ヒトノモノ その11 相談
十一
「もう死にたいくらいです」
そう言われるのは、本田にとって初めてではなかった。何年もカウンセリングをしていると、「死にたい」と言われることは珍しいことではない。本田はその発言をまともには受け取らなかった。本当に死んでしまう人は案外、「死にたい」とは口に出さず、突然死んでしまうからである。それに、わざわざ大学のカウンセリングルームにまで訪れて、自らの内面を吐露しているのだから、クライエントである女子大生が自ら命を絶つとは思えなかった。
「どうして?」
「捨てられたの。大好きだったのに、浮気してたんです」
女子大生は涙を流していた。その涙から、本田は彼女の悲痛を読み取った。けれども、共感することはできなかった。
「なんで、男って浮気するんですか」
と彼女は男である本田に怒鳴った。本当は自分を捨てた男に対して言いたいセリフなのだろう。本田はサンドバック代わりになって、その主張に耳を傾けた。本田はただ聴くことしかできなかった。
「彼とどうしたいの?」
本田は彼女に質問した。
「わたしのところに戻ってきてほしいんです。出会ってから、ずっと楽しかったの。こんなに楽しいことってあるんだって思って。ずっと、楽しくない大学生活をしてたのに。びっくり。それで、浮気だよ。あんまりです」
未来に向けた建設的な話はできそうにないと本田は判断した。時間いっぱいまで、彼女の話を聴くしかないようだ。
「浮気の相手がわたしの友だちだったんです」
彼女はさらに涙を流した。彼の浮気だけではなく、その相手が自分の友だちだということがなおさらショックだったのだろう。
「友だちはわたしと彼が付き合っていることを知ってて、それでも手を出したの。おかしいでしょ。でも、わたしより友だちの方が可愛いし、わたしは大したことないから。わたしみたいにポチャってしていなくて、背が高くて、お姉さんっぽいキャラで」
自己評価が下がっていることもあって、彼女は自分の容姿を卑下した。本田はそんなことはないと心の中で感じた。背は低い方だと思うけれども、割と顔立ちが整っている気がした。けれども、本田はそれを口にすることはなかった。
「嫌な友だちだね」
本田はなんとか彼女の味方になろうとした。
「なんで、あんなのと友だちになったんだろうっていう感じ。美人かもしれないけど、性格がブスだから。あんないい子ちゃんフリしているだけって、女の子同士は分かるのに、男の人って、どうして分からないんですか」
本田は男としてどう答えていいのかが分からなかった。
「時間がきたので、来週もまた来てください」
こうして、カウンセリングの時間が終わった。基本的に、カウンセリングは時間が決められている。時間を決めないと永遠に愚痴が飛び交うだけだからである。彼女は言い足りない様子だったが、しぶしぶ帰ろうとした。
「僕ではなく、女性のカウンセラーもいますよ。次回は女性のカウンセラーの方がいいと思うけど」
と本田は提案した。
「本田さんがいいです。真面目にわたしの話を聴いてくれるから」
「ごめん。力になれなくて」
本田は申し訳ない気持ちになった。




