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UNSUNG HERO  作者: 二宮シン
20/21

神を穿つ弾丸

『一週間後』

 最初の謁見の後、カイムとリンが指名手配されていると聞いて、耳を疑った。確証はあるのかと問い詰めれば、カイムの魔術で死んだ騎士たちの亡骸を見せられた。だからといって、私とクリマには罪を着せるのかと思いきや、翌日も、その翌日も謁見の場でカイム達の無罪や、宗教間での争いを止めようと話し合いが続いたが、どうにもこの王には話が通じない。

 今日もまた、あの王と謁見の場で話し合いが行われるというので、王が用意してくれた宿から向かうが、正直問題が解決する糸口が見えない。

「ほらほら! 王様なんだから落ち込まないの!」

「そうは言いましてもね……」

「カイム達の保釈金ならあたしが払うから、あんたはあのデブと話しつけてきなさい」

 この状況で一人じゃなくてよかった。こうして喝を入れてくれなかったら、私の心は折れていたかもしれない。

「ありがとう」

 小さな声でお礼を伝えた。案の定、え? なに? とクリマは言うが、もう王城につくから、追及は出来ない。


 王城に入ると、いつもはそのまま謁見の場に直行するのだが、今日は違った。なぜか地下室へ連れて行かれ、薄暗い部屋には椅子が三つとテーブルがある。

「やはり、ここは暗い」

 向かいから降りてきた男がそう言うと、部屋は蝋燭の明かりで照らされた。そして目の前の男は、ニオにそっくりだった。

「サスーリカ王には、僕とニオの違いに関しての説明は省かせていただきます」

 中性的な声の主は”ノイ・ヌーフ”と名乗り、椅子に腰かけるように促してきた。

「コーヒーと紅茶でしたら、どちらがいいかな」

 そんな呑気な事を、と言おうとした時、クリマが紅茶と答えた。

「サスーリカ王はどうします?」

「……同じので構いません。それよりも、ここはいったいなんですか? 私は国王に話があるのですが」

「ああ、あのデブですか。実は彼は傀儡でしてね。ソワサントの実権を握っているのはこの僕です」

 つまり、これまでの話し合いは無駄だったという事になる。

「あなたは……!」

 怒りが溢れそうになるが、ノイは微笑む。

「そう怒らないでください。僕にも”準備”があったので」

そう言いながら紅茶がティーカップに注がれ、目の前に置かれる。

「毒の類が怖いのでしたら、僕が最初に二つとも飲みますが」

 いくらなんでも、Kの領域を統べる王を殺しはしないだろう。そんなことをすれば戦争だ。ひとまず一口飲むと、ノイにまず何から問うたらいいか迷った後に、カイムとリンの事を聞いた。

「ああ、あの二人でしたら、せっかく新世界に行けるというのに、僕の元から逃げて行きましたよ」

 国王に聞いても何も分からなかった新世界の意味を、ノイは知っている。そう確信すると、身を乗り出した。

「私はここまで何度も何度も新世界について考えてきました。それでも、結局答えは出なかった。教えてください、新世界とはなんなのですか」

 ノイは紅茶を一口飲むと、二枚の紙きれを私とクリマに渡してきた。

「それが新世界に行くための乗船券です。それを持って願えば、どこに居ても箱舟に乗ることが出来ます」

 箱舟だと? いったい何のことだ?

「説明するよりも見ていただいた方がよろしいでしょう。ついてきてください」

 一方的に話を進めるノイの後に続いて螺旋階段を下りると、乗船券の意味が分かった。

「私たちを、あれに乗せるいうのですか」

 もちろんです。とノイは答えたが、理由が分からない。あんな船に乗って、それも地下で、何をするというのか。

「あの船の意味を知りたいのであれば、こちらをご覧ください」

 そう言ってノイがどこからか取り出した分厚い本は、教会においてあるが誰にも読めない文字で書かれた聖典だった。

「僕が誰にでも読めるように書き直しました。どうぞご覧下さい」

 これを読めば新世界とはなんなのか分かるのだろうか? 少なくとも、ノイが考えていることのヒントは分かるだろう。

「これは……」

 初めに記されていた世界創生の物語の後、初めて生まれた人間の子供同士の殺し合いの話に出てくるカインとアベルとは、恐らくカイムとユベルの先祖の事だろう。つまり、これに記載されている事は真実と言うことになる。現に、ユベルはアベルの血を引いているとも言っていた。

