偽善
各タイトルの考え方については、あくまでも各キャラの個人的意見です。
「各キャラ」の個人的意見ですので、時には作者の考え方とも異なる場合があります。
窓から朱く、柔らかな日差しと共に、運動部の喧騒が聞こえてくる。
ここは部活棟四階にある読書同好会の一室。
一般的な学校にある教室の半分程度の広さしかないが、4人しかおらず、また全員揃うことも滅多にない会員たちに不満はない。
部屋の真ん中には長机、椅子が四脚、左の壁にはホワイトボードと小さいロッカー、右の壁には小さいながら台所が備えられている。
正面に本棚がずらりと並んでいるところが唯一『読書同好会』といえる要素であろうか。
そんなスペースの中、本棚を背に椅子に座っていた女性が口を開く。
「ねぇ、偽善ってどう思う?」
静かな部屋の中に響いた唐突な声。
澄んだその声はふわりと耳に入り、突然の問いかけにも関わらず不思議と聞き漏らさない。
また、誰に話しかけたかが抜けていたが、今この部屋にいるのは彼女と自分の二人しかいない。
故に明らかに独り言でない問いかけならば、必然的に自分への問いかけと言うことになる。
「いきなりなんですか?先輩」
いつものことながら一応非難めいた口調で言う。
この先輩は物静かそうな印象とは裏腹に好奇心が旺盛であり、たまに頓珍漢なことを言い出す。
これが首席だというのだから世の中分からないものだ。
「ほら、ここなんだケド…」
いつの間にか隣まで来ていた先輩に一瞬だけたじろいで、先輩の指す本を見る。
そこにはいかにもバトル物の主人公っぽいキャラが、これまたいかにも敵役兼ライバル役っぽいキャラに「お前は偽善者だ!」とか言われているシーンが描かれていた。
どうやら先輩は漫画を読んでいたらしい。
読書同好会は、当たり前だが読書好きのための同好会である。
それが本であるのなら、そのジャンルは問わない。
漫画にラノベ、哲学書に雑誌、新聞に自己啓発本…なんでもありなのだ。
そして目の前の先輩は読書に関しては雑食に近い。
延々と精神論を垂れ流す自己啓発本や、ニュースを見れば済む新聞はあまり読まないのだが、それ以外はなんでも読む。
とくにストーリー性がある物を好む。
「いきなりこのシーンだけ見せられてもなんとも言えませんが…偽善は偽善でしょう?偽物の善」
「違うの。偽善の意味は分かるの。でも偽善の定義は?」
「定義、ですか。なら善ではないことをさも善であるかのように見せる…言わば詐欺行為のこと…ってな感じでどうでしょう?」
「私もそんな感じだと思う。でもそれだと、この主人公のように『善だと信じて行った結果、実は善ではなかった』という状況は偽善ではないことにならない?」
先輩が眉を顰めながら言う。これは先輩のクセだ。
確かに偽善とは言わば『ウソ』だ。ならば良かれと思ってやった行為が裏目に出た時、人はそれを偽善だと言うだろうか?
否、答えは否である。必ずというほどではないが、普通ならその気持ちを汲み取って、むしろその気持ちこそが善だと、結果は関係ないと言うだろう。
ならば偽善とは…
「結局、偽善という言葉自体は『悪意ある嘘』だと思います。そこに悪意が無ければそれは偽善ではない。しかし、どんな善行だとしても、結果としてそれが受け取る側にとって悪となってしまったのなら、受け取る側にとってそれは偽善なのでしょう」
「なるほど、つまりは偽善とは、『善行を行う者』ではなく、『悪行を受けた者』が定義するものということね」
「ええ、なんだかセクハラとかパワハラに似てますね」
そう言うと先輩はクスッと笑ってから
「まぁ、人は結局似たようなことを言葉を変えて繰り返すからね」
そう締めくくった。
なんだか最後の言葉を言ってみたかっただけのような気もするケド、満足したらしく満面の笑みを浮かべお礼を言ってくる先輩に僕は何も言えなかった。
そして二人ともまた本に目を落とし、自分の世界へと没頭していく。
20○○.6.12 記録担当者 『僕』
部活棟は様々なサークルがその拠点としている、キャンパスよりやや離れた場所にある建物です。
本来なら数名しかメンバーのいない規模で、さしたる成果もない同好会に与えられる部屋はないのですが、キャンパスから離れており、四階という立地の悪さから人気がなく、さらに中でも一番狭い部屋であったこと。また「先輩」が大学でもトップクラスに優秀な生徒であったため、読書同好会が使用許可を得ています。