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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第一章 始動

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第十二話 鋼鉄の歌姫 ― Israfil strikes!―

 駱駝(らくだに乗って王冠を頂く、青肌で美形の人型。

『異形』とは醜悪な見た目であるものだ――その認識を覆された科学者たちは息を呑み、モニター上に姿を映したそれを凝視していた。


「未確認の『異形』……!? 映っているのはどこなの!?」


 黒髪の女科学者が部下たちへ確認を求める。間を置かずに返ってきた返答は、彼女が予想だにしない場所であった。


「きゅ、旧厚木基地です!」

「――いや、違う! これは『第二の世界(ツヴァイト・ヴェルト』内だ!」


 その訂正に科学者の女は耳を疑った。

『異形』が発電所のシステムに干渉できただけでも驚愕すべきことなのに、まさか仮想空間にまで介入してくるとは――。


「至急、『レジスタンス』及び学園に通達を! 『異形』が『第二の世界』にいるとしたら、私たちの手では排除できない!」

 

 未知との遭遇に動揺しながらも、女の判断と推測は的確だった。

 敵は『第二の世界』に侵入し、おそらくはそこから発電所を司る人工知能『エルスリー』へと接触、ウィルスをばら撒いた。その順序が逆の可能性も無論あるが、侵入の「穴」は広大なネットワークの『第二の世界』の方が多い。


「たとえウィルスを撃退したとしても、『第二の世界』にいる敵を排除しない限り再度クラッキングされるだけだわ。敵の侵入速度から鑑みるに、『エルⅢ』のファイアウォールの修正とアップデートは時間的に間に合わないでしょう」


 そう口にしつつ、彼女自身も部下たちと共にコンソールに向かっていく。

 非常電源に頼るしかない現状において、残された猶予は半日もなかった。


「やれることは全部やるわよ。SAMパイロットばかりに任せていられない――科学者は科学者の戦いをするの」



 月居カグヤは司令室の巨大モニターを睨み据えながら、側近の老軍人へと指示を出した。


「序列九番の『異形』・パイモン、か。富岡、カナタに電話を繋げて頂戴」

「かしこまりました」


 富岡がすぐさまスマホを取り出すのを横目に、最高司令は集う幹部たちへ淡々と命令を下す。


「【イスラーフィール】を『第二の世界』に投下。本部に駐留中の全【イェーガー】兵も出撃させなさい。それから、遊園地のネットワークを『第二の世界』と接続すること」


 発電所の科学者たちが慌ただしく動いているのに対し、『レジスタンス』本部司令室の面々はイレギュラーを前にしても悠然とした様子であった。

 対『異形』における異常事態など「当たり前」のもの。それに一々動じていては、とうてい最前線で戦えやしない――というのが、彼らの共通認識であった。


「了解です、カグヤ様。しかし、遊園地の仮想空間と繋げてしまったら、そちらが汚染される可能性もあるのでは?」


 緩くウェーブのかかったプラチナブロンドの髪を伸ばした若い女性が訊ねる。

 左目の泣きぼくろが特徴的な【イスラーフィール】のパイロットに、カグヤはただ微笑むだけだった。


「……必要な駒がそこにある、ということですね。もしや、ご子息でしょうか?」

「喋ってる暇があったら動きなさい」

「あ、申し訳ありません。では失礼いたします♡」


 どこか弛緩した雰囲気を漂わせる妙齢の彼女に続き、この場のパイロットたちは「VRダイブ室」へ急行していった。



 荒い息遣いで迫る少年は、低く唸りながら少女の首根っこを締め上げる。

 赤く血走る瞳に正気は見いだせない。

 カナタの突然の変貌に瞠目するマナカは、彼の腕を振りほどこうとするが――その細腕からは想像もつかない膂力が、彼女を拒んだ。

 

「カナ、タ、くん……やめ、て、カナタ、くん……!」


 少女の目から涙が零れ落ちる。

 掠れた声で静止を求めるも、少年が聞き入れる気配はなかった。

 それでもマナカは何か策はあるはずだと懸命に思考を巡らせる。

 そして辿り着いたのは――自らの服を力任せに破り捨て、その裸身を少年へ晒すことだった。


「――――」


 瞬間、少年の呼吸が止まる。露わになった双丘に、彼の瞳孔は極限まで開かれた。

 そこに映る感情は、男が女に対し抱く劣情ではなく――恐れ、だった。

 マナカが困惑すると同時に、カナタのズボンのポケットから携帯の着信音が鳴る。

 

