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想い

作者: 桜井 広海

 小説だから出来る物語に仕上がっております。驚きの展開がいくつか隠されています。全てを理解した後、また読み返して見てください。



1.きっかけ




カレンダー通りに休める職業ではない。


サラリーマンと違って休みはバラバラだが、金曜日の夜が好きだった。


 週末の金曜と土曜の夜だけ、いつも行くバー ”ブルーノート” はピアノの演奏が入る。オペラ歌手のような女がドレスに身を纏い、華麗なる演奏を始める。


ときには客のリクエストにも答える。ムーディーで大人の空間には気品さえ漂う。そんな心地良い時間の中に貴生は毎回身を委ねるようにして佇んでいる。


週末に味わえる安らぎは、貴生の生活には、なくてはならない。


 それからもう一つ。


金曜の夜を好きな理由がある。



優だ。



 優とはもう、ここ1年くらい、だいたい毎週このバーで会っている。


初めて出会った時の優は印象的だった。



貴生は一人、時間を持てあましていた。


 カツカツとヒールを鳴らし、勢い良く扉を開けるとカウンターへやってきた。


「スティンガー」


彼女はそう言って席についた。ブランデーベースの辛口の酒を注文したのだ。

 酒が弱い女を落とす時に男が飲ませるカクテルだ。


珍しいな…そう思って横目でチラリと彼女を見た。


そんな貴生に気が付いた優は、ねぇねぇ。と言って話掛けてきた。


「世の中にお酒がなければ、もっと荒んだ世界になっていたと思うの…そうは思わない?」


 頬が少しピンク色に染まっていた彼女は何処かで何杯か飲んで来たのだろうか…失恋でもしたのだろうか?そんな推測をしていると、優は俺に言葉の隙を与えない様に軽快に話出した。


「大人って大変よね…悲しい事もストレスも沢山あるじゃない…そんな時でも、お酒があれば一時的でも忘れられるでしょ?それって凄く大事だと思うのよ。あなた強い?ウイスキーが似合いそうね?あたしは、お酒が飲めない男の人って嫌い。つまらない」


 よく喋るな…そんな風に思いながら笑いかけると、優は俺の顔を覗き込む様にみて言った。


「今度あたしと勝負する?」


上目使いで言った。

背中のパックリ開いた黒いドレスで胸の谷間を見せつける為にある様なワンピース。長い髪は顔の小ささを協調している。

 

こいつ…誘ってんのか?俺はそんな風に思ったが笑顔でかわした。


「いいですよ…いつでも。」


 どうでもいい女なら適当にかわして場所を移動すればいい。けれど俺はそうしなかった。

理由を聞かれても上手く説明出来ないがある種の人を引き付けるオーラがあったのかもしれない。


「いつにします?来週なら火曜がいい」


 貴生はわざとらしく、そう言った。


彼女の驚く顔がみたかった。冗談だったのに…本気にしてるわ!と言う言葉の込められた「え?」と言う表情を…見たかった。

 だがしかし、彼女の口から出た言葉は戸惑った様子もなく。断ち切るような鋭い一言だった。


「ダメ。火曜はダメなの…」


そう言って一瞬悲しい表情を浮かべた。火曜は彼氏とでも会うのか?一瞬思ったが少しの間を空けて彼女は答えた。


「…火曜、水曜、木曜、土曜、日曜はダメ。私、水商売やってるから…」


あぁ、なるほどね…そう思い、どこかホッとした様な自分の感情に驚いた。…男ではないのか…

 

水商売をしているらしい事は服装や仕草から想像は出来た。


 だが、彼女の瞳の奥にある寂しさは何処から来るのだろうか?


