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サラリーマンのササキさん 4

「ハラダさーん、いきなりあんな映画駄目だよぉ」


 大きなシネコンに隣接しているショッピングモールのファミレスで、三人は昼食を取ることにしたのだが、席に着くが早いかササキが文句を言い出した。


「何よぅ。どこがいけないのよ」

「初めて一緒に観る映画がラブシーンだらけって、いくら何でも気まず過ぎでしょ!」


 三人が観たのはかなり大人な内容のフランス映画で、開始十分でキスシーンがあり、その後はカップルのイチャイチャやら喧嘩やらが続き、最終的に熱いキスで幕を閉じた。


「初めてのデートは恋愛映画って、相場が決まってるのよ」

「いつの時代の話さ……」

「私は面白かったですよ。ちょっとびっくりしましたけど」


 アカネがハラダに助け船を出したので、ササキは面白く無さそうに頬杖をついた。


「ほら、アカネちゃんは良かったって。女はデートにときめきを求めてるのよ」

「いえ、その……内容はさっぱり分かりませんでしたけど、くっついたり離れたり、ドタバタしてコメディみたいだなって」

「ええ? 純粋な恋愛映画だったわよ? 私、何度も泣いたのに……」


 思ってもみなかった感想に、ハラダは大仰にがくっとしてみせる。対してササキは我が意を得たりのニヤケ顔だ。


「ほーらね。今時はアクションとか、コメディが良いんだよ。ねっ、アカネちゃん」

「すみません。私、ホラー映画が好きなんです……」

「ええっ、ホラー?」


 清楚なイメージとのギャップに、ササキは面食らってしまった。ハラダも意外過ぎる答えに言葉が出ない。


「どうしよう。俺、ホラー苦手なんだよね……」

「あらぁ、それは残念。映画デートは難しいわね」

「あ、でも、コメディはまあまあ好きですよ!」


 沈みかけたササキの顔に慌てて言うアカネだったが、どうしても無理矢理さは否めなかった。


「優しいね、アカネちゃん。気を使わせてごめんね」


 気弱な笑顔を作り、ササキは更に落ち込んだ。


「もう! しゃきっとしなさい、しゃきっと! こんなことでいちいち落ち込んで、この先どうするのよ」

「だってハラダさん。いきなり趣味が違うなんて、想定してなかったから……」

「違う人間なんだから、趣味が違って当たり前でしょう。しかもまだ一個分かっただけなのよ。これから沢山お互いのこと知っていけば良いの」


 ここにきて、ササキの元来の弱さが出てしまった。間違いを恐れるあまり、初めから安全策しか選ばない。いや、選べないのだ。

 だが人間関係にそんなものはない。飛び込んでみなければ、その海の深さは分からない。


「そうですよ、私、まだササキさんのこと何も知らないんです。今日一日掛けて教えてください」

「……俺、情けないね。年下の女の子に慰められて。これじゃ駄目だ」

「そうよ。カッコ良いところの一つや二つ、見せないとね!」


 ハラダが満足げに頷く。


「……だからこそのドライブ!」

「却下!」




 ファミレスを出た三人は、続いてウィンドウショッピングをすることに。もちろん、これもハラダの計画に入っている。


「アカネちゃん、欲しいものがあったらおねだりしちゃいなさいよ」

「ええ? それは流石に厚かましいですから……」

「気にしなくて良いよ。プレゼントだから、俺に払わせて」


 何となく嬉しそうに言うササキ。


「じゃあこれ」


 ハラダが横からずいっと、派手な花柄のシャツを差し出す。


「えっ、ハラダさんも?」

「こないだの相談に割いた時間と今日の交通費、これでチャラにしてあげる」


 ニンマリと笑うハラダを悔しそうに歯噛みして睨むササキだが、観念して財布を取り出した。


「ありがと」

「せっかく良いところ見せようと思ったのに……。ハラダさんが邪魔してどうするのさ」

「バカね。先輩の私が先におねだりしなくちゃ、アカネちゃんが甘えづらいでしょ」

「ああ……なるほど」


 亀の甲より歳の功とはよく言ったもので、巧みにササキとアカネをサポートしつつ、ちゃっかり損の無いように立ち回っている。


「あのう……厚かましついでにちょっと見に行きたいお店があるんですが、行っても良いですか?」

「もちろん! さあ行こう、早く行こう」


 申し訳なさそうにアカネが割って入ると、先ほどとは打って変わって弾んだトーンと軽やかな足取りのササキ。今度はハラダが睨んだ。


「ここはお二人さんでどうぞ。……ホンっト、男って可愛いコには甘いんだから!」


