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UNSUNG HERO  作者: 二宮シン
15/21

真実を知る時

 そこは、一面が真っ白なオオアマナで埋め尽くされた花畑だった。家屋も牧場もない。ただオオアマナの純粋な白だけが、咲き乱れている。

 その真ん中に、ニオは待っていた。いつもの様に突然現れるでもなく、あらかじめ、遠くを見ながら待っていたのだ。

「ようやく来たね」

 馬車から降りて四人で近づくと、ニオは振り返った。

「まずは、ここまで来てくれてありがとう。そして、カイムとサスーリカが出会ってくれて、本当にありがとう」

 微笑みを浮かべながら話すニオは、どこか儚げな雰囲気を漂わせている。

「前置きはいい。いつもみたいに逃げねぇ内に、全てを話してもらおうか」

 ここまで、なんどもニオは姿を消してきた。仕舞には風と共に消えたりもしたのだ。しかし、ニオは首を振った。

「今まで話さなかったのは、まだ準備が出来ていなかったのと、危険があったからなんだ」

「準備? 危険? おい、また意味深な言葉を並べて煙に巻く気か?」

 違うよ、時は満ちた。ニオはそう言うと、四人それぞれを金色の瞳に映した。

「サスーリカが王子として覚悟を決めて、カイムと出会ってくれた。そして、予期せぬ戦力としてエルフのリンと、クリマに出会った……ボクが全てを話す条件は、カルチエの時点で整っていたんだ。ただ、誰にも邪魔されずに、伝えたかっただけなんだ」

 ニオは空を見上げて、丁度真上に上った日の光を手で防ぎながら、俺に向けて謎かけの様な言葉を語りかけてくる。

「この空に浮かぶ日は、何だと思う?」

「ん? 日は日じゃないのか?」

「そういう意味ではないよ」

 ニオは言葉を遮って、金色の瞳に俺の姿を映すと、一つ目の真実を話した。

「この世界を照らす日は、”太陽”だよ」

「なっ!」

 他の三人は意味を理解してない。しかし、俺にとってその事態は大きな意味を持つ。

「……あの太陽は、”俺の知る”太陽なのか?」

「――うん。太陽系の一つ、”君がいた場所”を照らしていた太陽と同じ物だよ」

 馬鹿な……だとしたら、ここは異世界などではない。ここは……

「ここは、俺のいた世界なのか?」

 ニオは静かに頷くと、話についていけていない三人を無視して話を続けた。

「ここは君のいた時代から、人類の存亡が危ぶまれるほど戦争が続いた、二千年後の地球なんだ」

 二千年、だと? つまり俺は、タイムワープしてこの場所に来たのか? そんなことが可能なのか? 

「どうやったんだ……」

 聞きたいことは山ほどあるが、動揺して、それくらいしか口に出なかった。

「この世界を二分するKとUの存在が、そうさせたのさ」

 そう言ってニオは悲しそうな微笑を浮かべると、驚くべきことを口にした。

「Kとは、僕という器に宿る、大昔の人物の事なんだ。確か名前は、君がいた時代で”肯定”を意味する英語だったはずだよ。そしてKは僕を通して世界に干渉しているのさ」

 ニオはそこで一呼吸置くと、胸に親指を突き立てて語りだした。

「ボクの体の中には、この世界の皆が信じるKがいる。ボクは元々、Kがこの世界に干渉できるように作られた人間なのさ」

 サスーリカたちが驚いている。もしも本当にKが宿っているのなら、信仰の対象はニオになるのだろうか。しかし、今はそんなことより聞きたいことがある。

「なぜ俺なんだ? 元いた時代でも、借金持ちだった俺に、何を期待しているんだ」

「その前に、二つだけいいかな」

 ニオは咳払いすると、リンと顔を合わせた。

「長すぎる時間の中で、人々は進化し、魔術師が生まれた。そして、その進化の先にいる存在が、エルフなんだ。」

人間から進化した者がエルフ、と聞いて、リンは驚いていた。無理もない。この世界では奴隷扱いされるのがエルフの在り方なのだから。

「そしてもう一つ、カイムに伝えるべきことがある」

 なんだ? と返すと、ニオは口を開いた。

「長年の戦争で絶滅の危機にふんした人類は、少なくなった人々が小さく自足できる大陸を求めてさまよった挙句にたどり着いたのは、日本なのさ」

 つまり、ここは日本ということになる。たしかに四季を感じてはいたが、まさか本当に日本だとは。だが、今度はこちらの質問に答えてもらう。

「もう一度聞くが、なぜ俺を連れてきた」

「それは、過ちを繰り返させないためだよ」

 どういう意味だ? 元々はただの借金持ちに、いったいなぜ、そんな期待を持つのか。

「君がこの時代に来る前、Kの領域を統べる国アイルデンで、サスーリカ王子と、この世界に生まれた君の子孫が出会い、KとUの信仰のどちらが正しいか、スティーリアと、もう一人の男とアイルデンの王城で戦った。結果は、サスーリカと、この時代の君の敗北に終わってしまい、世界はUの信仰に飲み込まれた」

