化け物退治2
深夜、時計がないから時刻は分からないが、とにかく真っ暗な時間に目が覚めた。それと同時に、おなかの虫が鳴る。
食べておけばよかった、と後悔しながらもう一眠りしようとするが、腹が減っていてなかなか寝付けない。仕方がないので黒いロングコートに身をくるむと、宿の中庭にある井戸にやってきた。昼間は暖かかったが、今はコートなしでは風邪をひいてしまうほどに寒かった。
井戸から、この前ニオから貰った水に勝るとも劣らない透明度の冷たい水を飲み干すと、空の星々を見上げた。ここが異世界なら、あの星々もまた異世界の星であり、空から指す日の光も、太陽ではないのだろう。
しかし、夜空が綺麗だ。元いた世界では見たこともないほど、空いっぱいに星々が光り輝いている。そんな夜更けの中庭に、宿の中から真っ白い髪を流したリンが、両手にパンや肉の乗った皿を持ってやってきた。
「その、おなかが減ると思い、とっておきました。クリマさんは自業自得といわれましたが、私はカイム様の奴隷なので」
そう言って差し出してきた料理は、今も熱を持っている。
「冷めたらおいしくないと思ったので、保温の魔術を掛けておきました」
リンの魔術にはいつも助けられてばかりだ。ありがたく皿を受け取っていただくと、一気に食べすぎたのか、むせてしまう。
「ゲホッ……ああ、ありがとな、リン」
いえいえ、と謙遜したリンは、同じように空を見上げて呟いた。
「主人の手となり足となるのが、私とカイム様との関係にふさわしいと、私は思います。慰め物でも、魔力を大地に流すエルフではない私なりの考えです」
リンは座っていた井戸の淵からくっ付いてくると、その白い頭を俺の肩に預けた。
「きっとアインヘルムでは、こういう風に人間とエルフが共存しているのでしょうね」
「理想郷といわれているんだ。きっとそうだろうよ」
しかし、いいものだな。元いた世界では女性に触れる機会がほとんどなかったので、こうやって二人で寄り添う事は初めてだ。もし、こんな関係が進めば、恋人にでもなるのだろうか。暖かい温もりと、夜の冷たさの中で考えるが、答えは出てこない。そうだな……
その答えは、旅の中で見つけよう。
翌朝、リンが用意してくれていた食べ物のおかげであの後ゆっくり眠れた頭は、国中に響くのではないかと感じるくらい大きな爆発音でハッキリ動き出した。
「何事だ?」
起きていた三人に聞くと、クリマが答えた。
「あの魔術は、この国に危機が迫っていることを知らせる為の爆発よ。どう転んでも、悪い事が起きる前兆ね」
クリマが身支度を整えながら言うと、クラッドとリンの体が跳ねた。
「どうした」
聞くと、二人は唇を噛み、説明してくれた。
「この国の西と東から、大量の魔獣の魔力を感じます」
なんとも厄介な問題が判明したため、クリマは急いで旅支度を整える。
「おい、まさか逃げるのか?」
「当たり前でしょ! あたしの目的はお母さんの復讐だけなの! 幸い北側にはいないようだから、そこを抜けるわよ!」
合理的な判断だ。しかし、それではこの国はどうなるのか。
「リン、この国の防備で、魔獣どもに対処できるか?」
聞くと、リンは厳しいとだけ答えた。ほら、さっさと行く! とクリマに急かされていると、クラッドがフラフラと部屋の外に出て行こうとした。当然クリマが止めたが、今のクラッドの顔には、普段とは違う何かが感じられた。
「僕は、誰も見捨てません。記憶の中の僕も、同じことを言うのです。ですから、たとえ一人でも戦います」
クラッドの言葉に呆気にとられていたクリマを余所に、もしリンとクラッドと俺が西か東かのどちらかを守ればどうにかなるかとリンに尋ねると、勝率は高いです、と答えられた。
「クリマ、旅はお前のおかげで成り立っているが、ここで逃げたら夢見が悪い。だから柄じゃねぇが、人助けってやつをやろうぜ」
クリマはしばらく両手を組んで考え込むと、ため息と共に両手を上げた。
