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UNSUNG HERO  作者: 二宮シン
14/21

アインヘルム

 いよいよ、真実を伝える時が来た。色んなイレギュラーや、命そのものがなくなりそうになりながらも、よくここまでやってこれたと、彼らを見て思う。だが、真実を伝えたからといって、それですべてが解決するわけでもない。むしろこれからが始まりともいえる。

カイムに渡したオオアマナは、枯れない特別なものだ。それを持ってアンバーまでたどり着くのに、まだかなりかかる。でも、もう我慢できないから先に行って待っていよう。いつも突然現れていては、幽霊か何かだと思われかねないから。まぁ、風と共に消えている時点で、普通の人間とは思われていないだろうけど。



 ヘイズ、カルチエと、立ち寄った大国では何かしらの騒動に巻き込まれてきたが、行く先々全てで問題が起こるほど運は悪くない。むしろ、カルチエを出てからの旅路は、魔術や剣などとは無縁なものだった。国や村に寄り、物資を集めて、時には野宿で過ごす。そんな旅が二十日ほど続くと、ニオが指定したアンバーという村が見えてきた。

 遠目で見る限り、家屋が十数件と、麦や野菜を育てる農場しかない小さな村だ。特出すべき点としてあえて挙げるなら、村の周囲の山々は、木々が生い茂り、澄みきった小川が山の中から流れてきている事くらいだろうか。

「この魔力は……間違いありません。近くにエルフがいます。それもかなりの数です」

 リンが感じ取ったエルフの魔力は、奴隷となったエルフのものではないだろう。おそらくは、エルフと人間が共存する理想郷、アインヘルムに住むエルフ達の魔力だ。そう思い直して見てみると、周囲の木々は、リンが捕まっていた山によく似ている気がする。

「もう着くわよ。そう広い村じゃないから、さっさと村長を見つけて、アインヘルムの場所を聞いてきて」

「なんだか、やけに乗り気だな。アインヘルムに寄らなければ、アイルデンはすぐそこだってのに」

 クリマからすれば、一刻も早く母親の復讐を果たしたいはずだ。しかし、今のクリマからは、そんな素振りは見られない。

「ま、アインヘルムといえば、名前こそ知られているけど、実際にたどり着いたっていう話は聞かない場所だからね。思わぬ副産物が手に入るかもしれないし、アインヘルムと懇意な契約を結んで商売ができるかもしれないじゃない」

 復讐よりも金儲けが第一なクリマは、やはり商人だ。

「流石は商人の神様の娘だな」

「それもあるけど、あたしは人間なの。復讐が終わって、ハイおしまいっていうわけにはいかないのよ。その先も生きていかなければならない。いつかは結婚して、子供が出来て、老いて死んでいく。その長い人生を生きていくためにも、あたしは商人として、人間として、色々考えて進んで行かなくちゃならないの」

 人間として、か……俺も、どういうわけか生き残ってしまったわけだから、この旅が終わっても、記憶に決着をつけても、生きていくわけだ。

「さて、無駄話はおしまいよ。あたし達はここで待っているから、村長に会ってきなさい」

 話している内に、アンバーに到着した。ここに滞在するわけでもないので、クリマ達は馬車に乗ったまま村の入り口で待ち、俺一人で村長を訪ねることになっていた。


 市壁も、村の名を記した立て看板もないアンバーの中では、農作業に勤しむ人々が汗を流している。気が付けば、この世界に来てから気温が上がってきている。日本と同じように春夏秋冬があるのだろうか?

「っと、ここだな」

 木製の家屋が並ぶ中、石畳が緩やかな坂道に張り巡らされ、ひときわ大きな扉へと続いている。ここが村長の家とみて間違いないだろう。

 まずはノックをする。しかし応答がないのでドアノブに手をかけてみれば、鍵などついていなく、重たい扉は開いてしまった。

「おやおや、あなたは旅の方ですかな。こんな辺鄙なところにどのようなご用件で?」

 扉の先は、二階へと続く階段と、横長な机が置いてあるだけの殺風景な部屋だった。その中に居た帽子を深くかぶった初老の男性が出迎えてくれた。

「勝手に入っちまったのは詫びる。実は、あんたに用があって立ち寄らせてもらった」

 言うと、懐からオオアマナを取り出す。不思議な事に、カルチエで受け取ってからまったく瑞々しさを失わない花弁は、今も僅かな光を帯びている。

 そんなオオアマナを目にした村長は、笑顔を浮かべた。

「その花は、アインヘルムでしか育たない特別な花なのです。私は、エルフが認めた人間に、信頼の証として渡されるオオアマナを持った人間が現れた時に、道案内をするために、ここにいるのです」

