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UNSUNG HERO  作者: 二宮シン
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二人の旅路

 リンを解放して二日目の朝が来た。始めこそスラスラ歩いていたリンも、捕えられていた年月が年月だけに足の筋肉が弱くなっているようで、ゆっくりとした旅となった。しかし、それは大した問題ではない。問題があるとすれば、俺たちには金がないということだ。

「増やせないのか」

「申し訳ありません……」

ニオが置いていった革の財布の中身は銀貨四枚と銅貨十枚であり、この世界の国への入国料とやらが銀貨二枚。そして、銅貨は十枚で銀貨となる。流石に心もとないので、弾丸を作った時の様に量産できないものかと相談したが、出来ないらしい。

「貨幣には、造幣所で特殊な魔術が掛けられてしまい、そういったことが出来ないようになっているのです」

 そうなると、入国料のいらない村を回ってアインヘルムを目指すか、と提案すれば、宿のある村などないに等しく、金を稼ぐための”依頼”が張られた掲示板も、国内にしかないという。

 つまり、残された道は銀貨四枚で近くの国へ入り、銅貨十枚が尽きる前に金を稼ぐしか方法がない。丁度、見上げる様な市壁が見えてきて、人の出入りが行われている。

「仕方がない、いくぞ」

 はい、と答えたリンと共にリースという国の中へと入国料を支払い入って行った。


 この世界に来て初めて国というものに入ったが、近代的ではないにしろ、整った足場の石畳や、煉瓦とコンクリートで作られた家屋が見られる。出店も出ているようで、日本では見たこともないような料理が売られていた。

 因みに相場は、銅貨五枚で小麦のパンが四つ買えるほどだという。宿に泊まるには、妥協してぼろい宿にしても、一人当たり銀貨三枚は必要だ。そして、手持ちで宿代が払えない以上、一日で済んで、すぐに現金がもらえる仕事を探す必要がある。

「あれが掲示板です」

 エルフであることを隠す為にフードを深々と被ったリンが指差した場所は、人で溢れていた。

「ちょいと失礼するよ」

 強引に人の合間を縫って掲示板とやらを前にすると、その名の通り、様々な依頼内容が記された紙や皮が張られており、人々が吟味している。

「この仕事は貰った!」

 と、掲示板から依頼用紙を剥がした男は、すぐにその場を後にした。

「依頼って、早い者勝ちなのか」

「場所や内容にもよりますが、基本的にはそうです」

 ならゆっくりしていられない。一枚一枚内容と報酬だけを見て回ると、即日で金が手に入る依頼を見つけた。内容は『リースから西に進んだ森にクマ型の魔獣が出現。退治した者に銀貨二十枚。希望者は商業組合まで』と書いてある。

 頭の中に流れ込んできた記憶によると、魔力を帯びたクマや狼の事を魔獣と呼ぶらしい。

「リン、この魔獣と戦えるか?」

「えと、まだ万全ではないので断言はできませんが、二、三頭なら大丈夫です」

 流石にブランクがあるようだが戦えるらしい。それに、マグナムもある。

「この依頼は頂いていく」

 魔獣退治の依頼を取ると、周囲にざわめきが広まった。

「あんた、騎士様か? それとも魔術師か?」

 初老の男性が心配そうに声をかけてきたが、そのどちらでもないと返すと、その場にいる全員が声を上げた。

「やめなって! 魔獣退治は騎士様数十人で行うのが基本なんだ!」

「どっちでもねぇなら、ただ死に行くようなもんだぜ!」

「身分不相応な仕事はやめな!」

その他、とにかくたくさんの言葉のシャワーを浴びたが、鬱陶しいのでリンを連れて依頼者の所まで走っていった。


 雑貨屋や武器屋など、まだ見たことのない国中の店を統べる商業組合とだけあって、煉瓦三階建てで、重たい扉が待ち構えていた。

 走って疲れたリンの呼吸を整えてから入ると、どんよりとした空気が漂っている。

「何のご用でしょうか」

 一人、身なりのいい若い男が歩いてくると依頼の紙を見せた。

「……失礼ですが、あなた方の職業はなんでしょう?」

 無職、と答えるのは流石に恥ずかしいので旅人ということにしたが、相手は困った表情を浮かべている。

「確認されているだけで、クマ型の魔獣が二匹と、狼型の魔獣が五匹はいます。剣も何も持たれてないお二人では、流石に……」

 このままでは断られるのは明白だったので、使いたくはなかったが奥の手を使った。

「リン、見せてやれ」

 言われるが否や、リンは頷くとフードを取り、白い髪の隙間から尖った耳を見せつけた。これには対応していた男以外にも、昼間から酒を飲んでいる商人たちがこぞって近寄ってきた。