「あたしは戦えないから、いざって時に逃げる準備をして待っているわ」
クリマの了承が得られた。クリマの中にも、情があったのだ。
「それに、新しい国と契約が結べれば、色々と得だしね」
訂正するなら、情のある商人といったところか。
宿を出ると国中は、国中は大混乱だった。クリマの様に北か南の出口から逃げ出そうとする人々は、ギチギチに詰まってしまい、思うように動けないでいた。
「国民の皆様はどうかお静かに! この事態には我々騎士があたります!」
青を基調とした甲冑を着込み、剣と盾を装備した騎士たちが人々を誘導するが、市壁がろくに出来ていない国の中でどうやって身を守れと言うんだ、といった声が所々から上がる。騎士はどうしたものかと焦っていたが、今後の事を伝えるために一人の騎士を捕まえた。
「おい、この国の防備の責任者は誰だ」
突然何を、と邪険にあしらわれるのは明白だったので、リンにフードを取ってもらい、ついでにマグナムを空に撃ちあげた。
「あなたは、まさかエルフを連れた鉄の魔術師様ですか!?」
いつのまにやら広がっていたあだ名の通りだと答えると、西の門にこの国の騎士団長がいるので、そこに向かってほしいと告げられた。
西の門は騎士で埋め尽くされ、数人魔術師も確認できる。その中から指示を出している騎士団長を見つけると、共に戦う旨を伝えると、東の門の防備に当たってくれと頼まれた。
東の門には、西の門に比べて騎士の数が少なく、とてもではないが、彼らだけでは守りきれない。それに、リンとクラッドが本気で魔術を使うのならば、邪魔ともいえた。
「こっちの門は俺たちが守る。あんた達は西の門に行ってくれ」
何様のつもりだ、と半ば逆切れしている騎士に騎士団長からの命令だと嘘をつくと、逃げるように去って行った。元々いた東の門の戦力では、死ぬのが明白だったからだろう。
「それで二人とも、俺には感知できないが、どれだけの魔獣が迫ってきているんだ?」
固唾をのんだクラッドとリンは、少なくとも百匹近い魔獣が迫ってきているという。
「よし……リンとクラッドは全力でここを守ってくれ。俺は背後に回り込んで数を減らす」
危険です! とリンが言うが、この世界に来て身についた早撃ちなら何とかなると説得し、逆にここに自分がいては二人の邪魔になると言い聞かせ、マグナムを取り出した。
遠目に、赤い瞳の狼型の魔獣が走ってくるのが見えてきた。その背後にいるのはクマ型の魔獣だろうか。
「それじゃ、魔獣退治といくぞ」
リンとクラッドの魔術で大気が震える中、大回りして魔獣たちの背後を目指す。
今も、雷や炎が東の門から上がっている。時折飛んでくる氷柱はクラッドの物だろうか。注意を存分にひきつけてくれたので魔獣の最後尾まで来ると、今まで見たこともな赤い模様の虎や角の生えたイノシシもいる。だがいかに巨大であろうとも、マグナムの威力には倒れるだろう。
「集中して打ち込めば……!」
図体が馬鹿でかい魔獣ばかりなので、脳天を狙い撃つ。頭蓋骨を砕いて脳をグチャグチャにする威力はあったようで、続けざまに急所を撃っていると、何匹かこちらを襲いに来る魔獣もいた。
「虎みたいなのが三匹と、クマみたいなのが三匹か」
即シリンダーを開いて六発装填する。丁度向かってくる魔獣の数が六匹なので、一発も外せない。
まずは頭のデカイクマ型の魔獣の脳天を撃ちぬいていく。そこそこ距離はあれど、クマや虎が相手では距離などあっという間に詰められてしまう。だから、一発一発に全神経を集中させて弾丸を放った。
「クマは片付いた。後は虎だな!」
魔獣でも恐怖するのか、マグナムで撃ちぬかれたクマ型の魔獣を見て足を止めている虎型の魔獣から片づけていった。
そんなこんなで戦っていると、こちらを襲いに来たのは二匹の虎型の魔獣だけになった。
恐怖をするなら、覚悟も決めるのか、二匹は雄たけびを上げながら突っ込んでくる。とてつもない速さに照準がぶれたが、二匹とも顔面に弾丸がめり込んで倒れた。
