アイルデン到達
リンが攫われた翌日、殴りこみたいという激情を抑えて、緑髪のハーフエルフにアイルデンの様子を見てきてもらった。新王派と旧王派の状況や、国民の声、侵入できそうか、突破するしかないか、とにかく聞きたいことは全て聞くことにした。
「まず一に、国の中はどうなっていた?」
アインヘルムの族長の家で作戦を何通りも考えながら、現状の確認に入った。
「どうやら、新王派は王城、旧王派は大聖堂を拠点にしているようだ。魔術で姿をほとんど透明にしたが、それでも王城の中には入れないほどの警備だった。だが、大聖堂ならだれでも入れそうだったな」
昨日の確執があるのか、ハーフエルフは淡々と述べた。
「防備の方はどうなっています?」
「入国審査はとにかく厳しかったな。国の外にも見張りの騎士がうようよいる。俺たちエルフじゃなきゃ入りこめなかっただろう。それに、王城に侵入するのは更に厳しい。見張りの騎士が多すぎるからだ」
「では、二つの陣営はどうなっていますか?」
「ハッキリ言うと、今この瞬間も旧王派は劣勢になっていっている。旧王派はフリージア王女が戦うことでなんとかもっているようなものだからな。それでも、旧王派の騎士たちとお前たちが手を組んで突撃すれば、どうにかなるかもしれない……あと、大丈夫そうだったから、あんたの手紙は届けた」
それだけ言うと、緑髪のハーフエルフは去って行った。ここから先は、自分たちでどうにかしなくては。
「彼が旧王派……フリージアに渡した手紙には、兄である私がどこにいるのかや、私たちの現状、それから手を組まないかとも記しておきました。フリージアなら伝書鳩を飼っていますし、答えはすぐにでも帰ってくるでしょう」
しかし、問題はある。旧王派と連絡が取れても、入国審査の場でサスーリカの正体がバレテしまう。そうなっては元も子もないので、入国についてサスーリカと二人考えていたら、クリマがクスクスと笑った。
「あたしなら、あんた達全員を入国してあげられるわ」
どうやってそんなことを……と考えようとした瞬間、クリマは担いでいる金貨袋の封を開けると、エルフ達が目を見開いて固まってしまっていた。
「前の大脱走の時みたいに、今度は金貨で入国審査官を買収するの」
しかし一人のエルフが、どうせ偽物だろうとクリマに突っかかると、一枚の金貨を投げ渡された。
「混ぜ物無しで作られた最高純度の金貨よ。エルフなら、触れただけで分かるんじゃない?」
その通りだった。エルフは金貨を胸に抱いて、疑ってすまない、と言い残して去ろうとした。
「言っておくけど、あたしの金貨を盗むようなことがあれば、アインヘルムを金貨の力で侵略するわよ」
瞬間、族長も含めて氷づいていた。あたしは本気よ、と言う頃に、エルフは金貨を返した。
しかし、今の流れは置いといて、クリマのおかげで入国は何とかなるだろう。
「私なら、大聖堂の場所も分かりますから、先に行って安全を確認します。そうしたら入ってください」
ここにいるみんなが、目的は違えど、一つの目標のための活路を切り開こうとしている。だが、俺は会話に参加しても意味ないので部屋の隅で事態を眺めながら、残弾を数えていた。
リンが攫われたので、弾切れを気にする必要がある。数えると、弾丸は手元と馬車に積んである百発ほどしかない。十分そうに思えるが、記憶の場所――いわば魂が時を超えて交差する戦いでは、百発など、あっという間に尽きるかもしれない。
流石に弾切れは不味いので他のエルフに作れないか頼んでみるが、皆が首を振った。そうやって話を聞いていると、リンの有用性が分かってきた。
“天才”。それが、リンを表す形容詞だった。
村長の家の窓際にハトが留まった。その足首に巻かれた紙を見ると、すぐにハトを招き入れて、サスーリカが手紙を開く。
『お兄様が無事で何よりです。ですが、今も旧王グラキエースの死を認めず、仮に死んでいるとしたら第一王子サスーリカに王位を継がせろ、との意見が旧王派のものです。そして新王派は、スティーリアを筆頭に、国王グラキエースを殺害したのはサスーリカだと決めつけ、お兄様が姿を消した日に謁見に来た灰色の髪の男とスティーリアの二人が、圧倒的な力と恐怖で民を統べています。もし、お兄様が戻られるのであれば、伝書鳩にこの手紙を巻きつけて、送ってください』
どうする? などと話し合いにはならなく、サスーリカは皆に手紙を見せると、伝書鳩を飛ばした。
「あの時の謁見者がユベルだったのか……川辺につき落とされた時も奴がいたな」
どうやらサスーリカはユベルと出会っていたようだ。