 そして、その次の物語を読み終わった時、箱舟と新世界の意味が一気に分かった。

「この乗船券を持った者のみを箱舟に乗せ、世界を水に沈め、新たな大地に一つの……Uの宗教を広めることが目的ですか?」

思わず声を荒げてしまう。しかしノイは鼻で笑うと、突然地響きが起きた。

「もう、あと数分もすれば、王城の横にある古い城門から水がとめどなく流れ始めるのさ。それと同時に、カイムのせいで少し魔力が足らないけれど、箱舟は地下から飛び上がり、空へと飛んでいく」

 ノイは全てを知っていたのだ。だから大洪水が起こる今日まで顔を合わせることは避け、もう止められなくなった今日という日に、私たちに全てを打ち明けた。

「なぜそのことを早く言わなかったのですか! 皆で話し合えば、防げたかもしれないというのに!」

 胸倉を掴んで問い詰めても、ノイは笑ったままだった。

「残念だったねサスーリカ王。新世界ではUが……いや、僕が神として人を導かせてもらうよ」

 そうこうしている間にも、地響きは大きくなっていき、頭上から圧倒的な魔力を感じる。

「ちょっと、これ本当にやばいんじゃないの?」

 クリマは背負っている金貨袋を落としそうになるほど狼狽している。もはや、この事態は金貨で解決できる範疇を遥かに超えていた。

「クリマさん、あなたは生きてください。幸い乗船券を持っている。あなただけでも生き残ってください!」

「あなただけでもって、もしかしてあんたは乗らないの?」

「……はい」

 何を考えているんだと罵倒されても、私にはやることがある。アイルデンの王として、Kの領域を統べる者として、人間として、最後まで抗う。それがクリマさんに救ってもらった命の使い道だ。

「さぁ行ってください!」

 もう時間がない事は明白だったので、振り返らず走り、地下室を超えて城外に出ると、古い城門が見て取れた。すでに城門の中の空間は歪んでおり、その先から魔力を感じる。しかし、世界を飲み込むほどの大洪水がここから始まるのなら、ここさえ封じてしまえば何とかなるはずだ。城門の中で歪んでいた空間の先から潮のにおいがした時、全神経を集中させた。

「父上、どうか私に力を貸してください」

 生まれてこれまで培ってきた魔術の全てで、大洪水を防ぐ。覚悟はもう決まった。後は、奇跡を起こすまでだ!


 一瞬歪みが膨張すると、弾けるように激流が流れだした。私は、両手をかざして流れ出てきた水を凍らせる。一滴も通さない気迫で魔術を使い続けた。だが、いくら凍らせても、その奥から押し出す様に激流が流れてくる。それも含めて凍らせるが、量が多すぎる。

「あきらめ、ませんよ……!」

 犠牲を払って手に入れた平和なアイルデンのため、この地に生きる全ての命のため、たとえこの身が砕けても、私は抗う。


 どれだけ、私は氷の魔術を使い続けたろうか。氷塊は激流に押されて列を成し、もう何歩も後ずさった。それでも止まる気配がない。意識が遠くなる。どこかで、スティーリアの笑い声が聞こえた気がする。無理もない、この激流をもろに受ければ、私は死ぬのだから。

「一度で、いいんです……たった一度だけ奇跡が起こってくれれば、それでいいんです……誰か……」

 ついに立っていられなくなり、片膝を付いて、片手を掲げ続ける。だが、もう限界だ。

そんな時、見知った背中が颯爽と現れ、目の前に立った。

「よく時間を稼いでくれた。後は任せろ」

「カイ、ム……」

 何をする気かは分からない。なぜいるのかもわからない。それでも、私はカイムに奇跡を願った。

「後は、任せました……」


 サスーリカが時間を稼いでくれたおかげで、ノアの差し向けた騎士たちの大群を突破し、こうして氷塊の前に立つことが出来た。きっと、あと数秒もすれば奥から流れる激流に押されて、世界は沈む。だが、手がないわけではない。