 同時に、記憶が蠢いた。そうだ、俺は確かに、煌びやかな大きな部屋で、サスーリカと共に戦った。だが倒れた後、殺されたという記憶がない。

「俺は、あの場で死んでいないはずだ……いや、そもそもこの記憶自体について説明してくれ」

 頷いたニオは、皮袋から水を取り出して飲むと、再び話が始まった。

「僕はKの存在と力をこの身に宿している。そしてKは、不毛な争いに終止符を打つため、ボクの体から大量の魔力を消費して、時を戻した。そしてサスーリカとカイムが出会う前に未来の記憶を与えて、対策を練ろうとしていたんだ。だけど、Uも僕と同じような媒介を得て、この時代のカイムを事故に巻き込ませて殺した。だから、ボクがわざわざ過去からカイムを連れてきたんだ」

 なんとか頭でまとめると、つまりはこの世界にいた俺の子孫の代わりに、俺が呼ばれたということになる。だとすると、流れ込んできた戦いの記憶はどうなるのだろう。記憶の中では魔術を使っていたが、今の俺にそんなものはない。あるとするなら、このマグナムだけだ。

「だけど、遥か過去から来た君と、この時代の君とでは、記憶が混濁するのは無理もない事だった。だから君は、そこのエルフの声が聞こえたのさ」

 どういうことだ? と聞くと、簡単な話だった。リンはカイムの血を引く、いわば遠い親戚だったから、声が聞こえたという。だから、出会った時に親近感を覚えたのか。

「因みにだけど、リンがエルフとして生まれたのは、Uがこの世界のカイムを殺してしまって、別の親がリンを産んだからなんだ」

 なにかとUには困らされる。それと、やはりどうしても納得できない事がある。

「だからなぜ、俺なんだ? 記憶の通り戦いになるのなら、もっと強い魔術師を連れてくればいいだろう」

 結局、この世界……いや、この時代に来て魔術は使えなかった。だとしたら、俺である必要はないはずだ。

 それでも、カイムでなくてはならないとニオは断言する。

「だって、君は――」


 何かを伝えようとした時、空からとてつもない速さで舞い降りた何者かによって、ニオの首は斬りおとされた。


 突然の事に唖然とした一同は、目の前で崩れ落ちていくニオの鮮血が、オオアマナを赤く染め上げるのを見ている事しか出来なかった。そして、ようやく思考が追いついた時、目の前に舞い降りた男には黒くくすんだ翼が生えている事に気が付いた。

すぐさまマグナムを取り出し、サスーリカも氷柱を空中に展開させた。

「――やはり、あの女は殺せないか」

 首を落とされたニオは、そのまま風と共に姿を消した。

 だが、これはどういうことだ? 目の前にいる翼の生えた男は、灰色の髪で青い瞳を持ち、自分と同じくらいの長身……この男は、自分と瓜二つだ。

「この場で戦いはしない。決着の場は、アイルデンの王城の中だ」

「そんなこと、私たちには関係ありません」

 サスーリカは氷柱を飛ばすが、男は翼で宙を舞い、すべてを避けた。

「すばしっこいですね……ですが、あなた達が待ち構えていると知って、ノコノコと私たちがアイルデンに行くと思っているのですか? 私はあなたの存在も知っていたので、別の策を考えていたのですよ? それでも行くと思いますか?」

