ヒトノモノ その9 虚言
九
「何か母がつくっているはずですが」
僕は冷蔵庫を開けながら、噓をついた。母は何もつくっていなかった。
「じゃあいいや」
先生は帰ろうとした。
「待ってください」
つい口を滑らせてしまった。
「ないんでしょ」
「まあ」
そう口ごもるしかなかった。先生はスマホを眺めて、何かを確認していた。
「僕がつくりますよ」
「つくってくれるの?」
先生はスマホから目を離した。僕は適当に受け答えてしまった。何か、材料があるんだろうか。運よく、キッチンのそばにある大きな棚の中にスパゲッティがあった。
「スパゲッティでいいですか?」
「いいよ」
僕は大きな鍋に水を入れて、火をかけた。水が沸騰するまでに微妙な時間があった。先生はテーブルに座り、再びスマホを眺めていた。決して僕を見てはくれなかった。そう思いながら、先生の長い茶髪を見ていた。
沸騰した鍋にスパゲッティを入れた。3分、茹でる必要がある。
「先生、どれがいいですか?」
「ミートソースがいい」
運よく、ミートソースのパウチあった。パウチを温めた。
やっと、ミートソースが完成した。先生を向かい側にして、スパゲッティを食べた。フォークにスパゲッティをからめて、先生は上品に食べていた。思わず、見惚れてしまった。
「ありがとう」
先生は僕の目を見てくれた。
「よかったです」
「ほんと、自分で夕飯つくるのめんどうだから」
「先生は一人暮らしなんですか?」
「うん。一人暮らしは全部自分でやらないといけないから大変よ」
「先生は出身どこですか?」
「仙台、いつもよりよくしゃべるね」
そう言われて、はっとした。いちいち先生を意識せずに、話すことができた。
「そうですか」
「思っているより、元気な子なんだね」
「緊張していたかもしれないです」
「もしかして、女の子、苦手なの?」
先生はおどけるような顔をしていた。
「そういうわけじゃ」
と僕ははぐらかした。
「苦手なのかなあと思って。男子校だから」
「人によりけりじゃないですか」
初めて、先生とこんなに長い会話らしいことをした。次から次へと言葉が出そうになった。こんなに話せるようになることがあるのか。ブーブー。テーブルにある先生のスマホが鳴った。
「はーい」
先生の声が高くなった。相手の声は全く聞こえなかった。
「今すぐ帰るから。はーい」
先生は電話の後に急いで食べた。
「ありがとう。じゃあね」
先週と同じように先生は嬉しそうだった。