そんなことを考えていると彼女は鞄から名刺を取り出し、はい。と可愛らしく両手で差し出した。


「…どうも。」


貴生は彼女から名刺を受け取ると自分の名刺を彼女に差し出した。


 その時初めて優の名前を知ったのだ。水島 優。


「これ本名なんだよ。お店は莉子りこ。お店の名刺はお客さんだけ。こっちはプライベート様よ!こっちは数少ない人しか持ってないんだから!!」


 優は笑った。


それからほぼ毎週、優とは会っている。優は俺をどう思っているのか知らない。だが、毎週の様に会っている。


会えば楽しそうに話す。



けれど、お互い約束はしない。金曜の夜、このバーで会う。ただそれだけだった。




       それだけ…。


優にとっては本当にそれだけなんだろう。


だが、貴生は違っていた。


  優の事が好きになってしまった。


この一年間、毎週の様に会い、話す。そんな風に時間が過ぎて行く中、貴生の中で何かが少しずつ変わっていった。


好きだという感情を抱いたのは、このバーに来てから初めてだ。


貴生は優と会うのを楽しみにしながら毎回ソワソワして時計を気にしていた。


だが、絶対に気持ちを告げる様なことはしない。言わなければ、こうして毎週会っていられるからだ。


切ない想いは女子高生みたいだと…気持ちを伝えてしまえば会えなくなるかも…と勇気が出ない自分を女々しい男だと我ながら思う。


チラリと時計を見る。



        ”彼女がもうすぐ来る時間だ・・・ ”



そう思うだけで不思議と顔がニヤケて来る。貴生は小さく首を振りクールに装う。


勢いよく、開かれたドアから、顔を覗かせたのは、正しく優だった。


貴生は笑みを押さえ切れず口元が緩む。


優はゆっくり近づいて来る。


この一年近く、ずっと抱いていた感情を不意に伝えたくなった。


彼女の顔を見て悪魔か天使かわからない俺の中の誰かが囁いた。




  ”好きならば気持ちを伝えなければ一生このままだぞ…いや、いつしか彼女はこのバーに来なくなるかもしれない。”





 判ってる。俺だって…判ってる。



心の中で自分を落ち着かせようと深呼吸をする。


優は貴生の顔を見るとニッコリ笑った。


だが、その笑顔に力がない。いつもと違った表情は何を意味していたのか、この時の貴生にはまだ何もわからなかった。


いつも強い酒ばかりを飲む優がこの日は軽いカクテルを注文したのだ。


「今日はどうしたの?珍しいね…?」


貴生が言うと、時計をチラチラ気にしながら ”えぇ ”と答えるだけだった。


硬く緊張したような顔をマジマジとみながら、貴生は遅かったかもしれない…と思った。


しばらく二人は無言のまま時間は過ぎていった。



 キィィ…


バーのドアが開くと優は素早くドアに目をやった。


「ごめん。ごめん。ちょっと待った?」


軽く手を上げてやって来た男は優を見ている。


がっちりした体形にサッパリとした髪型。キリリとした印象。程よく焼けた肌はスポーツマンらしい雰囲気を醸し出す、好青年と言う言葉がピッタリだ。


かんちゃん…」


貴生は今まで一度も見た事のない様な優のとびきりの笑顔に愕然とした。


この曇りのない晴れ晴れとした笑顔に貴生は肩を落とした。勝ち目がないと思った。



 ”伝える前に終わったな… ”


そんな風に思った。


男は優の隣に座ると周囲をキョロキョロと見渡して言った。


「君がよく行くバーってここだったんだ。確かに雰囲気もいいし、ゆっくり一人で飲める感じだ。」


爽やかな笑顔で彼女を見つめ言う。


こいつには勝てないと言う脱力感とくやしさが貴生を襲う。


彼女はゆっくりカクテルに口をつけた。


 「うん。お気に入りの場所なの。毎週金曜日に来てストレス発散!!」


彼女は屈託のない笑顔で、男を見つめて言う。


「俺も毎週通おうかな〜。」


男の言葉に貴生は心の中だけでつぶやく。


”ここは彼女と俺の場所なんだ。毎週来て見せつけられたんじきゃたまんねぇよ。”