 ハラダが別の場所を散策し小一時間程で戻ってみると、雑貨店の真ん前にあるベンチに、談笑しながらも微妙な距離を保って二人が座っていた。


「まあ、良い感じじゃない。すっかり仲良くなったわね」

「あっ、ハラダさん! どこにいたの!」


 今にも泣きそうな声を出したのはササキだ。


「すみません、すっかりお待たせしてしまって……」


 アカネは謝りつつも、よほど楽しかったのか頬が上気している。


「気にしないで、もっとゆっくり見れば良かったのに。私は私で勝手にあちこち歩いてたんだから」


 両手の袋いっぱい食料品を買い込んできたハラダが言うと、ササキがそれをふんだくってベンチへ置いた。


「こんなに買って、帰りのこと考えてる? このあとの予定は?」

「このあと? えーと、二人でひとつのアイスクリームを分け合って食べる、ゲームセンターでササキさんがアカネちゃんにぬいぐるみを取ってあげる、屋上のテラスで夕日を見ながら語り合う、それから……」

「ちょちょちょ待って待って、もー、初日から難易度高過ぎだよ!」


 猛抗議を受けたハラダは手帳に目を戻すと、納得行かないというふうに口を尖らせる。


「だってあなたのレベルに合わせてたら、いつまで経っても深い仲になれないじゃないの」

「初めは友達からってやりかたもあるでしょ!?」

「じれったいのよねー、そういうの」


 漫才のようにぽんぽんと飛び交う言葉の向こうで、アカネは一人、買ったばかりの包みを開け、そのパッケージをじっくり読んでいる。


「……アカネちゃん、何買ってもらったの?」


 人様の趣味にケチを付ける訳ではないが、清潔感のある白いワンピースを着たうら若い女性が、満面の笑みで小さな人体模型を愛おしそうに見つめている姿は、まさに異様。

 ホラーばかりかスプラッタまで守備範囲とは思い至らず、アカネのイメージがすっかり変わってしまったハラダであった。


「気に入った?」

「はい、ありがとうございます! これ、ずっと欲しかったんです!」

「ホントに小さい方で良かったの?」

「これ机に飾るんです。可愛いですよねこの子」

「可愛いかは分からないけど、喜んでくれて良かった」


 有無を言わさぬ眩しい微笑みが、ササキを思わず肯かせた。


「……うん、まあ、良かったわね」


 未だ複雑な想いのハラダをよそに、若い二人は人体模型を挟んで笑いあっている。気持ちの距離はだいぶ近づいているようだ。


「ハラダさん、次行きましょう」


 ひとしきり語り合って満足したアカネが促した。




 アイスクリームのシェアは流石に抵抗があるらしく、結局それぞれで食べた。図太いハラダはちゃっかり他の二つも一口ずつもらって食べた。


「うーん、チーズケーキ味も美味しいわね。今度それにしよう。さて、次はゲームセンターに行くわよ」

「ゲームセンター……ですか」


 アカネは何か気が進まなさそうな顔をして、歯切れが悪い。


「あら、あんまり好きじゃなかった?」

「いえいえ、そんなことないんですよ。行きましょう」


 ぎこちなく笑うアカネにハラダ達は戸惑いつつも、ゲームセンターへ向かった。

 ショッピングモールの中にある小さな遊技場は、妻の買い物を待つ夫とゲームに夢中な子供でいっぱいだ。大音量の音楽に迎えられ、ハラダは飛び上がって驚いた。


「最近のゲームセンターはうるさいわね! 私が若い頃はシューティングゲームの音くらいだったのに」

「今は音ゲーが人気ですからね」


 やかましい入り口付近を足早に抜け、可愛いぬいぐるみやアニメのフィギュアなどが入っているクレーンゲームの前に来た。

 ふらふらと物色していると突然、一台のゲーム機にアカネが食いつく。中には箱に入ったグロテスクなフィギュアが。


「あっ、これ……」

「欲しいの? ほらササキさん、出番だよ」

「よ、よーし。待っててね」


 気合い充分、シャツの袖をまくるとゲームをスタートさせる。


「あ、あれ、上手くいかないな……。もう一度」

「ササキさん、もっと右」


 ハラダが横からアームの位置を指示するが、なかなかぴたっと合わない。


「ヘタクソねぇ!」

「じゃあハラダさんがやってよー」

「駄目よ。あなたの良いところ見せなきゃならないんだから、もうちょっと頑張りなさい」


 不承不承またお金を入れ、ガラスにへばりついて確認しながらやったが、またしても景品を取ることはできない。意地になって何度もチャレンジしたものの、微かに動きはするが取り出し口まで転がる気配は一向にしなかった。