 村長はそう言うと、帽子を取った。そして露わになった耳は、リンの様に尖っている。村長も、エルフだったというわけだ。

「ふむ、近くに感じたことのないエルフの魔力がありますな。それと同じように、強力な魔力の持ち主もいる……奇妙な取り合わせですが、その花を託した想いを信じましょう」

 村長は立ち上がると、杖をついて外に出た。そして、通りかかった青年に事情を説明すると、アインヘルムまでの道案内をすることになった。

「念のため聞くが、俺たちは馬車で行く。急な山道とか崖っぷちを通ったりはしないよな」

「大丈夫ですよ。アインヘルムから出入りする人間やエルフもいますからね。少し入り組んだ道を行く事になりますが、危険な事は一切ありません」

 青年を連れて馬車まで戻ると、真っ先にリンが反応した。

「ハーフエルフ、ですか?」

 なんだそれ? と聞くと、人間とエルフが交わった時に生まれる存在の事らしい。純粋なエルフには及ばない魔力を持つが、見かけは人間なので、ここまでの旅で何人か目にしていたようだ。

「この村は、いわばアインヘルムに入るための門ともいえます。なので、ここにはエルフとハーフエルフしかいません」

 青年の言葉にうなずくように、サスーリカは口にした。

「確かに、この村からは只ならぬ魔力を感じます。ハーフエルフが混ざっていますから、エルフがいるとも判別し辛い。よく出来た隠れ里といえますね」

「能書きはいいわ! あたし達をアインヘルムまで連れてって!」

 わかりました、と青年が頭を下げると、村の中を抜けて、少し西寄りに進んでいくと、見上げる様な山が二つある。青年はその山の間を目指して進んでいるようだ。

「霧が掛かって来たな」

 二つの山に近づくにつれ、馬車の進む森の中は霧で視界が悪くなっていき、次第に濃霧となって、馬車の目の前を歩く青年の姿しか見えなくなる。

「おいおい大丈夫なのか? こんなところで迷ったら元の道には戻れないぞ」

 だが、青年は問題ありませんと答えると、周囲の風が荒れた。どうやら、青年が風の魔術を使うようだ。

「今です。オオアマナを風に乗せてください」

 言われるがままにオオアマナを手放すと、花弁が散って、風と共に光り輝いた。

「着きました」

 風と光が止んだ時、濃霧は晴れた。そして、視界いっぱいに真っ白な花が植えられている。

「ようこそ、アインヘルムへ」

 二つの山に囲まれた、真っ白なオオアマナが咲き乱れる集落。エルフにとっての理想郷へ、ようやくたどり着いた。


 切り立った二つの山にはオオアマナが植えられ、その間にある集落には、アンバーと同じく麦や野菜が育てられ、牛や羊といった家畜も飼われている。それを世話するのは、人間とエルフ達だ。ここでは自給自足の生活が成り立っており、先ほどの濃霧とオオアマナの光がなければたどり着けないアインヘルムは、まさに理想郷の名に恥じない構成だった。

「ここでエルフと人間が共に住み、ハーフエルフと人間が他国から様々な物資を運びこんでくる。そうやって、アインヘルムは成り立っています」

 青年はそれだけ言うと、アンバーへ帰って行った。ここからは、自分たちでニオを探さなければならない。

「それにしても、綺麗な所ね」

 クリマが馬車をゆっくり進ませながらアインヘルムの風景を見て言うと、リンとサスーリカも頷いていた。

「実は、本当にアインヘルムがあるなんて、信じ切れてなかったんです」

 リンは申し訳なさそうに呟く。たしかにこんな場所、あると断言できる人は少ないだろう。

「ここまでくる旅路で、何度もエルフの奴隷を見てきたからな。エルフにとって都合のいい夢物語として広がったんじゃないかと、俺も思ってたよ」

 それでも、自分たちはアインヘルムにたどり着いた。この世界に来て数十日。ようやくリンを解放した時の約束が叶った。

「ちょっと、そこのお前達」

 夢のような景色に一同見とれていたら、線の細い緑色の髪の男のハーフエルフに呼び止められた。

「何の用だ?」

 どうも相手の声音が強い物だったので俺が答えると、馬車の上にいるサスーリカに話があるという。

「なんでしょうか」

 あくまで穏便に事を進めたいのか、サスーリカは王子としてではなく、旅人の一人として返答を返すと、緑髪のハーフエルフはサスーリカの顔を見て大声を上げた。

「虐殺者だ! 間違いない、この前近くの村を滅ぼした氷の虐殺者がいるぞ!」

 その声に、なんだなんだとエルフとハーフエルフ、そして人間も集まってくる。

「俺はこの前、アイルデンに酒を買いに行った帰りに、村がこいつに蹂躙されているのを確かに見た! 震えて物陰に隠れながら目に焼き付けたそいつの顔を忘れるわけもない! とうとうアインヘルムにまで手を出しに来たんだ!」