「ちょっとごめんね、カナタくん」


 異常事態が重なる中でマナカがその電話に出られたのは、半ば奇跡のようなものだった。

 直感的に出なければ取り返しのつかないことになると悟った彼女は、少年からスマホをひったくってコールに応える。


「も、もしもし!」

『……坊っちゃん、ではないですな。お嬢さん、お名前は?』

「瀬那マナカといいます。カナタくんは今、電話に出られない状況で……!」

『それはもしや、暴走状態に陥った、とか?』


 嗄れた男性の声にマナカは一拍の間を置き、頷いた。


(この人はカナタくんに何が起こったのか知ってる。聞きたい、けど……)


 質問は事態が終息してからだ。今は、『異形』を倒すために全力を注ぐ時。


「あの、私たち今、観覧車の中なんです。停電のせいで動けなくて――でも、何か出来ることはないかって思うんです」

『分かりました。では、そちらにSAMを向かわせます。多少待たせますが、どうか坊っちゃんを落ち着かせてやってください』

「はい。頼みます」


 通話はそれで終わり、マナカは震えて浅く呼吸するカナタの側に歩み寄った。

 はだけた胸元を腕で隠して、彼女は少年へ囁きかける。


「分からないことだらけだけど……守ってあげるから。私が、あなたの側にいてあげるからね」


 出会ったその日に契約を結び、触れ合う中で恋慕するようになった相手だ。

 マナカは彼に襲われたが、逃げたり見捨てようとしたりはしない。

 肝を据えて危機と向き合え――『異形』襲来の時から生き残った父のその教えを、少女は心中で繰り返し呟いた。



 コロシアムの中央に突如現れた光のゲートに、レイは目を細めた。

 虹色に輝くその八芒星の魔法陣は、金髪の少年が初めて見るもの。

 直後、無線通信で届けられた声に彼は驚愕する。


『早乙女博士の息子さんですね? 私は『レジスタンス』大尉、【イスラーフィール】パイロットの宇多田うただカノンと申します。早速なんですが、君にはそのゲートを通って頂いて、『第二の世界』での戦闘に参加してもらいます』


「ちょっと待ってください! どういうことですか、それ……!?」


『聞いての通りです。あなたなら当然、できますよね、エリートくん?』

 

 宇多田カノンという名をレイはもちろん知っている。22歳の若さで専用機【イスラーフィール】を駆り、最前線で多くの戦果を上げている女性パイロットだ。その異形討伐数は、単機で3。単機での『異形』撃破を成し遂げているパイロットは、『レジスタンス』の歴史の中でも片手で数えられるほどしかいない。

 説明もほとんどされないままに戦えと促され、さすがのレイもうろたえる。

 だがエリートの誇りを刺激されて、彼は応じないわけにはいかなかった。


「い、いいでしょう。やってやりますよ」

『頼もしいですね。戦場では臨時的に私があなたの直属の上司になります。それを忘れないよう』


 言い含めるカノンに頷いたレイは、操縦桿をぐっと前に倒して光のゲートを潜っていく。



 仮想空間へのフルダイブを完了させた『レジスタンス』の兵たちが、続々と『異形』の出現地点へ降り立つ。

 両性具有の悪魔は、周囲に黒い装甲の狩人たちが並んでもなお平然とした様子で、敵を見つめていた。

 その視線は何かを探るように――いや、捜すかのように、SAMたちの合間を縫っていく。

 レイは広大な訓練用の敷地に【イェーガー】大隊が集う光景を目にして、自分の身体が震えるのを自覚していた。

 

(怖い? ――まさか)


 脳裏に蘇りかけた忌まわしい記憶を、頭を振って追い払う。

 彼の到着と同時にモニターに表示されたウィンドウには、プラチナブロンドの美女の柔和な笑みがあった。


『あ、早乙女くん、君は後方で待機していてくださいね』

「え? い、いや、あの『異形』と戦うんじゃないんですか……!?」

『つまらないことを聞きますね? 上の指示は絶対ですよ?』


 小さく肩を竦め、眉を下げる宇多田カノンに、レイは精一杯の仏頂面で応じた。

 呼ばれはしたが戦いには参加させられない――戦力的に足りない彼は所詮、『魔法』を体系づけた科学者・早乙女アイゾウの息子という神輿(みこしに過ぎないのだろう。先ほどのカノンの言葉も、単なる口車だった。