その日の夕方、伝書鳩は二度の飛行で疲れ切っていたが、その仕事もしばらくはお休みだ。なにせ、これから旧王派の力を借りて侵入するのだから。
「あたしの出番はなさそうね」
手紙が届くが否や、すぐに準備を始めたら、クリマがボソッと呟いた。
「いくら追い込まれているからって王女様でしょ? 当然あたしより金持ちで、座っているだけでお金が入ってくるような奴がいるのなら、この金貨に使い道がないじゃない」
遠くを見ながら残念そうな声で話すクリマは、似合わない大きなため息を付き、御者台の上で横になっている。
「さっきのハーフエルフがアイルデンに行って戻ってくるまで一日もかかってないのよ? もう馬車の旅はお終いでいいんじゃない?」
つまり、クリマは復讐を諦めるということだろうか。圧倒的な力には勝てないと、復讐と圧倒的な力による恐怖に揺れた天秤は、後者に倒れたらしい。
「必ず、お前の母さんの仇はとってくる。それまで待ってくれ」
肩に手を置いて諭すように言うと、クリマは「は?」と手を払いのけてくる。
「そりゃ、お金も必要ない、馬車も必要ないんじゃ、あたしにできる事なんてちょっとした風の魔術で微風を吹かせるくらいよ。それでもね、魔術だけが全てじゃない。あたしは復讐するため、破産を賭けた博打をするわ! この通り、一級品のナイフも持っているし」
財産を賭けた博打? 何を考えているかは知らないが、クリマが戦いの場に出ることは危険極まりない。
「あのなクリマ。相手はサスーリカ並みの魔術の使い手と、あの羽が生えた男だぞ? ナイフ一本なんて、何の役にも立たないだろうが」
少しキツメに言う。そうでもしなければ、退かないだろうから。それでも、クリマは切り札があると不敵に笑うと、馬車と馬を厩に預けに行った。
「大丈夫でしょうか……私とカイムが戦う中、守ってくれるはずだったリンはいません。個人的には、居たら邪魔になるとしか思えません」
サスーリカの言葉は、クリマを見降したりするものではない事くらいすぐにわかった。心配しているのだ。戦いになれば何もできないクリマの命を守る。それがどけだけ難しいか……。
そんな時に、若いエルフ達が十名、周りに集まって来た。皆真剣な顔持ちで、胆の座った表情だった。何事なのか判別がつかない以上、マグナムに手を賭けようとした時、エルフの若者たちは一斉に頭を下げた。
「事情は聴いております! たったの三人でアイルデンに侵入する計画の事も知りました! そこで私たちを雇ってください!」
既視感を覚える景色だな、と思ってたら、リンを解放した時と同じだ。
「私たちであれば、騎士など何の問題にもなりません! それに、同胞であるエルフを攫われて、それを見逃すなんてことは出来ません!」
こいつはもしかして、願ってもないチャンスという奴か。リンほどではないにしろ、強力な魔術で戦う彼らが徒党を組めば、騎士たちも逃げ出すかもしれない。
「よろしく頼むぜ、エルフの兄ちゃん達」
もう子供ではなく大人だと言い張るエルフもいたが、戦力は揃った。話によれば、半日も歩けばアイルデンに到着するという。そこでエルフ達に透明化の魔術をかけてもらい、大聖堂に突入し、一転攻勢に出る。あらは目立つが、今はこれしか方法がない。
さて、行くか! と気を引き締めて、最後の戦いの舞台を目指した。
もうすぐ雌雄が決せられる。ボクの投げた賽の目は、そろそろ回転を止めようとしている。もうすぐ決着ということだ。
だけどもしかすると、『新世界』が生まれてしまう。その事実をすぐにでも、彼らに伝えたい。しかし、今はアイルデンでの決着で大忙しだ。つまりボクは、仮にカイム達が勝ったとしても、もう一つ、絶望の未来を伝えなくてはならない。
がんばろう。奇跡が起きて、こうして二人が出会い、更なる戦力を手に入れたのだから。もうあの敗北は繰り返さない。それが、ボクの賭けなんだから。
太陽が真上に上がった頃、アインヘルムを挟む山を越えると、もうすぐそこにアイルデンが見える。山を下りてゆっくり歩いて行っても日暮れ前には着くだろう。侵入するにあたって、アイルデンを囲う市壁の内、東に位置する検問所の検問官が旧王派と成り代わっており、そこを通り次第、旧王派が裏道を抜けて、大聖堂へ行く道を案内してくれるらしい。
「俺たちエルフが透明化の魔術を使い、検問所まで案内します。うっすらと見えてしまいますし、音は消えないので用心してください」
この処置は、道行く人に、万が一にもサスーリカの正体がばれないようにするためのものだ。しかし、透明化とは初体験だが、自分の手足ですら本当に見えなくなっている。
