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王様と王妃様

とある国の後宮事情 ~王の苦悩と開花への道~

作者: 兎花

ジャンル詐欺にならずにすみました。


 王妃は午後の政務を王の執務室ですることにした。

 有効な決め手がない今、敵情視察である。王妃だとてそこに色の気配がなければ王と接することはさほど苦痛ではない。


 昼食を共に摂り他愛のない話題で話を弾ませると、王はよく笑った。大きな声で楽しそうに。


 ――悪い人ではないのよ、むしろ優しくて要領の悪い方なのよね。


 政治に関しても能力はあるのに根回しや手間を惜しむため、性急な変化に臣下が着いてこれなくなる。ただ数分の手間を惜しまず説明すれば良いことなのに、なぜ説明がいるのかわからない人なのだ。


 自分にもわかることが部下にわからないはずがない、そう考えるのが王の性格だった。


 執務室へ向かう王妃をご機嫌にエスコートする王を見ていて、いつもどこか哀れに思うのだ。


 夜毎快楽に溺れていて、この人は満たされているのだろうか。まるで穴の空いたお腹を抱えた飢えた狼のようだ。


 王妃はそっと扇の影でため息を落とした。哀れに思うからと言って、ならば王の慰めになるか? と問われればごめんなさいとしか言えない。


 王のことを嫌いではないのに、肌を重ねることを考えると真剣に気分が悪くなるのだ。


 そんな事をつらつら考える王妃の頭を、王はじっと見ていた。




 王にとって王妃は初恋の女性ひとだ。長い片恋の末に手に入れて妻にしたつもりだった。共に神前で夫婦の誓いを交わし心身共に手に入れて。やがては子宝にも恵まれて王妃としての一番の仕事をなんの不足もなく彼女は果たした。


 2歳年上の彼女に相応しい男になろうと、王は最初こそたくさん努力した。王は自分の分と言うものをよくよく理解していたので、自分のことを王妃に釣り合う男だとはどうしても思えなかった。


 けれどもどれだけ努力しようとも王妃の隣に並べるほど賢くも要領よくもなれない。王妃ほど臣下にも慕われないし、いつもどこか一歩二歩が追い付かなかった。


 最初の女遊びの相手は、そんな救いのない日々に疲れた王を愛してくれた年下の少女だった。年下の彼女は王を純粋に尊敬し貴方は凄い男だと、王をどこまでも持ち上げてくれた。王妃と並ぶと刺激される劣等感が、年下の少女相手だと優越感に変わる。


 その事に気付いた時、王はその誘惑と快楽から逃げ出せなくなっていた。


 それは恐らく王妃よりも若い女を抱いているという、王妃に対する優越感もあったのだろう。歪んだ愛情は王の性癖に徐々に影を落とすようになっていった。


 どれだけ女を抱いてもどれだけ愛を囁かれても、王の心はけして満たされなかった。むしろ飢えは酷くなりその隙間を埋めるようにさらに快楽に耽るようになった。


 どれだけ遊んでもどれだけ不実を働こうとも、王妃はけして怒らない。最初こそたしなめられたり嫌味を言われたりしたが、もうだいぶ前から冷めた眼差しで事後処理にあたるだけだ。


 その事実がさらに王の心を傷付ける。愛されていると思っていたかったが、その実、貴方など愛していないと眼差しで訴えるのだから。


 王は知りたかった。王妃が本当に自分を必要としているのか。それともただ、義務として側に居てくれるのか。その想いを知るために王はひとつの賭けに出た。


 王からの閨の誘いを一切断ったのだ。それまではちょこちょこと王から誘えば応じてくれていたが、もしそれが無くなった時王妃がどう出るのか。それで答えが出るだろうと思ったのだ。


 例えそれが残酷な事実だとしても。


(まあ、結果は惨敗だったが)