 そう理解してしまえば、レイに反駁ができるわけもなかった。


『さあ皆さん、今日はスペシャルゲストのお出ましですよ~! 早乙女・アレックス・レイくんです! うふふ、可愛いですねー♡』


 カノンの声に応じて、レイの横顔が全兵士のモニター上に映される。

 強ばった横顔を瞬時に屈託のない笑顔に変えたレイは、内心で屈辱を覚えつつも、「見世物」に徹して手を振ってみせた。

 

『さて、とりあえず撃ってみましょうか。どれほどの防御力を持っているのか、調べるとしましょう』 

  

 カノンの指示で最前線の兵たちが小銃を一斉に構える中、後方へ退くレイはモニター上の地図を睨み据えていた。

 敵は『異形』一体。それに対し、味方の兵は600名余り。

『第二の世界』で対生徒用に弱めに設定されている『異形』ならば、余裕で制圧できる兵力だ。しかし、あの『異形』は完全に未知の種である。投入する兵力は多すぎるくらいが丁度良い。


『最前列全小隊、撃て! 弾が切れ次第後方と交代、弾幕を絶やさないで!』


 銃口が火花を撒き散らす。火薬が弾け、鉛の雨が狩人に囲まれた『異形』へと降り注ぐ。

 ランチャーによる連撃が奏でる銃声が轟き、大地をも揺さぶる。

 そして一瞬にして、蜂の巣になった。


 ――何が?

 ――自分たちが。


『なっ――!?』

『そんな、有り得――』


 チカッ、と瞬く黄金の光。

 爆炎の向こう、うっすらと見えるのは『異形』の身体が纏う光の膜だ。

 それを視認した時には既に、兵たちの命はなかった。

『異形』に届くはずだった銃弾の尽くが、その光の防壁に阻まれ、弾き返されていたのだから。

 同心円状に跳ね返される、狩人たちが放った弾丸。

 最前列の【イェーガー】たちはその直撃に大破し、その後ろで交代に備えていた兵を巻き込んで倒れる。


『あらあら、すごいですね~! 全方位からプレゼントした一斉射撃を、全く受け付けないなんて! えーと、「パイモン」さんでしたっけ? 面白いですね、もっと見せてください♡』


 初撃で躓いたにも拘らず、敵の高性能っぷりに興奮した様子のカノン。

 弓なりに目を細める彼女は操縦桿を思いっきり前に倒し、部下たちの間をすり抜けて最後方から前線へと直行する。


『弱い相手を殺しても面白くないですからね? うふふ、さぁ、楽しく歌いましょう!』 


 鼻歌を口ずさみながら、女は光の魔力壁を展開している『パイモン』へと言った。

 彼女の専用機【イスラーフィール】は、量産機【イェーガー】と比べて細身のシルエットをしている。全体的に丸みを帯びた身体や華奢でしなやかな四肢、くびれた腰つきは女性的で、一見すればひ弱にも見受けられ、現に「近接格闘」では【イェーガー】に遠く及ばない。

 しかし【イスラーフィール】の武器は、その魔法適性の高さにある。女性の乳房を模した胸部には量産機よりもふた回り大きい『コア』が搭載されており、火力・持久力ともに最高水準を誇る。

 ボディは白、胸や肩などを防護するプレートは黒を基調とし、腕や脚の側面にワンポイントとして空色のラインが入った機体は、「白き女騎士」と形容するにふさわしい。


『皆さん、一旦距離を取りましょう! まずは私が、魔法をぶつけてみます』 


 後列から整然と移動を開始する兵たちを尻目に、カノンは呪文の詠唱を始めていった。

 銀の長杖を携えて疾駆する【イスラーフィール】は胸の『コア』を急速に発熱させ、パイロットから得た魔力を魔法へと変換していく。

 そして最前線にたどり着く直前、彼女の魔法は発動した。


『――【蝶々のアリア】』  

   

