戦ってくれることは、確定的に明らかなことだったから。だが、他の『超人』に関してはそうもいかない。
「――っ、来る!」
天頂に穿たれた黒い穴。
その出現を鋭敏な魔力感覚で感じ取ったシバマルは、首を上向けてあぎとを開いた。
圧縮空気の弾丸の連射を敵へ浴びせる【ラジエル】。
対する敵機は漆黒の防壁魔法を展開し、その攻撃を全く通さない。
「くっ!?」
身体を翻し、急加速をかけて右へと飛び退く。
直後、すんでのところを下から通過していく極太の魔力光線。
一機が防ぎ、もう一機が攻める敵の連携にシバマルは汗をたらりと流した。
【ラジエル】肩部に新設された小型の砲身から『対異形ミサイル』を眼下の新手に放つも、すかさず上から銃弾の雨が降り注いでくる。
「なんだよっ、もう!」
苛立ちを吐き散らすシバマルを嘲笑うかのように一つ、また一つと黒いワームホールが空に開き、彼を包囲した。
隊長らの方もそれは同じ。ゆうに六十はあるだろう機体群が三十機の人類側SAMを取り囲み、一斉掃射で攻め立てていく。
数で劣るシバマルらは防戦を強いられ、『飛行型』殲滅後に一気に叩くという当初のプランはもはや実行できなくなっていた。
「……やばいんじゃね、この状況ッ……」
敵の超威力光線から飛び回って逃げつつ、シバマルは虚勢を張るように笑みを浮かべる。
モニター下部に表示されている残魔力量は既に半分を切っている。もう一度【大旋風】を使えば目の前の敵を倒せるかもしれないが、また新手が出たら? そもそも先ほどワームホールで回避されたことの二の舞になるだけでは? そんな弱気な思考が少年を支配した。
天を過ぎり地へ至る、超射程の極太レーザー。
シバマルがそれを回避する度に、地上の部隊へも無視できない被害が及んでいる。ただ逃げ回っていてはいたずらに被害を増やすだけ――それを分かっていても、防壁魔法を一旦解除する隙さえ与えてもらえない。
「っ……!」
獲物を着実に追い立てる超火力レーザーと通常光線の連続。【異形】たちと同じく魔力消費を顧みない彼らは、その残量が尽きたと見るや即座にワームホールで別の機体と交代している。
その交代の瞬間こそが敵に付け入る唯一の隙だ、とシバマルは見定めた。今自分を取り囲んでいる三機のうち、一機は既に三発の超火力レーザーを放っている。これまでの戦闘で四発が彼らの限界であると見極めた彼は、次にその一機が撃った直後を狙おうと決めていた。
「――よし……!」
そしてすぐにその好機は訪れた。
動きを最小限にとどめた巧みな飛行術でレーザーの一射を躱した彼は、翼のブースターで魔力を急速に燃焼させ、爆発的な推力をもって上空の敵へと肉薄する。
「その首獲った!」
ここで戦局に新しい風を吹かせる。
追い込まれた皆の士気を再び盛り立てるためにも、犬塚シバマルが【機動天使】としての一刀を切り込むのだ!
「うおああああああああああッ!!」
剣に纏う火焔の渦が【ラジエル】の顔を煌々と照らす。
敵がワームホールへと後退していく間際、その胸部に刃を突き込んだシバマル。
そこに埋め込まれた『コア』がひび割れた感触に、少年は笑みを浮かべる。
だが、次の瞬間。
「……っ、何だよ、この力――!?」
突如として強烈な引力が発生し、抗うことも許されずに【ラジエル】はワームホールへと吸い込まれてしまった。
刹那、彼の視界は漆黒に染まる。
「犬塚少尉!?」
隊長の叫びも既に少年には届いていない。彼が消えた地点を茫然と見る余裕さえもない彼らは、更なる敵の追撃への対処を強いられ続けた。




