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近衛騎士は誓約する4

 ティエンの近衛騎士任命式は滞りなく行われた。

 彼の知らぬところで、他の候補者たちの背後にいた貴族たちの反発もあったようだが、表立っては何も問題が起こることはなかった。

 家柄よりも実力が重視されるのが近衛騎士だ。実力の伴わない、王子とマリアンヌの前で不甲斐無く地に伏せられた者たちに口を挟める余地などない。そう言ったのは王か王妃か。はたまたハシュワットの小さき女王か――。


 候補者の証から近衛騎士の証へと替えられた胸の紋章に、ティエンは希望に打ち震えていた。

 これから自分を待ち受けるのが茨の道であることは知っている。貴族優位の中で平民上がりの騎士が容易に受け入れられることはないだろう。

 だが、それでもあの小さくも偉大なる乙女と、彼女がこれと定めた王子のためであれば、いくらでも身を削る覚悟であった。


 下級騎士であったなら、進むことさえ許されない貴賓たちの部屋へと通ずる廊下を王子の元へと歩いていく。

 見えてきたのはわずかに開いている扉。

 神経を尖らせ内部の様子を伺いつつ、ティエンは聞き耳を立てた。

 扉が開いているのは、彼が異性と会合していることを示している。その相手とはもちろんあの少女であろうことは考えるまでもないことだろう。

 実際、聞こえてくる声は若くハリのある少女のものだった――。


「確か今日は例の近衛騎士の任命式でしたわね」

「あぁ、そうだ。ポンコツにしてはめずらしく他人のことを覚えていたな――」


 くすくすと笑い声を上げる主の声は、扉の外からでも機嫌が良いと思われる。好きな娘の来訪に喜んでいるのだとティエンは判断し、もうしばしの間入室を後にすることに決めた。

「覚えておりますとも。あんなに無駄な時間はありませんでしたもの。まったく、いい当て馬でしたわ」

 マリアンヌの言葉にティエンは眉をしかめた。ガリオン王子の婚約者であるマリアンヌが当て馬とはどういうことなのだろうか……。


「どうせ初めから決めてらしたのでしょう?」

「まあな。だが、俺が正直にアレを欲しいと言っても、誰も素直に頷きはしないだろう?」

「しがらみが多いところが貴族の悪いところですわ。欲しいものを欲しいと言って何が悪いと言うのか……。お陰でいい面当てとなったハシュワットにはしばらくお客様が耐えませんでしたのよ」


 聞こえてきた会話は、甘い戯れなどではけしてなかった。扉の横で、ティエンは固まっていた。

 確かに王子の言う通りなのだろう。

 平民出のティエンはただの数合わせ。選定に平民を加えることで王家の印象を良くしようとする思惑が働いていたことはティエンだって知っていることだった。

 そして今回、選定において将来の王妃となるマリアンヌの意見を挟むという形でティエンの近衛騎士任命は叶ったのである。


「面倒ごとを押し付けたことは謝る。だが、多少の文句を言われたところでハシュワットに平然とかわせるくらいの力はあると見込んでのことだ」

「それはそうですわ。小バエを追い払うくらい何ということもないこと。我が家が悪辣侯と呼ばれたところで、お母様が高笑いしてお仕舞いですもの。お父様は苦笑いされてましたけれど……」


 噂に上るハシュワットの我が儘お嬢様の口添えがなければ、いくら実力があったとしてもティエンは近衛騎士になれたはずがないのだ。それはもちろん二人が言う貴族のしがらみのために。

 これは偶然に起こった気まぐれの引き起こした結果だとティエンは受け取っていた。――それがまったくの勘違いだったということか……。


「だからお前に任せたかったんだ。初めに言っただろう。お前に任せれば確実だと」

「あら、わたくしの耳には面白そうだと聞こえましたけれど?」

「まあ、それもある。言った通り面白いことになったな」

「わたくしはまったく面白くありませんでしたわ。出来レースほどつまらないものはありませんもの」


 してやられたと思った。

 謀よりも色恋だろう。たった十三や十四歳の子供なら。

 彼女たちは何も初めからああしようと決めて行動していたわけではないと言う。王子が何を望みどう得ようとしているか、マリアンヌは分かって行動していたし、また託した王子もマリアンヌのしようとしていることを正しく理解していたと言うのだ。