彼女はニッコリと微笑み、貴生を見て言った。








  「ダメよねぇ〜ここは私がマスターに愚痴や悩みを相談聞いてもらう場所なんだから!ね?」


貴生は向けられた言葉に、”そうです。いつもお話伺ってます。所でお客様、今日は何を飲まれますか?”と答えた。


「じゃあサイドカー。」


「かしこまりました。」


貴生はカクテルを作った。







2.秘密


彼女が男を連れて来た次の週、優は一人でやって来て、水割りを二杯飲んで帰った。ある事実を話して…


 あの日以来、優はこの店に来なくなった。


もう一ヶ月が過ぎようとしている。


貴生は何も出来ないまま優が来るのを待つしかない。



金曜の夜。


いつもの癖で8時過ぎると時計を見てしまう。4週連続で訪れない、一人の客を待っているのは、紛れもなく貴生が優に惹かれていたからだろう。


8時半を過ぎた頃、ゆっくりと、店のドアが開かれたので、貴生は、反射的にドアに目をやった。


ヒールをコツコツと鳴らしながら、やって来たのは優だった。


驚いた。一瞬にして貴生に動揺が走った。


女神の様な顔は左目に眼帯を付け、頬に大きなばんそこうが貼られている。左手に包帯も巻いていた。


あの男にDVを受けているのか?…一瞬そう思ったが貴生は何も言わない。


優は貴生を見るとニコリと判りやすい作り笑いを浮かべた。。


「…何かあったんですか…?」


貴生が聞いても優は何も言わず無言で椅子に腰掛けた。


それから右手を頬にあて、深いため息をついた。


「強いお酒ない?テキーラでもいいわ…とにかく酔いたいの。」


貴生は、店においてある中でも一番強い酒を手に取った。


「こんなの飲んだら帰れなくなるよ?」


じっと睨みつける様に貴生の顔を見つめ、



      「お客が飲みたいって言うんだから、つべこべ言わず出してよ!!。」


怒鳴る様に言った優に貴生は目を丸くして驚いた。


そんな貴生の表情に気がついた優は両手を顔にあてた。


「ごめんなさい…あたし…そんなつもりじゃ…」


泣きだしそうな優に貴生はウイスキーのロックを優の前に置いた。


「大丈夫ですよ。さあ、これでも飲んで、何かあってんですか?」


優しく言った。


「ありがとう…」


そう言ってウイスキーを一気に飲み干した。


「もう一杯。」


貴生は黙ってウイスキーをロックで作った。


優はカウンターにだらりと両腕をのせ、顔をうずめている。


ふさぎこんだまま小さくつぶやく…




         ”何の為に…”




貴生は優に何も言えずにいた。



顔をあげた優は潤んだ瞳で貴生を見つめた。


貴生は思わず目をそらす。どうしていいのかわからないのだ。


「マスター。お願い。今日は話聞いてくれる?」


泣きだしそうな目で唇をキュッと噛みしめている。


「今日は、じゃなくて、今日も、じゃない?」


笑顔で言った貴生に対し、優はぎこちない作り笑いを浮かべた。


「いつだって、なんだって、聞きますよ。」


貴生がそう言うと、優はウイスキーの中の氷を指でクルクル回しながら話を始めた。


「この間、ここに連れて来た寛太かんた君、初恋の人だった…小学生の時も好きだったけど、走るのが速いとか頭がいいとか…ただの憧れだった。でも、中学生の時、彼への感情は違ったの…彼はいじめられてた私を唯一助けてくれた人だった。」


優はそう言ってから、ぼんやりグラスを眺めた。


「私、変な奴だっていじめられてたのね…で、体育祭で転んだ時だった…。勢い良く顔面から倒れて鼻血出しちゃって…周りの皆はダサイとかキモイとか言いながら笑ってた。悔しくて…情けなくて…ボロボロ泣いてた。そしたら、彼だけが、駆けつけてくれて…言ったの。