 来ないだろうな、と男は言う。そして、この男は俺を睨んだ。その瞳には、激しい怒りが燃えている。

「あの女が話すであろうことを少しだけ教えてやろう。同時に、アイルデンに来なければならない理由もな」

 男は空から灰色の羽をチラチラと舞い下ろしながら、こちらを見据えた。

「この時間ではカイムと呼ばれる貴様は、遥かな過去……神話の時代に、神から愛され、そして神から呪われた男の末裔だ」

そう言って一呼吸置くと、怒りを抑えようとしているのが目に見えて分かった。

「そして、我も神に愛された人間の末裔だ……貴様と違い、今もまだ神の寵愛を受けているがな」

 言葉の端端から怒りが感じ取れる。何がそうまで俺を憎むのか見当もつかないが、たった今も記憶から霧が剥がれていくのを感じていた。

「お前の狙いはなんだ? それと名前は?」

 マグナムを向けて言葉を投げかけるが、この男は宙にいる為狙いづらい。

「狙いは話さないが、名前は教えてやろう。どうせあの女が教えるだろうからな」

 そして更なる高度に飛び上がり、高らかに宣言した。

「我が名はユベル! あの方と共に新世界を創る者だ!」

 新世界、という単語に、サスーリカが動揺している。しかし、そんなことは知った事ではないらしく、サスーリカの方を見る。 

「そしてもう一つだけ教えてやろう。アイルデンの現状を」

 そう言って顔を歪ませたユベルは、サスーリカを読んで字の通り見下ろした。

「貴様の弟スティーリアが、Uの国ソワサントへアイルデンを売ろうとしている。これが何を意味するか分かるか」

 サスーリカは冷や汗を流して、静かに答えた。

「Kの領域を統べるアイルデンがUの国となれば、Kの領域は大混乱となる。そしていつかは、Uの国に侵略され、信仰は一つになる……まさか、それが新世界か?」

 新世界など聞きなれない言葉だったが、サスーリカはそれを知っているらしい。その様子を見て、ユベルは不敵に笑う。

「その答えは八十点といったところだな。新世界とは、その名の通り、全く新しい世界を創るのだ。我でもスティーリアでもない、あのお方が」

言い終わると、ユベルはとてつもない速さで突っ込んでくると、俺とサスーリカの攻撃をかわしながら、馬車に乗っていたリンのみずおちを殴り、気絶させた。

「この女には、カイム、お前がアイルデンに来るための人質になってもらう」

 そう言い残すと、ユベルは空の彼方へ消えて行った。何発か撃ち落としてやろうとマグナムを放ったが、虚空に消えた。

そして、この出会いによって、ようやく頭に掛かっていた霧はほとんど晴れた。

「……だいたい思い出したよ、俺たちはユベルとスティーリアと戦うんだ」

 しかし、だからなんだというのだ。リンを欠いた二人で戦いを挑めば、記憶の通り、敗北の未来が待っている。

「そう、悲観することはないよ」

 切り裂かれたはずのニオが、どこからともなく現れた。

「先に説明しておくと、ボクはKの力で何度でも生き返るし、体を捨てて、別の場所に即座に移動することも出来る。言ってしまえば、意思だけで移動することが出来るのさ」

 ニオがあり得ない速さでアイルデンにたどり着いたネタは分かった。だが、それが何だというんだ。

「だから、悲観しないでってば。たしかに本来あった通りの決戦が待っているだろうけど、幾つか違うところがあるじゃないか」

 なんのことだ? と問いかけると、俺の胸を指して答えた。

「そのマグナムだよ。本来は魔術で戦っていたんだけれども、今回はマグナムで戦える。それなら、スティーリアの氷を砕き、宙を舞うアベルを狙い撃つこともできるはずさ。それに、クリマもいる。彼女の金貨は、何かと役に立つだろう?」

 勝率は、あるかもしれない。しかし、ユベルがもう一人黒幕がいる様な事を言っていた。そこのところを聞くと、ニオは神妙な顔を浮かべた。

「それは、知らなくていい事だよ。君たちが決戦に勝てばそれていいんだから」

 どういうわけか、教える気はないらしい。ならばこの際だ、KとUという存在について聞いた。

「Kは、人間の中から生まれた神に成り代わった人間で、Uはこの世界を創った正真正銘の神だよ。Kの名は、何千年という昔から続いていた信仰なんだけど、戦争が続くうちにKにまつわる書籍は焼き払われ、神の名を記したとされる台座に残ったKという一文字が信仰になった。Uも同じだよ」

 沢山の真実を知れた。そして同時に、アイルデンで戦わなければならなくなった。

「ボクは君たちの味方だから情報を渡すよ。今のアイルデンは、確かにスティーリアを筆頭とする新王派が実験を握っているけど、サスーリカの妹フリージアを代表にした旧王派も抵抗しているよ。彼らと共に戦えば、勝機は上がるかもしれない」

 そう言うと、ニオは姿を消した。話すことがないのだろう。消える瞬間に、頑張って、と一言残していった。

「なんだか色々ありすぎて頭こんがらがってるけど、まさかあんたが過去から来たとはね」

「その武器も、過去のものですか?」

 二人は案外、俺が過去から来たことに対して驚かないようだ。だが、俺は確かにここに来た意味があった。それがなんなのか、ようやく理解できた。

 あとは、行くしかあるまい。リンを取り戻す為に、サスーリカの因縁に決着をつけるために、クリマの復讐を成す為に。そういえば、結局なぜ俺なのか聞きそびれてしまった。どうせまた現れるだろうから、その時に聞こう。今は、アイルデンの事に集中しよう。

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