集いし四人
ヘイズという国の真ん中に設けられた噴水の前には、人だかりが出来ていた。それもそのはず、ただでさえ珍しいエルフが、魔術を使って大道芸をしているのだから。
噴水の水が宙を舞い、円を作り、その中をまた別の水流が通り抜ける。どうにも魔術師自体がこの世界でも珍しいらしく、次々に人が増えては、あらかじめ置いておいた鉄製の鍋の中に硬貨が投げ入れられていく。
リンとの旅も、初めこそ金銭的に苦労したが、こうやって訪れる国や村で芸をしたり、魔獣退治を続けると、案外楽なものだった。
今もこうして、リンが水流を龍に見立てて観客の上を舞っている。俺はというと、人ごみから外れたところでつっ立っているだけだ。
「今日は、その、ありがとうございました!」
山の上にいた時からは考えられないほど明るくなったリンが、大きく頭を下げて大道芸を終わらせると、拍手が上がった。それだけならいいのだが、どこに行っても、エルフを欲しがる金持ちはいるのだ。
今日も金と銀で着飾った老人が、リンに主はどこかと聞いている。そしてこちらにやってきて俺の風体を見ると、鼻で笑いながらエルフを寄越せと見下すような口ぶりで言うのだ。
「金貨五百枚出そう。そのエルフを寄越せ」
なんとも、高圧的な態度だ。こちらも屈することなく睨み付けると、七百枚出すと譲歩してきた。しかし、こちらは歩み寄る気はない。
「悪いが、あいつは売り物じゃねぇんでな。いくら金を積もうが渡さねぇよ」
にべもなく突っぱねると、老人はどこからか護衛らしき屈強な男たちを呼び寄せて、力で奪いに来る。何度かこういった場面に遭遇した際に交渉で引き下がってくれないかと試してはみたのだが、金持ちとは自分こそが正しいと信じて疑わないので無駄だ。なので、こういう場合の対処方法は決まっていた。
「気を付けろ、足元に穴が開くぞ」
何の事だ? と首を傾げる老人の足の間にマグナムを撃ち込んでやると、轟音と砕け散った石畳を見て、冷や汗を流している。
「鉄だろうが岩だろうが、こいつならバラバラに出来るが……あんたの顔はどうかな」
銃口を向けて脅しをかけると、金持ちの老人はすごすごと引き下がる。
「失せろ」
わざと外して二発撃つと、銃声に怯えた老人は、取り巻きを連れて逃げて行った。
「あの、その、やはり街中でそれを使うのはやめた方がいいのでは……」
硬貨が入った鍋を回収してきたリンが俯きがちに言うが、こうでもしないと本当の殺し合いになってしまう。戦いになれば、エルフであるリンとマグナムを持つこちらが有利になるが、そんなことになればテロリスト扱いだ。
それに、ここに来るまでにマグナムを使って狩りや護衛などの仕事を引き受けているうちに、エルフを連れた『鉄の魔術師』などと呼ばれるようになっていて、マグナムをちらつかせるだけで逃げていく輩もいるほどだ。
「それで、今日はいくら稼げた?」
ベルトにぶら下げている革製の弾丸入れから三発装填しながら聞くと、リンはジャラジャラと硬貨を数えている。
「えと、銅貨四十枚と、銀貨が五……いえ、六枚ですね」
少し心もとないが、多少は貯金もある。だが、正確には貨幣の相場はよく変動するのでキッチリとした額は分からない……とリンに教わっていたので、油断は禁物だ。
この世界に来る際、流れ込んできた記憶のおかげで、KとUの信仰や大きな国の名前などは知っていたのだが、いかんせん、細かい常識が抜けていた。なので、日々リンから教わる事を頭の中に叩き込んでいるのだ。
「それじゃ、今日泊まる宿を見つけたら、酒場に繰り出すか」
「はいっ!」
元気よく答えると、リンは傍らに控えた。あくまで自分は奴隷なのだと、道行く人に伝わるように。
ベッドが二つ、晩飯はないが朝飯は出る宿を見つけると、銀貨三枚で二階に部屋を取って、ヘイズの町に繰り出した。道には石畳が敷き詰められ、家々は煉瓦と木製の物が半々といった具合に並んでいる。夕日が差し込んでくる空を見れば、ヘイズを囲んでいる見上げるほどの市壁と検問が堂々と佇んでいる。人々ももうじき夜が来るので、家に引っ込むか、俺たちと同じように酒場へ向かうかだ。
ハッキリ言って、この世界は楽しい。いや、楽しいという一言では表せない意味がある。元いた世界の日本は、他人同士の付き合いが無きに等しく、どこか冷たい世界だった。しかしここは、最低限のルールさえ守れば何でもしていいので、色々な種類の人が集まってくる。そして日本と違い、皆が別の場所から来ていると知っている者同士でも、お互いに気兼ねなく交わる。加えて、酒も料理も美味い。あのロシアンルーレットで生かされた理由は未だに分からないが、今はこの、アインヘルムへの旅を楽しもう。
リンにはエルフであることを見破られないようにフードを被ってもらい酒場に入ると、すでにでき上がった酔っ払いたちが歌を歌っている。陽気なメロディーに乗せて聴こえてくる歌は、Kの領域でよく歌われるものだった。
アインヘルムまで、まだ遠い。だから今日も、思いっきり呑んで楽しむのだ。金ならどうにでもなるのだから。
翌日、二日酔いでガンガンする頭で布製の財布を覗き込むと、銅貨が数枚しか残っていなかった。幸い、ここの宿では朝飯が出るのでしばらくはいいが、その後はパンが二、三個買える程度にしか残っていない。世界が変わっても、金遣いの荒さは変わっていないらしく、隣のベッドで気持ちよさそうに寝るリンに、どう謝ろうかと朝から気分は憂鬱だった。