 ”誰だって転ぶ事あるだろ。笑ってないで助けてやれよ。 ”って…。


そんな彼を私はただ、ボーっと見ている事しか出来なかった。 ”大丈夫か? ”って差し出すその手を無言で掴んだ。」


昔を思い出す様に…時折、何処か遠くを見つめながら、優は少女の様に微笑んだ。


「彼の肩を借りて保健室まで歩いたの。周りの皆ザワザワ騒いでたけど彼は全く気にする事なく正面を見てた。凛々しい横顔を歩きながら眺めてた。この時、彼を好きになった。…単純でしょう…」


優は笑うが本来の笑顔でない事は、一ヶ月前の笑顔を知っている貴生には一目瞭然だった。


いったい何があったのか…優の悲しい顔は痛々しく思えた。


「だから、いつも見てた。遠くから見ているだけでよかったの…好きだからこそ近づけなかった。

自分なんて彼に釣り合わないし、告白なんて出来ないから…」


クルクル指でウイスキーをかき回し氷が浮力で回るのをみつめている。


「彼ね、クラスでも人気者だったのよ!皆から寛ちゃん!寛ちゃん!って呼ばれててね…私も呼びたかった…でも、言えなかった。…どうしても…あの頃のあたしは…言えなかった」


下を向き溜息をついてグラスを手にすると一気に飲み干した。


ふぅ〜っとゆっくり息を吐くと ”シンガポールスリングが飲みたい” と言った。


貴生は言われるままにカクテルを作り彼女の前に置いた。


優は ”ありがと“と言って自分の近くへグラスを引き寄せた。


軽く口をつけて ”美味しい ”と言った。

 

「一度好きだと認識してしまったら気持ちを止められなかった。可愛くなりたかったし誰もが認めるような素敵な女の子になって…いつか彼の元へ現れようって…今の私じゃ絶対無理だから、だから私の事は忘れて欲しかった。覚えていて欲しくなかったの…綺麗になったら必ず彼を探し出して告白しようって思ったから、中学の頃の私は覚えていて欲しくなかった…だから一生懸命努力したわ。ダイエットもしたし雑誌でメイクの勉強もした。中学生だったから、お金なんてほとんど持ってないから、少ないおこずかいコツコツ貯めて、母の日のプレゼントに見せかけて初めて化粧品買ったの。なんか悪い事してるみたいにドキドキした。」


笑顔と切なさが混じった表情で話す。


「その日から毎日、メイクの練習したわ…綺麗になる為なら何でもしたかった。でも父親に見つかっちゃって…激怒されてメイク道具全部取られちゃったの…勝手に入って来ないでって言ったのに…怒鳴り散らして化粧品まで取り上げられて…みっともないだとか恥を知れ、だのずっと言ってた。だから早く家を出たかった。働いて自分で稼いだお金なら文句も言われないで済むし、中学生じゃバイト出来ないから…」


 グラスを傾けた。


貴生は無言で話を聞いた。切なく話す優を見放すわけにはいかないのだ。


一気に飲み干す。

相変わらず飲みっぷりがいい事に関心する。


「今度はレッド・アイ」


貴生はうなずいてカクテルを作る。


「だからね…高校なんて行く気なかったの。やらなきゃいけない事が沢山あった。でも、父は激怒して私を殴った。”目を覚ませ ”って…母は泣いてた。それ以来、私に父は全く話かけなくなった。中学卒業まで必死に耐えたの。」


優の言葉を、優の気持ちを貴生はあまり理解していなかった。何故こんなにも綺麗になる事にこだわっていたのだろう…女心?ならば貴生には一生判らない…


「中学の卒業式の後すぐに家を出たわ…それしか方法なかったの…両親は私の想いを理解してくれないから…」


優が高校にも行かず、家出をしてまで綺麗になりたかった理由わけ…彼をそこまで好きだから故の突発的な行動…貴生はそんな風に考えていた。


「家を出て、真っ先に新宿へ向かったの。手っ取り早く稼ぐには新宿が1番って安易に想っててね…ウロウロしてた。…そんな時、声掛けられたの…君何してるの?って言われて家を飛び出してきたって言ったの。そしたら、ウチの店で働かないか?って言われて、その男の人について行ったの。子供の頃に知らない人について行ったらダメよ。って散々言われてたのにね…」