流石はKの領域を統べる国だけあって、市壁の大きさ、堅牢さなどは他国の日ではない。国を一周する市壁の東西南北に検問所があり、計画通りすり替わっていた旧王派に通され、アイルデンへの侵入は完了した。
「――ようやく着いたのか、アイルデンに」
この時代に来た時、ニオから一緒に来ないかと誘われた国。クリマの復讐劇の手伝いなどをしている時に、何度も名が挙がった国。そして、記憶にあった国。何かと因縁深いこの国での騒動を乗り越えれば、またリンと一緒に、この楽しい世界で旅ができる。そのためにも、取り戻さなければならない事を肝に銘じ直しておく。
「では三人とも、あの裏路地で透明化の魔術を解きます」
「このままじゃだめなのか?」
「はい、薄らとは見えてしまう上に、もし見つかれば新王派に捕まるでしょうから。三人には、大聖堂に向かう聖職者ということにして、進んでもらいます」
「大聖堂に入る前に私が中を見て、フリージアを見つけてからですけどね」
サスーリカの言葉を皮切りに、裏路地で透明化の魔術を解いてもらい、青い刺繍が施されたローブを着込むと、ゆっくり、ゆっくりと進んでいく。辺りには、どちらに属しているのか分からない騎士がウヨウヨしている。変に急いで怪しまれれば、大聖堂までたどり着けないかもしれない。
しかし、陰鬱な空気だ。独裁者がいたカルチエも沈んでいたが、ここはそれ以上だ。コンクリートと煉瓦で作られた家屋には、一定の間隔がある様で、よく言えば整っている。悪く言えば不気味な雰囲気だった。
「あたしは何度か来たことあるから分かるけど、前はもっと活気に満ち溢れていたわ」
「それだけ、二つの派閥のぶつかり合いが国民の生活に影を落としているんだろう」
二人ともお静かに! とエルフの一人に注意され口を閉める。そのまま聖職者のふりをして歩いていると、今も道路に設けられた鉄線を乗り越えようとする男たちを、旧王派が魔術で動きを封じていた。
「鉄線からこっちは旧王派の領分ってわけか」
道案内を務める旧王派の女に聞くとその通りらしく、大聖堂を中心に円形に鉄線が設けられ、どこも一日中戦いに溢れているらしい
大聖堂にまでたどり着くと、サスーリカが確認のため、フードを深くかぶり入って行った。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
「なにそれ?」
「ああ、このことわざは伝わってなかったのか」
だからお静かに! と、エルフの一人が人差し指を立てて必死に制してくる。
カイム達が安全に入れるかを確認するために先行したが、中は惨状だった。刀傷や火傷などで倒れた騎士たちを癒しの魔術を使える者が治療して回っているが、とてもではないが、負傷者の数が多すぎて対応しきれていない。だが、大聖堂の奥には剣を研ぐ騎士の姿がチラホラと見えた。まだ戦う……というより、徹底抗戦のつもりなのだろう。
歩いて奥に行こうとすると、肩を掴まれた。振り返ってみれば、斧を担いだ、クマの様に毛むくじゃらな大男が探るような目で睨み付けてくる。
「いったい何の用だ? お前みたいな同士はいなかったはずだが」
すると、負傷者までもが立ち上がり、剣を手にした。
「顔を隠してるってことは、何かやましい事があるってんだろ? 俺たちは今、戦争の真っ最中なんだ。とっとと出てけ。行かないなら相応の対処ってのをかましてやる」
狩りをするように目を尖らせた男たちは、皆がどこかに傷がある。それでも立ち上がるとは、この国の王子としての誉れだ。とはいえ、少し乱暴すぎる気がした。目つき一つとっても、刃物の様だ。
「――留守にしている間に、この国は随分と物騒になりましたね」
囲う者たちが疑問を顔に浮かべる。だが、その言葉が余計怪しく見えたのか、逃げ道は塞がれた。とはいっても、これくらいなら魔術でどうにかなるが。
「フリージア王女に話があります。通してください」
「通せるわけねぇだろ! てめぇがフリージア様に手を出しでもしたら、俺たちは終わりなんだからよ!」
いよいよ不審者として拘束されそうになった時、女神像と祭壇がある大聖堂の奥から、クリマに引けを取らないほどの勝気な声が、大聖堂に響いた。
「お前達! なに馬鹿な事をやってんの!」
おおよそ女性のものとは思えない言葉使いの主――妹フリージアが、声と共に走り寄ってきた。フリージアがあの調子なら、身分を明かしても大丈夫だろう。
未だに自分の正体に気が付いていない男たちに見えるよう、数歩前に出てフードを取った。