「何なんだよもう! このアーム緩いんじゃないの?」


 苛つきながらササキが疲れてしゃがみ込む。すると。


「私やってみますね」


 今まで見ているだけだったアカネが、すっとゲーム機の前に立った。その顔は凛々しい。


「ああ、これはアームが緩いんじゃなくて景品がちょっと重いので、端を狙ってバランスを崩してあげればすぐ取れますね」


 言った通り、横倒しになった箱の角辺りに狙いを付ける。アームが箱の隅ギリギリを持ち上げると、ごろんと転がり取り出し口へ真っ逆さまに落ちた。


「わぁ、すごい! アカネちゃん上手ねぇ。一回で取れちゃった」

「しょっちゅうやってますから。このくらいは、まあ」

「ゲームセンター良く来るの?」


 獲物をゲットして得意気だったアカネが、その質問に落ち着きを無くす。


「あ、えーっと……良く、でもないかなー、た、たまに?」

「あれ、さっきしょっちゅうクレーンゲームやってるって……」

「それは、その、友達付き合いで!」


 思わず声が大きくなり、一瞬空気が固まった。


「あ……そう、なんだ。俺、あんまりこういう所来ないから、どんなゲームあるのか良く分からないんだよねー」

「じゃあ色々やってみましょ?」


 ハラダの鶴の一声で、気になったものから遊ぶことに決まったが、アカネは何故か苦笑いを返した。すでにゲームへ興味が移っていた二人は気づかなかったが。


「ねぇねぇ、これやってみたい」


 ハラダの目に留まったのは、ゾンビを次々撃ち倒すシューティングゲームだ。さっそくスタートしたが、早々に弾を撃ち果たしゲームオーバーになってしまった。ゾンビには一発も当たっていない。


「皆簡単そうにやるけど案外難しいのね。弾数ちょびっとしかないのに、どうやってクリアするのよ」

「ハラダさん、弾が無くなったら画面の外に銃を向けるんだよ。そしたらまたいっぱいになるの」

「ええー、早く言ってよ。はい、次二人でやってみて」


 ポンとプラスチックの銃をササキに手渡すと、ハラダは後ろに下がってアカネに場所を譲る。ササキがお金を入れている間に、アカネはずいぶん慣れた様子で銃を構えた。目つきが鋭く変わっている。

 おどろおどろしい音楽が流れ、霧深い寂れた町並みが画面に映し出された。


「どこから出てくるか分からないからドキドキするね……」


 緊張で肩を怒らせているササキとは対照的に、アカネはリラックスして銃を左右にぷらぷらと振っている。


「うわっ、出た!」


 突然廃屋の物陰から姿を現したゾンビに向かって、ササキは闇雲に乱射しすぐに弾を撃ち尽くした。


「ササキさん、リロード!」


 横からアカネが声を掛ける。もたつくササキ。その間にも次々化け物は湧いて出たが、数をものともせず一撃でアカネが撃退していく。


「ああ、うわ、待ってえ!」


 ハラダと同様、弾を込める間も無くササキもあっという間にやられてしまった。


「くっそー、駄目だったぁ……え?」


 彼が画面に視線を戻すと、そこには『第一ステージクリア!』の文字が。


「アカネちゃん、こういうのも得意なのねぇ。すごいわー」


 感嘆するハラダの言葉はアカネには届いていない。彼女はすっかりゲームへ没入している。ササキはあんぐりと口を開けて声も無い。

 その後、アカネの快進撃は全ステージクリアまで続いた。




「いやーハラダさん、お疲れ様でしたね」


 奇妙なデートの二日後、事の顛末を聞こうと待ちかまえていた店長は文句の合間にササキ達の様子を伝えられ、思った以上の大変さにハラダを労った。


「ええ、本っ当に疲れました! 慣れないことはするもんじゃないって、ほとほと思い知らされましたよ」

「それで結局、二人はくっついたんですか?」


 出歯亀は話の先を急かす。


「それがね……」




 ゲームセンターを出た三人は、黙り込んだまま駅へと向かった。ハラダが買い込んだ荷物のガサガサいう音だけが、重苦しい空気に響く。

 ハラダとササキはお互いが先に口を開かないか探っているようで、ちらりと視線が交わされている。ややしばらくそんな時間が流れたあと、我慢できなくなったハラダが喋り始めた。