金ならどうにでも、と昨日の夜までは考えていたが、やはりこのままではまずい。大道芸も、何度もやっていれば人は来なくなるし、ヘイズの周辺には魔物が現れたという情報もない。俺たちは、一夜にして一文無しに戻ってしまった。
「その、なんでしたら私が体を売って……」
「バカなことは考えるな……いや、馬鹿は俺だな」
どうにも、金があると使ってしまう。だから元の世界でも借金が減らなかったのだが、こちらの世界には銀行などはない。つまり、借金も出来ないのだ。
「えと、その、掲示板に行けば、何か仕事ありますよ!」
「仕事、か」
マグナムをぶっ放すだけなら楽でよかったのだが、それ以外の肉体労働となると面倒くさい。だからといって、リンに体を売らせるようなことはさせたくない。なにか、都合よく大金が稼げる仕事はないかと、噴水の近くの掲示板に目を通すが、ろくな仕事がない。市壁の塗装作業や鍛冶屋の運搬作業ならあるが、即日で金が貰える仕事はなかった。
さて、どうするか。そう悩んでいると、金髪の小柄な女性が、何か大きな皮袋をサンタの様に背負いながら、掲示板に一枚新たな仕事を張り付けた。あまり期待せずに見やると、報酬の額に驚いて飛びのいてしまった。
『成功報酬金貨三十枚以上。前金金貨十枚以上。道中の面倒も見る』
徐々に周りにいた人々もその額に気づき、驚いている。
「お、おい、あんた」
去っていこうとする短い金髪の女性に声をかけると、幼さの残る緑の瞳がこちらを見据える。
「本当に、これだけくれるのか?」
何を当たり前のことを、といった風に豊満な胸を張った女性は、透き渡るような声でその場にいた全員に宣言した。
「あたしの名前は”クリマ・ロール”! 働き次第では、そこに提示した以上の金貨を出すわ! “道中”の面倒もあたしが見るから、どんな貧乏人でも来なさい!」
お偉いさんの演説の様なクリマに、その場にいた皆はポカンとしている。だがすぐに、張られた仕事内容を見ると、大多数が肩を落としていた。
『北の大国アイルデン付近で起きた虐殺事件に対し、個人的な復讐のための人材を募集する。採用の是非は、クリマ・ロールお抱えの魔術師との一騎打ちにて決定する』
大抵の人は、魔術師との一騎打ち、という一文で読むことをやめていた。しかし、俺たちは違う。
三つの意味で、この仕事は自分たちにとても都合がよかったのだ。一つ目は大金が手に入る事、二つ目は道中の面倒を見てもらえるので、金の心配をしなくていい事、三つ目は、アイルデンのある方向に、アインヘルムがある事だ。
すでにその場を後にしていたクリマを追いかけた。
「おい、俺たちを雇ってもらおうか」
おおよそ、雇ってもらう側の態度ではないが、下手に出るのは癪だった。しかし、その心意気が気に入られたのか、クリマはこちらを見ると、まずはリンの被っていたフードを取るように言った。
「えと、いいでしょうか」
リンが確認を取るが、この際エルフであることはマイナス要因にはならないので、フードを取らせた。そうすると、クリマは顔を輝かせてリンの手を取った。
「あなた、やっぱりエルフだったのね! あたしも少し魔術が使えるからそうかもしれないって思っていたのよ! うん、エルフなら文句なく採用するわ」
リンの手をブンブンと振るクリマとリンは、正反対の体つきをしていた。背が高くスレンダーなリンと、小柄で豊満なクリマ。まぁそんなことはどうでもいい。仕事が見つかったのだから。
「これからよろしくな」
クリマの肩に手をやるが、すぐに跳ね除けられた。
「何勘違いしているの? あたしは、このエルフを雇うって言ったの。あんた達にどんな事情があるかなんて知らないけれど、魔力もなければ剣の一本も持ってない奴なんて雇うと思う?」
正論だった。だが、ここまで言われて引き下がるわけにはいかない。
「上等だ。張り紙にあった通り、お抱えの魔術師と戦ってやろうじゃないか」
「ふぅん……面白いじゃない。でもね、時は金成って言うの。だから、あんたが”あいつ”との一騎打ちで負けるようなことがあったら、その分の代金として、このエルフは頂いていくわよ」
「あの、私はカイム様に大恩ある身ですので、離れるわけには……」
二人の間でおどおどしていたリンには、心配ないと告げた。相手が魔術師なら、こっちはガンマンで行かせてもらうだけの事。
「勝負はそこの広場でやるわ。あいつを呼んでくるついでに、今そこの土地を国から買ってくるから待ってなさい」
そう言うと、クリマは背負っていた大きな袋を開く。中身を見れば、本当の意味で一瞬目が眩んだ。なんと中には、金貨が満杯に詰まっていたのだ。
「それ、全部金貨なのか?」
「まだあるわよ。いろんな国に”見受け取り”の分が山ほどあるんだから」
見受け取り、とはどういう事なのかと勘繰ろうとするが、クリマはさっさと背負って土地を買いに行った。
「あの、万が一負けた場合は、私は断りますので……」
「心配するな。お前だって知っているだろう、こいつの威力を」
リンを縛り付けていた鎖を粉砕した弾丸の威力を思い出したのか、頷いているが、どこか顔に心配と書いてあるように見えた。