 優は右手を頬に当てて左手でグラスをもっている。ちょっとはにかんで首をかしげ、困った様な悪戯っ子の様な顔で笑っている。


「私、迷子の子供みたいにキョロキョロしてた。知らない世界に迷い込んで右の左もわからなくてドキドキしてた。薄暗い路地の奥にある怪しげな店の前で止まって ”ここ ”って指、指したそのお店が今私が働いてるお店。騙されるんじゃないかってドキドキしたけど、そんなことなくて皆いい人だった。その時まだ私16歳でしょ、お酒飲めないし夜遅くまで働くの本当はダメなんだけどね…ママはウーロン茶をウイスキーと言ってあげるから大丈夫よ。って明るく笑い飛ばしてくれた。ここで働こうって決めたの…。」


貴生は優の話に聞きいっていた。ホールの男が差し出すメモを見ながらカクテルを作る。手を休める事なく話しを聞く。両方をこなしてこそバーテンなのだ。

 

「それで?」


貴生の言葉に優は口元に運んでいたグラスを置いた。


「想像してたより皆、明るくていい人達だった。陰険なイジメなんて全くないし色々教えてくれたわ。住み込みで働かせてくれたし、なによりも楽しかったの。だから毎日働いた。水商売始めた頃なんて一日も休まず働いた。とにかくお金が必要だったから、そのためなら休みなんていらなかった。お店での評判の結構良くてね…だけど中々お金貯まらなくてね…昼間働く事にしたの…」


 切ない表情のまま優は淡々と話す。 


「昼間は近くのコンビニでバイト始めたの。ちょうどお店のママの知り合いが店長してるコンビニが近くにあってね、話を通してくれたの。きつかったけど…寝る時間もなくて倒れそうな毎日だったけど、頑張れたのは早く彼に会いたかったから…でも、こんな再会…望んでなかったのに…」


悔しそうな表情で握り締めた拳を、トンッと軽く振り下ろした。


「私から会いに行くつもりだったのに…完璧になったら…自分が納得行く様な女の子になれたら寛ちゃんに会いに行くんだって決めてたのに…神様は意地悪だわ…」



優は涙を浮かべた。


貴生はポケットに入れていたハンカチを無言で微笑んで優の前に差し出した。


「ありがとう」


涙を拭う優は本当に可愛いらしく、思わず抱きしめたくなる。


 しかし、貴生は知っていた。だから何も言わない。


「豊胸手術、鼻にプロテーゼ、目を二重にエラも削った。後、一箇所だった。もう少しだったの…もう少しで納得の行く自分になれたのに…寛ちゃんがね…偶然、私が働いてるコンビニへバイトの面接にやって来たの…。一目で判った…。寛ちゃん全然変わってなくてビックリした。彼の家、母子家庭でね…大学行く費用貯めるのに必死で、二年間浪人して大学入って…二年目で、春休みや夏休みを利用してバイトしたいって…ありえないでしょ…こんなに広い世の中で…こんなに沢山のコンビニがあるのに…なんでって思った。」


もしも、神様が存在すると言うのなら、もしも俺が考えてる展開ならば、本当に意地悪だ。貴生はそう思った。


「店長は即採用してた。私は動揺して動けなかった。寛ちゃんは全く気が付いてなかったけど、時間の問題でしょ…ママに紹介してもらった店だから急に辞めるわけにもいかないし…どうしたらいいのかわからなかった。まだ会いたくなかったのに…準備整ってなかったし、覚悟決めたら私から会いに行くつもりだったのに…」


両手を顔にあてて泣き出した優は肩を小刻みに震わせている。そんな状況に貴生は心の中だけでつぶやく。


      ”俺だって、この気持ちどうしていいのかわからないよ…”


