第百三話 力を求めて ―"To get a whereabouts."―
「あああああああああああああーーーーッッ!!」
大量の『飛行型』の合間を縫って飛び回る【ドミニオン】の閃かす、二刀の小太刀。
魔力の粒子を纏った刃は掠るだけで敵の体躯を裂き、爆砕させる。
「敵っ、全部……排除するっ……!」
少女の脳裏に浮かぶのは、目の前の【異形】たちが最愛の母へと群がり陵辱する最悪の未来。
ここで全てを倒さねば母親が危なくなるかもしれない――無垢な少女は保護者の言葉をそのまま信じ、身体の内から湧き上がる力に任せて『飛行型』どもを蹂躙していった。
硝煙をたなびかせ空を翔けるフユカを見上げ、ナツキはほくそ笑む。
(失敗作とは異なり、フユカは完全に力を自分のものにしている。本人に自覚はないようだが……それも操りやすくて都合がいい。あの鬼神のごとき強さは、『第二次プラント奪還作戦』の折にも役に立つだろう)
【機動天使】が正道を行く機体群なら、【ドミニオン】は邪道を行く機体。
それを分かっていてもなお、ナツキはカグヤの力になれるならどんな力であっても受け入れる覚悟があった。
そのために他人から詰られようとも、理解されなくとも構わない。
戦う力が、比類なき強さが手に入るなら、ヒトとしての自身を歪にするのを厭いはしない。
(あの人に認められるために――たとえ本物の息子でなくても、力さえあれば……!)
大盾で跳ね返した光線を敵へとぶつけ、一掃しながらナツキは拳を固く握り込んだ。
彼の耳にこびり付いているのは先ほどのレイの言葉。
ハルへの対処について私見を述べたナツキに対し、揺らいでいたその声は妙に記憶に残っている。
(失敗作に裂くリソースなどない。ないはずだ。私は正しいことをしている。目が曇っているのは、仲良しこよしでやろうという彼らだ)
いつも無邪気な笑顔で自分の後ろについていた、赤髪の少年。
孤児院で過ごしていた頃はアキトと合わせて弟のようだった彼が大切でないと言えば、嘘になる。
しかし、もう自分たちは子供ではないのだ。今のナツキたちはSAMに乗って戦場へと発つパイロット。生き残るために弱い仲間を切り捨てなければならない世界に、彼らはいる。
ならば――迷う理由はない。
あるのは、その迷いを刺激する存在だけだ。
「才能のあるあなたには分からないでしょう……力を得るために、誰かに心を明け渡した私たちの思いは!」
感情の昂ぶりは力の増幅を呼び起こす。
眼鏡の底の瞳が赤く染まり、魔力の影響で髪を逆立たせるナツキは、荒れ狂う感情に任せてミサイルの乱射を獲物へ浴びせた。
彼我の距離は五十メートルを切った。
甲虫のごとき翼を広げて迫る【ドミニオン】を見据え、レイは抜いた長剣を中段に構える。
剣先にまで意識を集中させる彼が思うのは、先月のある安息日、イオリと共に彼の実家である薙刀の道場を訪れた時のことだ。
剣と薙刀とでは勿論、戦い方は違ってくる。だが一つだけ決して変わらないところがあるのだと、師範であるイオリの祖父は言った。
それは、自らの得物に込める心。
固い芯がそこにあれば、それは何より強い刃となって目の前の壁さえも貫くだろう――その言葉を、レイは胸にしかと刻みつけた。
そして、その心意気を活かす時こそが、今だ。
鎖鎌を放ってから投擲前のポジションに戻るまでの時間、それさえ得られればレイの勝機はある。
逆に避けられなければレイの敗北もほぼ確定する。【メタトロンmark.Ⅱ】は飛行と砲火力に特化したぶん、耐久力は汎用機【イェーガー】よりも劣っている。
「ハルくん、ボクは君を――」
「滅殺ッ!!」
闘争心に身体を支配された少年は叫び、レイの言葉をかき消した。
殺意に満ちた鎖鎌が円弧を描き、【メタトロン】の首を刈り取らんとする。
その時――レイの脳の中で、何かが弾けた。
目の前の鎖鎌の動きが、スローモーションに見える。時間の流れが酷く緩慢になり、握った剣はこれまでにない出力の魔力を纏い、燃え盛った。
「――何っ!?」
敵の首を切り裂く手応えよりも先にハルが感じたのは、羽の付け根に差し込まれた刃の灼熱。
青い炎を宿した天使の剣が【ドミニオン】の耐魔力の特殊装甲をも溶かし、直後――
「ボクは君を、理解したい!!」
滑らせた刃が装甲の下の筋繊維、そして骨格を両断した。
「ぐあああああああああああ――――ッ!?」
迸る辛苦の絶叫と、真紅の魔力液。
翼の一つを失った【ドミニオン】はバランスを崩し、致命的な隙を晒す。
これで負けた――そうハルが確信した瞬間。
レイは剣を鞘に収め、墜ちゆく【ドミニオン】の腕へ手を伸ばした。
「ハルくん!」
