王子として
数十分後、国王トラント・ディカプリオは金色の装飾が施された馬にまたがり、一面氷漬けの監獄の入り口に降り立った。
「まさか、私にまで氷の魔術を使って従わせる気はないだろうね」
トラントの、妙にねちっこい声に、サスーリカは氷の厚い板を動かし、トラントの目の前に降りる。
「私は、あなたのように力で全てを従わせる気はない。力は、必要とされるときにだけ使えばいいんです」
リンとクリマと共に、大急ぎで二人の会話が聞こえる所まで行くと、顔を突き合わせた国王と王子の話し合いが始まっていた。
「力とは、どこからどこまでが力と言えるのか、考えたことはないのかな?」
トラントが頬の傷を撫でながら言う。
「力とは、体を傷つける事だけが力とは言わない。権力や、時には信仰も力となる。その証が、この傷だ」
「ならば私は、人を傷つける権力も信仰も、この世界からなくそう」
なに? とトラントが疑問を浮かべると、サスーリカは高らかに宣言した。
「私が王となった暁には、王家の血や貴族の血で生まれた者以外からも、新たな王や、国の大臣を選出させる事を、ここに宣言します! そして、Uの領域と会談の場を開き、互いの信仰がぶつかり合うことのないように、人々を導きます!」
「何を馬鹿な! 王族も信仰も、長く、同じものが続けるから力を持つというのに、それを台無しにする気か!」
「それが、あなたを傷つけた力を無くす最善の道です」
その言葉に、トラントは意表を突かれたように狼狽した。
「世界は変わります……いえ、変えます! もうこれからは、生まれを気にする必要のない世界を作り上げて、新たな人間の世界を共に作り上げましょう!」
サスーリカの言葉は、流石は王族というだけあって、その場に氷漬けにされていた皆に届いた。そして、誰かが歓声を上げると、それは大きな波となって、サスーリカを称える声援となった。
サスーリカの名が響き渡る監獄で、トラントは崩れ落ちた。もはやこの国は、サスーリカに従うだろうからだ。
「トラント・ディカプリオ国王に、サスーリカ・リ・アイルデンとして告げます。罪のない人々を投獄した罰として、王座の脱却を命じます」
「わ、私がいなくなれば、この国をだれが納めるというのだ! 私は国王だぞ!」
無様だな、と、声には出さないが思った。狼狽し、民の支持を失ったというのに、玉座にすがる姿は、無様の一言で済んでしまうほどに簡単だった。
「私がアイルデンの国王となった暁に、代理として新たな国王を派遣します。その後に、国民の間で正式な国王を決めていただきます」
トラントは、もう涙目だった。そして悪態をつくと、乗ってきた馬にまたがって、どこへとも消えて行った。
「いいのか? あいつを逃がして」
「もう、彼は一人の人間に過ぎません。何の脅威にもならないでしょう」
クラッドはその場の氷を、騎士たちだけ溶かすと、罪人を牢獄に戻すように伝えた。
「これから私は、サスーリカです。これまでの約束を守るため、そして王となるため、アイルデンに戻ります。おそらく、その時に弟スティーリアと戦うことになるでしょう……これから先も、力を貸してくださりますか?」
「こっちにも事情があるから、それに付き合うっていうのなら、手を貸す」
「二人とも、その前に、あたしの復讐のこと忘れてない?」
蚊帳の外にいたクリマが、呆れるような口ぶりで言う。
「それに関しては、後で大事な話があります」
サスーリカが顔を伏せて言うと、クリマは察したように黙った。
とにかく、色々な事を知れて、サスーリカの記憶も戻った。万々歳だろう。
罪人たちが牢へと戻されていくのを確認すると、サスーリカはクリマに母の仇の正体を教えると言い、監獄から出て、適当な高さの煉瓦に座った。
「おそらく、これから私が話すことは、一般人の三人には知られていない事になりますので、どうか冷静に聞いてください」
煉瓦には座らず、両手を組んで仁王立ちのクリマは、御託はいいから早く話せと急かした。
「……アイルデンには、私の双子の弟、スティーリア・リ・アイルデンがいます。弟の目的はおそらく、第一王子である私を殺して、王になる事だと思われます」
何一つ知らない俺と違い、今の話のくだりを二人は理解したようで、続きを話す様に促した。
「私は、三十日前後前に、王城の中庭で休んでいたところに、ニオと名乗る先ほどの少女が現れました」
「ちょっと待て! それくらいの時に俺もニオに会ったぞ?」
サスーリカは少し考えると、このことは二人で話すことになった。
「話がそれましたが、私は確かにニオという少女に出会い、これから起こる出来事を私に伝えました。未来予知の様なもので、その話の最後には、私がスティーリアともう一人の男に殺されかける、というものでした。そしてそれは実際に起き、私は二人に殺されかける寸前で激流に身を任せたのです」
だからあんなところにいたのね、とリンが口にすると、激流で頭を打って記憶喪失になったとも話した。
「そして、これから話すことが、クリマの復讐の相手が誰なのか、という事です」
三人が固唾をのんでサスーリカの言葉に耳を傾けていると、重たい唇が開いた。