 負けた、とティエンは思った。

 ティエンは来月には十九歳になる。それが自分よりも年下の者たちにいいように踊らされていたのだ。

 しかも彼らはティエンだけでなく、彼らを取り巻く周囲の大人さえ躍らせてみせたのだ。

 ――なんという器の大きさか……。

 おそらく彼らには、生涯勝てる見込みなどないのだろう。


 ティエンの脳裏には先日のマリアンヌの言葉が思い起こされていた。


『この度、わたくしは貴方の本質を正しく見極めました。その見極めに恥じぬよう、ガリオン様を生かし守る剣として仕えなさい』

 ティエンの黒髪に触れるか触れないかの位置で留められるマリアンヌの手のぬくもりを感じつつ、胸を打つ言葉に涙が滲む思いがしたあのとき――。

『かしこまりまして』

 掲げる剣はティエンの命が尽きるまで二人を生かし守るだろう。固い決意を胸に、変わらぬ忠誠を捧げた。

『ティエン。ひとつ忠告しておくが、あまりこいつの言葉を真剣に聞かない方がいいぞ。あまり入れ込むと、そんな自分が恥ずかしくなるから……。常に気を張って置く必要はない。ほどよく力を抜いて長く務めてくれると嬉しい』

 ティエンという人間を受け入れてくれようとする王子の言葉にまた胸を打たれる。

 貴賎を問わずティエンを買ってくれた二人に、ティエンは必ずその想いに報いようと決意したのだった――。




「――あんまりですわ。わたくし、知恵を搾って精一杯頑張りましたのに」


 物思いにふけるうちに二人のやり取りはティエンの話題から逸れていったらしい。

 少女らしくつんと可愛らしくむくれたマリアンヌの声が耳に届き、ティエンは室内の様子に意識を向けた。


「知恵というか、その場の思いつきだろう」

「たとえそうだったとしても、ご褒美はいただきたいですわ」

 宝石だろうか、高級菓子だろうか。年頃の少女が欲しがるものを思い浮かべる。

 だが、マリアンヌはついっと「なでなでを要求しますわ」と頭を差し出した。

 あまりにも子供らしい、だが十三歳の少女が要求するには幼すぎる要求をガリオンは馬鹿にするでもなく苦笑して受け入れる。

「はいはい。お前はよくがんばった」

 マリアンヌはまるでネコのように目を細めてうっとりとした顔をする。

 軽やかな少女の顔をして、ガリオンの望むままにティエンが選出されるよう仕向けた褒美がただ頭を撫でるだけ――。

 だが、マリアンヌはそれだけが唯一特別な褒美であるかのようにガリオンの手を堪能した。


 ――何だかいけないものを見ている気分だ……。


 十三と十四という子供から大人へと変化し始める年頃にある異性同士の触れ合いは、幼い子供の戯れとはまた少し色合いが違って見えてしまう。

 マリアンヌを見つめるガリオンの表情は他の何者も目に入っていない様子だし、マリアンヌの方もただ一心に触れてくるガリオンの手に熱を向けているように見える。

 きっと彼らはまだ自身の心の内のことさえ上手く理解できていないのだろう。あんなにも大人たちを翻弄させてしまえるというのに――。


 二人の会話が途切れたところで、息を整えてティエンは立ち入りの許可を求めようとする。

 扉のノブに手をかけたところで、バンッと勢い良くこちらに向かって扉が開いた。

 ぶつかってきたのは芳しい少女の香り――。

 真っ赤な顔をしたマリアンヌは、頬に手を当てた状態でぶつかってしまったティエンを見上げたが、それも一瞬のこと。そこで更に真っ赤な顔になったかと思えば、走ってその場を去っていったのだった。


「いったい何が……」

 あまりに突然のことだったので、思ったことが口を突く。

「頬にくちづけしただけだ。あそこまで赤くなられるとは思わなかったがな」

 くつくつと笑う王子の瞳は面白いとばかりに細められている。それでも少しだけ耳朶が赤いのを見れば、若いなとティエンは感じる。

 貴族の娘であれば、身近な者の挨拶程度の頬へのくちづけなど慣れたものであるはずだが……。


「随分と口元に近い位置だったようですが?」


「ただの褒美だ」


 こほんと咳払いひとつでガリオンは何でもないことのように言い放つ。

 案外この王子は自分の気持ちに気付いていたのか。――マリアンヌ様の方は、気持ちが定まるにはまだまだ先が長そうだが……。

 二人のアンバランスさに気付いて内心で苦笑する。

 男心としては先へ進む彼の想いが可哀想にも思う。が、少年と青年の狭間で、少しだけ大人寄りの表情をするガリオン王子に悪戯心が沸いてしまうのは、してやられてばかりの年長者という図に面白くないと感じていたからだ。


「どちらへの褒美でしょうね」


 返事を待つことなく恭しく頭を下げ、「この度は近衛騎士任命におきまして――」とあらかじめ決められていた奏上を述べていくティエンの耳に、ガリオン王子のむせる音が届く。

 それを耳にしながら、歳相応の反応を見せる王子にティエンはどことなく安堵するのだった――。





最後の最後にちょっとだけ意趣返し。

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