「……あー、疲れたけど楽しかったわね」

「……そうだね。俺は駄目駄目だったけどね……」


 見るからに落ち込んでいるササキを慰めようとハラダは思ったが、上手い言葉が見つからない。

 一方、アカネはアカネで何か考えている顔をしながら、二人のあとを歩いている。


「アカネちゃんは、今日どうだった?」


 努めて明るく話そうとハラダが話しかけたのだが、彼女からの返事は無い。


「どうしたの、具合悪いの?」

「……たい」

「え?」

「……調教したい」


 耳慣れない言葉が、目の前の可愛らしい艶やかな唇からこぼれた。


「何なにー、何の話?」


 脳天気にササキが二人に近づく。途端にアカネは、ガバッとササキの襟首を掴み、自分へ引き寄せた。


「あ、アカネ……ちゃん?」

「ササキさん、私にあなたを調教させてください!」


 今にもくっつきそうな距離でとんでもないことを言われたササキは、目を白黒させている。


「いやいやいや、何言ってるの? 調教ってどういうこと?」

「今日一日一緒に行動して、私はあなたの不甲斐なさをまざまざと見せつけられました。でも、そのヘタレっぷりが逆に素敵です。躾のしがいがあります。是非私とお付き合いしてくれませんか?」

「躾って、俺、犬じゃないんだけど……」


 二人のやり取りを、ハラダが腹を抱えて笑っている。当人達は至って真剣なのだが。


「ハラダさん! 笑いごとじゃないよ!」

「ヒーッハハハハハ、ごめんごめん。ま、まさかこんな告白の仕方があったなんてね。いやー、あなたにピッタリよササキさん」

「何か馬鹿にされてない?」

「してないしてない。ねぇアカネちゃん」


 まだササキの服を掴んでいたアカネは、今自分が何をしているのか急に把握したらしく、彼からサッと身を離して真っ赤になってしまった。


「すみません! 私、何てことを……。ああもう、今日は駄目だわ。ゲームのことも隠しておくつもりだったのに。」

「だ、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」

「ほれ、ササキさん。返事」

「えっ? 今?」


 ハラダに脇腹をつつかれ、慌てふためくササキ。そんな彼の顔を、恥ずかしがりながらも期待を込めて見つめるアカネ。


「え、えーと……お手柔らかにお願いします」

「それってオッケーってこと?」


 もやもやとした態度に、ハラダは苛ついた。


「オッケー……だと思う」

「何ですかその『だと思う』って! 良いのか悪いのか、どっちなんですか!」


 すっきりしない返事に、もう本性を隠す必要が無くなったアカネが噛みつく。


「おおおオッケーですっ」

「初めからそう言えば良いんですよ! これからビシビシいきますからね! 沢山ゲームしたり、ホラー映画も観ましょうね」

「はいぃっ!」


 さっそく尻に敷かれているササキは、彼女の気迫に思わず『気を付け』をした。それを見て、アカネは満足気に微笑んだ。


「はー、やれやれ。何か思ってたのと違うけど、一件落着ってことかしらね。それじゃ、帰りましょうか」


 どっこらしょ、と両手に荷物をぶら下げて、若い二人を先導するようにハラダが歩き出す。


「ハラダさん、荷物、ササキさんが持ちますよ。ね?」

「も、もちろん! 今言おうと思ってた。うっ……重い」

「先が思いやられるわね……」




「あのアカネちゃんにそんな一面があったとは」

「一緒に来てって言われたときは、男性に慣れてない奥手なコだと思ったんですがねぇ。まあでも、ササキさんとは上手くいくと思いますよ。アカネちゃんしっかりしてるし、彼はリードしてもらう方が性に合ってるでしょ」


 帰りの電車の中、二人の様子はまるで夫婦漫才のようだった。思い出してフフッとハラダは笑った。


「じゃあこれ、約束のサンドイッチ。とりあえず今日の分」

「あ、それ。それなんですけどね、やっぱり二週間分じゃ割に合わないですよ。一カ月分ね」

「ええー?! そんな殺生な……」

「絶対に負かりません!」





~サラリーマンのササキさん 終わり~

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