【イスラーフィール】の小振りなあぎとががばっと開き、震わせた喉から超音波が放たれる。

 身を(よじ)った女が泣き叫んでいるような音波が戦場全体へ伝播し、その場を彼女の舞台へと塗り替えていく。

 その音波に一撫でされた者は等しく、彼女の魔法の毒牙を食らう。

 後方で戦場を見守っていたレイは、後退する味方の足取りが重くなっているのを目にして、その魔法の効果が何たるかを察した。


「敵味方問わず動作を鈍らせる、広範囲魔法ですか。消費する魔力量は尋常ではないはず、それを一人でやるなんて……!?」

『ご明察です、早乙女くん。味方を巻き込んでしまうのが玉に(きず)ですが……まぁ関係ないですね。私、強いので♡』

 

 ふてぶてしく言ってのけるカノンは、兎のごとく跳躍しながら『パイモン』へと肉薄しようとする。

 重力さえも窺わせないほどの軽い機動を敵へ見せつけ、女は微笑んだ。


『ばーん♡』


【イスラーフィール】は空中に躍り上がり、紫紺の宝玉が嵌められた杖先を『異形』へ向ける。

 カノンの一声で射出された光線は『パイモン』の光の防壁と激突、小爆発を巻き起こした。

 

『もう一撃!』


 間髪入れず、二撃目。

 爆炎越しに敵を照準した彼女は、杖を左手に持ち直して空いた右手で腰の銃を抜く。

 バンッ!! と一際激しい銃声が上がり、穿たれた防壁の穴へと弾丸が叩き込まれた。

 回避は許されない。彼女の結界の中にいる限り、その悲しみの念は何者をも縛り付けて離さない。

 

『――アアアアッ!?』


 爆煙に隠れた風穴をすり抜けて、弾丸が『パイモン』の白い肌に届いた。

 それは着弾と同時に爆発し、どす黒い液体がばらまかれて『異形』の右上半身を濡らす。

 自身を襲う痺れに顔をしかめる美形の『異形』は、ぎりぎりと歯ぎしりして【イスラーフィール】を睥睨した。


『ただの銃弾では「異形」相手に効果を発揮しにくい。だから、長年考えてきたんです――『異形』に効く猛毒を生み出せれば、どれだけ良いかって。うふふ……どうですか、その毒? あなたの同胞たちの体液を色々と調合して、科学開発部が五年もかけて作った毒なんですよ』

 

 にこにこ笑って訊ねる女は、『異形』にとってまさしく悪魔であった。

 魔法と毒の重ねがけによって、『パイモン』は最早まともに動くことさえできない。

 

『さぁ、片付けちゃいましょうか』

 

 弾む口調でカノンは宣言する。【イスラーフィール】の胸部をはち切れんばかりに膨らせ、そこに魔力が貯められているのを誇示する彼女は、『パイモン』を見つめる機体の眼を爛々と輝かせた。

『異形』は光の壁を張っているが、動けない現状では【イスラーフィール】の高火力魔法にその防御を突破されるだけだろう。

 これでチェックメイトか――そう兵たちの誰もが思った、その時だった。



『……ワタシは、ここにいます』


 

 毒に侵され、苦渋の面持ちでいる『パイモン』が、開口した。

 人類の絶対的な敵である『異形』が、その喉を震わせて人と同じ言葉を使う――それは、カノンやレイ、他の全ての兵士たちにとってにわかには信じ難いことであった。


『喋ったんですか、『異形』が? あらあらあらあら……あなたには発語できるだけの知能が、自己を発信する意思があるのですね?』


 皆が絶句する中で唯一、驚きを素直に表現するカノン。

 魔法の発動を直前で取りやめた彼女は、杖を敵へ向けたまま後退する。

 

『独断ですがプラン変更です。敵は殲滅せず、生け捕りにします。言葉を操り、人と同じ顔を持つ「異形」――そのデータがほしい』


 おそらくは月居司令も同感なはずだ、とカノンは内心で呟く。

 何もかもが未知の相手。それを捕らえれば今後の『異形』戦に活かせるだろうし、月居司令の個人的な興味だって満たせるのだから。

  

『さてと……ソラくんが月居くんを連れてくるまでまだ時間がかかりそうですし、私たちで頑張りましょう。ね、早乙女くん?』

「――作戦は、カノンさん?」 


 後方にいたために【蝶々のアリア】の影響が軽微で済んだレイは、呼びかけられた瞬間にもう飛び出していた。

 疾風のごとく駆けつけてくる少年に感心しつつ、カノンは薄桃色の唇を舌先でなぞる。


『足をすくったり、腕を刈ったり、眼を潰したり……お好きにどうぞ。うふふっ、殺さなければ構いません』 

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