ヒトノモノ その7 嫉妬
七
もっと先生と一緒にいたかった。無意識のうちに枕を抱いていた。これ以上強く抱きしめると、枕が壊れそうだった。けれども、そんなことはどうでもいいことだった。そうせずにはいられなかった。
どうして、先生は仕事が終わるにつれてソワソワし始めたのだろうか。そのソワソワは、緊張と喜びが一体となっているような気がした。けれども、喜びの比重が大きいように思われた。僕に対してそんな喜びに満ちた表情を見せてくれなかった。そう思うと、胸が痛んだ。
せめて夕食くらい一緒に食べてくれてもいいのに。これといって、会話を弾ませることができるわけではないけれども、同じ時間を過ごしたかった。もしかしたら、他の誰かと一緒にいたかったのかな。僕ではない誰かと。
そのように推測すると、今日の先生がとりわけ美しく見えたのは、僕自身の主観というよりは客観的に美しかったのかもしれない。いつもより、念入りに化粧をしていたのかもしれない。つまり、先生は誰か好きな人と会う予定があるんだ。状況証拠をかき集めただけの推理であるにもかかわらず、真実のように思われた。
けれども、少しだけ冷静になろうと努めた。というよりも、先生が他の男と会っていることを想像するのが嫌だった。居酒屋でお酒を飲んでいるかもしれない。もっと、二人の仲が進展していたら、どちらかの家で仲良さげに過ごしているのかもしれない。ふつふつ湧いてくる妄想を追い払おうと必死になった。けれども、あながち妄想でもないような気がした。
学校にも家庭にも落ち着けない僕にとって、先生との時間は大切な時間だ。それを見ず知らずの男に奪われたような残念な気分になった。けれども、先生は僕といるよりも、その人といる方が楽しいはずだ。僕といるのが楽しいのだとしたら、単なる業務の対象として、僕を見ないはずだ。
僕はもう一回、枕を強く抱きしめた。そして、涙が両目から一筋だけ出てきた。そばにあるティッシュで涙をぬぐった。それでも、まだ涙が出てきた。声を上げずに涙を流した。また、ティッシュで拭いた。
枕を抱いたまま、机を眺めた。先生のポニーテールが目に浮かぶ。ユラユラ揺れていた。このユラユラに僕は誘い込まれた。けれども、それは僕のための誘惑ではない。知りもしない男のための媚態なのだ。釣りたくもない魚が疑似餌に引っかかっただけなのだ。