 恋しい女のつむじを見詰めながら王は思う。側に居てこうして触れていてもとても遠い女性ひと


 7年だ、7年間も王妃と夜を共にしていないのだ。

 王は狂おしいほど王妃に触れたいと思っていても、王妃はそうではない。そっと腰に触れる指先に力を込めると逃げるように王妃の体が僅かに離れた。


 触れられないのならせめて側に居てほしいと思っていたが、それももう限界だった。

 どんなに倒錯的な行為に及んでももう誤魔化せない。快楽などではとうに隙間を埋めることもできなくなった。痛みや辱しめを受けることで忘れられていた空虚感も最近では酷くなるばかりだ。


「王妃よ。今宵のことは聞いているか」


 その声に王妃の肩が揺れた。

 嫌なのだろうな、と冷静な“王”としての部分が観察している。そして“男”として王妃に恋い焦がれる部分が懲りもせずに傷付いている。

 今更傷付くことに嫌気がさして、王は苦い笑みを浮かべた。


「……無体を強いるつもりはない。ただ、ゆっくりと休みたいだけだ、ベッドを半分貸してくれ」


 驚いたように王妃は面を上げた。

 その顔を見て男は少し嬉しくなったけれど、それを表情には微塵も出さなかった。


「陛下は……休まれたいのですか?」

「ああ、構わないかな?」

「それは……別に、構いませんが」


 男は珍しく戸惑いを見せる妻の姿にしばし見入る。こういった揺れる妻を目にするのは珍しかった。いつも王妃が見せる所作は王妃然とした微笑みと微かな溜め息ばかりだったのだ。


 なんとなく嬉しくなって、王は自然と妻の額に唇を寄せていた。唇を離すと王妃の目がまん丸になっていて、更におかしくなった。




(なんなの、気持ち悪い――)


 王に口付けられた額がいやに疼く。冷たいおしぼりでごしごし拭き取りたいが、さすがに本人の前でそれは可哀想過ぎる。


 油断した、と王妃は内心で舌打ちを何回も打つ。

 眠るだけでいい、と言いながらこの仕打ち。不意を突かれてしまえばいかに王妃といえども逃げる術はない。


(それにしても、王がわたくしのことをそういう目で見ているとは思わなかったわ)


 矛盾しているようだが、それが王妃の本心だった。数年振りにお渡りを宣言されても、どこか信じていない自分が居たのだ。


(だって、7年よ? その間わたくしのことなど見向きもせずに、10歳以上も年下のばかりを可愛がっていたのだもの、わたくしなど厭きられたのだとばかり思っていたわ)


 だから今日だって突然のお渡り宣言に混乱し対策を練っていても、心のどこかではきっと夜になれば気が変わるだろうとたかをくくっていた気がする。


 それが実は正真正銘の本気だと、王の笑顔でわかってしまった。そしてその笑顔に身が震えた。


 もう10年以上も前に心の奥底に閉じ込めた感情が、突然に彼女の衝動を押し上げてきた。大声で罵り涙を流して全てを打ち壊してしまいたい衝動だ。ふざけるな、馬鹿にするな、と子供の癇癪のように感情を爆発させたくなる。


 それを抑えるために全神経を集中させて呼吸を整える。


 久しく忘れていた女としての自分。良き母良き妻良き国母として、己自身で蔑ろにしてきた女が泣いていた。


(やっと平穏に過ごせるようになったのに。遊びたいのなら遊べばいい。尻拭いだってなんだってしてあげる。その代わりわたくしの中の女を起こさないで――)


 王妃は苛立つ心を抑えるためにぐっと瞼を閉じた。


続編を更新しました。とある国の後宮事情~王と王妃の閨事情~です。よければそちらもご覧下さい。読む前にあらすじやキーワードの確認をお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 続きがぁぁぁぁ・・・ とても面白いです、男女共に妙なリアルさがある夫婦間の問題。 最初は女性視点だったので作者さんも女性かな?と思いましたが、王視点の男性の心理描写も妙にリアルで分からな…
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