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UNSUNG HERO  作者: 二宮シン
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プロローグ

土日に更新となります。

 世界のどこかの、とある時代。煌びやかな装飾の施されたお城の中で、二人の男が、今まさに死を迎えようとしていた。

 片方は、この世界を半分統治する王子。もう片方は、天に選ばれた放浪の旅人。彼らを殺そうとしているのは、欲望と狂気に塗れた男と、復讐に染まった男。彼らが死ねば、この世界は独善的な支配者によって、これからも強者が弱者を虐げる世界になってしまう。もう、そんな世界をただ見ていることは出来なかった。

 ボクは、あくまでこの世界の観測者。本来なら、人間の生き死にや時代の変化に手を出してはいけない存在。ただ見守ることが使命だと心に誓って、長い時を過ごしてきた。それこそが、ボクが存在する意味だから。

 それでもボクは、彼らを死なせたくなかった。観測者としてではなく、人間の未来を願う者として、出来うる限りの事をしよう。


 最初で最後の賭けだ。


 神はサイコロを振らない。だけどボクは神じゃないから、賽を投げた。出目はまだ、わからない。だからこれから出来うる限りの事をしよう。そのためにも、彼を連れていく必要がある。


 金がない。家もない。家族もいない。名前すらない。本当に何もないというのに、借金取りだけはどこまでもついてくる。逃げられないと悟った時にはすべてが遅く、殴られ蹴られ、車に押し込まれ、どこかへと運ばれていく。途中で逃げ出そうと暴れて、当然逃げられずに頭を殴られて意識を失った後、目が覚めたら、薄暗いコンクリートに囲まれた部屋の中で、椅子に縛り付けられていた。口もふさがれている。

「さて、君の事は調べさせてもらったが、生い立ちからここに来るまで、情報が皆無と言えるね」

 椅子の横で肩に手を置いた偉そうな爺さんは、数人の黒いスーツに身を包んだ男たちを率いて立っている。

「唯一あるとすれば、借金があるという事だ。その点に関しては、我々も心得ている。だから……」

ポン、と膝の上に一冊の本が置かれた。ずいぶん厚みのあるそれには、名前は誰もが知っているが、読んだことがない人が多いであろう、『旧約聖書』が置かれていた。

「先日擦りなおされた新品だ。これからの君の事を考えると、読んでおいた方がいいと思ってね」

 とは言われたものの、腕も縛り付けられていて、読むことが出来ない。それを察してか、黒スーツの一人が両手と口だけは自由にしてくれた。

「ンッ……礼でも言うと思ったか。それに、俺は神様とやらを信じない」

 長いこと言葉を発していなかったから、喉を整えてから言ってやると、また一発殴られた。

「まぁ、そう言わずに読んでみなよ。それにしても、外人は皆、キリスト教徒だと思っていたんだがね」

 こちらの風体を見て外人だと思ったのだろう。濁った青い瞳に、灰色でボサボサの髪の毛。それから高い身長。しかし、僅かに残っている記憶からすると、生まれたのは日本のはずだ。

 ともあれ、この後何が起きるかはなんとなく察しが付く。それは、目の前に置かれている丸テーブルに乗った、PYTHON357と記されたマグナムの存在と、先ほどまでの自分と同じように、体と両手と口を縛り付けられた男が、テーブルを挟んで向かい側に座らされているからだ。

「ロシアンルーレットってわけか」

 静かにため息を漏らしながら口にすると、旧約聖書を手に取ってしばらく読む。なぜかゆっくり読む時間だけはくれた。しかし、こんな現実離れした話が世界中で読まれていると思うと、この世界が嫌になってくる。ある程度まで読んで返すと、読ませた意味が分かった気がした。これを読ませて、死んだ後くらいは天国にでも行けるように祈れって事だろう。

「悪趣味だな」

 言うと、黒スーツの男たちを率いる爺さんは両手を叩く。そうすると、薄暗い部屋の壁に映像が映された。

 映像越しに見える人々が、どこかからこちらを見ていると理解する。

「そういう悪趣味な事が大好きな方々は、総じて金払いがいいんだよ。だから、君たち多重債務者二人には、君の言った通り、ロシアンルーレットで命を懸けてもらう。無論、勝ったら自由にしてあげるよ……しばらくはね」

 しばらく、という事は、また追い掛け回されるのだろう。勝てば借金継続で、負ければあの世行き。心底趣味が悪い。だいたいこの借金も、まるで覚えがないのだ。おおかた、俺を捨てた両親なりから受け継いだのだろうが、そのせいで二十五年の人生の大半を、貧乏に過ごしたものだ。

「そろそろいいかね、観客の皆様がお待ちだ」

 爺さんの言葉で、向かいに座る男も両手と口が解放された。おそらくこちらの会話が聞こえていたのだろう。真っ青な顔から、冷や汗を滝の様に流している。そんなことは気にも留められず、マグナムに一発の弾丸が込められると、シリンダーが手の動きと連動して回り、何発目に装填されているのか分からなくなった。

「先行は君だ。理由は、君のほうが借金が多いから」

 そう言われ、マグナムを手渡される。この一発で、せめて爺さんだけでも殺してやろうかと思ったが、映像に写らない遠巻きから、何丁もの拳銃が向けられていた。不審な動きをすれば、すぐさま撃ち殺されるだろう。

 だが、先行か……どちらにせよ借金はなくならないのだ。つまり、いつかはこいつらに追い詰められ、殺される。そんな未来はゴメンだ。だから、せめて最後くらいは、一杯食わせてやろうと決意した。覚悟が決まると、マグナムへ手を伸ばし、頭に突き付けた。

 壁に写る観客も、爺さんも醜悪な笑みを浮かべている――


「ざまぁみろ」

 言うが否や、トリガーを連続して引いた。驚いて止めようとする爺さんや、一瞬だけ視界に入った観客たちが、驚きのあまり目を丸くしていた。

 この勝負そのものを台無しにする。いや、勝負そのものを無かったことにする。そのためには、こうして自分から死にいけばいいんだ。当然死ぬことになるが、正直言って、借金生活には疲れ切っていた。楽に解放されるのならば、その道を選ぼう。

 指が六発目を引こうとした時、目をつむった。来世では、借金のない暮らしがしたいと、何に祈るのでもなく頭に浮かべて。


『見つけたよ』

 死ぬ間際、誰かの声が聞こえた。爺さんでも、観客でもないこの声は、不思議と頭の中に響いて、一瞬が永遠の様に感じられた。


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