 貴生はグラスを拭きながらそんな風に思った。



無言で立ち尽くしているの優は、涙を拭って痛々しく笑った。


「寛ちゃんは気が付いていなかった。私の名前みても何も言わなかった。でも私はいつもビクビクしてた。いつかバレるんじゃないかって…彼と毎日バイト一緒になって話す様になって…やっぱり好きなんだって確信した。楽しかったの…夢の様だった。そしたら彼がね…言ったの… ”ゆうさん今度映画でもいきませんか?観たい映画あるんですけど誰も付き合ってくれなくて… ”って…ビックリした。嬉しいのに心の奥では怖かったの…でね、映画何見るの?って聞いたら、”宇宙人襲来 ”って…小学生の時、UFOとか宇宙人とか一時期流行って、彼は宇宙人いるんだって言い張って宇宙人調査隊作って皆をあっと言わせる!!って張り切ってた。だから、まだ宇宙人とか興味あるんだって思ったら彼は全然変わってないなって思わず笑っちゃった。私は全てを変えようとしているのに…」


下を向いて悲しく微笑む。見ている貴生も辛いのだ。


「彼が ”優さんなんで笑うんですか?宇宙人とか信じてないでしょ?いるんですよ! ”って真顔で言うから私、昔からいると思ってたよ。映画面白そう。って答えたの。そしたら、”良かった〜宇宙人の映画なんて言ったら断られるかと思った… ”って、それで映画に二人で行く事になったの…本当のデートみたいな気がした。楽しくて嬉しくて…断れなかった…まだダメだって判ってるのにあんなに楽しい時間、人生で初めてで…」


瞳をキラキラさせて、何処か遠くを見つめるような顔をした。喜怒哀楽が判りやすく表現する子だな。と思う。


「それから…何度か誘われて、二人で遊びに行く様になったの…どんどん好きになっている自分の気持ち抑えるのに必死だった。私さえ何も言わなければ大丈夫だと思ってた。でも違った…」


再び曇り出したその表情は悲しい結末を予感させた。


「一緒に食事に行った帰りだった…並んで歩いてたら急に彼が立ち止まってね…真剣な顔で私に言ったの… ”付き合ってくれませんか? ”って…私驚いて…何も言えなかった。彼はゆっくり私に近づいて来てピンクのネックレスを差し出したの… ”明日、OKなら、それつけてバイト来てくれないかな?ダメだったら捨てちゃっていいから ”って…彼それだけ言って走って帰ろうとしたの…私は涙が溢れて動けなかった。明日なんて返事出来ない…どうしてこうなっちゃうんだろうって悲しくなって…悔しくて…神様が憎かった…」


 好きな相手から、告白されて、こんなにも辛そうな顔をしている人を始めて見た。貴生はそんな風に思いながら優をみていた。

レッドアイは中々減らずグラスに水滴が付き、氷が溶けてきている。グラスを見つめながら優はため息をついた。


「ネックレス…受け取らずに返そうと思って彼を追いかけた。その時、私泣きながら飛び出したものだから信号赤だったのに気が付かなくて…目の前にトラックがやって来て…動けなかった。 ”あっ ”って思った瞬間、足はまるで地面にくっついてしまった様に動けなくて…私を撥ねたの…ドンって大きな音がして宙に舞い上がる私の体はまるでスローモーションの様で…周りで見ている人達が目に入った。その中に彼もいた。ドサッて私の体が地面に叩きつけられて辺りは真っ暗になった。痛くはなかったんだけど目を開けれなくて周りの人の声だけが耳に入った。私が撥ねられた事に気が付いた彼がやって来て ”優さん大丈夫ですか!! しっかりしてください優さん!!”って…声が聞こえて…だんだん遠ざかって…気づいたら病院のベットにいたわ…目が覚めたら目の前に彼がいたの…」