「スティーリアは、国民に私が王殺しの大罪人という免罪を押し付け処刑するつもりでした。しかし、私は逃げました。普通ならあの激流にのまれて死ぬと思いますが、双子というだけあって、スティーリアには私が生きていることが分かっているようです」
もしかして、とクリマが何かに気が付いたように声を出すと、サスーリカは頷いた。
「アイルデン近辺で行われている虐殺行為。そしてその場に残されるメッセージは、スティーリアのものでしょう」
つまり、クリマの母親を殺したのは、サスーリカの双子の弟、スティーリアということになる。
「私が逃げていなければ、こんな事態にはならなかったのです。この責任を取るため私も全力で戦います」
クラッドからサスーリカになって、性格も王子らしいものに変わった。リン以上の氷の魔術を使えるようになったという事は、後は乗り込んで決着をつけるだけだ。
しかし、どういうわけかクリマは黙ったままだった。心配して覗き込むと、その顔には何一つ浮かんでいなかった。
「今、あんた冷めてるやつだなって思ったでしょ」
見透かされていたのか、そう言うとクリマは静かな声で礼を言うと、空を見上げた。
「あたしにとって、復讐は前に進むためのけじめみたいなものなの。だから、目標が定まったなら、後は殺すだけよ」
一粒も殺さないという選択肢はないと、その場にいる全員が察した。
「さてと、それじゃあ宿に戻るわよ。物資の補給が済み次第出発するから、支度は澄ませといてね」
クリマの言葉でサスーリカの話は終わった。なんとなくだが、クリマが復讐に染まった鬼ではなくてよかったと思う自分がいることに、なんとなく気が付いた。
その夜、カルチエはトラントがいなくなった事で、溜まっていた鬱憤を晴らす様に、どこからか酒樽がいくつも抱えられて持ってこられると、そこらかしこで宴会が始まった。俺とリンとクリマも、泊まっていた宿の前に設けられた椅子に腰かけ、テーブルにジョッキ一杯の酒を注いで呑んでいた。いつもはあまり呑まないリンも、羽目を外している。
しかし、俺はまだそんな気分にはなれなかった。ニオの語る真実を知るためには、アイルデンに向かう途中に進路を変えなければならない。そこのところをどうにかするために、先ほどからとある下準備を進めていた。
二つのコインをくっ付かせ、どちらも表にする。この賭けをクリマに吹っかけて、進路を変えようという作戦だ。丁度酔っていることだし、うまくいくだろう。
「なぁクリマ、実は相談があるんだが」
なぁにぃ~と答えたクリマは、もうべろんべろんに酔っていた。
「実は、アイルデンに向かう途中にアンバーという村がある。その付近で用があるんだが、寄ってくれないか」
「いいわよ」
「よし、ならコイントスで……え?」
「いいって言ったのよ。こうして復讐の相手が分かったんだから、多少の寄り道くらいは構わないわ」
あっさり決まってしまった。もっと話がこじれるかと思ったのに……
なら、呑むか!
おかしい。そう気づいたのは、みんなが外で盛り上がっている中、一人でトラントが去った王室を調べている時のことだった。
謂れのない罪で投獄された人の人数と、釈放された人数に大きく差があった。そして、共に出てきたUの領域を統べる『ソワサント』と呼ばれる国に輸送された罪人の数が、差を綺麗に埋めたのだ。
ソワサントで、何かが起こっているというのか? だとしたらなんだろうか……。
この件は、アイルデンに戻り、国王となってから確認しよう。
翌朝、朝食を食べ終えたクリマが馬車の準備をすると言って、手伝いとしてリンを連れて行った後、情報を交換していた。特に、ニオという少女に関してだ。
「俺が、なんというか目が覚めた時、アイルデンとは遠く離れた場所だというのに、ニオはいた」
「私が川に身を投げる前にも、ニオという少女に出会っています。そして、その間の日程は数日しかない」
どんなに早い馬でもたどり着くことは不可能だとサスーリカは断言した。となると、ニオは何が目的で、どういう存在なんだ?
「ニオから、何か大切な話を聞いたような気がするのですが、スティーリアの背後にいた謎の男のせいで、それが思い出せません……しかし、カイムに一刻も早く出会わなくては、と思っていたことは確かです」
「俺も、ニオからアイルデンに行かないかと誘われたな……もしかするとニオの目的は、俺たちを出会わせることだったのかもしれないな」
話を聞いて行けば聞いていくほど、頭に流れ込んできた記憶が激しくうねる。
「とにかく今はアインヘルムへ向かい、ニオの語る真実を聞きましょう。それから動いたほうが、得策だと思いますので」
互いの考えは一致した。後は、真実を知るだけだ。
宿の外に出ると、馬車には食い物や酒がこれでもかと積まれていた。
「なんかあたし達、この国の英雄扱いされちゃったみたいで、これもこれもって、とにかくたくさん物資を貰ったのよ」
運び込むのを手伝ったのか、リンが肩で息をしている。
しかし、これだけあれば十日以上持つだろう。その間に、アンバーまでたどり着いて、アインヘルムへ行こう。
馬車は背後から声援を受けながらカルチエを後にする。ここからが、旅の本番だ。




