近衛騎士は誓約する2
ガリオン王子の騎士選定を一任されてより翌日、マリアンヌはさっそく五人の候補者たちと顔合わせをすることにした。
呼ばれてやって来た候補者たちは、ガリオンから知らされていた通り貴族上がりが四人、平民上がりが一人の組み合わせであった。
見習い証を胸に付けた騎士たちが順に室内に入ってくる。
先の四人にわずかに送れ、最後のひとりが例の平民上がりに違いない。そう分かるのは、明らかに目つきが他の者たちとは一線を画していたからに他ならない。
――思いっきりゴロツキといった感じですわね。
表に出さず、マリアンヌは思った。
所作だけは厳しく躾けられているようで、歩き方、礼の仕方は厳密に言って他の誰よりも騎士らしいと評価する。
――比べて、他の四人は何だかぽやんとした顔ですわね。本当に実践で使えるのかしら……。後ろ暗いとことがないと言ったところで、ただ王家に従順な家から選出されただけではなくて?
マリアンヌに次々と挨拶を述べていく四人は、いずれもなかなかの美形揃いである。
まあ、ガリオン様が一番ですけれど。と、幼い頃より美の基準がガリオンであるマリアンヌはそう判断して、するっと仰々しい前置きの後に紹介を行ってきた四人の名前を頭から削除した。
ガリオン以外にはほぼ興味のないマリアンヌにとって、初対面の相手の長々しい前置きは記憶に留めるほどの価値もないのである。
「ティエン・バートンです」
平民上がりの騎士は短く名前だけを発して口を閉じる。
横に並ぶ四人はそれを小ばかにしたように見た後、マリアンヌに向かって微笑みを浮かべた。
マリアンヌは美形の騎士たちに微笑みかけられたとしても、耐性のない娘でもないので頬を染めることもない。
貴族の中には彼ら程度の美形など、掃いて捨てるほどいるのだ。彼らが前置きの中で述べたマリアンヌに対する賛辞もこれまでに何万回と耳にし、聞き飽きた台詞だった。
やっぱりわたくしが出てきたところで、何の面白みもないではありませんの。とマリアンヌは思った。――さっさと終わらせて帰りましょう。
「お伝えしていた通り、今回わたくしが貴方がたの選考に意見さしあげる任をガリオン様より賜りました。貴方がたには今日一日わたくしとガリオン様の傍に付き、その働き振りを拝見させていただくつもりです。どうぞよろしくお願いいたしますわ」
内心では「一日どころか一時間で終了ですわ」と思っているのだが、そんなことはおくびに出さずマリアンヌは可憐な笑みを浮かべてみせる。
五人の候補者の内、マリアンヌの微笑みに四人は口元を綻ばせ、一人はきつい目元を変えることなく頷いた。
「ひとつだけ、貴方がたには注意していただきたいことがございます。わたくし、今回の選定においてひとりの刺客を登場させるつもりですの。周囲の変化を注意深く観察してくださいませね」
マリアンヌの言葉に候補者たちの表情がぴりっと引き締まる。まあ、これくらいは当然ですわね、と思いつつ「さあ、では楽しいお散歩に出かけましょう」とマリアンヌはソファから立ちあがった。
「マリアンヌ、それを言ってしまっては面白みがないだろう」
ガリオンが苦笑して忠告する。
「あら、まったく何も知らされないというのは可哀想ですもの。これはわたくしからの特典ですわ」
「彼らも騎士だ。咄嗟のことへ対処できなくてどうする」
並んで歩き出す二人に続く四人は「その通りです」やら、「我々に不足はございません」などアピールに必死だ。
ティエンはそんな彼らに厳しい表情を隠さず付いて行くのだった――。
候補者たちに伝えていた予定は、午前中に庭の散策とお茶の時間、図書室へ向かった後の昼食である。
その後も色々と予定を詰めてはいたが省略する。どうせそれまで持ちはしないのだから。欠伸をかみ殺しつつマリアンヌはそう思う。
さっさと帰って下の弟と遊ぶのだ。
新生児から始まり、危なっかしい幼児期を過ぎようかという下の弟は、もうマリアンヌが多少の無茶をしようと大丈夫なくらい頑丈に成長している。
とは言っても母の目が光っているので無茶なことはできないが。
せいぜいは狭い範囲での探索だ。いかに大きな水溜りを超えさせるか調べて泥だらけにさせたりだとか、屋敷中を使ったかくれんぼをさせて迷子になったところを精一杯探したわという顔をして姉の威光を見せ付けたりだとかだ。
おちょくっているわけではない。マリアンヌなりに可愛がっているだけだ。ガリオンに知られては絶対に怒られるので言わないが……、言わないだけだ!