あぁ…それでその怪我の後か…貴生はそう思い優の顔を見た。



「怪我はたいした事なくて全身打撲と左手の骨折くらいだったの。病院の先生は困った様な顔をして言葉を選ぶ様に、ため息を付いてから言ったの。 ”ご両親に入院してる事報告した方がいいんが…”って、だから私言ったの…両親とは喧嘩して家飛び出して以来、連絡取ってないんですって…そしたら先生は私に背を向けてつぶやいた…”なるほどねって…”彼は不思議な顔してた。先生が彼をチラチラ見ながら ”じゃあ誰にもこの事は伝えないのかね? ”って…私には色んな意味に聞こえた。今はまだ両親と会う覚悟出来てないです。って言ったんだけど彼が気を利かせてくれて ”言いづらいなら俺が話そうか? ”って言うの。何も知らないから…今さら連絡したって、私の事なんて忘れてるわ。って言ったら…”子供を忘れる親なんていないよ。きっと心配してる。 入院の事伝えた方がいいよ”って言うから…もういいやって思っちゃって…どっちにしろ彼にはわかってしまうから…だからメモに電話番号書いて渡したの。彼は公衆電話に行って来るって出て行った。バタンってドアが閉まった瞬間、涙が溢れて止まらなかった。」


そう言って、その出来事が今起きてるかの様に優は本当に悲しそうな顔をした。


目の前にあるレッドアイをゆっくり手前に引き寄せて一気に飲み干す。そのままグラスを右側へスライドさせて塞ぎ込んだ。


貴生は優しく話しかける。


「何か新しいカクテル作りましょうか?」


優は無言で首を振った。


貴生は優の目の前に水を置いた。


優は塞ぎ込んだ体勢のまま顔を上げて話出した。


「何分かして、彼が戻って来たの。暗い表情をしてたけど私の顔をみて明るく振舞ってた。

 ”両親に話して来たけど心配してたよ。ゆうは無事なんですか!?って物凄く驚いてた。 ”って…彼、私に気を使って嘘付いたの。そんなこと言うはずないから…絶対にそんな事言うはずがないって確信出来た…だから彼に聞いたの。ゆうなんて子、うちにはいません。って言われなかった?って…彼、私を一切見ないで小さくつぶやいた。 ”心配してたよ…”って…優しい人なんだなぁ…って改めて思って…だから余計に言いづらかった。でも、もう終わり…寛ちゃんの優しさに触れれば触れる程、騙してる様で辛くて苦しかった。」


 騙してる様で辛くて苦しい…優の本心だ。何故、優がこんな目に合わなければいいのか…出会うのが早過ぎた…神様は優を苦しめていて嘲笑っているとしか思えない…貴生はそう思うと怒りさえ込み上げてきた。


「それで君は彼に…話したの?…」


優は何も言わずに頷いた。


「顔見るの怖くて私彼に背を向けて言ったの。私…ゆうじゃないんだ…マサルなんだ…ってね。」


目の前にいる人が男だとは、話しを聞いていた貴生には未だ信じられない…貴生の恋は出会った日から終わっていたのだ。優は泣きながら話した。



「彼の顔は見れなかったから、どんな表情してたのか判らなかったけど、…嘘でしょ?って言った後、ずっと黙ってた。暫くして彼は無言のまま病室を出ていったの…私はドアが閉まった瞬間、涙が止まらなかった…彼とは、その日から会ってないの…。」


涙を拭いながら、何処か遠くを見ている様だった。


「ずっと好きだった…中学の頃からずっと…彼の隣に並べる様な女の子になりたくて一生懸命頑張ったの…16でおかまバーに勤めてママにメイクやしぐさ指導してもらって、”女になりたいなら海外で手術してきなさい。その費用はウチで稼ぎなさい” って言ってくれた。だから死に物狂いで働いた。もう少しだったの…後少しで完璧な女の子の体、手に入れられるはずだったのに…自分に自信がもてたら、彼を探し出して会いに行くつもりだったのに…こんな偶然望んでなかった…こんなのって…ないよ…もう少しって所で彼と偶然出会って、彼から告白されるなんて…ありえないでしょ…」