 途端に、エルフとハーフエルフが戦闘態勢に移行した。氷、炎、水、風、雷……とにかくありとあらゆる破壊のための魔術に囲まれてしまう。

「み、みなさん落ち着いてください!」

 リンが馬車から飛び降り、周囲のエルフ達に声をかける。

「この方は、私とずっと一緒に旅をしてきました! つい先ほどアンバーについたばかりです! 村長さんに確認してもらえばすぐにわかる事です!」

 自分たちと同じエルフがそう言うのなら、と緊張が若干ゆるんだが、サスーリカの顔を確かに見たと、緑髪のハーフエルフは譲らない。

「それなら、私が真実を見極めましょう」

 人だかりの奥から、静かな威圧感を帯びた、年老いた女性のエルフが歩いてくる。

「族長様……」

 一人のエルフがそう呟いた。おそらく、アインヘルムの長なのだろう。

 リンと同じく真っ白な髪を地面にまで伸ばし、白い瞳は何もかもを見通すような神秘的な力を感じさせた。かなりの歳なのか、顔にはしわが目立つが、不気味なほどに肌は真っ白だった。

 族長と呼ばれたエルフが銀色の線の入ったローブから両手を出し、それを合わせると、光と共に一枚の鏡が生まれた。

「これは、映した者の真実の姿を映す鏡。その人間が虐殺を行い殺人を好む者なら、この鏡に狂気と悪意に満ちた顔が映るでしょう」

 族長はそう説明すると、サスーリカの元へとゆっくり歩いてくる。サスーリカも馬車から降りた。

「エルフを統べる方に出会えて光栄です」

 サスーリカは今も、緑髪のハーフエルフに罵倒されているが、一切動じなかった。

「では、鏡にその顔を映しなさい」

 族長から手渡された鏡に、サスーリカは迷うことなく己の顔を映した。そこに映ったのは、虐殺者の顔でもなく、旅人の顔でもなく、強い意志を秘め、覚悟を決めた男の顔が映し出された。

「なるほど、あなたはきっと、成すべきことがあるのですね。ですが、これが真実の姿なら、何も心配はいりません。あなたはあなたの道を進みなさい」

 族長にこう言われては、ハーフエルフ一人の意見など意味をなさない。だが、だとしたら自分が見た虐殺者の顔はなんだったのかと、緑髪のハーフエルフは戸惑っていた。

「恥ずかしながら、それは私の弟でしょう。アイルデンの第二王子、スティーリア・リ・アイルデンの、欲望と狂気に染まった姿が、あなたの見た虐殺者です」

 弟の罪は己の罪といわんばかりに、サスーリカは頭を下げた。話の流れから、サスーリカはアイルデンの第一王子であることは周知の事実だというのに、頭を下げたのだ。その姿は、族長の鏡などなくとも、無罪を勝ち取れるほどに、凛々しく、雄々しい立ち振る舞いだった。

 悪かったよ、と緑髪のハーフエルフがぶっきらぼうに謝ると、その場は収まった。

「おいクリマ、なんならお前も鏡で真実の姿とやらを見てみたらどうだ」

「嫌よ。どう取り繕っても、あたしの本質はお金儲けでいっぱいなんだから」

「でしたら、カイム様が試されてはどうですか?」

 クリマに茶々をいれていたら、リンが提案した。こんなもの、元の世界でいう占いの類みたいな物としか受け取れなかったが、試すだけならタダだ。ついでに見てみよう。

「おいばあさん、俺もその鏡に映してくれよ」

 族長に何と無礼な口をきくか! とエルフ達に言い寄られるが、敬語は苦手なのだ。

「事実、私はばあさんですからね。そんなに気にする事ではありませんよ。では、こちらに顔を映してください」

 どれどれと、馬車から降りて鏡を受け取った。おみくじを引くような感覚で鏡をのぞくと、どういうわけか、鏡の中が歪んで、何も見えない。

「はて、どういうことでしょう……鏡が歪むということは、映しきれない何か……例えば、長すぎる時間や、もしくは映しきれないほどの膨大な使命があるということなのですが」

 膨大な使命だと? それに関しては分からないが、鏡が歪むのには納得できた。俺はこの世界に突然生まれたようなものだ。つまりまだ、本当の姿も何もない赤子の様なもの。歪んだ原因はそれだろう。

「悪い結果じゃなかっただけ良しとするさ」

 と、到着して早々騒ぎを起こしていると、一人のエルフがコートの袖を引っ張った。

「なんだ?」

 見やれば、まだ小さな女の子のエルフが、アインヘルムの奥を指差している。

「灰色の髪の毛と、黒いコート、それからエルフを連れた人間を待っている人が、二十日くらい前からこの先にいるの」

 全員に衝撃が走った。間違いない、そこにニオはいる。

「ありがとな、お嬢ちゃん」

 言うと、馬車に飛び乗った。サスーリカも戻り、クリマは馬車を進ませる。

 いよいよ、真実とやらを知る時が来た。


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