最後の旅支度
その後は、俺やクリマの出番はなかった。壊れたステンドグラスの修理や、新王派を代表とするスティーリアの死の発表などで、サスーリカとフリージアはてんてこ舞いだったが。
とにかく、記憶の戦いは終わった。しかし、俺にはまだ行かなければならない所がある。
「残弾は、五十三発か」
また戦いになってもどうにかなるか怪しい残弾だが、それでも行くしかない。ソワサントへ。
「はい、これ」
と、今後の事を考えていると、横に座っていたクリマが袋を渡してきた。
「成功報酬よ。これで、あんたとの仲はお終いってことね」
ああそうか、記憶やら宿命やらと、色々あったせいで忘れていたが、クリマの復讐も叶ったのだ。
「軽口を叩ける相手がいなくなるのはさみしくなるな」
だが、またしてもクリマは「は?」と聞き返した。
「サスーリカとあんたには渡したけど、もう一人いるじゃない。報酬を払う相手が。雇った以上は支払うまで、地の果てまでも追いかけるわよ」
「まさかお前、ソワサントまでついてくる気か?」
当然、と答えたクリマは、立ち上がって体を伸ばすと、二、三日はここで休んだ方がいいと提案してきた。
「馬車の旅の疲れと、ここ数日の神経使った日々の疲れ。両方癒したら、あたしが馬車を出すわ」
また馬車での旅が始まる。目的は単純に、リンを取り戻すだけだ。
「それなら、私も同行しなくては」
人ごみの中から突然サスーリカが現れると、そう口にした。
「いいのか? この国の事とか、やることはたくさんあるんだろう?」
「確かに、やるべきことは山積みです。しかし、リンを救い出すまでは、フリージアに任せようと思います……それに、気になる事もありますからね」
ソワサント、選別、新世界。まだまだ解決しなくてはならない問題は、こちらにも山ほどある。
「しかし、ソワサントとアイルデンは、代表国同士ということでそこまで遠くありません。馬車で二、三日ほどです。ですのでゆっくり休んでからでいいでしょう」
ならば休むとしよう。なにせ、これから先は記憶にはない、全く新しい旅になるのだから
その日の夜はエルフや旧王派が王城に招かれて、この時代に来てから見たこともない料理が長机に並んでいた。
「参考までに聞きたいんだが、これだけの料理を普通の店で頼んだら、どれくらいかかる?」
「まず、料理自体が出てこないでしょうね。貴族たちが通うような店でも、金貨二十枚か、それ以上か……」
それほど高価な物を食えるというのだから、興奮してきた。
「みなさんの活躍で、私はここに戻ってこれました。おかわりはいくらでもありますので、遠慮なく食べてください」
「これは海老か。それに、牛肉に豚肉、最高にうまい酒……生きててよかった」
その晩は飲んで騒いで、王城の中の灯りは夜遅くまで消えなかった。
食べ終わった後、皆はベッドに案内されたが、俺はガラスで作られた窓のある城の最上階で、遠くを見ていた。クリマに茶々を入れられてからずっと考えてきた、リンへの想い。それは果たして、本当に主従の物なのだろうか。
目を閉じれば、リンの笑顔が浮かぶ。この気持ちにケリをつける為にも、取り戻さなくてはならない。
「となり、いいかな」
酒の入ったジョッキを持ったサスーリカが、そこにはいた。ジョッキを受け取ると、また遠くを見た。
「――私は王子だ。そして、この国は今も大混乱だ。だから、早々にリンを取り戻したいと思う」
だったら残れよ、とサスーリカを見やると、難しい顔で口を開いた。
「カイムも聞いただろう? 新世界という言葉を」
そういえばユベルがそんなことを言っていたと思い返す。
「私はカルチエの王城でも、新世界と記された物を見た。それによると、KとUの信仰はなくなり、一つの宗教が支配する世界が出来るらしい。その方法や、具体的に何をするのかは分からないですけどね
」
新世界か……元の時代なら、胡散臭い宗教の話だと切って捨てられたが、この時代で、元の時代の常識は通用しない。
「なので私は、リンを連れ戻す事と別に、新世界について調べてみるつもりです。ですが、Kの領域の代表国とはいえ、いきなり乗り込むわけにはいきません」
ならばどうする? と聞くと、サスーリカは酒を飲んで答えた。
「この世界にも、この国にも、二つの宗教の争いを嫌う者が大勢います。おそらくソワサントにもいるでしょうから、私を筆頭にした話し合いの場を設けてもらうように、先ほど伝書鳩を飛ばしました。そして、あっという間に帰って来ましたよ」
内容は、受領されたとだけ書かれていた。
「後は、いつ行くかだな」
「今回は武力衝突はないでしょうから、ここまでの旅の三人で行くとして、天気のいい日にでも……」
「もう、あまり時間はないよ」
背後に突然ニオが現れた。もう慣れたもので、振り返ると、その金色の瞳を覗き込んだ。
「ソワサントでは、とある計画が進行している。急がなければ新世界が誕生して、多くの人が死ぬ」
「死ぬ、とは……単純に新世界という国が出来るわけではなく、もっと大きな括りで作られた何かが作られるということですか?」
サスーリカの問いに、ニオは答えなかった。しかし、カイムとサスーリカがいれば、新世界誕生を防げるかもしれないと、ニオは静かに口にした。
「今更お前に全て話せと言っても無駄だろうから、答えそうなことを聞くが、俺たちに残された時間はどれくらいだ?」
「長く見積もっても一週間だね」
そうなると、悠長に休んでなどいられない。サスーリカは召使を呼ぶと、クリマの馬車に食料や水を積むように告げて、ニオに振り返った。
「新世界が作られなければ、人は死なないということでいいんですか?」
「ああ。後は君たち次第さ」
そう言い残すと、ニオは姿を消した。
「それでは、戻り次第取引の続きの方をお願いします」
出発を前にして、クリマが珍しく敬語で会話している。相手は、アイルデンの商人だろうか。
「何を話してたんだ?」
聞くと、クリマはにっこり笑って、
「アイルデンと懇意な契約を結ぶことになったのよ。元々外交に疎い国だったから中々近づけなかったけど、今回の騒動のおかげで話はうまくいったわ!」
相変わらずの商人根性にため息を漏らしつつ、復讐を果たしても変わらないクリマを見て、頑張れよ、とだけ伝えた。
「フリージア、少しの間だけ、国の事を頼むよ」
「任せてください! お兄様も、お気をつけて」
氷の兄弟も話し終えたところで、クリマは御者台に飛び乗った。
「あんまり時間がないらしいから、この国一番の馬を二頭借りたわ! 二日もすればソワサントへ着くわよ!」
いつの間にそんなところに手を伸ばしていたのやら。それでも、早く到着することにデメリットはない。
お気をつけて、と何十回も聞いた後、馬車は出発した。流石は国一番の馬だ。元々いた馬より断然速く進んでくれる。
後は、リンを取り戻すだけだ。
彼らは勝利した。イレギュラーの連続だった計画も、ここまでは上手くいった。賽の目は出たのだ。
しかし、この先に待つ存在の事は教えなかった。きっと彼らなら、乗り越えられるから。それに、今回はボク自身の力も直接与える。人間たちの世界を守るため、ボクも戦うさ。




