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8-1.5.あの日の夜はドキドキでした。

 あの夜は、今までの戦いでのドキドキとは全く違うドキドキが俺を襲った。


 今となってはいい思い出だが、考えてみると、あのときにあんなことが起きたのは予想外で、精神的に危険極まりなかった。


 決戦前夜。

 俺とグレシルは作戦決行まで部屋でくつろぎ、そのままの流れで眠った。

 そのとき見た夢は、俺がルシファーだったころの記憶。天使追放戦争の終盤に天使側に捕らえられ、最後の悪足掻きとして自ら命を絶ったときの記憶だ。

 その夢から覚めた俺の身体は汗でぐっしょりと濡れていたため、まだ寝ているグレシルに書き置きを残し、一人風呂へと汗を流しに向かった。


 そんな決戦前夜の、その風呂での出来事だ。





 風呂には先客はいなかった。

 決戦前夜とでも言うべき今は、この大きな湯船に一人居座って物思いにふけるのも悪くない。


 そんな気分に浸っていると、突然風呂の扉が開いて誰かが中に入ってきた。

 湯気で多少は隠れるものの、昔から目の良い俺はそれがグレシルだと一瞬で分かった。


「お前…何で…」

「一緒に入る」


 その彼女は俺の言葉を遮ると、ここが男湯であることを含めた一切の躊躇いもせずに俺の横で浸かり始めた。


 服の上からでも分かるメリハリのあるベルさん型でもなければ、モデルのような細長いリンさん型でもない。

 言ってしまえば、コンパクトに収まったスウ型だ。そしてその身体は、キメが細かく滑らかな絹ごし豆腐のよう。

 簡単に折れそうな細い手足は、どこから戦闘時の力が出るのか分からない。

 タオルを巻いているため全てが見えるわけではないが、しかし俺にとってはそんな身体のパーツなんて関係なく、この状況だけで少し緊張した。


 一緒に寝たことはあったが、一緒に風呂に入ったことはないのだから。


 グレシルは、頭を俺の肩に乗せて静寂を破る。


「作戦が始まる。ユキナガは、私の傍から離れちゃダメ」

「ああ、分かった」

「ユキナガは、私が守るから」


 男女で立場が逆な気もするが、能力のなかった俺にとっては正直その言葉はとても心強く、ありがたい。

 グレシルに答えるように俺は、肩の上の白い頭に自分の頭を乗せた。



 そこからしばらくの無言のあと、髪を洗ってあげるという彼女からのお誘いがあった。

 わずかな胸の高鳴りを残し、俺はそれを快く受け入れた。


「どこか痒いところはありませんか」


 後ろからの声は少し踊っているようのも聞こえた。俺の頭に触れている手からも、テンションが高くなっているのが伝わってくる。


 グレシルは元軍人。普通の人にとっては何気ない日常を、彼女は一切送ってこなかったのだ。

 少しくらい気分が跳ねるのも仕方ない。むしろ微笑ましいくらいだ。


「上の方が痒いですね」

「分かりました」


 髪を洗う手は頭のてっぺんまで登ってきて、痒いところをピンポイントで掻いてくる。意外と上手だ。


「流しますね」


 こうして俺の髪を洗い終えたグレシル。鼻息が勢いよく出そうなドヤ顔をしたと思えば、今度は物欲しそうな顔になって椅子に座った。


 攻守交替。俺がグレシルの髪の毛を洗うことになった。

 彼女の白い髪は、水に濡れるとしっとりと柔らかくなった。まるでシルクだ。髪は絹、身体は絹ごし豆腐。グレシルは絹からできていた。

 そんな冗談を考えてしまうほど、いつの間にか俺も上機嫌だ。


 一通り演技も終えて、再び静寂の中湯船に浸かる。ポジションはさっきと同じ、俺の肩に頭を乗せて俺がそれに乗せ返す。

 そのまま作戦決行の一時間まで、俺たちはずっと隣でお湯の中にいた。


 結果、若干のぼせた状態になった。

 そして二人してベッドに横になっているときに、ちょうど招集がかかる。


「二人とも、もう行くぞ。早く準備をしろ」


 ベルさんに軽く怒られながら、急いで支度をして大広間へ向かった。





「お風呂、入りすぎた」

「たしかに。あのときの俺たち、手がふやけてたもんな」


 部屋のベッドに寝転びながら、思い出話に花を咲かせる。

 三界の開発が落ち着いたあと、UDのみんながはどこかへ消えてしまった。今の居場所が分かっているのはグレシルだけ。

 だからと言って特別探すことはしないが、みんなどこかで普通の人として暮らしているはずだ。



 また会う機会があったら、俺たちの惚気話くらい聞かせてあげてもいいだろう。

 そのときまで、そしてそのあとも、何事もなく平和が続いてほしいと、隣で寝る娘の小さい手を握りながら改めて感じた。


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