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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第五章 再戦の篝

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第百二十一話 救出 ―Gabriel's divine protection―

 海面より飛び込んできた巨大な影に、アオイは目をあらん限りに見開いた。

 無数の気泡を纏って潜行するのは、青き体躯のSAM。

 水掻きとヒレを有する魚人型の【ガギエル】――水無瀬みなせナギが、先輩の危機に駆けつけてきてくれたのだ。


『湊先輩! いま、助けます!』


 アオイはその機体が放つ眩しさに目を細める。

 シルエットをなぞるように帯びている桃色の光。それが何なのかにわかに理解できず、青年が困惑する中――【ガギエル】は、アオイの眼前から姿を消した。


「――っ!?」


 残されたのは気泡と、尾を引くような光の筋だけ。

 その筋が続く先にアオイが視線を遣ると、そこには両断された『巨鯱型』の首があった。

 鮮やかな桃色に輝く剣を手にする【ガギエル】は、まるで空を翔けるかのごとき速度で次なる獲物を仕留めに向かう。

 腕を食いちぎられ沈みゆく二機の味方。そこへとどめを刺そうとしていた一頭の背後へ、肉薄する。


『許しはしないよ、海の化物ッ!』


 残像を写しながらの回転、そしてその勢いのままに叩き込まれる一刀。

 ――一撃必殺。

 首がへし折れて一瞬にして絶命させられた仲間の遺骸を「クリック音」で確認した残りの『巨鯱型』たちは、恐れをなしたように退散していった。


『……先輩、皆さんっ! 小田機、田原機、救援を!』


 敵を退けたナギはすぐさま味方と連携し、損傷した味方機の救出作業に入った。

【ガギエル】に引き上げられるアオイは、後輩の機体が纏う桃色の光の温度に触れ、乱れていた鼓動が落ち着いていくのを感じた。


「この、光は……」

『【ガブリエル】の……ミコトさまのお力ですよ。彼女の付与魔法が、僕に力を与えてくれました』

「そうか。感謝、しなきゃな……あの方が、僕の、恩人……」

『無理しないで、黙っていてください! 艦に上がって魔力の補給を受ければ、すぐに楽になりますから!』


 脚から魔力液エーテルが多量に流出してしまっているせいで、魔力欠乏による頭痛等の症状が出ている。

 アオイは後輩の言うことを素直に聞き、彼の救護で空母へと運ばれていった。

 他の負傷者も同じく移送され、救助時に存命だった者は事なきを得る。

 だが……海の殺し屋キラーホエールが残した爪痕は小さくはなかった。アオイのそばで行動不能に陥った飯田という兵士をはじめ、十五機のうち三分の一の機体が死亡ロスト。ただでさえ数の少ない海戦型SAMとパイロットの損失は、無視できない痛手であった。


「僕や水野らの機体は半壊……まともに運用できるのは、僕の小隊では四機だけか。すまない、ナギ……足を引っ張った」


 担架に乗せられ『メディカルルーム』へ運ばれていく間、アオイは付き添ってくれているナギを見上げて謝罪した。

 そんな彼に首を横に振り、ナギは先輩の汗ばんだ手を握ってやる。


「先輩が生きてくれているだけで十分ですよ。皆の犠牲も無駄じゃない……奴らの『クリック音』の能力が向上したことが判明した、それは確かな収穫です」


 密かに兄のように思っていたアオイにそう言って、ナギは思考を前向きに保とうとする。

 散ったものを弔うのは後だ。悔やむのは敵を倒してからでいい。

 それはかつて、アオイが戦いの中でナギを叱咤した際の言葉だった。


「僕が海を制してみせます。だから、先輩は安心しててください」


 にこりと微笑んでくる後輩に、アオイは掠れた声で「ああ」と返す。

 生意気な子供だと思っていたのに、気づいたら頼もしくなっていたナギ。もうすっかり【七天使】に相応しいパイロットになった――そう感慨深く思いながら、アオイは静かに束の間の眠りを取るのだった。



「全艦、全速前進! シャチどもの包囲が崩れた今が好機だ!」


 ミラー大将の野太い号令によって、空母【エーギル】を先頭とする艦隊が動き出した。

 速度を上げた空母は既に航行ルートの七割五分を過ぎ、このままのペースならあと二十分もかからないうちに対岸にたどり着く。


「我々が港に着けば、海戦の指揮権は【ニョルズ】の浅川大佐に移ります。しばし休めますね、大将」


【ニョルズ】とは艦隊の殿しんがりを務める、【エーギル】同様SAM発着に特化した空母である。

 副官のグローリア中佐にそう言われ、ミラー大将はふんと鼻を鳴らした。


「私を老兵と侮るなよ、中佐。到着後に陸空軍の者たちが安心して拠点で寝られるよう尽力するのは我々だ。まだまだ休めん」

「ふふ、そうでしたわね大将」


 灰髪の女性は微かに目を細め、モニター越しに望める対岸の軍港を見据える。

 向こう側から飛来する『飛行型』の数も、在庫切れなのか随分と減ってきた。このまま行けば、今日中には全軍が海峡基地で休める。


(とはいえ、まだ気を抜くには早いですね)


