集い四人2
「買ってきたわよ!」
数十分後、クリマは広場一帯の所有権を手にして戻ってきた。既に相手の魔術師は準備が済んでいるとのことだったので、シリンダーを開いて弾丸を確認する。
魔術と科学、どっちが勝つかの勝負だ。なかなか燃えてくるものがあった。
建物の建設予定地だったという広場は、障害物がなく、周りが煉瓦の建物に囲まれているので、流れ弾が誰かに当たることはないだろう。
「お前が相手か」
長身で深くフードを被った男は、何も言わずにぺこりとお辞儀をすると、周囲の空気が冷たくなるのを感じた。
「カイム様! どうやらその相手は氷の魔術を使う様です! ――そんな、これほどまでに研ぎ澄まされた魔力を人間が持っているなんて…… 気を付けてください!」
「今のアドバイスくらいは見逃してあげるわ。それだけ、力の差ってのがあるからね……やっちゃいなさい! “クラッド”!」
クラッドと呼ばれた男は、それに答えるように空中に氷柱を三本作り上げると、手をこちらに向けた。そうすると、氷柱は水平に宙を舞い、こちらを串刺しにしようと飛んでくる。
「この世界で磨いた射撃の腕を舐めるなよっ」
垂直に飛んでくる氷柱に弾丸をぶつけると、氷柱は粉々に吹き飛び、軌道のそれた弾丸が、背後のコンクリートに穴をあけた。
「ちょ、ちょっと何よそれ! ああもう、あの穴弁償しなきゃならないじゃない!」
「雇う気になったか?」
煽るように言ってやると、クリマは握り拳を作って、クラッドに向けて叫んだ。
「あの何だか分からない奴でも壊せないくらい固い氷で対抗しなさい!」
ざっくりとした指示に、分かりましたと静かに答えると、クラッドの周りに平たい氷の壁がいくつも作られ、やがて背後を含めびっしりと氷が張り巡らされた。
こちらはその隙に弾丸を装填する。革袋の中には、まだ五十発はあるだろう。
「氷なんていくらでもバラバラにしてやる。そらそら!」
新たに作られていく氷の壁と氷柱を撃ち抜きつつ、忘れずに弾を込めていく。リンから学んだ知識では、魔力には個人個人で限界があるそうだ。ならば、その限界まで破壊出来れば、こちらの勝ちだ。
「カイム様……」
「クラッド!」
女たちが、男の戦いに声援を送っている。これはこれで、悪くはない。それに、クラッドは刺し殺す気満々で氷柱を飛ばしてくるという緊張感が、平和な日本で暮らしていて眠ったままだった闘争心を掻き立てた。
「ハァ……ハァ……おい、そろそろ限界なんじゃねぇのか?」
「……答える義理は……ありま、せん」
こちらは逃げ回りながらで、クラッドは魔術を使い続けたためか、十分の戦いの中で、お互いに限界が近い事は明白だった。
もう残弾は六発しかない。しかし、クラッドも新たに厚い氷の壁を自らの前に何重にも作り上げると、膝を付いて肩で息をしていた。
恐らく、あれをぶち抜けば俺の勝ちだ。
一発、一発と 撃っていき、だんだん氷の壁を砕いていく。
「こいつで……ラストだ!」
クラッドを守る最後の氷の壁目掛けて発射すると、弾丸は氷にめり込み、ヒビが走ったが、砕けることはなかった。
「――野郎、全弾捌きやがった」
弾がない以上、こちらに戦う手段はない。しかし、氷の壁のヒビは広がっていき、やがてクラッドと共に崩れ落ちた。
「お、これは……俺の勝ちだよな」
緊張が解けて、こちらも座り込んでしまう。よく見渡せば、そこらの壁が穴だらけになっている。
「はぁ……あの壁を直すお金はあたしが出すんだけれど……まぁいいわ」
クラッドとの間に割って入ってきたクリマは、ため息を付きながら両手を組んで言った。
「採用よ。これからはあたし達と来てもらうわ」
そういえば、この戦いは採用の是非を決めるものだったなと思い出す。それほどまでに、命をかけて戦う事が楽しかった。
「荷物を持ってこの宿に来なさい。明日にはこの国を出るわよ」
場所を言うと、クラッドに肩を貸して、クリマは去っていった。その後を追うようにリンがやってくると、光り輝く魔術で傷を治してくれた。