「この時代に来る前のギャンブルの続きをしようじゃねぇか!」

 叫ぶと、両手を広げた。魔術も知らない。マグナムでもどうしようもない。リンの魔術でも不可能であろうこの事態に対し、俺は両手を広げる事しかやることはない。

「さぁ! 世界よ! 神よ! 俺を殺してみせろ!」

 Uが与えた先祖からの呪い。だがこれも神の力であることに変わりはない。要するに、大洪水に掛けた力と、カインに与えた呪いの力のどちらが強いかという賭けだ。

「さぁ、コールだ!」

 叫んだ。心の底から。すると、氷塊の奥から流れ出ようとしていた激流の音が静かになっていく。目の前の氷塊も、蒸発していっている。世界そのものが恐怖しているのだ。それほどまでに、Uはカインの事が憎かったのだろう。

 そうして、残されたのは、俺とサスーリカだけだった。


「勝った……!」

 しかし、これですべて終わりではない。神話に終止符を打つための戦いは、これから始まる。その開始のゴングの様に、王城を破壊しながら瓦礫と共に箱舟が飛び立つと、人影が一つ落ちてくる。土煙と共に現れたのは、案の定ノアだった。

「神に捨てられ、呪われ、死ぬはずだった貴様が、新世界創生を邪魔するか!」

「余裕の仮面が剥がれたぜ、ノアさんよ」

「黙れ! 貴様は勝った気でいるが、それが間違いだと教えてやる!」

 ノアを光が包むと、今まで感じたことのない威圧感に襲われる。地響きが起こり、建物は崩れ、立っているのも難しくなった頃、ノアは片手をかざして俺の体の自由を奪った。喋る事すらノアは封じて、俺の体を空に上げていった。

「私には神が宿っている事を忘れたのかな? たとえ殺せずとも、神の力で別の時間に貴様を送れば、大洪水は再開する!」

「それはどうかな」

「なっ!」

 ノアは、喋れなくしたはずの俺が口を開いたことに驚いたのだろう。そうとも、相手が神なら、こちらも神と共に戦えばいいだけの事だ。

 体の自由が元に戻ると、地上に降り立つと、その横にニオが現れた。

「もうやめないか、創造神。たしかにこの世界を創ったのはあなただが、世界を世界たらしめたのは人間なのだからさ」

「知った様な口を……僕というこの世界に干渉するための存在を持たず、無理やり仮想生命を生み出して散々邪魔してきた貴様も、ここで終わる!」

 ノアは周囲の光そのものを鞭の様に操り、ニオと俺を捕えようとしてくる。

「あがけあがけ、君たちに出来る事なんて、精々その程度なんだよ」

 たしかに、その通りだ。しかし、一週間前にニオから聞いたノアの弱点……体を覆っている神の力を超える攻撃を撃ち込めば、ノアは普通の人間と同じようにダメージを受ける。しかし、その力を超えるのが問題だったが、下準備はしっかりしておいた。

「カイム様! 出来ました!」

 隠れていたリンが、一発の弾丸を手のひらに転がせている。

「それを、待っていた!」

 駆け寄ってリンからそれを受け取ると、シリンダーに込めた。これは、この一週間、リンが魔力を注ぎ続けた特別性の弾丸だ。

「ボクも忘れずにね!」

 そして、ニオに宿る神の力をその一発に宿した。科学と魔術。人間とエルフと神。その全てを込めた一発を、光の鞭を振り回し続けるノアに向ける。

「弾は一発で、十分だ」

 トリガーを引いて、ハンマーが特別性の弾丸を強打すると、あまりの衝撃にマグナムがバラバラになりながら、弾丸がノア目掛けて発射された。


「あ……」

 

所詮銃撃戦など一瞬で決着がつくものだ。弾丸は間違いなくノアを守る神の力を超えて、心臓を撃ちぬいた。ユラユラとノアの体が揺れた後、血しぶきと共にノアは倒れた。

「人間の勝ちだ」

 ノアを失ったからか、箱舟が落ち始めた。城内にいたクリマが、倒れているサスーリカを揺すっている。そして俺の元には、リンが駆け寄って来て、互いに抱きしめあった。

 ようやくこの時代に来た意味の全てを果たせた。気が付けば、ニオも姿を消している。とにかく、俺たちはこの世界を守れた。ただ、それだけの事だった。

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