「なんとかなったか」
安心する自分の中に、命がけの戦いに興奮する感情がある。とはいえ、もうかなり減ったはずだ。東の門でも、雷や炎が見て取れない。この戦いは、人間の勝利だ。
と、きっと油断していたんだろう。
「ぬぅ!」
とどめを刺したと思っていた虎型の魔獣が、背後から突進してきて体勢を崩してしまう。どうにか立ち上がろうとするが、あばら骨の一本でも折れたのか、体に力が入らない。
片手でマグナムを構えるが、戦いの後の興奮で、装填するのを忘れていた。
虎型の魔獣は片目が弾丸で抉られていたが、そのままのしかかり、その牙で首元を噛みちぎろうとした時、また”あの現象”が起こった。
口を開けたままの虎型の魔獣が震え、動こうとしない。明らかに”恐怖”しているその姿は、以前にも見た。
これがなんなのか。何がどうなっているのか分からないが、あばらを抑えて立ち上がると、一発装填し、震えたまま動かない虎型の魔獣の脳天目掛けて弾丸を放った。
東の門はリンとクラッドがなんとか守りきったようで、そこら中に魔獣の死体が転がっている。
「すまない、ちょっとドジっちまった」
アバラを抑えて合流すると、すぐさまリンが治癒の魔術で骨折を治してくれた。
「これからは気を付けるよ」
危険な行動を咎めるリンにそう返すと、西の門に向かった。かなりの負傷者の数だったが、こちらもどうにか守りきれたようだ。
負傷者たちの中から、先ほどの騎士団長が片腕に包帯を巻いて歩いてくると、握手を求められた。
「今回の勝利は、君たちのおかげだ」
そんな大それたことじゃない。ただ夢見が悪くなるからやっただけだと言っても、騎士団長は手をひっこめなかった。
「こういうのは、慣れてないんだけどな」
握手をすると、歓声も上がった。こういうのには、きっと一生慣れないだろう。
その日の夜は酒宴となった。酒場は椅子と机を店の外に出すと、どんどん人が集まっていく。そんな酒場が何件も同じことをすれば大盛り上がりとなった。そして、俺とリンとクラッドが祭り上げられ、何人からも感謝の言葉を頂く。視界の隅では、クリマがムスッとした表情で酒を飲んでいた。
「そうか、アイルデンに行かれるのですか」
騎士団長が今後の旅の事の相談に乗ってくれた。因みに、騎士団長は酒の席でも節度を保つため、酒は飲まないという堅物だった。
「風の噂ですが、アイルデンは内部でゴタゴタが起きていると聞きます。お気をつけて」
そう言うと、騎士団長は酔って女に手を出そうとしている騎士をひっぱたいて、人ごみに消えて行った。実はもう一つ相談したいことがあったのだが、機を逃してしまった。
相談内容は、あの虎型の魔獣や以前にもあった狼型の魔獣が見せた恐怖しているとしか取れない事の話だった。リンも分からないというので、なんとも不気味で困っていたのだ。
「それで、救世主ご一行はあたしの復讐を忘れて戦ってたわけだけど、怪我とかしてないでしょうね」
酒宴も終わり、各々が家や宿に戻った後、俺たち三人はクリマに呆れられていた。
「まぁ命があっただけよしとするけど、これからはこんな事やめてよね」
出来たらな、と返すと、ベッドに横になった。クリマの咎める声がするが、緊張の糸が解けて、あっという間に眠ってしまった。
翌日もこの国に泊まり、物資をかき集めると、その翌日の早朝には馬車の準備が出来ていた。
「まだまだアイルデンには遠いけど、出発よ」
こうして、四人が揃った初めての国は、騒動と共に終わりを告げた。だが、旅はまだ始まったばかりだ。
息もぴったりだ。それに、カイムの”あれ”もしっかり機能している。もしかすると本当に、賽の目が良くなるかもしれない。いや、よくなってくれなくては困るのだ。
さて、そろそろボクも彼らに接触しよう。時は満ち始めている。背中を押してやって、覚えていないなら直接聞いて、とにかく刺激を与えてみよう。そうと決まれば、準備しなくては。