「よかったです、その、一緒に行けて」
そうだな、と返すと、地面に横になった。リンが心配して覗き込んでくるが、単に疲れたのと、スッキリしたからの行動だった。
「少し休んだら、宿に行くぞ」
はいっ! と答えたリンは、おずおずと近寄ってくると、正座して、膝の上に頭を乗せてくれた。
「その、えと、地面は固いと思ったので……」
自分でやっておきながら、頬を染めている。
「嫌じゃ、ないでしょうか」
「こんなことをされて、嫌がる男はいないよ」
しばらく、俺とリンはそうしていた。いつの間にかリンは何か鼻歌を歌っている。まるで子守唄の様で、まだ昼間だというのに眠くなってきてしまう。
「ちょっと寝る。二、三十分もしたら起こしてくれ」
小さな声ではいと返されると、心地よく眠りの世界に落ちて行けた。
「来たわね」
荷物といってもポケットに入るものくらいしか持っていなかったので、日が暮れる前に指定された宿に着くと、二階の部屋に通された。
特にこれといって高価なものがない部屋の中では、クリマが椅子に腰かけて待っていた。その後ろでは、クラッドがベッドで寝込んでいる。
「金持ちにしては、いささか地味な宿だな」
てっきり、虎の皮でも敷いてある豪華絢爛な宿だと思っていたが、自分たちが泊まっていた宿とも大差ない。
「あたし達”商人”は、無駄なお金は払わないの。それに、ある程度の額を超えた宿なんて、ただの見栄と自己満足でしかないものよ」
なるほど、合理的だ。しかし、クリマが商人と聞いたが、どうしても違和感が拭えない。
「商人ねぇ……それにしては、金持ちすぎないか?」
部屋の片隅に鎮座している皮袋の中は、金貨でいっぱいだった。小柄とはいえ、クリマの背中を覆うような大きさの袋の中いっぱいに金貨があるのだ。疎い知識でも、あれだけあれば一生遊んで暮らせる程だと理解できる。
「どうすればこれだけ稼げるのか、ぜひとも教えてもらいたいね」
冗談のつもりでそう言うと、クリマの顔に影が差した。
「そうね、そこらへんも含めて、あんた達には説明しなきゃね」
クリマは椅子に座りなおすと、こちらにはベッドに座れと促し、指を組んで前のめりに屈み、唇を開いた。
「まずは張り紙にも書いたとおり、あんた達には、あたしの復讐に付き合ってもらうわ。まだ誰が犯人なのかも分からないけれど、大よその場所は掴んでいるから」
「誰だか分からないが、いる場所は特定している……奇妙な話だな」
話の腰を折らないで、と言われ口を閉じると、クリマは話を続けた。
「最近、アイルデン近辺で、虐殺事件が多発しているの。小さな村が焼き払われたとも聞いているわ。それと、虐殺犯はいつも、その犯行の場にメッセージを残しているのよ。『戻らなければ悲劇は続く』とかいう意味不明な一文をね。さて、これであんたの疑問の答えにはなったかしら?」
「要はその虐殺犯が、復讐の相手ってことか」
そういうこと、と答えたクリマは、部屋の隅にある金貨の袋を見ると、今までの勝気な声から一変して、憎しみと哀しみが入り混じったような暗い声を発した。
「あたしのお母さんがその虐殺で殺されたの。お母さんが率いていた商人たちも含めて、十五日前に」
思わず、リンが口を押えている。しかし、クリマは気にも留めずに袋から金貨を取り出すと、両手いっぱいに握りしめた。
「このお金は、商人の神様とも言われた、お母さんの”相続金”。お母さんはとても用心深かったから、各国に信頼できる人を住まわせる代わりに、お金を預けていたの。ここにある金貨は、ヘイズを含めた三つの国で回収してきた分よ」
なるほど、まだ二十そこらの歳にしては多すぎる金貨の謎は解けた。同時に、クリマの抱える感情も。
「話は分かった。俺たちもアイルデンの方に用があったから都合もいい。手を貸す。リンもそれでいいか?」