「エルフが全力で戦えば文句はないだろ」

 人間が百人単位で捕えようとしてようやく捕まるエルフなら、魔獣ごとき物の数ではないだろう。とはいえ、今回はまだ全力は出せないので俺も戦うが。

「ぜひお願いします! 西の森が荒らされて、そちらからの物流がせき止められていまして……」

 俺たちからも頼む! と、酒を飲んでいた連中も頭を下げた。彼らはきっと、その西へ向かう商人か、西から来る商品を扱う商人なのだろう。


 その後は地図を受け取り、西の森を目指した。徒歩でも三十分も歩けばついたので、早速マグナムを取り出して残弾を確認する。

「相手が魔獣なら容赦はいらないな。存分に試し撃ちといこう」

「私もサポートします」

 互いに確認すると、森の中へ入って行った。


 都会育ちだっただけに、森というのは、なんというか神聖なイメージがあった。それも異世界ともなれば、泉から妖精が現れたり、魔獣どもが巣食う洞窟などがあるのかと少し期待して入ったのだが、木の根に足がつっかかったり、動物のフンがあったりで、あっという間に現実を知らされた。

「! カイム様、いました」

 声を抑えて屈んだリンは、茂みの奥にクマが二頭いるのを見つけた。

 なんだ、ただのクマかと一安心したら、その顔がこちらを向いた時、今の見方は捨てた。

「目が四つにサーベルタイガーみたいな牙が上下合わせて四本……それによく見たらやけにでけぇな」

 日本でクマを見たことはなかったが、立ち上がれば五メートルくらいはありそうな巨体だ。それが二頭もいる。

「勝てるのか?」

 リンに聞くと、その眼は鋭く尖っていた。まるで獲物を吟味するタカの様に。

「私の魔術であの二頭を退治すると、おそらく音につられて狼型の魔獣も現れると思います。すばしっこいので、狼型の方はその鉄の魔術で対応してください」

「お、おう」

 人が変わったようなリンに戸惑いながら、ジリジリと樹液を舐めている二頭に近づくと、草の陰でリンは目を閉じた。数瞬後、目を見開いたリンは両手をクマ型の魔獣に向けると、空がうなり、落雷が二頭のクマ型の魔獣を黒こげにした。

「たまげたな。やっぱり、お前はすげぇ」

 素直に感心していると、リンはその場に膝を付いた。

「申し訳ありません……少し魔力を使いすぎました」

 あの巨体が二頭黒こげになる魔術を使って少しとは……先が楽しみだ。

「カイム様! 狼型も来ました!」

 遠目に、真っ直ぐこちらへ走ってくる赤い瞳の狼たちを見つける。

「後は任せろ!」

 ジグザグに動くのならいざ知らず、まっすぐ向かってくるのなら、その方向に撃てばいいだけだ。

 一発、二発と二頭の狼型の魔獣の脳天を飛び散らせると、残りの三頭は木陰に隠れた。仮にも動物だというのに賢い。

「そっちか!」

 視線の端で飛び上がった狼型の魔獣を仕留めると、背後からもう一頭襲ってくる。そこに一発放つが外れてしまう。だがまだ残弾はあるので狙いを定めて撃つと、四頭目を退治した。

しかし、一瞬安心した所に、最後の一頭が草陰から走り寄ってきた。即座にマグナムを向けてトリガーを引くが、ハンマーは虚空を叩いた。

「しまった!」

 弾切れだ。マグナムは六発までしか撃てないのを、最悪のタイミングで知ることになる。狼型の魔獣は止まることなく飛び掛かってきて、リンの叫びが森の中に響いた。


あれ、死んでない。それどころか、痛みすらない。

咄嗟に瞑ってしまった目を開けると、奇妙な事に、狼型の魔獣が”震えている”。あと少しで脳天を食いちぎれたものを、こいつは固まってしまっているのだ。

“恐怖”している? いやまさか、魔獣とはいえ狼が丸腰の人間を恐れるなど、あるはずがない。だが、現に狼型の魔獣は固まったまま動かない。なので、冷静にシカの皮で作った腰にぶら下げている弾丸入れから一発取り出すと、薬莢を取り除いて装填し、固まったままの狼型の魔獣の頭めがけて弾丸を放った。


「カイム様!」

 ヨタヨタと歩み寄ってきたリンが、返り血で真っ赤な俺を抱きしめた。

「ご無事で何よりです」

 リンははしゃいでいるが、こちらとしては今の現象が気になってしょうがない。

「なぁ、リン。今、何かしらの魔術を使ったのか?」

 その問いに、リンは首を振った。リン自身も、今の狼型の魔獣の挙動に違和感があったようで、返り血を洗い流すための水を発生させる簡単な魔術を使いながらも考えているようだった。

「まぁ、命あっての物種だ。奇跡ってことにしておこう」

 その後はリースに戻ると、確認のため何人かの商人が馬で向かって帰ってくると、報酬が支払われた。狼型も倒したとあって、銀貨二十枚の所を三十枚に増額してくれた。


 その夜、銀貨五枚で泊まれるベッド二つ付きの宿をとると、酒場とやらに繰り出した。日本では借金のせいで酒なんぞほとんど飲んだことがなかったので、とりあえず一番弱い酒を頼む。そして飲んでいる内に楽しくなってきて、リンも久しぶりの酒やまともな食い物に浸っていたので、稼いだ銀貨三十枚中、宿代合わせて十五枚も払ってしまった。

 しかし、別にいいだろう。元いた世界では散々な生活だったのだ。どういうわけか生きて、楽しい世界に来れたのだから、今を楽しもう。


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