「――ふにゃふにゃの新生児期や、歩き始めのよちよちした感じは未知の生き物を見ているようで恐かったですが、最近ようやく可愛いと思えるようになってきましたの。あのまるで神々しいものを見るような純粋な瞳が何とも言えませんのよ?」
「人の家庭の育児に口を出す気はないが、大丈夫なのかお前の弟は」
「まあ、失礼ですわ。ネルの教育もあって、日々立派な紳士への道を歩むべく成長を始めていますわ」
「どうだかな」
庭に咲いた花々を見るでもなく、二人は和やかというよりは険のある口調で会話を続ける。
マリアンヌとガリオンのこういった会話は常のことなのだが、候補者たちは若干引き気味で二人の後を付いて歩く。周囲への警戒は誰しも怠る様子はない。そこは確かに候補者たる者の姿勢であった。
「ガリオン様はわたくしを何だと思っていますの」
「配慮の足らないポンコツだと思っているが?」
ふと歩みを止めて見詰め合う二人に甘い空気など微塵も無い。
マリアンヌは「ひどいですわっ」とつんとそっぽを向く。ガリオンはやれやれと肩をすくめ、貴族上がりの騎士たちは噂のお嬢様の我が侭が出たなと、そんな二人の様子を見守った。
「もう知りませんわ。わたくしに優しくないガリオン様などこうですっ」
マリアンヌが「チョップですわ!」と腕を振り上げ手刀を降ろす。ほとんど戯れのようなものである。威力などほぼ無いに等しい。殺気は存分にあったが。
ガリオンはそれを難なく避けてかわす。かわされたマリアンヌは「空振りましたわ」と残念そうな顔をして、自分の手刀を見下ろした。
「チョップ、って何だ?」
「何でしょうか。ふいに思いついたのです。殺傷能力はありませんが、当たると微妙に嫌な気持ちになる技ですわ」
「そんな技を思いつくな。説明を受けただけで嫌な気持ちになったぞ!?」
「まあっ。このようなことで!? ガリオン様はもう少し精神的な鍛錬が必要なのではないですか?」
「余計なお世話だっ」
二人の掛け合いを騎士たちは温い微笑みで見つめる。
ただひとり、ティエンだけは笑わずマリアンヌの方をじっと見つめるのだった。その手は腰に差した剣に添えられ、足はいつでも踏み出せるように位置を変えていた。
しばらく観察した後に、誰にも気付かれないようにティエンはそっと足の位置を戻す。
奇妙な掛け合いをしていたマリアンヌは、そこでくるっと候補者たちの方に顔の向きを変えた。
「はい、全員失格ですわ」
ぱんっと両手を合わせて叩く。楽しい時間はこれで終了。そう言わんばかりの乾いた音だった。
その場に、何とも言いがたい風が吹く。
マリアンヌだけはうふふっと可憐な微笑みを浮かべて晴れやかな顔だ。
「というわけで、わたくしの役目は終わりましたわね。皆様、ご苦労さまでした。ガリオン様、わたくし午後からは下の弟と遊ぶ約束をしておりますので、もう帰りますわね」
ドレスを摘み、退席の礼をするマリアンヌ。
「それではごきげんよう」
優雅な仕草は、良く教育された令嬢のそれだ。
誰が止める間もなく、可憐なる令嬢はその場を歩き去ったのだった。