腕を掴まれ、ハルはどうにか墜落を逃れた。
痛みに顔を歪め、歯を食いしばりながら赤髪の少年は声にならない問いをレイへ投げかける。
そんな彼に、レイは笑みを浮かべて答えた。
「ボクらは同じ人です。ならば……助け合うのが道理でしょう?」
だが、ハルの頭の中に潜む『彼女』はそれを否定する。
ヒトは屈服させ、利用するためだけの存在なのだと主張する。
ゆえに獣の本能をもって蹂躙し、無力感を刻みつけねばならないのだと、その者はハルに言い聞かせる。
「俺は……僕はっ、僕はねぇ……!」
脳内で反響する声に顔をしかめ、強まる頭痛と耳鳴りを堪えながら、ハルは口を開いた。
モニターの中のレイに震える手を伸ばし、指の間の膜がピンと張るほどに広げ、嗄れた声で叫ぶ。
「そういう奴が、嫌いなんだよッ!!」
目の前のレイも、頭の中の知らない女も、ナツキも、クラスの者たちも、全部が嫌いだった。
自分の在り方は自分が決める。他の誰からも押し付けられたくないし、哀れまれたくも、利用されたくもない。
来栖ハルは来栖ハルとして生きるのだ。誰が何と言おうと、それだけは譲れない。
「だから……黙りやがれ、チビ野郎!!」
破鐘のごとき声がレイの耳朶を打ち、彼の目を見開かせた。
それから彼は詫びる意を示すように目を伏せ、掴んだ【ドミニオン】の両腕の関節を極めて抵抗の手段を奪う。
ミサイルの残弾も尽き、魔力も限界ギリギリのハルに出来ることはもうない。それでももがこうとする【ドミニオン】にレイが一発頭突きをかますと、それでようやく彼は抵抗の気力を失ったようだった。
動かなくなった【ドミニオン】を両腕で抱いて、【メタトロン】は『飛行型』の追撃を振り切って飛空艇へと帰投する。
『早乙女さん!? その【ドミニオン】は!?』
「いいから開けて! ボクは彼を下ろした後、補給を済ませしだい飛び立ちます!」
困惑する管制係の少女に怒鳴るように言い、開いた艇後部の搭乗ゲートへと降り立つレイ。
【ドミニオン】を抱えて格納庫へと戻った彼は、驚愕の面持ちでいるメカニックたちからすぐに補給を受けた。
魔力タンクから機体に繋いだコードを通して、魔力の欠乏した古い魔力液と新鮮な魔力液とを交換していく。
その作業の最中、レイのメカニックとしてのパートナーである宮島タイチは彼へ事情を訊ねた。
「なあ早乙女。あいつ、大丈夫なのか? 翼が片方もげちゃってるけど……」
「パイロット自体にダメージはないはずです。翼の損傷が激しいですから、【ドミニオン】のこの戦闘中の復帰は難しいでしょうけど」
「もう、それはあたしらメカニックのセリフでしょ? 手ぇ止めてないで作業進めなさいよ、宮島!」
「わ、分かってらあ! そっちこそ【ドミニオン】直してやれよ、立川!」
所々跳ねた癖のある黒髪を雑に一つ結びにした少女、立川マユミがタイチへ促す。
兄である立川マコト中佐――『福岡プラント奪還作戦』でミツヒロ率いる第一師団で戦った青年――に似て生真面目そうな顔に少しの影を落とすマユミは、【ドミニオン】を見上げて腕組みした。
「……これ、【イェーガー・空戦型】と同じような処置でいいのかしら? いまいちよく分かんないのよね、この【ドミニオン】ってやつ」
「あー、まぁそれでいいと思うけど……」
と、メカニック二人が声を交わした、その直後だった。
SAM格納庫が外部からの衝撃を受けて、揺れたのは。
「っ、何!?」「敵の攻撃か!? だけど、『飛行型』のビームじゃここまでの衝撃は――」「状況はどうなっているの!?」
整備士たちの驚愕の声が連鎖する中、『ヘッドセット』での接続を解除して操縦席にもたれ掛かっていたレイは司令部へと通信を繋げた。
彼が口を開くのに先んじて、その着信を受けたオペレーターの少女が答える。
『あ、新たな【異形】が、「第一級」が出ました! 未確認の種です!』
「分かりました。対応は?」
『現在、【ドミニオン】アキト機、ナツキ機が応戦中! 地上からの砲撃も並行して行っていますが、ワームホールから出る【異形】も増える一方で……!』
少女の報告にレイは唇を噛んだ。
穴の向こうに攻撃を撃ち込むためにワームホールを消さずにいたレイにも、落ち度はある。その手が使えるのもこちら側が押している時だけであり、【メタトロン】が一時撤退した今、戦況は【異形】側に傾いていた。
「……宮島くん、【メタトロン】の補給はあと何分くらいかかりますか?」
「大急ぎでやっても五分はかかる。ごめん、早乙女」
「【太陽砲】を何十発も撃ったのですから仕方ありませんよ、それは。しかし、五分のロスは看過できたものではない。ならば……」
細い顎に指を添え、考えるレイはすぐに答えを出した。
