ヒトノモノ その8 詮索
八
どうしても先生に先週のことを聞きたいと思いながら、家で先生を待っていた。けれども、聞かない方がいいような気もした。それに、実際先生を前にした時に、僕はその話題を切り出せるのかが分からなかった。いつものように時が過ぎるのなら、まともな会話すらできないだろう。そもそも、先生は僕と業務外の会話をすることを好まないかもしれない。
こんなに玄関が開くのを待ち望んだ日はなかった。じれったい思いをした。ユラユラしているポニーテールの残像が頭にちらついて離れなかった。僕はその残像の中でうっとりとした。
「こんばんは」
「あっ」と僕は小さい声を出した。先生には聞こえないようだった。先週のようにポニーテールではなかった。長い髪は双方とも肩よりも長く、胸の位置で止まっていた。左耳は出ていたが、右耳は髪に隠れていた。先週と同じくらい美人だった。
「どうしたの?」
先生は変な顔をしていた。そのおかげで、平常に戻った。
「いえ、なんでも」
と言いつつもなんでもないわけがなかった。
階段が狭いため、二人そろって上ることはできなかった。先生は僕の後ろについてきてくれた。僕が机に座ると先生はいつものように右隣に立っていた。声を出そうとすればするほど、何も言えなかった。
先生は先週よりも嬉しそうではなかった。というよりは、いつも通りだった。暇になると、テキストを読みながら、髪の毛をいじった。それを気づかれないように見ていた。
「そろそろ解けた?」
先生は暇に耐えられなかったらしい。
「はい」
「合ってる」
先生はそれを確認しただけだった。問題に正解したのだから、何も言うことなどないのだ。
「先週、」
そこまで声が出そうになった。けれども、何も言えなかった。口がもごもごした。僕は左を向いて、ため息をついた。
「次の問題、解けそう?」
先生はため息の原因を問題の難易度のせいにした。
「大丈夫ですよ」
何も会話が進展しない。
「先週」
やっと声が出た。
「先週がどうかしたの?」
先生が返答をくれた。
「先週、先生は嬉しそうでしたよね?」
「先週?」
先生はそう聞き返した。
「ああ、外食した日か」
「どこですか?」
「イタリアン」
「誰とですか?」
会話の流れでスラっと出てしまった。出てしまった以上、どうしようもない。
「誰だと思う?」
微笑みながら、先生は質問に対して質問で返した。容易に答えを教えてくれなかった。恋人なのかと思いながら、どう返答しようかを考えた。
「友だちですか?」
「そんなもん」
はっきりと友だちだとは言わなかった。「そんなもん」とはどんなもんなのか。流石に男かどうかを聞くことは憚られた。
「ほんと、楽しい日だった」
と先生は思いを巡らすだけだった。