ヒトノモノ その58 生命
五十八
中学生のころに、僕は自分が抱いている欲望の形が少しずつ分かってきました。しかし、自分が抱いている醜い性欲というものの到達点がよく分かっていませんでした。何のためにこんな淫らな欲望が存在するのか。僕はずっとそのことについて頭を悩ませました。
僕はあらゆることを学びました。僕は生命の神秘というものが思ったよりも簡単であることを知りました。卵と精子が受精して、受精卵ができるのです。それが成長していって、胎児になるのです。
しかし、卵と精子が受精する前にどのような出来事が生じているのかが気になりました。つまり、卵と精子が出会うきっかけがよく分からなかったのです。僕はあまりにも初心で、性的な意味合いが分かっていなかったのです。
今でも忘れはしません。高校生になったとき、男と女が交わることによって、受精が為されることを知りました。要するに、性欲の到達点とは、生物学的に考えると、生殖だったのです。
中学生だったときの僕にとって、性とはタブーとされた卑しいものでした。今でも、自分が抱いている欲望を醜いと感じています。しかし、人間はこの卑しい性の結果、この地上に生を享けることを高校生になって初めて知ったのです。
この世に生まれてくることを望んでいなかった僕は、この当たり前の事実を受け止めるのに時間がかかりました。父と母が余計なことをしてしまったがために、僕は生まれてしまったのです。生きる理由や意味はこの世界には決して存在しないけれども、生まれ落ちてしまった原因はあまりにシンプルなものでした。
こうして、僕は醜い性欲を持ちながらも、この欲望を抑えて生きていかねばならないのだと悟りました。自分の欲望によって、自分と何らかの共通点がある生き物が生じるかもしれない。生まれてこなくてもいい命が生まれてしまう。僕は自分が死ぬよりも、自分のせいで何かが生まれてきてしまうことの方が恐ろしいのです。
君は僕の考えを理解できないでしょう。僕がおかしなことを言っていると思うでしょう。しかし、僕は本気でこの地上に生まれ落ちたことを悔いているのです。だからこそ、僕は自らに禁欲を課したのです。不要な命が生まれないために。
しかし、僕は弱い人間でした。次から、具体的な話をしていこうと思います。笑いたければ、笑ってください。遺書にしては面白いはずです。