コクコクと頷いたリンを確認すると、クリマは元の勝気な表情に戻り、小さな封がしてある布袋を、二つ投げてよこした。
「前金よ。一応言っておくけど、それだけ持って逃げたりしたら、金貨の力を最大限に使って追い詰めるから」
金貨が詰まった布袋を片手に肝に銘じとくよ、と返すと、ベッドで寝ていたクラッドが起き上がった。寝ているときも深くフードを被っていたので分からなかったが、起き上がる際に顔がはっきり見えた。
銀色の髪をした、氷の魔術師だ。歳は、俺と、それほど……変わ、ら……
『正義を示そう』
『すまない、ここまでだ』
あ……そうだ。”そうだった”。俺は、この男を知っている。
この世界に来た時に、真っ先に流れ込んできた男の姿。銀色の髪を風になびかせ、煌びやかなマントを羽織った氷の魔術師。共に、正義を成そうと誓った友。そして、誰かに倒された姿。
こいつは、そう……
「サスーリカ?」
フードが剥がれたその顔を見て、無意識に名前が出てきた。しかし、クラッドの赤い瞳は、こちらを映しても、名を呼んでも返事がない。
「あんた、サスーリカって……アイルデンの王子様の名前よ? たしかにこいつは、あたしがお母さんの相続金を回収してる時に、偶然川辺に流されてきた身元も分からない奴だけど、流石に王子様なんてことはないわよ。それに、ねぇ?」
サスーリカ、いや、クラッドの方を見やると、両手を上げて、
「記憶喪失だから、名前も分かんなかったの。かなりボロボロで、ほっといたら死ぬだろうから助けて、治療費も払ってやったけど、氷の魔術以外はなんにも覚えてないのよ。まぁ、乗りかかった船じゃないけど、助けた以上は面倒見る事になっちゃってね……めんどくさいと思ったけど、さっき見た通りとんでもなく強いから助かってるのよ。あ、因みにクラッドっていうのは、あたしが勝手に呼んでるだけだからね」
クリマの説明は、ほとんど頭に入ってこなかった。リンは、こちらの様子がおかしい事を察したのか、体を揺すってくれた。
「あ、ああ、悪い。クラッドだったか、よろしく頼む」
「こちらこそ。先ほどの魔術には驚かされました」
お互い握手を交わすと、リンがひょこっと顔を出して頭を下げた。
「私はリン・クルーズと言います。カイム様の奴隷ですので、よろしくお願いします」
蚊帳の外にいたリンが、奴隷だと口にしたので、クリマとクラッドに奇異の目で見られる。
「色々と事情があるんだよ。あと、俺の名はカイムだ」
二人に名を告げると、クラッドの表情が曇った。
「カイム……ああ、すみません。なんでしょうか、頭の中が騒がしくて。きっと、本来あるべき記憶が何か言っているのでしょうね」
頭をポリポリと掻くクラッドは、苦笑いを浮かべている。
「さて、三人とも名前も分かったところで、今日は寝なさい。明日は朝一でこの国を出るわよ。それと、あんたたち二人の部屋は隣にあるから、そこを使って」
クリマの言葉で、この場はお開きとなった。色々と聞きたいこともあるが、記憶喪失ではどうしようもない。
いつか、記憶が戻ったら、詳しく話そう。
翌日は、まだ日も上がっていない時刻からクリマにたたき起こされた。眠気眼でクリマが買っておいてくれたパンをかじり、井戸で顔を洗う頃になって、ようやく暖かな日が差した。
「二人とも乗りなさい」
着替えて宿の前に行くと、クリマとクラッドが、二匹の馬が縄で括り付けられた馬車に乗って待っていた。御者台にはクリマが座り、手綱を握っている。
「あたしが馬を操るから、あんた達は各々の魔術で働くこと!」
三人が座ってもまだ余裕がある馬車の上には、食料や水、それと金貨袋が置いてある。これなら、今までのリンとの二人旅より気が楽だ。
「それじゃ、出発!」
ガタガタと揺れる馬車の感覚には慣れる必要がありそうだ、などと考えていたら、あっという間に検問を通り抜けて、ヘイズを出た。来たときは二人で路銀に困っていたというのに、出るときは四人で金持ちとは。つくづくこの世界は面白い。