 グローリア中佐は気を引き締めて海の様子に目を配る。

 息子同然の青年の活躍に密かに高揚しつつ、彼女は指揮に一層の精を出していった。



「魔力消費は気にせず、どんどん撃ってくださいな! 足りない分はわたくしが補充いたします!」


 輸送艦の周囲を固める護衛艦の一つ、そのデッキ上にいる【ガブリエル】のパイロットである少女は高らかに叫ぶ。

 彼女をそこまで運んできた当人であるレイは、その支援を受けて【太陽砲】を艦上から上空の敵へとぶっぱなしていた。

 空中での敵SAMとの交戦で【太陽砲】の射出ユニットは一つ失われている。が、その欠落を埋め合わせるほどの更なる火力を、【ガブリエル】の付与魔法によって【メタトロン】は実現していた。


「凄いッ……これが、【ガブリエル】の加護!」


 桃色のオーラを纏う機体が放つ光線は、敵を文字通りき捨てる勢いだった。

 その灼熱は天を横断し、通過した座標にいた『飛行型』を一つ残らず灰塵に変える。

 空で連鎖する小爆発に兵士たちが歓喜の声を上げるなか、レイは湧き上がる全能感に酔いしれていた。


「この力があれば、さっきの敵SAMだって……!」


 ミコトの付与魔法は機体の能力のみならず、パイロットの精神状態にまで作用する。

 短時間の高揚感、全能感――ドーパミンの分泌を促進させる効能まで、その魔法は有していた。


「凄い、凄い、凄いっ……何発撃っても、全然疲れないなんて!」


 ぎらついた目で敵を睨み、光線で次々と撃墜していくレイ。

 それは最早、彼にとって遊戯でしかなかった。取るに足らない敵をただ撃ち落とすだけの、簡単なシューティングゲーム。

 さらに上空からは風縫ソラの【サハクィエル】、御門ミツヒロの【ラミエル】などの援護も加わり、一時は太陽さえも覆い尽くしていた『飛行型』の軍勢が消え去っていった。



「さっすがレイ先生だ、とんでもないのぶっぱなしやがる」


【ラジエル】を駆るシバマルは刃に付着した緑の血液を振り落としつつ、ヒュウと口笛を吹く。

 砲撃ではまさしく最強を誇る【メタトロン】の活躍に感服する彼は、周囲を見渡して敵がいないか確かめた。

 敵側のSAM――先ほどの通信でレイがそれと交戦したことが明らかになった今、最も注意すべき相手と言える存在。

 それを探すシバマルは視界の隅でホバリングしている【イェーガー・ドミニオン】に気づき、そちらへ近づいていった。

 死神の鎌デスサイズを手にするその機体は、アキトのものだ。


「なあ、どうしたんだ!?」

『…………』


 応答がない。

『飛行型』の残党が寄ってきても身じろぎすらしないアキト機を守るべく、シバマルは彼の前に躍り出て迎撃した。

 敵の大きな一つ目に剣先を突き込みながら、少年は鋭く訊ねた。


「おい、どうしたんだよアキト!? 返事しろって!」

『……っ、俺……』

「アキト! 何があったんだ!?」

『……俺、こわい……怖いよ、母さん……!』


 その震える声を聞き、シバマルは言葉を失った。

 ナツキの指示で冷然と敵を屠るあのアキトが、幼子のような声音で恐怖に屈している。

 ただ事ではない状況に何をすべきか少し逡巡し、それからシバマルは動いた。

 アキト機の手を引いて、【テュール】へと帰投しようとする。


『犬塚少尉!? 【ドミニオン】に何が……!?』

「おれにもよく分かりません! けど、なんかコイツやばいです! 戦場に置いといちゃ危ない!」

『……分かった、ではその【ドミニオン】を長塚機に引き渡せ! 【ラジエル】に持ち場を離れてもらうわけにはいかん!』


 了解ですと返し、シバマルは空軍の同輩へ【ドミニオン】を預けた。

 アキトのあの様子を気にかけつつ、少年は任務に戻る。

 が、それ以降特に異変らしいことも起こらず――それから一時間後、輸送艦隊は全艦が着港を果たした。

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