見ていられなかった。どうしてこんな偶然が起きるのだろう…どんなに努力してもどんなに頑張っても報われない事がある。しかし、これは一体何なんだ。報われなかったとしても告白するチャンスさえないなんて…


貴生は言葉を失った。何と言っていいのか判らなかった。


「退院してバイトに行ったんだけど、もう辞めてた。私の前から居なくなっちゃってた…けど…内心ホッとしてたんだ…顔合わすの辛いから…あの時、彼が帰った事が答えでしょ?ずっと努力し続けてきたのに…私が全て悪いの?」


泣きじゃくる優に貴生は何も言えない。”君が悪いわけじゃない”っと思っていても、どう言葉にしていいのか判らないでいた。優は自分のバックからハンカチを取り出した。


「幼い頃ね、ずっとこういうの持ちたかったの…ピンクの花柄とか羨ましかった。でも誰にも言えなくて…色んな事、ずっと我慢して来た。今は好きなだけ使ってもおかしくないけど…私は誰からも受け入れられない…」


 ポタポタと落ちる涙を…辛そうに泣き出す優を、何も出来ず見ている事しか出来ない貴生は悔しかった。


するとその時、barの入り口のドアがゆっくりと開き、誰かが入ってくるのが見えた。”いらっしゃいま…”と言いかけた時、ふっと見上げた視線の先に男の姿があった。



  !!!!!!!!


貴生は無言で正面を見たまま立ち尽くしていた


優はそんな貴生に気が付いて後ろを振り返った。


 「……寛ちゃん」


目の前に現れたのは優の初恋の相手の 高杉寛太だった。


反射的に立ち上がった優は無言で寛太を見ていた。


時が止まった様に三人は動けなくなった。優は寛太から目を離せないでいた。


沈黙の中、最初に口を開いたのは寛太だった。真剣に優の怯えた子犬の様な目を見つめながら言ったのだ。



「ごめん。俺やっぱ、無理だわ…」


もういい。優をこれ以上辛い目に合わせないでくれ…貴生は目を閉じた。


「色々考えて見たんだけど…やっぱ無理。俺、マサルなんて呼べないや。今まで通りゆうでいい?」


何が起こったのか判らないといった表情で、キョトンと彼を見つめていた。


「今…何て?…」


聞き返す優は口をパクパクさせている鯉の様だった。


「海外で手術するつもりだったんだろ?行ってきなよ。んでさ、帰って来たら…そしたら、また映画でも行こうぜ。宇宙人襲来2。」


優は口に手を当てて、泣き崩れた。


それから寛太は泣いてる優に手を差し伸べた。


「大丈夫か?」


中学の時、最初に手を差し伸べた時の様に、凛々しく真っ直ぐ優を見ていた。


「ありがとう」


そう言って微笑む優の姿に貴生は、これで良かったんだ。と心の中でつぶやいた。

 

 



 







貴生が客ではなくバーテンダーだった事、優が女ではなく男であった事、振られたかと想いきや、ハッピーエンドで終わった事。途中で気が付いてしまいましたか?※貴生がある事実を知るまでの”優”の読み方は”ゆう”です。知った後からは”まさる”で読んでください。長い話を読んで頂きありがとうございました。

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[一言] いやぁ、面白かった。最後まで一気に読んだよ。全く疑わずよんで。普通に感動で泣くかと思った。2回目読んでみたら、ヒントがあるわあるわ!全然きづかなかったのに、2回目はわかりやすい位にヒントがあ…
[一言] おもしろかったです。びっくりしました。
[一言] お疲れ様(^_^)いやよく考えて作ってあるね(^_^)なかなか楽しませてもらったよ(^_^)確かに途中で分かっちゃうとこもあったけど最後までちゃんと飽きずに読めたし面白かったよ(^o^)これ…
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