「アイルデン第一王子サスーリカ・リ・アイルデン、ここに帰ってきました」
気が付いていたフリージアが私を抱きしめても、突然の事態に反応が遅れた男たちは、数秒後に雄たけびを上げた。
「帰ってきむぐぅ……」
おそらく、私の帰還を受けて大騒ぎになるとは予測していたので、男たちの口を凍らせた。
「あくまで静かにお願いします。帰って来て早々にスティーリアに居場所が割れては困りますから」
皆が頷くと、氷の魔術を解いた。それにしても……
「ボロボロじゃないか、フリージア」
顔には切り傷や火傷の跡があり、袖から見える両手には包帯が巻かれている。それでも、フリージアは戦い続けたのだろう。
「どこもかしこも、人手が足りなかったですから……」
傷ついた顔を隠すように伏せると、頭を撫でた。
「ただいま、フリージア……よく、頑張りましたね」
抱き着いたまま離れなかったフリージアが胸から顔を話すと、涙でいっぱいの顔で答えた。おかえりと。
中からサスーリカが出てきた。ここなら安全だと分かったらしく、クリマとエルフ達と共に大聖堂に入った。
「こいつは、ずいぶんと派手にやられてるな」
「私も同意見です」
残っている戦えそうな奴は二十人に満たない。しかし、こちらにはエルフがいる。
「負傷している奴を治してやってくれ。その間に俺たちで今後の事を話し合う」
エルフ達は言われるがままに治癒を始めた。アインヘルムで人間と共存しているだけあって、人間に対する敵対心はないようだ。
大聖堂の祭壇がある横に、神父たちが控えるのだろう部屋があり、ここで話し合いが行われることとなった。
「まず初めに、フリージアに伝えなければならない事がある」
なんですか? と聞き返すフリージアに、俺とクリマが紹介された。
「カイム……カイムってもしかして、鉄の魔術師の?」
いつのまにやら広がっていた己のあだ名に苦笑いを浮かべつつ、マグナムを取り出して見せてやった。
「まぁ…そうなるな。こいつは、ここじゃ魔術みたいなものだからな」
ここじゃ? と首を傾げるフリージアに、クリマが付け足した。
「サスーリカと本気の殺し合いになっても死ななかったくらいには強力よ。でもあたしには、大したものはないけどね」
フリージアも、ただの商人に何が出来るのか心配していた。
それでも、クリマは己の手で復讐を遂げる気だ。彼女の人生にとっての、大きなケジメになるだろうから。
しばらくサスーリカと旧国派が話し合っている中、俺とクリマは蚊帳の外だった。
「それにしても、本当に来るのか?」
武器もなければ大した魔術もないクリマには、何度心配をかけても足りないくらいだ。
「行くに決まってるじゃない。この手でお母さんの仇を取らなくちゃ……これは、あたし以外には国の存亡をかけた戦いかもしれないけど、あたしにとっては復讐さえできればそれでいいの」
ここまで共に旅をしてきてクリマに対して思った事は、そこまで復讐に固執していないということだ。あくまでやられたからやりかえし、けじめをつける為の精神で旅をしてきたと思う。
「それでも新王派に勝たれちゃうと、アイルデンとの取引は難しくなるわね」
もう一つ思った事は、筋金入りの商人ということだ。
と、グダグダと部屋の隅で話していると、サスーリカが手招きした。結論が出たらしい。
「さて、まずは旧国派のみなさん、今日まで戦ってくださり、ありがとうございます」
本心で言っている事は、その場にいたすべての人に伝わった。流石は王子様というわけだ。
「フリージアと旧国派の方々から頂いた資料に目を通し、口頭で伝わってきた現状をみるに、王城への突破も侵入も難しい……いえ、不可能ともいえます。新王派は百人近くの騎士と、宮廷お抱えの魔術師十数名が防備に当たっているのに対し、私たちには負傷した五十人にも満たない騎士しかいません」
絶望的な戦力差だ。防備を突破しても、奥にはスティーリアとユベルが待っているだろうから、生半可な事では戦いにもならない。
それは話を聞いていた騎士やエルフも同じらしく、重苦しい空気になってしまった。
「しかし、私には一つだけ案があります」
落胆する者たちに対し、サスーリカは目を輝かせた。
「資料によれば、国民のほとんどが旧王派に属している事が分かりました。もちろん口外していませんが、鉄線の先からこちらに移ってきた人々は、向こうに残る人々も強引な政治を進める新王派に嫌気が指しているそうです」
つまり、選挙でもやれば解決する問題なのだろうか? いや、そんなことはないだろう。ここは遥か未来なのだから。
「それでは、作戦を発表します」