コックピットの扉を開けながら、彼は司令部のユイへと呼びかける。
「ユイさん、ポジション交代です! ボクが指揮を執りますから、あなたは【ミカエル】に乗ってください!」
『刘さんなら既に格納庫に向かってます! 早乙女さん、あなたも早く!』
言うまでもなくユイはレイの思った通りに動き始めていた。
機体を降りて格納庫を出たところですれ違う二人は視線を絡め、短く互いの武運を祈る。
「頑張って、レイさん」
「ええ。艇はボクが守ります」
拳を軽く突き合わせ、二人はそれから真っ直ぐそれぞれの行くべき場所へ急いでいった。
*
基地北側より高速で接近し、圧縮空気弾の連射を【テュール】に浴びせてきたその【異形】の名は、『ハルファス』。
巨大なコウノトリの姿をした、『魔導書』に記されし序列38番の大悪魔である。
大きな翼を広げて滑空する『ハルファス』は嘴を開き、喉の奥から吐き出される空気弾を容赦なく飛空艇へぶつけていた。
「くそっ……あの高度じゃ、おれたちのロケランも当たんねえぞ!」
「落ち着け犬塚! 織部たちが何とかしてくれる!」
焦燥に駆られるシバマルにそう言うイオリだったが、反面、彼も不安を抱えてはいた。
【ドミニオン】の機動性や『反光線塗装』には彼も信頼を置いている。だが、いかんせん状況が良くない。【テュール】の砲撃もあって空中の敵は減っているものの、それでも無視できない数がまだ残っている。もちろん【ドミニオン】ならば飛行型に手間取ることもないのだが、飛空艇を守らねばならないとなると話は別だ。
大量の飛行型から【テュール】を守りながら戦うというハンデを背負った上で、出現した【第一級異形】を相手取る。それが今の【ドミニオン】三機に課せられた使命だった。
さらに問題になるのが――
「フユカ! 新たなターゲットが現れた! そちらに向かうぞ!」
「敵、皆殺しッ……!!」
ナツキの呼びかけにフユカは応じない。目の前の敵の羽を裂き、目を抉り、その命を蹂躙し尽くすことに頭が支配されてしまっている。
小さく舌打ちしたナツキは荒い息を吐きながら、アキトへ同じ命令を下す。
「力」の影響でダウナーな快感に酔っている茶髪の少年は、朧げな笑みを浮かべて頷いた。
「……ん、いいよ。あいつ、殺せばいい?」
とろんと据わった目で巨大コウノトリの【異形】、『ハルファス』を眺めるアキト。
あれを殺せば気持ちよくなれる――敵の命を刈り取るたびに性的快感を覚える彼は、更なる高まりを与えてくれそうな相手を前に舌なめずりした。
『使徒』の中で唯一理性をしっかり保って戦えているナツキは後ろに付いてきているアキトを一瞥し、そして加速した。
彼はもう『基地』上空にまで達している『ハルファス』の眼前に立ちはだかり、大盾を構えて注意を一手に引き付ける。
「『使徒』の威信にかけて――そして、私たちの存在の意味を示すために、ここでお前を討つ!!」
高らかに告げ、【ドミニオン】は光線の第一射を巨鳥の【異形】へと撃ち放った。
『ピュヤアアアアアアアアアアアアーーーーッ!!』
甲高い鳴き声が大気を震わす。耳を劈く音と同時に、広がった魔力波が虹色の波紋を描く。
「っ、あれは……!?」
ビームが『ハルファス』の体躯に触れる直前、虹の波紋――出現した魔力のベールによってそれは屈折した。
折れ曲がって斜め上の虚空へと飛んでいく光線を前に、ナツキは瞠目する。
人類側が【異形】の放つ光線等の魔法に対応するために『反光線塗装』や『プログレッシブシールド』を開発したように、【異形】側も同じ進化を遂げたのか。魔力を跳ね返す『パイモン』や『フラウロス』、無効化してしまう『ガミジン』といった【第一級異形】を顧みても、それは確定的と言っていいのかもしれない。
人類対【異形】。二十年間続いた闘争の中で両者はより魔力に適応し、敵の魔力を阻害できるよう進化を続けてきたのだ。
その進化の果てにあるのは何なのか。戦場の形はどう変わっていくのか。【異形】が言葉を得、人の戦術・戦略を得、人の心にも入り込む現在の先には、一体何が待ち受けているというのだろうか?
「私たちはまだ、答えを知らない。それでも……そんなことは、どうだっていい! 私が欲しいのは――」
――力と、居場所だけだ。
そう胸中で叫んだナツキは、胸部から伸びる格納式のもう一本の腕を出し、腰の二刀を抜き放つ。
甲虫をモチーフにしている【ドミニオン】の共通装備である、『拡張式腕部』――人体にはない構造のために、本来の腕と並行して操るのが難しい――を解禁した彼は、決然とした眼差しで敵を睥睨した。
「見ていてください、母さん!」
そして、飛び出す。




